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怒涛の1日/“ファントム”出動

10


 この日、武蔵野台美術大学の上空には一機のヘリが構内の様子を伺うように旋回していた。

鵬翔晃は、吉田を伴って、武蔵野台美術大学の理事長室を訪れていた。

構内での撮影許可を受けるためだ。

理事長は、快く構内での撮影を許可してくれた。

校門の前では、良介と撮影スタッフが既に待機していた。

校門まで戻ってきた鵬翔は、良介達に腕章を渡して撮影OKを告げた。

良介は、サポートカーの無線で上空のヘリに連絡を入れた。

「GO!」

ヘリに乗り込んでいたスタッフが上空からのカットを指示する。

武蔵野台美術大学の全景を上空から撮影しているのだ。

良介は、地上のスタッフを引き連れて、各学科の授業風景、バザーに向けての作品造りの様子を一通り、撮影していった。

デザイン科では、むさ美が誇る、CGの機器を撮影し、コンピューターの画面を操作する学生のカットを撮った。

良介は、被写体の学生達にいつものように自然体で作業するように注文を出した。

「ねえ、知美。あの人達って…」

コンピューターのキーボードを操作しながら、洋子は知美に話しかけた。

「ええ、“ファントム”の撮影スタッフですって。バザーのPRビデオの撮影らしいわよ。」

「そうじゃなくて、指揮を執っているのは聖都の日下部って人なんでしょう?」

「そうね。何でも、彼のお父様が“ファントム”の社長なんですって。」

「へー、じゃあ彼のハートを射止めたら超玉の輿じゃない!」

「ダメ、ダメ。彼にはもう、れっきとした彼女がいるのよ。同じ聖都の4年でCIPの副部長。幼なじみで、彼女のお父様も“ファントム”の専務ですもの。誰がどう立ち回ってもかないっこないわ。」

