選択と謎
第九十七話 選択と謎ーーそして、時の
長い物語を語り終えた。
美野里は深く息を吐き、目の前にいるアリサとバルカの子供。
懺悔してもし尽くせない、ルーサーを見つめる。
そして、これから彼に浴びせられる全ての言葉を一心に受け止めようと彼女は心に決めていた。
「………」
対するルーサーは、目の前で語られた真実に愕然としていた。
そして、これまでの勘違いや、一時は彼女を憎み恨みんだ事があった。そんな自分自身を滑稽に思った。
入り混じった感情を整理できないまま、そんな彼の言葉を待つ彼女にルーサーは、震える口で言葉を出そうとした。
だが、その時。
「……間違いなんかじゃない」
二人の間を断ち切るように、雷鳴に似た光が両者の間の地面を這い、弾け飛ぶ。
美野里たちが振り向くとそこにはもう一人の神、ラトゥルがこれまでとは違う、苛立ちを露わにさせた表情を浮かべ、拳を握りしめていた。
「……ラトゥル」
「シクアは何も間違ってない。悪いのはあの世界で災厄に立ち向かえなかった人間たちなんだよ」
美野里が語った真実、彼女の役割を信じないラトゥル。
まるで子供の癇癪でも起こしたように、ラトゥルは自身の我を言葉にして、美野里にぶつける。
「私たちの世界は、神を駒のように扱ったりしない!その役割はあの世界で生かされた人間たちがするべきことなんだよ!現に、私にそんな力はない!だから、シクアが気にすることなんて、全然ないんだよ!」
「………それは違うわ。あの世界は私の一件を経て、神を必要としなくなっただけで」
「違わない!……違わない違わないッ!!」
美野里の言葉を認めないラトゥル。
地団駄を踏むかのように、周囲に雷鳴の光を迸らせる。
周りの被害が拡大する。
美野里は急ぎ、ラトゥルを止めようとした。
だが、
「……ッ!?」
目の前で対峙するラトゥルの瞳には、涙が溜まっていた。
そして、一筋の涙を流しながらーーー美野里を見つめ、叫んだ。
「だって、そうじゃなきゃ!……私たちの世界が、私たちの存在が!全てが間違いだったって!認めることになるんだよ!!」
その瞬間、美野里は目を見開き、その言葉に愕然とした。
見捨てられる。
存在の不定。
いなかったことが正解だった。
自分のことだけで頭が一杯だった。
そんな美野里が口にした言葉の全てが、それら今まさに彼女に突きつけていた。
その事をようやく理解したからだ。
「…………」
目の前の彼女から言われた言葉に沈黙し、美野里は思い出す。
あの世界にーーー人間として、やってきた時から過ごした日々を。
出会った場所、懐かしの喫茶店、そして、これまで言葉を交わしてきた人たち。
だが、それら全てが、美野里が間違えさえしなければ存在しなかった。
良い思い出だけに浸ってしまうーー自分勝手なエゴだ。
美野里自身、そんな自分自身に深くーー嫌気を抱く。
だが、それでも、
「…………ええ、そうよ」
「!?」
美野里は唇を紡ぎ、それを肯定した。
そして、肯定した上で、
「……私は間違えた。そのせいで世界は滅び、新たな世界が生まれた」
「……ちがう、ちが」
「私が行ったことで、その先に繋がる今の現状を招いた」
「ちが」
「だから……私が全部を終わらせなくちゃいけないの!それこそが、もう私にしかできない償いだから!」
美野里は武器を構え、ラトゥルを見つめる。
そして、
「だから、そのためだったら私は何だってする。今の世界を不定だってする!例え、貴女であっても!例え、過去からの罪が私を責め立てても!」
確実な亀裂となってしまう。
決別となる言葉を、
「私は、もう」
美野里は止まらない口で、宣言しようとした。
ーーーだが、その時だった。
ザンッ!!!!!
