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“むさ美”プロジェクトスタート/プロデューサー日下部良介


 CIPの部室には、全メンバーが揃っていた。

伸一が、今回の、むさ美のバザーに関する企画書を配っている。

良介が、その企画書を見て口を開いた。

「よし!これで行こう!」

伸一が立てた企画はこうだ。

まず、宣伝について。

沿線の各大学に協力を依頼し、ポスターや催し物のチケットを配布して貰う。

バザーで、地元商店街のセール情報などを流すことで、商店街に集まった客を、回して貰う。

この辺は、まあ、どこでもやっていることだろうが、伸一の企画には、こんな作戦もあった。

ある有名人がお忍びでやってくるという、噂を流すのだ。

噂に登場させるのは、あらゆる世代の人が興味を抱くであろう、数人の有名人をリストアップしていた。

最終的に、誰かが、来ていればただの噂ではなくなり、次回以降の集客にも繋がる。

実際、“氷室あすか”という秘密兵器もあるが、伸一は、それは使わないと言う。

自分のコネで、あっと驚かせる人物を連れて来るというのだ。

 次に、会場のレイアウト。

これは、伸一が独自に分析した、人が思わず物を買ってしまう法則を巧みに取り入れた物だった。

 最後に集客の目玉だが、伸一は、ここに、江藤智子を持ってくることにした。

このことで、バザーをただの金儲けのイベントというだけでなく、むさ美を、その世界での登竜門だというイメージを定着させるという。

他にも、地元メディアを中心とした、マスコミ関係への手回しも、抜かりがなかった。

「一つだけ聞くが、その江藤智子の協力は当てに出来るんだな?」

「まだ確約は取ってないけど、彼女の協力無くして、この企画の成功はあり得ないからしばらくは“HIRO”に通うことにするよ。」

「とか、何とか言って、本当はそこの美人ママが目当てなんじゃないのか?」

鵬翔のツッコミに伸一は、顔を赤らめ、反論した。

「バ、バカなことを言うなよ。俺はただ…」

望は、あきれた顔をしたが、温子と涼子は吹き出して、笑い転げた。

「へえ〜、そこのママってそんなに美人なのか?俺も会ってみたくなったなあ。」

良介が、ぶっきらぼうにそう言うと、望は、良介を睨み付けた。

「バカ!」

そう言って、良介に持っていた消しゴムを投げつけた。

「孝ちゃん、ちょっと、私に付き合ってくれない?」

そう言って、望は席を立ち、とっとと部屋を出ていってしまった。

孝太は、みんなの顔を見回したが、揃って目をそらした。

こういうときの副部長は、とても恐ろしいのだと、皆、知っていたからだ。

仕方なく、孝太は望の後を追った。

部屋を出るとき、良介が両手を顔の前で合わせ、ウインクしているのが見えた。


 孝太が“大学堂”に来たのは、合格発表の時以来だった。

あの時の女店員が、ビールケースの上から注文用のメモ用紙をつかみ取って近づいて来た。

「あら、望ちゃん、今日は若い子とデートかい?」

「そうね。それもいいわね。あのバカに比べたら、年下の男の子もいいかもね…それはさておき、ハヤシ大盛りでお願い。孝ちゃんも好きな物頼んでいいわよ。」

孝太は、あまりお腹が減っていなかったので、コーラを頼んだ。

「あら、ビールにしなさい。おばちゃん、コーラじゃなくてビールにしてちょうだい。グラスは二つね。」

「はいよ!」

そう言って、女店員はビールケースからラガーを一本とグラスを二つもってきた。

望は、早速、孝太のグラスにビールを注ごうとした。

孝太が怖じけずいていると、「はやく!」とグラスを持つように催促した。

孝太にビールを注ぐと、持っていたビール瓶を孝太の前に置き、グラスを差し出した。

 結局、ラガーを二本、ほとんど望が飲み干した。

更に、大盛りのハヤシライスをぺろりと平らげると、恐怖の時間が始まった。

孝太は、この後、日が暮れるまで、望の愚痴を延々と聞かされたのだった。

途中、心配した温子と涼子が店を覗いたのに気が付いたが、望が振り返ると、すぐにドアを閉めて立ち去ってしまった。


