11-04
―アゼル地方 ミーシャの宿屋《魔導士達の隠れ処》―
「ミーシャさん、これすっごくおいしいです!」
「そぉ? ありがとぉ、遠慮せずにどんどん食べてね~。支払いはアイちゃんもちだから」
「ちょ、姉貴カンベンしてくれよ。姉妹価格ってことでなんとかたのむよ」
「うふふ、ダメですっ」「そんなぁ」
アイシャが城での残作業を終えて、新しい拠点となった宿屋《魔導士達の隠れ処》に戻ってくると、そこでちょうど部屋の掃除を終えていた修練生メンバーを迎えて、チーム発足を記念した宴をはじめることになったのだ。もちろんアイシャの自腹で。
ミーシャの営む宿屋は飲食のメニューが豊富だった。地元の豊富な山の幸と肉の郷土料理、そして南部の穀倉地帯でとれたパンと酒をふんだんにつかっている。店内の雰囲気もいい。控えめの灯りが安らかな眠りを誘いそうな、落ち着いていて居心地の良い場所だ。
夕方になるとお手伝いさんが三人やってきて、ミーシャと四人で厨房を切り盛りしていた。
ぽつぽつと客が入りだした酒場の一隅にある個室で、ふたつのテーブルを並べてアイシャたち一行は次々に持ち寄られる美味しい料理に目を輝かせていた。
特にソルフィスがやたら感動に身を奮わせながら美味しそうにパクつくので、アイシャは呆れつつもそれを面白がり、ついつい財布の紐が緩んでしまう始末だ。
「ソルフィス、ちょっと落ち着け。そんなにうまいか」
「うんっ! こんなに美味しいの食べたことないもん!」
「わはは、そうかよく噛んでくえよ」
「学院の食堂メニューなんかよりずっとおいしい!」
「お前しれっと思い切ったこと言うなぁ」
(それにしても、こいつなんでこんな食うのに太らねぇんだ……?)
その隣でシャナトリアも黙々と料理を口に運んでいた。
「……おいしい……」
ポツリとつぶやいては、あとは黙々と、時折うなずいては噛み締めるように食べている。
向かいの席で二人の様子を楽しそうに見つめるヴィヴィアン。カイトとティノはその横で染み入るようにして味わっている。料理の一品一品を寮のまかない飯と比較し、なぜ寮飯がマズメシなのかを議論している様子だ。
和やかな雰囲気で進んでいた晩餐会だったが、ある人物の登場で空気が変わった。
「楽しそうね、わたしもご一緒してよろしいかしら?」
そこに立っていたのはなんとリノー学院長であった。
「が、が、がく」
あわてて席を立とうとする一同をリノーは制止した。
「あらぁ、リノー様じゃないですか。いらっしゃいませ~」
「おひさしぶりね、ミーシャさん。お元気にしてた?」
「はい、リノー様もお変わりないようで……。もしかしてアイちゃんの門出をお祝いに?」
にこにこ顔のミーシャがちらりとアイシャを見た。なにかを見透かすような視線を受けてアイシャは思わず目を伏せてしまった。
「うふふ。偶然の通りがかり、と言いたいところだけど、実はそうよ。今日はそこの皆のお祝いに」
リノーがいたずらっぽく微笑んで口に人差し指をあてた。どうやら秘書官一名だけを伴った、お忍びでの来店だったようだ。
正規魔導士とはいえアイシャ一人のために学院長自らがプライベートで忍んで来るとは。ミーシャはそれとなくなにかを察したのか、にこにこ顔のままうなずき、丁寧に礼を言って厨房に戻っていった。
リノーはカイトの用意した席にゆっくりと腰を落ち着けた。
「せっかく楽しくしてたところを水差しちゃって、ごめんなさいね。これこれ、あなたも座りなさいな。そんな顔して突っ立ってたら怖いじゃないの、大丈夫よ」
リノーは背を向けて護衛に立つお供の秘書官も強引に座らせた。秘書官は遠慮がちにも、入口に近いところの席に座った。ちょっと堅物な雰囲気が子どもたちの笑いを誘う。
「学院長、どうしてここに?」
アイシャがヒソヒソ声で訊いた。
「言ったじゃない、あなた達をお祝いしにきたのよ。それから、どういうところかを一度目にしておこうと思ってね……。ここなんでしょ? 仕事場」
「ええ、そうです。この上の階です」
「なかなか面白い場所を選んだじゃないの、アイシャさん」
リノーは店内を眺め回す。その目には期待と、ちょっと皮肉めいた色も混じっている。
「はぁ、見ての通り、うちの姉の厄介になることにしました。学院からも歩いてすぐですし、こういうところなら世間の情報も入りやすい」
「良い目の付け所だわ、素晴らしい。それにしても、びっくりしたのはミーシャさんだわ。彼女と会ったのは本当に久しぶりだけど……。彼女、人柄が丸くなった?」
アイシャはうなずいた。「旦那と子供のお陰ですね、あれは」
リノーも微笑んで、何回もうなずいていた。
「これからの見通しは立った?」