「なーんだ。残念だなあ。」

「それよりも、ちゃんとしなさい。PRビデオに映ったあなたを見て恋をするバカな男が出てくるかもよ。」

洋子は、慌ててキーボードを叩き始める。

「OK!第一段階終了。」

良介が時計を見て、撮影を終了させた。

「“HIRO”の準備はどうだ?」

サポートカーのスタッフに確認を取る。

マイク付のヘッドホンをしたスタッフが、OKのサインを出した。

「よしっ!移動するぞ。撤収。」

引き上げる間際に、良介は、知美の方に向かって手を振り、ウインクをして見せた。

「キャー!やっぱりかっこいいわ。」

洋子は、身もだえしながら、知美の背中を何度も叩いた。


 “HIRO”の二階ではママの博子がプロのスタイリストにメイクをして貰い、興奮気味に鏡とにらめっこをしている。

「なんだか女優になった気分だわ。長生きもしてみるもんねぇ。」

「何をおっしゃるんですか?ママさん、そこら辺の女優よりずっと若々しい肌をしていますよ。本当はメイクなしでもいけると思ったくらいですから。」

スタイリストの三浦は、本心でそう言った。

智子も、三浦が用意した衣装を身につけていた。

デニム生地のシャツにリーバイスのジーンズだが、知美が身につけていると下手なドレスを着ているよりエレガントに見える。

その上に、いつものように、店のロゴが入ったエプロンを付けた。

 店では、スタッフが照明をセットしたり、カメラのアングルを計算したりしている。

薫は、落ち着きなく、店の前をうろうろしている。

店に降りてきた智子が薫を呼んだ。

ママの博子が、スタッフ全員に紅茶を入れてくれたのだ。

スタッフの一人が無線で話している。「…了解!」

スタッフは、紅茶を一口すすると紙コップをカウンターに置き、他のスタッフに告げた。

「ロケハン第一段階終了。今、こっちに向かったそうだ。」

そう言って残りの紅茶を飲み干し、ママの博子に礼を言った。

 良介達はすぐに店にやってきた。

店に入るなり、良介は「おっ!いい香りだ。フィルムに移らないのがもったいない。」

そう言うと、三人に指示を出し、カメラマンの葛西に合図を出した。

「回してくれ!」

二台のカメラが同時に回り始めた。

一台はカウンターの脇に固定されている。

もう一台を葛西が担いで三人の動きを追う。

ママの博子がコーヒーを入れる。

カウンターに座っている、薫の前にコーヒーを置く。

智子に一言声を掛ける。

智子は一瞬、博子の顔を見て頷く。

薫と智子が、笑顔で何か話している。

やがて、智子の目から涙があふれる。

薫が、智子の耳元で、何かを告げる。

そして、爽やかな笑顔が戻ってくる。

「カーット!OK!」良介が叫ぶ。

「第二段階終了!後は日が暮れるまで休憩。ロケハンはむさ美に戻って、工房のセッティングをしておいてくれ。」

スタッフの一人が、廻りに指示を出した。

 良介は、カウンターを挟んで固まっている三人に近づいて、薫るのとなりに座った。

放心状態の三人に向かって、指をパチンと鳴らした。

まるで、催眠術から開放されたかのように、三人が我に返ると、握りしめた右手の拳を横にして、親指を立てた。

「三人とも、なかなかの演技だったよ。それからママさんボクにもその美味しそうなコーヒーを入れてもらえませんか?」

そう言って、ママの博子にウインクした。


 CIPの部室では、伸一と望が模擬店の配置を検討していた。

温子と涼子がリサーチした構内の配置図を元に、出店予定の模擬店リストから魔法の配置を完成させるためだ。

 伸一の理論はこうだ。

コンビニエンスストアに行くと、ついつい余計な物を買ってしまう。

それには、誰もがはまる魔法の法則があるというのだ。

まず、二つのメインストリートを設置する。

一つは目的が明らかな物を入口から正面の奥に置く。

コンビニエンスストアの場合は、弁当だ。

その脇には、総菜コーナー、デザートコーナーを設置する。

その向かい側にはパンやカップ麺等のサブ食品で二次攻撃をかける。

もう一つは、長時間店にある程度の人数を引き留めておく場所。

人の心理として、賑わっているところにはついつい行ってみたくなるものだ。

それに該当するのは雑誌コーナーだ。

これは、入口のすぐ脇で、外から見える場所。

この二つのメインストリートの中に、菓子や雑貨などのコーナーを設けることが無意識のうちに、物を買わせる鉄則だと伸一は分析している。

更に、レジカウンターのそばに、安くて魅力のある賞品を配置する。

ほかほかのホッとドックやばら売りの団子などがこれにあたる。

これに基づいて、バザーの模擬店を次々と配置していく。

幸い、今回、地元商店街に出店を要請できたのは、メインの学生の作品と関連づけをしていく上で、非常に好都合だった。

「よし、大筋は大体こんなもんだろう!」

伸一が、配置図を広げて満足そうに言う。

望も、納得といった顔で伸一を見た。

「良介のヤツ、うまくやってるかしら?」

「部長なら、大丈夫ですよ。“ファントム”のプロデューサー連中も部長には一目置いてますから。」

「そうね!それだけが取り柄みたいなヤツだものね。」