 温子と涼子は、武蔵野台美術大学の銀杏並木の下を歩いていた。

「考ちゃんったらかわいそうに…」

温子が呟く。

涼子も頷いて、大学堂を覗いたときの光景を思い出した。

向かい側の席で、小さくなってかしこまっている孝太の前で、酔っぱらった望がくだを巻いている。

テーブルをドンと叩いて、ビールの入ったグラスを一気に飲み干している。

「聞いてるの?あなたもそう思うでしょう?どうして、あのバカはいつもああなのかしら。」

もちろん良介のことを言っているのだが、それを孝太に言っても仕方ないことは明らかだったが、望は、月に一度“あの日”が近づいてくるといつもああなる。

孝太に、温子、涼子も話しには聞いていたが、実際に目の当たりにするのは初めてだった。

 その時だった。

正面から、見覚えのある顔が近づいてきた。

「やあ、お二人さん。こんなところで何をしているんだい?まさか、なぐり込みじゃあ、ないだろうな?」

皆川亨だった。

石川若葉と、米村綾も一緒だった。

「失礼ね!誰が誰を殴るって?」

温子が亨に顔を突きつけて文句を言った。

「だって、うちの藤村とあいつを取り合ってるんだろ?」

若葉と綾が、顔を見合わせて、きゃーきゃー騒ぎ出した。

「何を言っているの?彼女とはとても仲良しなのよ。…まあ、あの日以来、会ってはいないけれど…」

「よし、ちょうどいい。今から、そこの彼女のそっくりさんに会いに行こう。」

そう言って、涼子の方をチラッと見た。

「残念だけど、そんな暇はないのよ。リサーチしなくちゃいけないの。」

「リサーチ?」

「そうよ!ここのバザーの企画を請け負ったのよ。CIPで。」

「そうか、薫がお友達に頼んだんだな。」

「お友達だかなんだか知らないけれど、忙しいの。だから、あなたにかまっている暇はないの。」

そう言うと、温子は、涼子の腕を引っ張って、亨達の元を早足で離れていった。


 “HIRO”のママ、鈴木博子が、しゃれた花柄のティーカップに挽きたてのコーヒーを注いでいる。

そのしぐさを、良介と伸一が、じっと観察している。

「なるほど!これはなかなかだな。しかし、お前に“年上女”の趣味があるとは、まったく知らなかったな。」

良介は、伸一を肘でこずいた。

「まさか、本当について来るなんて…もう少し、望先輩のことも考えた方がいいんじゃないですか?」

今日は、たまたま、孝太がとばっちりを食う形になったが、伸一は、明日は我が身かもしれないと思うと、ぞっとする。

「おまちどうさま。」

ママが、コーヒーの入ったティーカップを良介と伸一の前に置いた。

「今日は、小田切君?それとも、智ちゃん?」

伸一が、以前、薫を訪ねてきたときにバザーの目玉に江藤智子を起用したいという話をしていたのをママの博子は知っていたし、今日で伸一がここに来たのは3度目だったので、そう尋ねたのだ。

「江藤さんです。」

伸一は答え、良介を紹介した。

「いつも、うちの色男がお世話になっています。」

良介は、伸一の頭を手で押さえつけて、一緒に頭を下げた。

「あら、あなたもなかなかのものよ。だけど残念ねぇ。智ちゃんは、今、ちょっと、お使いに行ってもらっているから…そうねぇ、あと1時間くらいで戻れると思うけれど、それまで、このおばさんがお相手でもいいかしら?」

そう言って、ママの博子はほほ笑んだ。

年の頃なら、四十歳前後だとは思うが、どこか幼さの残るその笑顔には伸一でなくとも、虜になってしまうに違いない。

良介は、そう思いながらも、望の顔がちらついたので、頭を振って意識を取り戻した。

「いかん、いかん。仕事をしなくちゃな。」

良介は、何気ない会話の中から、江藤智子の、性格や人柄を、さりげなく聞き出した。

初対面の相手との交渉を行う場合、少しでも、相手の情報を知っておくのは常とう手段であり、聞き込みの刑事よろしく、根掘り葉掘り質問をするのは、かえって警戒されて、本当の姿が見えてこないとこを直感的に心得ていたので、第三者を相手に、ほめたり、怒らせたりしながら、必要な情報を、巧みに仕入れていった。

