三十一、土竜釣り
カナタが鎌斬りの鋭い鎌と鎌斬りの体を宝巾着に入れると、その場に留まりこの日三度目の休憩をとる。
カナタは虫を口にすることに抵抗がありはするものの自分より遥かに大きな鎌斬りは虫と言うより動物と感じることや、グランの切り落とした腕から出る半透明の白い肉が海老や蟹の身を思わせる事からも、これであれば食べられると判断したようだ。
トトの店で購入した焚き火用の薪と火起こしの魔方陣を使って鎌斬りを焼き上げると、香ばしい匂いが立ち込めカナタ達の空腹を刺激する。
「さぁ、食べようか」
いただきますの号令をポルトスにも教え、皆で手を合わせ純白のプリプリとした肉に食らいつく。
「美味いっ!こりゃ完璧に蟹だな。今度捕まえたらしゃぶしゃぶで食ってみようーーー。
っと、それより次の一応の目標はデスバッドだよな?どんな魔物で何処に居るんだ?」
「デスバッドはでけぇ吸血コウモリのことで大量のコウモリ達の居る巣穴の奥を根城にしてる陰気な奴だ。
食事の時は口から特殊な匂いを出して魔物や配下のコウモリ型の魔獣を誘き寄せて食ってやがるから、長生きしてる奴ほどデカくて強くなる傾向があってな。
一説には千年生きたデスバッドは吸血鬼を凌ぐほど強えって話しだぜ?」
ギルドで見かけた依頼内容はデスバッドの駆除。放っておいて力をつけられると厄介な存在になるため、発見されれば討伐の依頼が出されるようになっているのだと、ポルトスが続ける。
「そんで今回のデスバッドの巣穴だが、俺達が前に五十階層で確認してる。
配下のコウモリのデカさから言っても俺たちじゃ駆除は危険だと判断して放置してた巣穴だ」
「Bランクのガルーさん達のパーティーでもか・・・。確か難易度はB+でマジックハニー採取と同じだった。
クインビーとの戦闘を考慮してない依頼と同じってことは大したことないのか・・?」
「余裕だな!俺が一人で終わらせてやるぜ!」
「にゃは〜、ボクは出来れば遠慮したいのにゃ」
いつもは戦闘に乗り気なポルトスがそんなことを言い始め、これにはカナタも違和感を感じたようで、理由を探る。
「ポルトスがそんなこと言うなんて珍しいな。そんなに危険な魔獣なのか?」
「にゃは〜、行けば分かるのにゃ。食事中にデスバッドの話はしたくないのにゃ!
それより、早くホーンデビルと土竜を見つけなきゃいけないのにゃ!」
ホーンデビルの生息域は五十階層辺りまで。つまりいつ出くわしてもおかしくは無く、そろそろ討伐しなければ生息範囲から外れてしまうことになるのだ。
ポルトスがデスバッドの話題を避けることは気になるが、行けば分かるかとカナタもホーンデビルや土竜の話へ頭を切り替える。
「最悪ホーンデビルはマジックハニーを採ったあとで帰りに討伐すりゃいいけど、確かに先に見つけられるならそれに越したことはないよな。
それと、土竜ってのはどんな竜なんだ?獣車を引いてた地竜みたいなもんか?」
「違ぇな、地竜ってのは空を飛ばねぇ竜の総称のことだ」
「へぇ、なら飛竜ってのも空を飛べる竜の総称ってことか!じゃ土竜は土魔法を使う地竜とかってことになんのかな?」
「上位の個体ではそういう奴も居るが、魔法を使いこなすような大層な魔獣はAランク以上の冒険者しか相手に出来ねぇだろうな。
今回の土竜は単純に土の中に住んでるだけの竜種だ」
「土の中?竜が土に穴を掘って潜るってのか?それってまんま土竜なんじゃ・・」
「モグラ?そんな魔獣は知らねぇが、土竜は兄ちゃんの言うように地面に穴を掘って地中を移動する竜だ。今回それが迷宮内で確認されたらしい。
だから至急対策が必要だってことで、特殊クエストとして発令されたんだ」
地下迷宮の中で地中を掘って移動する竜など住み着いてしまってはいずれ迷宮が崩壊しかねない。
蜂などのように巣を作り滞在するわけでも無く、餌を探して移動する度に穴を増やし続ける土竜は、発見され次第早急に討伐が必要となる魔獣の一つであるらしく、それ故に討伐した際の報酬は白金貨一枚、カナタ換算の日本円にして百万円という膨大な額となっている。
「二つあった特殊クエストのもう一つか・・。土竜の強さは?それにどうやって見つけるんだ?」