真上の上空から振り下ろされた斬撃が、美野里とラトゥルの間に放たれた。
まるでその場の空気を断ち切るように。
「!?」
地面が裂け、砂煙が巻き上がる。
だが、そんな中で、
「…っ!?」
トンッ、という小さな音と共に、ラトゥルが前のめりに倒れる。
だが、そんな彼女を抱き支える、一人の男の姿があった。
侍姿の男。
ラトゥルを長と呼ぶ、外代十我だ。
以前と同様に、現代風の容姿を纏う外代は、
「……悪いな、話の邪魔をして」
ラトゥルをお姫様でも扱うように抱き抱え、小さく息をつく。
そして、困った姫を見据えつつ、美野里に顔を向け、
「でもな、それ以上はいけないぜ、美野里。年長者って言えば、そっちの方が上なんだろうが。それでも言わせてもらう」
諭すように、外代は語る。
それは彼の人生経験から来る言葉なのだろうが、
「言葉は慎重に選ばねぇと、後で後悔する。………とくに、恋人同士、いや、姉妹なら尚更気をつけねぇとな」
「……………」
気を失いながらも涙を目尻から垂らすラトゥル。
そんな彼女の姿に、さっきまで気を昂らせいた美野里は、唇を紡ぎ、それ以上何も言えなかった。
「……さて」
そして、場が一旦落ち着いたのを確かめた外代は、
「というわけで、今日のところはお暇させてもらうわ」
ラトゥルを抱えながら去っていく。
ただ、後ろ姿を見せる間際に、美野里の後方で立ち尽くすルーサーを見据え、
「なさけねぇな奴」
聞こえるように、いや、吐き捨てるように。
そう言葉を残しながら、去っていた。
ラトゥルが去り、その場に重い沈黙が落ちる。
美野里とルーサー、どちらも話すタイミングを失い、目を逸らすばかり。
だが、そんな中、
「まぁ、一先ずなんだけど」
結納香月は、執事である比島に新しい車を手配させつつ、
「ここで話してても何も始まらないから、とりあえず俺の家に行こうか」
そう、美野里たちに伝えるのであった。
◆ ◆ ◆
「というわけなんだ、大変だったよ」
『私を置き去りするから、天罰が降ったのよ』
電話越しで、結納の言葉に悪態をつく羽嶋刀炎。
彼女は今、町早家にいる。
言うなら、結納に囮にさせられ帰れなくなったのだ。
そして、家事やら諸々手伝わされた彼女は、
『今日は時間も遅いので、泊まっていってください!』
美野里の妹、町早美咲にそう言いつけられ、現在に至るのだが、
「それにしても、しっちゃかめっちゃかですよね、その世界って」
空き部屋の一室。
テーブル前の椅子に腰掛ける羽嶋は、電話越しで結納から事の顛末を聞いている最中である。
あの森での惨事から既に数時間が経ち、森林奥にある結納の屋敷には無事到着することができた。
まだギクシャクした空気がある中、結納は、一先ず美野里個人に事の話を、もう一度深く聞かせてもらうこともできた。
カリカリ、と。
そして、やっとひと段落して、結納はこうして、羽嶋と情報共有をしている最中であるのだが、
『……なぁ』
カリカリ、カリカリと。
『もしかして、紙に書いてるの?』
電話越しから、ペンを走らせる音が聞こえてくる。
音の発信源は、羽嶋刀炎の手元。
今聞いた情報を、忘れないようにテーブルに広げられた紙に殴り書きで書き記している所からなのだが、
「だって、そんないっぺんに言われても、覚えられないし」
ーーー美野里の妹である町早美咲が近くにいる場所で、バラせない内容を話しているというのに!
『バレたらどうすんだッ!!』
「大丈夫ですよ、名前までは書いてませんから」
そう言う問題じゃねぇ!と、そう結納は叫ぼうとした。
だが、そんな最中で、
「何が大丈夫なんですか?」
ひょっこり、と。
羽嶋の真横で、町早美咲が顔を出し、そう言ったのだ。
「『!?』」
羽嶋は突然のことに飛び退き、結納も言葉を詰まらせる。
そんなに驚かなくても、と笑いかける美咲。
だが、そんな彼女の視線が、テーブルのーーーいや、その上に置かれた紙に向けられ、数秒して、
バシッ!!