「はい。当面はこいつらが自活できるよう生活面を舵取りしつつ、仕事のほうも段階的に彼らに任せていくつもりです。それからまだ未定のソルフィスとシャナトリアの正式な師が決まったあたりで、他の師とも足並み揃えていかねばなりませんね」
「結構だわ。新しい人事についてはなるべく早い段階で知らせます。魔獣についても情報が入り次第すぐに伝えるわ」
「承知しました」
「なんのお話してるんですかっ?」
ヴィヴィアンが二人の間に割り込んできた。
「大事な仕事の話だ、邪魔するな」
「あら、あたしたちも仕事仲間じゃない。いいでしょ? お話に加えてもらっても」
「ふふふ、もちろんよヴィヴィアン。あなたたち、これからの活動予定はあるの?」
「ええとですね、まず活動資金を稼ぐために……、ここミーシャさんのお店でお手伝いすることになったのです! ソルフィスお姉さまもシャナトリアさんも、ティノもカイトも、みんなでですよ!」
「ここで?」リノーはちょっと驚いたようだった。
「そうなんです~。この子たちに給仕をしてもらえたらすごく助かると思って。うちも丁度人が足りなくて困ってたところですから。助かるわぁ~」
ミーシャが料理をどっさり持って現れた。当然のごとくソルフィスが嬉々として受け取る。
給仕の仕事か。まぁ、それくらいなら良いでしょう。リノーも笑顔で軽くうなずいた。
「それは楽しみだわ。これからもちょくちょく来ようかしら。ねえ?」
声を掛けられた秘書官は、そう言われましても、と笑って肩をすくめるだけだ。
「はい、是非いらしてください~。時々こうして世間話するのも楽しいかもしれませんよぉ。あ、みなさん。これは私からのお祝いね。今日はたくさん食べてってね~」
「わーい」
楽しく話が弾み、リノーは子どもたち一人ひとりに励ましの声をかけていった。
「まとまったお金が稼げたら、馬を買おうかと思います。ソル以外は移動の足がありませんので。グラスウェルに大きな市場があるって聞きました。そこに行ってみようと思うんです」
シャナトリアがこれからの期待に胸を弾ませながら話す。
「ふふふ、それはいいわね。何を始めるにしても、小さな目標を用意して一歩一歩進んでいくのは良いことよ」
「院長さまっ、俺っ、おれっ」
テーブルの上をちょこちょこと黒猫がやってきてパタパタと肢を振った。
「あら、どうしたのティノ?」
「お、そうだったな。学院長、ティノがこいつらのリーダーに決まりました」
黒猫が目をキラキラとさせて、こくこくとうなずく。
「まあ、本当? 素晴らしいわね。ティノ、これからはあなたが皆の中心となって心の支えになってゆくのよ。頑張りなさい。他のみんなも力を合わせてティノを助けてあげてね」
「ふぁいっ!」
「ソル、口のモノ飲み込んでから話しなさいよ……」
ここでリノーは何かを思い出したように手を叩いた。
「忘れてたわ。今日はね、あなたたちの門出を祝う品を持って来たのよ」
「えっ、祝いの品?」
「わぁ、何ですか?」
秘書官が小包みをリノーに差し出すと、皆が立ち上がってリノーの手元を覗き込んだ。
リノーが開封した小箱の中には、数個のアクセサリーが入っていた。
「これは……イヤリングですか?」
「これはね、《リーフイヤー》というの。リングじゃないんだけど、耳につける装飾品よ」
そう言ってひとつを取り、近くに居たヴィヴィアンに渡した。
「葉っぱのように尖った形をしてるでしょう。これはね、幻想界のまぼろしの住人といわれてるエルフ族の耳を模して作った呪物なの」
「ひぇっ、呪物!?」
「怖いものじゃないわよ。片側の耳に付けてみなさい。ほら、シャナトリアも」
ヴィヴィアンはそのアクセサリーを片方の耳につけてみた。なるほど、耳たぶを覆うような細工で、エルフのように少しだけ尖った耳になった。白金のような光沢をしているが驚くほど軽い素材で、着けている感じが全くしなかった。
「リーフイヤー……?」
シャナトリアも片方の耳につけてみて、ソルフィスに感想を聞いている。
「着けるとなにかあるんですか?」
「エルフ族はね、精神が発する波の作用によって離れた場所にいる仲間と互いに意思疎通できるといわれてるの。これはその力を魔術で再現した魔導器なのよ」
「それってつまり……?」
「これをつけた者同士が思念の中で会話できるようになるのよ」
一同が目を丸くしてその飾り物に注目した。
「どんなに離れていてもですか? 一瞬で?」
「ええ。その者の魔力が及ぶ範囲ならばどこでも、なんだけど、思念の波は驚くほど遠くまで届くものよ。訓練さえ積めば全国のどこにいても会話ができるんじゃないかしら」
ほぉー、とカイトは感嘆の声をあげた。
「それって超すごくない……」
