ロスト・ワールド
随分長くなりましたが、美野里ーー神シクアの過去編はこれで最後になります
人類が残りわずかとなった世界。
それを引き起こした元凶たる謎の黒龍。
突然と姿を現したソレに対峙するべく、バルカは武装神龍エンヴァスタードラゴンに姿を変え、爆風が荒狂う激しい死闘を繰り広げていた。
だがしかし、その勝敗は黒龍と対峙した、その時。既に確定していたのである。
「ーーーーッ!?」
大口の顎から放たれるブレス。
全身に纏う武器を一つに収束させて振り下ろす、最大火力の斬撃。
バルカ自身が持つそれらの攻撃。
その全てが全くの無意味だった。
黒龍の体に、擦り傷一つすら入れられなかったのだ。
そして、ニヤリと笑ったかのように黒龍は大口の開けた。
その顎の奥底から放たれた黒炎のブレスを真正面から受けーーーーバルカは惨敗した。
◆ ◆ ◆
龍同士の死闘から数日が経った中、
「……バルカ」
龍から人の姿へと戻り、海に落ちた彼をアリサたちは何とか救出することが出来た。
しかし、その怪我はバルカの身に大きな傷を残し、何日も目を覚ませずにいた。
アリサの必死に看病の甲斐もあって、少しと傷は癒えた。
だが、それでも現状は何一つとして変わらない所か、更に悪化する一方だった。
「………っ」
離れた場所で立ち尽くすシクアは、その場に横たわるバルカと傍につきそうアリサたちを見つめ、歯を噛み締めた。
ここで何もできない、自分自身を恨んだ。
そして、何かを思い詰めた様子で地上に顔を背けーーーー好きがってに人々を糧にする黒竜を睨みつけていた。
◆ ◆ ◆
こんな事態になって以降、シクアの様子がおかしいことにアリサは気づいていた。
だが、彼女は一向に何も語らない。
だから、アリサはその秘密を知るべく、ある場所へ足を踏み入れていた。
そこは、精霊都市エターバル・グラウンドの北部。
蛍のような光が宙を飛び交う、静寂が満ちた木陰に囲まれた場所だった。
そして、そこへ一人でやってきたアリサは、そっと何もない空間に向けて口を開く。
「ねぇ、みんな」
その声に反応するように、蛍のような光が彼女の周囲に集まってくる。
それは、この都市に住む小さな精霊たち。
この場所を守り続けてきた神を見守っていた者たちだ。
そして、そんな彼女たちにだからこそ、アリサは問う。
「教えて。貴女たちの神様が……シクアが今何をしようとしているかを………」
彼女が何を隠しているのか。
その真実を知るべく、言葉を交わしてアリサは精霊たちの声に耳を傾けるのだった。
◆
そして、事態が着実と悪化していく中、それから更に数日の時間が過ぎた。
だが、時間を掛けたこともあって、傷が未だ癒えずもバルカはやっと長い眠りから目を覚ますことができた。
「………」
そして、シクアはその頃合いを見計らっていたかのように、
「アリサ、それにバルカも聞いて」
真剣な面持ちで話を始める。
話を遮らないよう、静かに聞くバルカ。
だが、
「今から貴女たちを、こことは違う場所に」
「ダメだよ」
その言葉を言い切る前に、アリサはシクアの前に立ち、その選択を拒否した。
そして、言葉を詰まらせるシクアに向き合うように、言葉を続け、
「こことは違う世界に私たちを送って、シクア一人で全部を終わらせるつもりなんだよね? でも、それがどれだけ無謀な事だってことぐらい、シクアならもうわかってるよね?」
「………大丈夫よ。だって私は神だもの。だから、後のことは私に任せて」
「もう力の大半が失っているのに? それでどうやってアレを倒すっていうの?」
「!?」
その言葉に動揺して、目を見開くシクア。
何故なら、それはこれまで誰にも明かしていない、彼女だけが持つ秘密でもあったからだ。
だが、アリサはそんな驚く彼女をよそに、話を続ける。
「精霊たちから聞いたの。シクアの事……神としての力が、この世界に生きるものたち。その数に応じて左右されているって」
人や生き物が増えれば、その分に力は強まり。
また逆に減ることで、その分に力は弱まる。
それが、シンクロアーツという神のーーー力の根源だった。
「…………」
だが、その力も黒龍によって起こされた災厄によって、弱まってしまった。