「見つけ方は襲われるのを待つしか無ぇな。
そんで厄介なのは鱗の分厚さと、強力な土掻きだ。前脚や爪の太さは他の竜と比べモンになんねぇ」
「襲われるのを待つって、なんだよそりゃ。土竜が掘った穴の中に入って追いかけるとか待ち伏せるとか出来ないのかよ?」
「無理に決まってんだろ。土竜は自分の前にある土や岩盤を砕いて進んでるだけで穴の上までいちいち排土なんてしねぇんだ。
なら土竜が通った後ろはまた土で埋まっちまうだろ。
いくら掘り返されたあとの土が前より柔らかくなってようが土の中で土竜より早く動けるわけねぇし、決まった通り道を持たなねえんだから待ち伏せも無理だ」
それでは討伐など到底出来るはずがない。土竜が餌を求めて地表に出てくるとは言っても、この広大な迷宮には数多くの魔物やバロンの騎士達が居るというのに、その中でカナタ達の居る場所へ出てくる可能性など無いに等しい。
土竜の討伐は諦めるしか無いのかと考える中、鎌斬りの肉にかぶりついていたポルトスがある可能性について言及する。
「確か土竜は目が殆ど見えない代わりに鼻や耳がとても良いのにゃ。この鎌斬りはいい匂いだにゃ」
「なるほど・・・!つまり、土竜を餌で釣るわけだな?」
「そうにゃ!それで次は土竜を焼いて食べるのにゃ!」
ポルトスから出されたその案を実行するかどうか、カナタはガルーとグランの意見を求める。
「良いんじゃねぇか?なんか楽しそうだ!」
「俺も賛成だ。ならもう少し風通しの良い場所へ行くほうが良いだろうなーーー。
よし、良い場所がある。そろそろ野営の準備もしなきゃならねぇから、今日はそこまで行ったら野営にしよう。そんで休みつつ罠を張って待つってのでどうだ?」
ガルーの案に反対意見は出ず、四十九階層と五十階層を繋ぐ大きな縦穴の開いた場所まで移動することとなった。
*******
移動した先にあった縦穴周辺はの広場は野営するにも罠を張るにも魔物と戦うにも十分過ぎる広さがあって縦穴の影響で常に風が吹気抜けており、土竜を匂いで誘き寄せるには最適な場所と言えるであろう。
その場所の壁に手をかざし、カナタは物質変形で穴を開け部屋を作って行く。
気付けばこの力を使うのも慣れたもので、一度に変形させられる範囲は当初の三倍、約三メートル先くらいまでは問題なく変形させられるようになっていた。
相変わらず、ニケのように動く魔物を串刺しにするような勢いこそ無いものの、当初と比べれば随分とスムーズに物の形を変えることが可能となっている。
「よしっと。今回はこんなもんでいいだろ」
壁の中に作られた部屋は硬い岩盤を変形させたベッドが四つ並ぶ簡素なもの。
そこにトトの店で購入した白く薄いシーツと蕎麦殻ならぬ木ノ実殻で作られた枕が一つずつ置かれているのみだ。
部屋を作ったあとは外の広場へ大きな焚き火を起こし、新たに鎌斬りのリィム焼きをゆっくりと焼き、これだけでは匂いが弱いだろうと、カナタは溜め込んでいた魔獣の串肉を次々と焼き上げる。
ムシュガやこの辺りに多くいる灰毛狼、宝巾着の中で少しだけ匂いのキツくなっていた飛竜の肉や、チュリアンの残骸、ギリル鳥、針千牛などの肉は香ばしい匂いをあげ、その空腹を刺激する匂いは直ぐに広場いっぱいに広がって行く。
肉を火の周りへ並べ終えると、カナタは広場の近くにある水場でスライムが潜んでいないかを注意深く観察し、顔を洗ってから広場に戻る。
するとグランとポルトスは首斬り蜻蛉を使って遊び、ガルーはそれを見つつ焚き火の番をしている最中のようであった。
「さて、飯の続きだ!腹が減ってるなら食ってくれ」
「食っていいのか!?餌は!?」
「匂いはもう十分立ってるだろうし焦がすのも勿体無いからな。食い終わったら飛竜の骨を煮込んで竜骨スープでも作ってみるから、匂いが薄れる心配も無い。つぅわけだから食ってくれ」
「にゃは!食べるのにゃ!」
「しっかし、良くもまぁこんな量の肉を隠してたもんだな。飛竜の肉なんてもし店で食ったら、少なくともこれ一つで大金貨一枚・・いや下手したら白銀貨一枚はするんじゃねぇのか?