と、奪われてしまった。
羽嶋は言わずも直様に取り返そうとしたが、
「ちょっと待ってください。集中してるので」
畏怖を抱かせんばかりの集中する様に、羽嶋の止めようとする行動をも止めてしまうのだった。
『おまっ、馬鹿っ!?なんで町早がいるのに気づねぇんだ!?』
「だって!!」
◆ ◆
数分後。
紙に書かれた内容を読み終えた美咲は、感想を述べる。
「設定、ストーリーは少し悲しいものでしたけど、それでも先が気になる物語だったと思います」
『そ、そう…か………』
「それにしても、流石結納先輩ですね。先輩にこんな才能があったとは、私も思ってもいませんでした」
自分のじゃないし、ましてやフィクションでもない。
にも関わらず、美咲の高評価に対して、どうにも居た堪れない結納。
その一方で、
「だって」
『…………お前なぁ』
揶揄うように、そう言う羽嶋に対して心の底からゲンコツを入れたい気分にもなる。
だが、そんな短い会話の最中に、
「でも、私的には、ここだけは何か無理矢理感があって、違和感がありましたね」
美咲がそんなことを言い始めた。
『え、どこが?』
「ここですよ、ここ」
羽嶋に電話を画面モードにしてもらいながら、美咲が指差した文を見せてもらう。
「セルとかバーストとか、そんな特殊な力が主体の世界だったのはわかります。その後に次の世界に移ったことも。でもーーー何でここで魔法使いが突然出てきたんですか?」
異世界なら当たり前の単語。
だが、滅んだ美野里の世界では、それは存在していなかった。
なのに、ラトゥルの世界から、突然と現れ、美野里を追い詰める存在にまで成長した。
「話の流れから見ても、何か無茶振りで突然入れたみたいで、何か変に思ったんですよ」
『……………』
確かに、変だ。
そう指摘されて、初めてその単語に違和感を抱く。
セル、バースト。
そして、神。
そんな世界に突然と姿を現した魔法使い。
美野里に聞けば答えが出るのか?
結納がそう模索しようとした、そんな中で、
「まぁ、でも。そういった特別な組み込むをする時って、大体は決まってるんですけどね」
美咲は、さも難しくない様子でそう言葉を繋いだのである。
『町早。悪いんだが、参考に聞きたい』
そして、そう尋ねる結納に対して、美咲は、
「ほら、アレですよ」
人差し指を上げながら、答えた。
「よくありきなーーーー他の世界からの干渉、とか」
◆ ◆ ◆
美野里たちから離れて、数時間が経つ。
森林の奥地。
目を覚ましたラトゥルは、体を起こす。
そして、視界の端で、大樹に背中を預ける外代を睨みつつ口を開いた。
「…………何で止めたの?」
「なに、あそこで全部終わらせるのは、急かしすぎだと思ったからさ。どっちも、冷静を欠いていたからな」
外代は肩をすかしながら、そう言う。
だが、その言葉を事実であった。
ラトゥルは小さく唇を紡がせる。
だが、それと同時に、
「それに、無粋な奴もいるみたいだしな」
外代が語った。
その次の瞬間、外代は何もない空間に刀を振り下ろした。
当然、斬る物体もない為、刀は空を斬るだけに至る。
だが、その数秒遅れた後に、空間に一筋の亀裂が入る。
そして、それは徐々に広がり、そこからローブを被った一人の女が姿を現した。
「……誰?」
ラトゥルと外代が共に現れた女を睨みつける中、女は地面に膝をつき、頭下げた。
まるで感謝の意を表すかのように。
そして、そっと唇を動かし、
「貴女に感謝を伝えたく、舞い降りた者です」
ゆっくりと顔を上げる。
不敵な笑みを浮かべながらーーーー女は、名乗る。
「私は真なら時の魔法使いーーーーースローレーダとお呼びください」