それは同時に、この世界に生きるものたちが、着実と減り、もう残り少ないことを示していた。
何より、シクア自身の力が減り続けていることが、何よりの証明でもあった。
「……………」
「………ええ。貴女の言う通り、確かに私の力はもう殆どが底に尽きかけているわ」
だが、それでも。
「でも、それでもやるしかないの」
「…………」
「だって、私はこの世界を守護する神なんだからっ!」
この世界を守ること。
それ自体が彼女自身の存在意義であると、シクアは知っていた。
だからこそ、自身の全てを賭けてでもこの災厄を終わらせなくてはいけなかった。
静寂がその場に木霊する。
だが、そんな中でアリサは、大きくーーー息をついた。
「だから、そもそもその一つに絞ってること自体がおかしいって言ってるんだよ」
その言葉に目を見開くシクアに対して、アリサは自身の胸元を指差し、
「前にバルカに言ったんでしょ? 世界を救う、その為に選ばれたのが私だって」
以前バルカとの話の中で口にした言葉を、アリサは口にする。
そして、その上で、
「シクア、今がまさにその時なんだよ。それに残ってる人数的に考えても、私とバルカ。この二人で世界を救えって、そう世界が言ってるんでしょ?」
「…………」
「だったら、その方法に頼ればいいんだよ。それが、この世界が選んだ選択なんだから」
自分を使え、と彼女は言った。
それがどれだけ困難であり、無謀であるかなど十分理解しているはずなのに。
「……アリサ」
アリサの瞳は死んではなかった。
必ずやり遂げる、と。
そう言っている風に見えた。
だが、そんな彼女にとっても、
「………でも、一つだけ不安なこともあるの」
アリサは今、ここにはいないもう一つの大切な存在を思い浮かべる。
外で遊んでなさい、と。
この話を知られない為に、この場所から離した我が子、
「あの子を…………ルーサーだけは、この戦いに巻き込みたくないの」
それは親としては当然の言葉だった。
この戦いにおいて、どこが安全か等わかったものではない。
だからこそ、アリサはその不安要素をなくす為に、
「だから、シクアにお願いしたいことがあるの」
シクアの選択とは違う。
必ず成功しなければ、成し得ない選択を口にする。
「違う世界じゃない。この世界のその先、未来にルーサーを逃してほしいの」
「なっ」
「精霊たちに聞いた話じゃ、違う世界への生き行きが一方通行なんでしょ? でも、過去じゃなく、未来ならそうじゃない」
異なる世界に繋がる道は、一方通行である。
だが、過去ではない未来なら、行き行きが可能である。
それが、この世界のーーー特殊なルールだと、精霊たちは言っていた。
だから、その特殊を利用しようと、アリサは考えたのだ。
だがしかし、それは同時に過酷で困難を果たした先に待つ『結果』がなくては成立しない。
黒竜を討伐。
生物だけには留まらず、星の命すら食い尽くそうとる、その存在を打ち倒す。
そうしなければ、この世界の先ーーールーサーが向かう未来は存在しないことになってしまうからだ。
「だから、お願いシクア」
だが、それでも、アリサは言う。
傍で起き上がるバルカと並び立ち、
「私たちが必ずこの先の世界をーーーー未来に続くこの世界を守るから」
それが世界に選ばれた者の定めだと、そう言うかのように。
◆
決行に至る期間は、そう長くはなかった。
わけもわからず駄々をこねようとしたルーサーをバルカは力を使って眠らせ、シクアに預けた。
そして、
「本当に、大丈夫なのよね?」
「うん、大丈夫。……私たちに任せて」
約束を交わし、この世界から未来へ彼女は行った。
その後ろ姿が見えなくなる、その最後の瞬間まで、アリサたちは笑顔で見送るのだった。
シクアが未来へ飛び、数時間が経つ。
精霊都市から地上へと着地したアリサたちは、その目の前に広がる光景を、ただ静かに見続けていた。
「行っちゃったね。シクア」
「ああ」
生きる命が奪い取られ、荒野と成り果てた地上。
遠く離れた場所の空には暗雲が浮かび続け、その真上で泳ぐ黒竜がこちらに狙いを定めて、ゆっくりと迫ってきている。
だが、そんな危機的状況にいる中で、
「はは……、私…初めて大切な友達に嘘ついちゃたかも」
アリサは、そう言ってポロポロと涙を溢していた。