それを餌にしようってんだから太っ腹にも程があるぜ」
ガルーは飛竜の肉が三枚刺さった串を手に取ると、そんなことを呟いた。
重さで言えば一キログラムも無いほどの肉が五十万円してもおかしくは無いと言う。
確かにあれ以来飛竜の姿は見ておらず周囲の反応からしてもあの飛竜がかなりレアな魔獣であったことに違いはなく、危険度を考えるならば高いのも頷けるのだろうが、素材を剥ぎあとは食べるだけと考えていたせいもあってか、肉が売り物になるという可能性をカナタは完全に失念していた。
それも、大きいとは言えたかが串一本の肉が店で出すなら白銀貨一枚という高額になると言うのだから、本来貧乏性であるカナタの動揺と言えばそれは凄まじいものがある。
しかし笑顔で食べろと言ってしまった手前、今更それを止めることも出来ず、何より既に焼いてしまった肉を買い取ってくれる店などありはしないだろう。
カナタは後悔と悔しさを噛み締めるように、手に取った飛竜の肉を飲み込んだ。
**********
食事を終えた四人は二人ずつに分かれて睡眠を取ることとなったのだが、カナタは竜骨スープの仕込みのために焚き火の側に残り、グランも食後の腹ごなし兼カナタの護衛。
だがポルトスは二人の監視任務中のためか頑として部屋には入らず、結局ガルーだけが横になって休む事となった。
「さてと・・・。まずは骨を砕くか・・・。
いやーーー、待てよ。飛竜の骨も売れる可能性はあるよな?ゲームとかじゃ竜の骨ってのは強い武器の材料としてよく見かけるし、飛竜の骨は見た目や丈夫さに反してかなり軽い。
ーーーうん、やっぱ勿体無ぇな。こっちにしとくか」
カナタは飛竜の骨を取り出し一人でぶつぶつと喋ると、取り出そうとした飛竜の骨を仕舞い込み代わりに輝晶竜の骨を取り出す。
こちらの骨の方が素材としての価値は低いように思えることや、何より味自体も輝晶竜の方が美味であることからも、輝晶竜の骨で竜骨スープを作ってみようと考えたらしい。
カナタは不折剣をハンマーの形に変えて力いっぱい振り抜き、足元に平ら変形させて置いた岩の上で竜骨を砕いて行く。
「それよりポルトス、部屋に入らないならせめてその辺で横になっとけよ。うるさいだろうからこれも貸してやるしさ」
ポルトスが任務を忘れて眠れるとすればカナタとグランが同時に寝る時くらいになってしまうが、そうするとガルーが一人で見張りをする事になってしまう。
Bランク冒険者の見張りというのは本来なら贅沢な話なのだろうが、カナタとしては迷宮の中にガルーを一人で放置するのが少し不安なのだ。
骨を叩く音で睡眠どころでは無いだろうと、森で見つけたバルザという軽く柔らかい、スポンジのような質感の木で作った耳栓をポルトスへ差し出す。
「んにゃ〜、だけど任務中なのにゃ」
ポルトスはお言葉に甘えたいという気持ちを隠すようにカナタの申し出を断る。
まだ子供のようにも見えるが、これもラミスの厳しい教育によって培われた我慢強さなのか、騎士としての自分を全うしようとして居るようだ。
だがやはり睡眠は取ってもらわねば、いざという時に命取りにもなり兼ねない。カナタは部屋に置いていたシーツを手に取って形を紐状に変えると、紐の端を自分の腹部へ括り付け、余った長い紐をポルトスへと手渡した。
「ほい。これで何処にも行けねぇだろ?ネオも腕かどっかに括っとけよ」
「ニャハ!いい考えだにゃ。それより、ボクの名前はポルトスにゃ!気をつけるのにゃ!」
「つっても半分くらい擬人化が解けてるんだが」
「にゃ〜、眠る時は擬人化が維持出来ないのにゃ。今日はもう眠るにゃ」
そう言って腕に紐を括り付けたポルトスの体には薄茶色の毛が生えて黒い雲のような模様が浮かび上がり、体は縮んで行く。
妖精猫族となったネオの姿に僅かに残るポルトスとしての面影は、僅かに耳先へ残るターコイズグリーンの毛色くらいであろう。
「何かあったら起こしてやるからゆっくり寝とけ」
その言葉を受け取ったネオの目は、頭を撫でられる猫のように閉じていった。
「さてと、そんじゃスープ作りでも始めるか。これがうまく行けば次は麺だな。
パンがあるってことは小麦か、それに近いものはあるって事だから麺だって作れる筈ーーー。
豚骨ラーメンならぬ竜骨ラーメンを食べることだって夢じゃねぇ!