 ロケハンを除くたいていのスタッフが、“HIRO”でくつろぎながら、時間をつぶした。

辺りはすっかり日が暮れて、かすかにオレンジ色の光が窓から射し込んでくる。

良介は、何人かのスタッフとママの博子に、ロケハンに食べさせるためのサンドイッチを用意して貰っている。

薫と智子は、ついさっき工房へ向かった。

「プロデューサー、用意が出来ました。」

ママの博子を手伝っていたスタッフの一人が、良介に告げた。

「さて、最終段階に突入しますか!」

良介の一声に、スタッフは全員立ち上がった。

良介は、ママの博子に礼を言うと、白紙の小切手を置いて店を出た。


 工房に着くと、ロケハンは既に準備を済ませ、一服しているところだった。

差し入れのサンドイッチを渡すと、皆、むさぼるように食べ始めた。

良介は、一通り確認を済ませると、ロケハンに合図した。

「お疲れさま。」

とりあえず、これでロケハンはお役ご免だ。

撮影が終わったら、機材の片づけは専門のスタッフがやることになっている。

スタイリストの三浦が、良介の脇に来た。

「こんな仕事は、初めてだわ。社長が言うように、大学なんかに行かせておくのは、本当にもったいないと思いますよ。」

「よして下さいよ。三浦さんまで。」

カメラマンの葛西が、良介に合図をした。

「いつでもどうぞ。プロデューサー。」

良介は薫と智子を呼んだ。

智子は、リーバイスのつなぎに、NIKEのTシャツを着ている。

薫は、自前のジーンズと無地の白いTシャツだ。

良介が撮影の段取りを、二人に説明すると、二人は頷いて、位置に着いた。

美術スタッフが最初の小道具を設置した。

ブロンズ像の原型となる粘土の固まりだ。

良介がカメラマンの葛西に合図し、カメラが回り始めた。

ロケハンがセットした、固定レールに乗って、ゆっくりと二人の周りを回り出す。

薫と智子は、粘土の固まりを馴れた手つきで一つの作品に仕上げていく。

続いて、同じ形の、既に仕上がっている粘土に石膏で型を取る。

次に、これも予め用意されていた、同じ形の石膏の型に銅を流し込む。

さらに、既に固まった、ブロンズ像が用意される。

二人はそれに着色していく。

作品が完成する。

一連の流れを、全てカメラに収めながら、良介は、2台のモニターをずっとチェックしていた。

「カーット!」

良介は、両手を頭上で大きく○の字を作り、OKを出した。

外は、うっすらと明るくなり始めていた。

薫は工房の床に大の字になった。

智子も、その場に座り込み、天井を見上げた。

間もなく、スタッフが後かたづけを始めだした。

良介も、二人のそばに腰を下ろした。

「どんな役者の演技よりも、ありのままの人間の姿ほど美しいものはないんだ。それを今日、君達が証明してくれた。」


 その翌日から、良介はメディアタワーの編集室にこもった。

既に、三日たっていた。

バザーまでは、あと35日ある。

バザー当日の一か月前から、PRビデオを沿線の街頭モニターで1日3回程度、流してもらうことになっている。

ビデオテープを製造する時間を考えたら、今日がタイムリミットだった。

撮影されたすべてのフィルムを何度もチェックし、編集室のエンジニアに指示を出している。

「そこのところは、スローで3秒づつの映像をラップさせながら、一つの流れを作ってくれ。」

工房で、薫と智子が作品を作っているシーンだ。

「イタリアのテープはもう届いているんだろうか?」

「ぬかりありませんよ。今日の午後には届く予定です。」

ちょうどその時、編集室の、内線電話が入ったことを示すランプが点滅を始めた。

良介が受話器を取る。

総務の女子社員からだった。

「ミラノの支社から航空便が届きましたよ。そちらへお持ちしましょうか?」

「いや、取りに行くよ。ちょうど外の空気を吸いたいと思っていたところなんだ。」

そう答えると良介は、受話器を壁掛けの電話機に戻し、編集室を出た。

長い廊下を、エレベーターホールまで歩き、上階を示す△のボタンを押した。

このフロアを示す、48の数字が点滅して“ピンポン”とブザーが鳴った。

扉が開くと、良介はエレベーターに乗り込み、52のボタンを押した。

52階のホールで両側に4台づつ並んだエレベーターのうちの、東側第二エレベーターの52の数字が点滅して、“ピンポン”とブザーが鳴ると、扉が開き良介が出てきた。

良介は、受付の女性社員に右手で合図を送ると、そのまま素通りして総務部まで歩いて行った。

この春、入社したばかりの女子社員が、小包を右手で頭上にあげて「こっち、こっち」というように、良介に示している。

彼女は、聖都卒でCIPの先輩だった。

「先輩、元気そうですね。」

「まあね。それが取り柄みたいなものだから。…ただ、総務に配属されるとは思わなかったわ。」

彼女は、プロデューサー志望だった。

「1年間の辛抱ですよ。」

「1年たったら、今までやってきたことを、みんな忘れちゃうわ。」

「それが狙いなんですよ。ここでは。個人的な余計な知識や、根拠のない理論や偏見は大会社の中で邪魔になるだけだというのが、お偉いさん達の考え方で、俺にしてみれば、それこそが、大いなる偏見でしかないと思うんだけどね。まあ、頑張ってください。」