世界に選ばれた存在。
だから、大丈夫。
そんな次元の話はーーーとうの昔にあり得ない、とわかっていたのに。
シクアを安心させる為、そして、我が子の為に。
彼女は、でっちあげの嘘をついたのだ。
そして、溢れる感情を隠すように、側にいるバルカの胸に顔を埋める。
「ごめんね、バルカ。っ、こんなっ、嘘に付き合わせ、っ、ちゃって…」
「……アリサ」
「っ………確かに、シクアが言ったみたいに、違う世界に逃げてたら、ルーサーとバルカ、三人で幸せな人生を歩めたかもしれない」
「…………」
「たまに喧嘩したり、泣いたり、それでも笑って楽しめて、辛い運命に振り回されることもなかったんだよね」
ありえた運命を、言葉にして溢す。
誰もが望む、幸せの願望を。
だが、
「でも、だけどッ!」
それを、彼女は。
アリサという人間は肯定できなかった。
「もう、誰かが死ぬのが耐えれなかった!! 私の知っている人たちが、ただ無惨に死んでいくのに、それを無視して私だけが楽しくいきてなんか、行けなかった!!」
彼女の心が、それを見ずして幸せを掴んでしまえば、彼女自身が壊れてしまうと、そう確信してしまったからだ。
でも、それでも、彼女は人間だ。
「バルカ」
「ああ」
「怖いよ」
「ああ」
「辛いよ! 逃げたいよ! こんな、こんな最後なんて、私は嫌だよッ!!」
人間にあるべき感情を曝け出すようにして、嗚咽と共に吐き出す。
情けない姿だと、彼女自身も思った。
「わかってる」
だが、それでも、夫であるバルカは、そんな彼女を見損なったりはしない。
「だけど、それでもお前は立ち向かいたいんだろ。ルーサーも、そして、シクアも守りたいんだろ?」
「…………うん」
「だったら、付き合うさ。俺はこの世界が選んだ最後の希望なんだ。そして、お前の夫でもあるんだ」
アリサの顔をそっと両手で掴み、唇を交わす。
そして、ゆっくりと口づけを離し、
「俺たちで、未来を守ろう。アリサ」
「うん」
迫り来る黒竜へと向き直り、共に武器を取り、走り出す。
例えば自分たちに、先がないとわかっていたとして。
未来へ、道を作る為に。
◆
眠るルーサーを抱えて、未来へと飛んだシクア。
そこは辺り一面が草原で包まれた、平和を口に出したような世界だった。
「み、未来がある」
地獄のようだった、あの場所とは違う。
それは同時にアリサたちが黒竜の脅威から、世界を守った、何よりの証拠だった。
だからこそ、シクアは、
「まってて。直ぐにアリサたちを連れてくるから」
あの破滅に向かう世界ではない、この世界にアリサたちを移住させるべく、ルーサーを一先ず安全な木影に寝かせ、シクアは再び過去へと戻った。
◆
真っ白な視界がゆっくりと現実を取り戻す。
全身傷だらけで、血はもう出し尽くしたかのように、体も冷たい。
「…………」
だが、それでもアリサは、拙い歩きで進み続ける。
真っ白になった前髪。
その隙間から、荒れ果てた地面、壊れた武器、そして、
「……………」
最後まで自身を守ってくれた、その場に横たわる神龍ーーバルカを見つめ、進み続けた。
だが、そのバルカもーーー動かない。
だが、それでも、進み続けた。
「……ありがとう、バルカ」
そして、アリサはそう言って、その動かなくなった龍の体に背中を預けるように、背を当て、座り込む。
途切れ途切れの呼吸をつくアリサ。
だが、その時だ。
「…うそを、ついたの」
視界が霞む、その目の前にーーー空からシクアは降りてきた。
そして、その世界の現状と、アリサたちを見つめ、
「……大丈夫だって、言ってたじゃない」
声を震わせ、アリサを睨んだ。
「世界を救う、大丈夫だって、そう、言ってたじゃない!」
拳を握り、彼女は歯を噛み締める。
そして、目の前に座り込む、今まさにーーー死に向かうアリサに言葉をぶつけていた。
「……ごめんね、シクア」
アリサは、そう言って、小さく笑う。
「倒せ、なかった、けど……封印、することは……できたん、だよ」
「私が聞きたいのはッ、そんなことじゃないッ!!」
シクアはそう言って、アリサに詰め寄ろうとした。
だが、その時。
アリサの言葉に対して、シクアの心にーーーポツリと一つ疑問が生まれた。
封印することができた?