よし、やるぞ・・・、俺は必ずラーメンを食う!!」
PCの前で夜な夜な食べた懐かしき夜食を思い出し密かにラーメンへの思いを強めていたカナタは、ハンマーを握る手に力を込め竜骨へ振り下ろす。
だが気合を入れたかといって硬い竜の骨がそう簡単に砕ける訳もなく、迷宮攻略により溜まった疲れもあるせいか、カナタは先ほどまでの堅い決意を忘れたかのように振り下ろす腕を止め、ハンマーをグランへと手渡す。
折れないハンマーとグランのパワーがあれば百人力だ。
「そういえばグラン、聞きそびれてたんだが白猫亭のソフィーと会った時どうして驚かなかったんだ?」
グランは固い竜の骨を叩きつつカナタの質問が解せぬといった顔を見せる。
「驚くって・・・何でだよ?」
「何でって、そりゃ初めて行く場所にソフィーと同じ名前で同じ顔の猫耳少女が現れりゃ普通驚くだろ?あえて本人には言ってないが、あれってソフィーが猫耳つけて普通の子供の演技でもしてんのか?」
「あぁ・・、カナタは知らないのか。白猫亭のソフィーは、俺たちの知ってるソフィーとは別人だ」
当然その可能性はカナタも考えていた。
しかし、妖精ソフィーと猫耳ソフィーが別人だとするならば、猫耳ソフィーのあの見た目と年齢に対して膨大すぎる知識はなんだと言うのだろう。
智慧を司る妖精だと名乗ったソフィーと全くの無関係だとはどうしても思えなかった。
「そんなことが本当にあんのか?ありゃ似てるなんてレベルじゃないが・・」
「そりゃ猫耳と頭の中以外は同じだからな」
「何言ってんだ?まさか猫耳ソフィーは妖精ソフィーのクローンとでも?そんな技術がこの世界に・・・」
あるわけがない。
そう言うとして、カナタは思い留まる。
確かにそのような化学技術があるとは思えない。だが、時間を止めるという科学の限界を超えたような能力が存在する以上、自身の分身体を創り出す力があろうと何ら不思議では無いではないか。
「そうかーーー、特級魔法か」
「そうだ。ソフィーはああやって自分の分身を色んな場所に潜ませて生活させてるらしい」
「生活を?何のために?」
「詳しくは知らねぇけど、ソフィーは分身が見たり聞いたりした情報を自分の物に出来るらしい。だから世界中で起きてることを何でも知ってるんだ」
「スパイみたいなもんか・・。因みに分身はそのことを知ってんのか?」
「いや、知らねぇみたいだ。分身の記憶は送り込む場所によってソフィーが作って植え付けてあるらしいから、その場所で本当に生まれたと思って暮らしてるんじゃないか?
だから白猫亭のソフィーは俺たちの事を知らないんだよ」
妖精ソフィーが記憶を操作しているなら、猫耳ソフィーの知識量にも納得が行く。
カナタが知りたいことは大抵答えてくれるのも、妖精ソフィーの計らいによるものかも知れない。だとするならば、カナタの前でタイミングよく獣車に轢かれかけたのも、更には獣車が暴れ始めたことさえも妖精ソフィーの意思による物だったのでは無いだろうか?