そう励まして、良介は、編集室に戻って行った。

 良介と、エンジニアは早速、そのテープをチェックした。

イタリアの世界的工房のデザイナー、レオナルドの単独インタビューと彼の仕事ぶり、工房の作品制作過程が収められている。

「工房の画像をさっきの流れとラップさせながら、レオナルドのコメントを、瞬間的にスポットで入れてもらえないかな。」

エンジニアは、巧みに、映像を繋ぎ合せていく。

「さすが!ゲンさん。お見事ですね。」

エンジニアは、源真樹夫みなもとまきおという名前なので、皆からはゲンさんという愛称で呼ばれていた。

「もう、2年間も坊ちゃんのわがままに付き合わされてますからね。まあ、そのおかげで、ここのほとんどのプロデューサー連中には、ダメ出しを食らわなくなったよ。」

「ありがとう。あとは、製造に回すだけだな。ゲンさん、そっちの方にも、なんとか顔を利かせてくれると助かるんだけど…」

「了解しました。何とかなるでしょう。出来上がったものは、学校の方にお届けすればいいですね。」


 聖都大学CIPの部室では、孝太がPRビデオの配布先リストをもとに、映像を流してもらえるよう、電話でお願いをしている。

「ありがとうございます。本当は直にお届けしたいところなんですが…はい、よろしくお願いします。」

孝太は、最後の一軒に許可をもらった。

温子と、涼子は宅配便の伝票に宛名書きをしている。

温子は、ペンを置くと、右手を振ってはこぶしを握ったり開いたりしている。

「こんなに長い間、続けてペンを持ったことなんてなかったから、ほらっ、見て。タコ出来ちゃったよ。まだ半分も終わってないんだよ。もう、嫌になっちゃう。」

涼子も、休み、休み、ひたすら伝票に住所を書き込んでいる。

「そんなこと言ってられないわよ。早くしないと、そろそろビデオが届いちゃうわよ。」

電話をかけ終わった孝太は、温子と涼子が書き終えた伝票に、送り主である、聖都大学CIPのゴム印を、次々と押していく。

しばらく、三人は無言のまま作業を続けた。

ようやく宛名書きが終わりかけたころ、“ファントム”の映像エンジニアの源がPRビデオの入った段ボール箱を二箱抱えて入ってきた。

「よう!やってるな。もう一仕事持ってきてやったぞ。」

そう言って、テーブルの上に段ボール箱を置いた。

それを見た三人は顔を引きつらせながら、源に愛想笑いをして見せた。

源が出て行ったのと入れ替わりに、鵬翔が、むさ美の文化委員を二人連れて戻ってきた。

「助っ人を連れてきてやったぞ。」

そう言って鵬翔は、助っ人の二人を紹介した。

「むさ美の文化委員で浅野といいます。」

小柄で活発そうな女性の方が挨拶をした。

続いて、もう一人のスラっとしておとなしそうな女性の方も自己紹介をした。

「同じく、広田です。」

三人にとって、これは渡りに船だった。

しいて、いえば、「先輩、もう少し早く来てくれていれば…」と、言いたいところだったが、誰も口には出さなかった。

 6人で作業を始めてからは、あっという間に荷詰めまでを終わらせることができた。

鵬翔は、宅配業者に荷受に来てくれるように依頼した。

むさ美の浅野と広田は、初めて訪れた聖都大学に、落ち着かない様子で部室の窓から外を眺めていた。

鵬翔は、むさ美の学生たちによる販売品の作成状況や、模擬店の配置などを打ち合わせしてから、二人を送りがてら、もう一度、むさ美へ戻って下見をすると言って出て行った。

残った三人は、宅配業者にPRビデオを預けると、パイプ椅子の背もたれに寄りかかり、両手を思いっきり高くあげて、伸びをした。

「さて、帰りますか?」

孝太がそう言って立ち上がると、温子と涼子も頷いて立ち上がった。

「ねーえ、孝ちゃん。ボウリングしに行かない?この前のリベンジじゃないけど、もう少し、練習しておいた方がいいよ。涼子も、そう思うでしょう?」