 ほどなく、江藤智子が、店に戻ってきた。

智子は、真一の顔を見て苦笑いを浮かべた。

そして、良介の方を見て、怪訝そうな顔をした。

「微妙だな…」

良介は、そう思った。

「どうも、日下部です。今日はリーダーのお供で、評判のママさんの顔を見に来ました。」

そう言って、ママの博子にウインクした。

「あら、そうだったの?わたしは、てっきり、智ちゃんがお目当てだと思っていたのに。」

博子は、わざと、照れくさそうなふりをしているといった仕草をして見せた。

「ええ、江藤さんのことは、リーダーに任せてありますから。」

伸一は、誠意をもって、智子を説得しようとしている。

智子は、いまいち、煮え切らないようだ。

良介は、智子のことは、ほったらかしで、ママの博子と談笑している。

その時、むさ美の学生が5人入ってきた。

「ハーイ!ママさん、俺、ナポリタン。サラダ付で!」

いちばん背の高い男子学生が言うと、次々に注文が入った。

「俺はえびピラフ。」「私は紅茶とミックスサンド!」「わたしも!」「ボクはカレー大盛りで。」

5人の男女は、注文しながら、カウンターの後ろのテーブル席に、次々と座っていく。

「智ちゃんお願い!」

智子は頷いて、テーブル席へ水の入ったグラスを運んで行く。

ママの博子は、伸一に、「ごめんなさいね。」と言って厨房に入って行った。

「さて、出直すか。」

良介は、そう言って千円札を一枚テーブルに置いた。

智子がお釣を渡すと、良介は、智子に向かって一言だけささやいた。

「これは、君のためだけじゃない。小田切君の才能のためなんだ。そのことは、よく考えた方がいい。」

「えっ?」

意外な顔をしている智子に、もう一言付け加えた。

「店が終わったら、学校の工房に行ってみるといい。」

厨房の方から、ママの博子の声がした。

「智ちゃ〜ん!お願い、こっちを手伝ってちょうだい。」

「あ!はーい。」

智子はあわてて、カウンターのティーカップを片付けた。

「それじゃあ、ママさん、僕たちはこれで失礼します。」

良介が、そう言うと厨房から顔だけ覗かせて、ママの博子が手を振った。

「おかまいできなくて、ごめんなさいね。また、いらしてね。」

良介と、伸一は店を出た。

伸一が、良介に、不思議そうに尋ねた。

「工房って…」

「ああ、あれね。お前、友達のくせに何も知らないんだな。その小田切ってヤツ、今日は店に来てなかったろう?そういう時は決まって工房にこもってるって、あのママさんが言ってたぞ。たまに店に来る教授が彼の才能を認めてるって。」