カナタの脳裏にはそんな考えが浮かんでいた。
ソフィーは世界中に分身を送り込んで何を知ろうとしてるのだろうか? スパイの目的と言えば交渉に役立ちそうな情報を集めたり、いち早く危険を察知したりなどが思い浮かぶが、それらの情報戦は結局のところ国や企業の成長や自衛の為に行われている筈。
だとするならばソフィーの正体は、どこかの国の情報局の要人などと考えられるのではないか?
そのソフィーがカナタの出現を予期し、其処へグランを向かわせた理由は何だ?
グランもその辺りの情報については何も聞かされていないのか、カナタの質問に首を傾げている。
「それじゃグランから見たソフィーってのは、気づいた時にはもう一緒にいて、小さい頃から森や迷宮の中で戦い方や知識を教えてくれた滅茶苦茶強え育ての親ってことか?」
「ああ、そうだ!ある事情ってのがあって本当の親から俺を預かったらしい!」
そう言ってグランは笑う。
だがしかし、カナタにはある最悪の可能性が思い浮かんでいた。
「そっか・・。ソフィーの分身ってのは全部で何人くらいいるんだ?それと、どれも同じ姿をしてるのか?強さは?」
「数は分かんねぇけど、世界中に居るって言ってたし多いのは確かだと思うぞ?
強さはソフィーの込めたマナの量とか、戦闘タイプかどうかとかにもよるんじゃないか?詳しくは知らねぇけどな。
見た目は色んなのが居るらしい!俺達が知ってるソフィーと同じ見た目の奴は、俺たちへの目印で置かれてるんだ」
「目印?」
「そうだ。同じ見た目の奴は俺たちを助けてくれるために作った分身だから、初めて行く街ではまずはソフィーを探せって言われてんだよ。
白猫亭のソフィーだって色々と知ってるし、トトを紹介してくれたろ?」
これで猫耳ソフィーの知識量にも納得が行った。だとするならばやはり、始めに獣車を暴れさせ、カナタと猫耳ソフィーが知り合うように導いたのは妖精ソフィーなのだろう。
それによりバロンやこの世界の情報を知る事ができ、トトというバロンでも有数の商人と知り合う事も出来た。恐らく他の街でもソフィーを探すことで何か有益な情報や人脈に繋がるようになっているのだろう。
やはり全ては偶然などでは無かったのだ。
そして何より重要で最悪かもしれないのは、ソフィーの分身は様々な姿で世界中へ散らばっているということだ。
分身はソフィーによって作られた記憶を持ち、どのような姿にでも出来る。それは分身と言うには余りにも出来すぎた、謂わば完全なる他人を作り上げる能力と言えるのでは無いだろうか。
そしてソフィーはそれらの分身が知り得た情報の全てを知る事が出来るというのだから、智慧の妖精と名乗ることも頷ける。それどころか神のような力ではないか。
グランは何気なく語っているが、気付いて居るのだろうか?
ソフィーはいつからグランの横にいたのか?
本当に吸血鬼と竜人族のハーフなどという生命体がこの世に生まれ落ちたという事実はあるのか?
ーーーグランを創り出したのは、ソフィーなのではないのか?
カナタはこの時初めて、ソフィーという存在の脅威について実感していた。
そして物陰から自分を見る影がある事、ネオの耳に耳栓がされていないことには気付いていない。
**********
輝晶竜の骨をコトコト煮込むこと数時間。
骨に残っていた身や筋は柔らかくなり、スープはほんのり乳白色へと変化している。
カナタは眠たい目を擦り、グランは暇を持て余し何処からか魔物でも襲って来てくれないかと期待を込めて周囲を見渡しているのだが、この数時間の間に倒した魔物の数が二十を超えた辺りから、匂いに釣られる魔物の頻度は極端に低くなっていた。
「カナタ、匂いが弱くなってるんじゃないのか?」
「スープは濃くなってんだから寧ろ匂いは強くなってんだろ。グランの鼻が匂いに慣れちまったんだよ」
魔物達の鼻も匂いに慣れたのか、それとも近くの魔物は狩り尽くしたのか、何れにせよ一時間ほど魔物の姿は見ていない。
やはりグランは太陽の無い迷宮の中では体の調子が良いのかソワソワした様子で眠るネオへ視線を向けるが、その度に睡眠を妨げまいと立ち上がり一人で体を動かし始める。
こうした行動をとるのはもう何度目になるだろうか、グランが立ち上がる仕草を見せた時、部屋の中で眠っていたガルーが起きて来た。
「土竜はまだ釣れてねぇようだな。見張りを変わってやるから少し休め」
「んあ?ガルーさん、もう起きたのか・・・、そうだな、ならお言葉に甘えて少し眠らせてもらうよ。グランはどうする?」
「俺はまだ起きてるよ。オッさん一人じゃ心配だからな!」
「あのな・・・、俺を誰だと思ってーーー」
見張りすら一人で出来ないと思われてはBランク冒険者の名折れだ。しかし土竜が現れた時のことを考えるなら、確実に仕留める為にはグランかポルトスの力が必要となるだろう。
カナタはそう考え、そしてあることに気がついた。
今だに眠るネオの姿をどう説明するべきだろう?