「そうね、この前のは、ひどかったものね。まさか、私より下だとは思わなかったわ。」

「いや、あの時は…」

孝太は、言いかけてやめた。

知美のことで動揺していたなんて、今更、蒸し返してどうするんだ。

「あら、なあに?あれは実力じゃないとでも言いたいの?じゃあ、今日は、それを証明して見せてよ。」

結局、温子に強引に引っ張られるような形で、孝太たちはボウリング場へ向かった。

 ボウリング場は、相変わらず、混み合っていた。

受付で、45分待ちだと言われた。

番号札を受け取って、三人はゲームコーナーで時間をつぶしことにした。

温子は、クレーンゲームのコーナーで、かわいい、ぬいぐるみを見つけた。

どうしてもそれが欲しくて、ゲームに挑戦したが、なかなか取れない。

脇で見たいた涼子が「もうやめなよ。」というのも聞かず、熱くなっている。

孝太は、クレーンゲームなどやったことはないが、何となく取れそうな気がしたので、温子の隣の機械で何気なくやってみた。

温子が欲しがっていたものとは別のぬいぐるみだったが、あっさり1回で取ってしまった。

それを見ていた涼子が、温子に「見て、見て。孝太君すごいよ。」と教えた。

「どうせ、まぐれよ。ねえ、もい1回やって見せてよ。」

そう言って、温子は孝太の方へやってきた。

孝太は、機械にコインを入れる。

もう一度チャレンジする。

またまた、ぬいぐるみをゲットする。

これは、思わぬ才能を見つけたぞ。

孝太はそう思った。

温子も、きっとそう思ったに違いない。

すぐに、孝太の腕を引っ張り、今まで、自分が何回やっても取れなかった機械の前に連れてきた。

「あれよ。あれ。お願い。取ってください。」そう言って、温子は孝太に向って、顔の前で両手を合わせた。

「よしっ!任せとけ。」

そう言って、孝太は三度目のチャレンジを試みた。

最初、クレーンは左へとゆっくり移動していく。

目的のぬいぐるみとは、少しずれた位置だと温子は思った。

孝太は黙って操作を続ける。

次にクレーンは、ぬいぐるみに向かってまっすぐ進んでいく。

ぬいぐるみの上まで来ると、孝太はボタンを離した。

クレーンのアームが開いて、ぬいぐるみに向かって降下していく。

アームの片方が、ぬいぐるみの腹に当たって滑り落ちた。

「ああ、だめだ。」温子はそう思ったが、その瞬間、もう片方のアームが頭部から出ている紐に引っ掛かった。

アームが閉じると同時にしっかり紐に引っ掛かった。

ぬいぐるみは紐でアームにぶら下がった状態で落とし口に戻ってくる。

「お願い、落ちないで!」温子は、そう祈った。

ぬいぐるみは、なんとか最後までしがみついていた。

温子は、取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、恩人には目もくれず、ぬいぐるみを抱きしめた。

「涼ちゃんもどう?」

孝太は調子に乗って、涼子にも何か取ってやると言った。

「じゃあ、あれ…」

そう言って、温子とは違う、ぬいぐるみを指差した。

孝太は、はじめて失敗したが、なんとか二回目で取ることができた。

それを涼子に渡すと、涼子はそのぬいぐるみをじっと見つめて、嬉しそうにほほ笑んだ。

その表情見て、孝太は、「そんなにあれが欲しかったのか?」と思った。

 この日の孝太は少し違った。

ボウリングでも、ストライクを連発し、1ゲーム目こそ、135に終わったが、コツをつかんだ2ゲーム目には178を出した。

温子も、涼子も、感心して孝太を見直した。

「今日の孝ちゃん、別人みたい。涼子もこんな孝ちゃんだったら、好きになっちゃうんじゃない?」

温子の思わぬ言葉に、孝太も、涼子も、一瞬ドキッとした。


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