「…」

伸一は、言葉がでなかった。

「直球だけじゃ、強打者は討ち取れないんだぜ。」

そう言って良介は、伸一の肩をポンと叩いた。

「俺、工房に行ってきます。」

良介は、走り去る伸一の後ろ姿を、しばらく見守ってから、「さて、お嬢様のご機嫌でも取りに行くか。」そう呟いて、近づいて来るタクシーに向かって手を振った。


 聖都大学や武蔵野台美術大学を走る、通称キャンパス線、その始発駅は、東京のファッションやメディアの発祥地と言われている街だ。

その街に、ひときわ高くそびえたつビル、俗にメディアタワーと呼ばれるビルががある。

そのビルの52階に国内トップのシェアを誇る広告代理店“ファントム”のオフィスはある。

40階以上の高層階までの直通エレベーターの中に、良介はいた。

強化ガラスで覆われたエレベーターシャフトの外壁からは、ちょうど、武蔵野の森へと沈んでいく太陽がカプセルのような形をしたエレベーターの中にいる良介を照らしている。

“ピンポン”とブザーが鳴って、扉の上に表示されている階数表示の52の番号が点滅を始めた。

良介は、沈みゆく太陽に背を向けると、エレベーターの扉が開くのを待った。

 エレベーターホールの正面に、ガラスの壁で仕切られたスペースがある。

両側に引き分けられた自動ドアを通り過ぎると、受付のカウンターがあり、整った顔立ちの女性が二人、静かに立ち上がり、会釈をした。

「いらしゃいませ、良介様。社長がお待ちでございます。」

左側の、やや細身の女性が右手を出して社長専用応接室への通路を指し示した。

もう一人の女性が、内線で良介が来たことを社長の日下部良太郎に告げている。

良介は、右手をあげて、女性に応えると、早足で社長専用応接室へ向かって歩いて行った。

社長専用応接室は、一流ホテルのスウイートルームのような、豪華で、落ち着きのある空間だった。

良介は、中央の応接セットの長椅子の真ん中に腰を降ろして良太郎を待った。

社長室側の扉が開き、良太郎が入ってきた。

良介が、立ち上がろうとすると、良太郎は、左手でそれを制し、父親としてではなく、企業人としての目で、良介に話しかけた。

「コンテはできているのか?」

良介は、ここへ来る途中、タクシーの中で書いたコンテを取り出した。

良太郎は、そのコンテを受け取ると、しばらく、険しい表情で見ていたが、やがて、ニヤッと笑い、そのコンテをシュレッターにかけた。

アイディアが他に漏れないようにだ。

「相変わらず、大したもんだ。大学になんぞ行かせているのが惜しくなってくるわい。それで、いつまでにやればいい?」

「一週間。」

「わかった。それで、先方のスケジュールは調整できるのか?」

「問題ない。」

「それじゃあ、早速、二日後からスタッフを派遣する。プロデューサーは…」

「俺がやる。」

「ほーぅ、ずいぶんな熱の入れようだな?じゃあ、あとは任せたぞ。経費はCIPの口座から落としておいていいんだな?」

「ああ。」

二人は、握手をして別れた。


 薫は、ブロンズ像の原型となる粘土の像の仕上げに入っている。

伸一は、その傍らで黙ってその様子を見守っている。

薫は、集中しているので伸一が来ていることにさえ気が付いていない。

衣服の微妙なしわや、風になびいている自然な曲線。

動作から生まれる、筋肉の微妙な起伏。

まるで、その人物がそこにいて、今にも動き出しそうなほど見事な出来栄えだ。

そう、江藤智子が、そこにいるような。

薫は、額の汗をぬぐって、ペットボトルの水に手をやった。

その時初めて伸一の姿に気がついた。

「おどかすなよ!いつからいたんだ?」

「かれこれ一時間になるかな。邪魔しちゃ悪いと思って、声は掛けなかった。」

薫は、ペットボトルの水を一口飲む。

「企画のほうは進んでいるのか?」

「ああ、あとはお前次第というところかな。」

「どういうことだ?俺は、智子先輩を世間のやつらに認めてもらいたいからお前に頼んだんだぞ。」

「彼女はそんなことは望んでない。」

「それと俺とどう関係があるんだ?」

「実は、今日、うちの先輩も“HIRO”に来たんだ。それで、ママに色々と情報を貰った。俺も気付かなかったけど、彼女はお前の才能を高く買っている。お前のためなら、きっと一役買って出てくれるだろう。」

薫は無言で、考えている。

伸一は、薫が作った、粘土の像の廻りをゆっくりと廻りながら食い入るように見ている。

「しかし、驚いたなあ。確かに、高校の頃も工作は得意だったが、ずば抜けているとは言えなかった。たった一年でこれほどになるとは…」

「智子先輩のおかげさ。」

「惚れてんだろう?」

「そんなんじゃないさ。一人の芸術家として尊敬している。もちろん、女性としても素晴らしい人だと思う…本当は、イタリアなんかに行って欲しくない。」

「こいつはどうするともりだ?」

伸一は、粘土の像の方を見た。

「どうもしない。」

「彼女に見てもらったらどうだ。」

「バカ言え!はずかしくてそんなことできるか。」

「そんなことないわ。こんなに気持ちのこもった作品は、私にも創れないわ。」

薫がギョッとして振り向くと、工房の入口に智子が立っていた。


 “HIRO”の入り口の扉には閉店の札が掛けられているが、店の中はまだ明りが付いていた。

薫を中心に、伸一と智子がそれぞれ両側に座っている。

ママの博子が瓶のバドワイザーの栓を開けた。

三人に一本づつ、グラスと一緒に置いた。

薫は、智子のグラスにビールを注ぎ、自分は、そのまま、いっきにラッパ飲みした。

グラスのビールを一口飲んで、智子が口を開いた。

「私は何をすればいいのかしら?」

「それは、僕のお願いを承諾してくれると理解していいんですか?」

「そうね。恥ずかしいけれど、さっき、初めて気がついたわ。彼の想いに…そして、自分の気持ちに。」

智子は、そう言って薫の方をちらっと見た。

薫は、ビールのせいなのか、智子のせいなのかわからないが、顔を真っ赤にして正面を見据えている。

ママの博子が口をはさむ。

「あら、私はずっと前から気が付いていたわよ。」

洗い終わったティーカップを拭きながら、更に続けた。

「智ちゃんにとって小田切君は弟みたいな存在のつもりでいたんでしょ?たぶん、それは、あなたが、自分にそうしなきゃいけないって言い聞かせていただけなのよ。小田切君のことになると、すぐむきになっていたもの。まるで、小学生が好きな子を、わざといじめるみたいに。」