その言葉が本当なら、それはつまり、そこまであの黒竜を追い詰めることができたーーー結果を見れば、それが何よりの証明ともいえる。
確かに、ルーサーが生まれて以降、二人は前線を退いた身でもあった。
それでも二人でやりきったのだ。
世界に選ばれた者として、十分に役割わ果たした。
だがしかし、シクアにはーーーその結果が、どうしても不完全に思えてならなかった。
それは、封印だけでは根本的な解決にはならないからだ。
ましてや世界が選んだ者たちが、そこまでの結果しか出せなかった。
それこそがどうにも納得がいかなかった。
そうーーーーまるで、何かが足りなかったせい、この結果になってしまったのだと、そう思ってしまったのだ。
(なんで……どうして…)
そうーーーーアリサとバルカ。そして、もう一つのピース。
選ばれたものがいたのでは、ないかと……。
「………ぁ」
その考えに至った事で、シクアはーーーーついに、悟ってしまった。
アリサとバルカ。
世界を救うために、選ばれた、残されたもの。
だが、もう一人ーーー残されたものがいたのだ。
それはのちに生まれたルーサーではない。
それは、自身が最上のものだと思い込み、自身の役割を理解していなかったもの。
そうーーそれは
「……世界に選ばれていたのは………私も、だった」
シクアはその場に崩れ落ちそうになった。
世界の命運は、地上にいるものたちでやり遂げなくてはならない。
そんな勝手な妄信で高みにいた、自身が。
神であると自重していた、自身が。
憎んでも、憎んでも、憎んでも!
足りないほどに………シクアの心は、壊れそうになった。
歯を噛み締める、怒りに任せて、その拳を地面に叩きつけようとした。
だが、その時。
「違うよ……シクア…」
アリサは、口を開く。
目の前で己の後悔に自分を壊しそうになる、そんな神をーーー友を見つめ、
「この結果は……私たちの、せいだよ。神である貴女に……歩み、よろうと……しなかっ、た」
「ちが、う!………私が、私がッ」
「違わない、よ………私たち、人間が……貴女にちゃんと、向き合って、手を取り合って……いれば……こんなことには、ならなかったんだよ」
アリサはそう言って、小さく咳をーーいや、血を吐いた。
そのまま横に崩れ落ちそうになるアリサをシクアは掛けより、側で支える。
「……ごめんね、シクア」
アリサはもう既に、死の淵にいた。
残された時間は、もうない。
シクアは唇を紡がせながら、彼女の肩を抱き寄せた。
アリサもまた、そんな彼女の温かさを感じていた。
そうして、数秒の沈黙が落ちる。
そんな中で、
「ねぇ……シク、ア…」
「……なに?」
「ひど、い………お願いを……しても、いい?」
アリサは途切れ途切れの口調で、胸に残る。
心残りを、彼女に伝える。
「……いいわ、言ってみなさい」
「……あり、が…とう」
シクアは彼女の冷たくなる体を抱き寄せ、その言葉を聞き続けた。
「ルーサーに、わたし、たちの…こと………この世界で生きた、わたしのことを……つたえて、あげて、ほしいの」
「……ッ」
「…まだ、まだ……全然、言えてなかった、から」
「……ええ、わかったわ」
「………もっと、おおきく、なったら……つたえ、ようと」
「……伝えるわ。必ず、絶対に伝えるから」
「……………やっ、た」
「…………だから、アリサ。お願いだから、目を」
「……………あり……がと…………シク……ア……」
「…………アリサ………アリサ…」
言葉は弱まる。
精霊でもない、神と初めて友達となった人間。
シクアは雫で霞む視界の中、そんな彼女の最後の笑顔を見た。
そして、事切れると共に、彼女の手は、ゆっくりと地面に落ちていった。
「………アリサ」
そして、この世界のーーーー最後の生命は終わりを迎えた。
本来なら、すべての生命が死ぬと共に、シクアも消滅するはずだった。
だが、それでもシクアは生き残り続けた。
彼女にとって、最後の生命。
アリサとバルカの子供。ルーサーが、未来で、生き続けていたからだ。
そしてーーーーだからこそ、彼女は約束を叶えるために、生き続けた。
生命が死に、世界だけが残った星。
新たな生命が芽吹きーーー虫や動物、そして、人間が生まれてくるまで
時間と共に欠け続ける記憶を守り続け、シクアはその時をーーー待ち続けたのだった。