ポルトスの正体がガルーにバレたからと言って大した不都合は無さそうに思えるが、本人の了承も得ずにバラしてしまうのも何か違うような気がする。
カナタがふとシーツに包まるポルトスへ目を向けると、眠っていたはずのネオの姿はいつの間にかポルトスのものへと変化していた。
「ボクも起きたから大丈夫なのにゃ。グランは部屋で眠るのにゃ」
「あれ?起きてたのか?」
「今さっき起きた所にゃ」
ポルトスは欠伸をしつつ片眼を擦り、うっすらと浮かべた涙を拭くような仕草を見せている。
ガルーはそんなポルトスを見て、あることが気になったようで首を傾げて問う。
「おめぇら、体に紐なんて括り付けて何してたんだ?」
監視任務中のネオが眠れるように。
などという訳にもいかず、カナタはどう答えようかと考えを巡らせる。ポルトスは答えを考える様子も無くカナタがどう答えるのかを見ているだけだ。
「あぁ・・っとこれは、俺が土竜に喰われて連れ去られるのを防ぐ為だ。グランは魔物と戦ってたから一応な」
「ガハハッ、なんだそんな理由か!心配性な奴だな!」
「ほっとけ!土竜を釣るのはいいが、俺が餌になっちまうのはゴメンだからな。
それじゃ、俺達は部屋で休ませてもらうよ」
何とか誤魔化し、カナタは部屋へと向かう。グランはまだ外で遊んでいたいようではあるが、体を休めておけとガルーやポルトスにも言われ、渋々といった雰囲気で部屋へと向かう。
そしてグランを待たずして、カナタが硬いベッドに横になり枕に頭を乗せ、幸せを噛み締めている時だった。
何やらベッドが小さく振動を始め、その揺れは次第に大きくなり、カナタをベッドから揺さぶり落としたのだ。
「なっ、なんだ!?地震かーー!?」
ベッドから落とされ立ち上がると、振動は部屋全体を大きく揺らしていることが分かり、部屋の壁には至る所に亀裂が入っていく。
そんな部屋の様子を部屋の外から眺めていたグランが突然叫んだ。
「カナタ、来るぞ!」
「来るって何が!?本震か!?」
明らかに地震に襲われていると錯覚していたカナタは、これから本格的な揺れが訪れ、更に揺れが大きくなるのだと身構え、そして判断が遅れる。
「本震って何だそれ!?土竜だよ、土竜!!」
「なーーーっ、土竜!?ならあっちにーーっ」
この凄まじい揺れを起こしているのが土竜の地下移動なのだとすれば、それはもうすぐ側にまで来ている筈だ。
だが肉やスープの匂いに釣られてやって来たのだとするならば、部屋の下を通り過ぎて焚き火のある位置に出現するはず。
カナタは部屋の外に顔を向け、そこに出現するであろう土竜の姿を捉えようと待ち構える。
「カナタそっちじゃねえ!!」
しかし、それは全く的外れな考えであった。
土竜が出ると予測される場所から明後日の方向を見るカナタへ、グランが叫ぶ。
部屋に作った入り口付近にはグランが立っており、その後ろには外の焚き火が見え、其処にいたポルトスとガルーは何故か部屋に向かって走って来ている。
出て来るところを待ち構えなければ、何のために誘き寄せたのか分からなくなると言うのに、何故こちらへ逃げて来る?
カナタの脳裏にはそんな思いが浮かんでいた。
「おい逃げろカナタ!!」
直後ーーー。
カナタの背後にある壁に大きな亀裂が走り、轟音を撒き散らし砕け散ったーーーー。