その後は、しばらく誰も何も語らなかった。

そんな時、店の電話が鳴った。

ママの博子が受話器を取る。

「高倉さん、お電話よ。」

伸一は、受話器を受け取る。

電話の相手は、良介だった。

「どうだ?そっちは?」

「先輩のにらんだとおりでした。」

伸一は、その後、しばらく良介の話にうなずいていた。

受話器を置いて、ママの博子に礼を言うと、智子の方に向き直り、良介からの話を伝えた。

「明後日から、“ファントム”のスタッフが、バザー用のPRビデオの撮影に入ります。明日、プロデューサーが下打ち合わせに来ますので、詳しいことはその時に。時間は、午後の9:00でいですか?」

薫も智子も、美大生だけあって、“ファントム”のことは良く知っていたので、驚いた。

「“ファントム”のスタッフですって?あなたたちっていったい…」

伸一は、良介ならこんな風に言うに違いないというようなせりふを吐いた。

「なぁーに、あなたたちのがんばる気持を応援したいだけだすよ。そのために、一番効果的な手段で仕事をするだけです。」

これは、決まった…と伸一は思った。

が、他の三人は顔を見合わせ、どっと笑い声をあげた。


 翌日、店が終わるころには、“ファントム”のスタッフがやってきた。

スタイリストの三浦羽菜みうらはなとカメラマンの葛西武史かさいたけしだ。

カメラマンの葛西は、プロデューサーのコンテに従って、ここに来る前、伸一と一緒に、むさ美のキャンパスを下見しているので、最後に被写体を確認しに来ただけだと言って、すぐに帰って行った。

スタイリストの三浦は、予め、もらっておいた写真をもとに、イメージした衣装をスーツケース二つ分もサンプルを持ってきていたので、これからざっと合わせてみるという。

女性陣が、二階の住まいの方に上がっていくと、薫と伸一は二人でバドワイザーを開けた。

「おい、伸一。プロデューサーってやつは来ないじゃないか。」

「もう、そろそろ来る頃さ。」

ちょうどその時、店のドアが開いて、良介が入ってきた。

「女性陣は、今、衣装合わせのころかな?」

そう言って、カウンターの後ろのテーブル席に腰をおろした。

薫は、拍子抜けしたような声で、「なんだ、あんたか…」とつぶやく。

伸一が、ひとつ咳払いをして、薫に改めて紹介した。

「“ファントム”の敏腕プロデューサー、日下部良介さんです。」

「なんだって?」

衣装合わせが終わって、女性陣が二階から下りてきた。

「おわったか?」

良介が三浦に尋ねると三浦はうなずいた。

「素材がいいので、きっと、いい画が取れると思うわ。それじゃあ、プロデューサー、私はこれで失礼します。」

スーツケースを両手に抱えて、三浦は店を出て行った。

智子が良介を見て怪訝そうな顔をして聞き返した。

「プロデューサー?あなたが?」

良介は、ウインクをして、カバンからレポート用紙を出してテーブルに置いた。

「じゃあ、コンテの説明をしよう。」

良介から、コンテの説明を受けた三人(薫、智子、博子)は興奮気味に、口をそろえて言った。

「こんなCMは見たことがない。一大学のバザーにPRビデオを作るというのも驚いたけど、こんな映像、よく思いつきますね?」

良介は、伸一の肩に手をおいて、言った。

「昨日、こいつがかましたギャグじゃないけど、すべては君たちの“がんばる気持ち”のおかげだよ。」

一同は、良介のさりげない言葉に、昨日の伸一と重ね合わせてみた。

いつも、ブレザーを着こみ、根っからのお坊ちゃんでありながら、かなり、危ないことまでやってのける良介と、体育会系でジャージ姿がよく似合う、伸一を並べて比べたら、答えは、考えるまでもなかった。


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