ティノも信じられないものを見る目で、その呪物を見つめた。
「いいんですか? これ宝物じゃありません?」
「いいのよ。これは私が若い頃に作った魔導器のひとつでね。ずっと箱の中に眠らせておいたものなのよ。埃かぶってるより、あなたたちに使ってもらえたらと思ってね」
ヴィヴィアンが戸口に立って耳を押さえながら喋った。
「あー、あー、シャナトリアさん? 聞こえますか?」
「すごい! 聞こえる!」
「そりゃただの声だろ……」
「そ、そっか」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
「目で会話すんなよ」
黒猫の突っ込みにヴィヴィアンとシャナトリアは「うーん」と呻った。
「リーフイヤーを扱うには特殊な精神鍛錬が要るのよ。これがネックなところね。それでもこの手の呪物を扱うには若いうちが慣れるのも早いし、そのうち上手に扱えるんじゃないかしらね。全部で三つしか無いんだけど、頑張ってうまく使いこなしてね」
いまいち効果が体感できないので、ヴィヴィアンもシャナトリアもこのときは半信半疑だった。引き続き二人は面白半分に思念を送りあう実験を続けた。
「…………」「…………」
「…………」「…………」
「ダメね、聞こえない」
首を振るシャナトリア。と、彼女の背後からそっと忍び寄る影……
「そいっ!」
「――――っ!?」
「ギャッ!?」
突然うしろから抱きつかれたシャナトリアは声にならぬ悲鳴をあげた。と同時にヴィヴィアンも驚いて尻餅をついた。
「ちょっ……と、ソル!?」
「えへへ、驚いた? ビビも今のでシャナの心の声が聞こえたんじゃない?」
「た、確かに今、頭の中にシャナトリアさんの声? すっごい響きがぐわんぐわんと……」
「ななな、やだ、恥っずかしい……」
だがヴィヴィアンはリーフイヤーの実験よりも、目前の許しがたい光景に釘付けになった。
「ち、ちょっと! ちょっとちょっと! シャナトリアさん!? ずるぃ……い、いや、二人とも離れてッ……じゃなくて、お姉さまッ、あたしにも今の試してみてください! 今すぐ! ただちに!」
「いいのか、ビビ。そうすっとお前の清らかな心がシャナに筒抜けになるんじゃね?」
「なっ、なななにをー!? だ、ダマレこのバカ猫!」
それにしても、この新しい玩具はまったくの新感覚であった。第六感とは違う別のなにか、としか言い表せない未知の感覚が子どもたちの興奮を掻き立てた。驚き慌てふためくヴィヴィアンをよそに、ソルフィスが最後のリーフイヤーを手に取って自分の耳につけてみた。
「じゃーん。似合うかな? にひひ」
「おお……、お姉さま、ど、どうか落ち着いて……」
落ち着くべきなのはヴィヴィアンであった。ソルフィスに迫られて心底嬉しいヴィヴィアンだが、今は後ずさるばかりだ。ここでお姉さまに抱きつかれでもしたら、自分の心の声をよりによって一番聞かれたくない人に聞かれてしまうのでは……。
しかし、ヴィヴィアンは克己心を奮い起こし、鍛錬された類稀なる精神力でもって臨んだ。嵐のように波打つ鼓動はいつしか嘘のように凪へと和らいでゆき、彼女はあらゆる運命を受け入れられる穏やかな心持ちとなった。
天使のような笑みでソルフィスがガーッと抱きついてきた時も、ヴィヴィアンは心の動揺をみせなかった。ただ、穏やかな満足感だけが彼女の心を満たしていた。彼女は己の魂をより高い次元へと押し上げることにより、事なきを得たのだろう。
「ど、どうしよう、ビビ気絶しちゃった。なんで!?」
「寝かせといてやれ。本人もすこぶる満足だろう」
安らかな寝顔のヴィヴィアンをティノが哀れむような目で優しい言葉をかけてあげた。
「無茶しやがって……」
「便利そうな道具にみえて、波乱を呼びそうなシロモノだねこりゃ……」
ヴィヴィアンの幸せそうな醜態を目の当たりにしてカイトが呻いた。
「うーん、やっぱり何も聞こえなかったわね。ソルは何か聞こえた?」
「ううん、なんにも」
「聞く方にもコツがいるのかしら……」
シャナトリアは少しつまらなさそうだ。
「あなたたちには少し早すぎたかしらね」くっくっ、と忍び笑うリノー学院長。
「コラ、お前ら院長様の前でハシャギ過ぎんじゃねーぞ」
「むむむ、このままでは終われないよ!」
「あらぁ、盛り上がってるわねぇ。リノー様、秘書官様、何かお持ちいたしましょうか? 今日の支払いは全部アイちゃんもちですので、ご注文はお気兼ねなく~」
「あら、そうなの?」
「ちょっと、姉貴!」
「ではお言葉に甘えて……」
「ぬおぉ」
涙目のアイシャに追い討ちをかけるようにソルフィスが襲い掛かる。
「てぇーいっ!」
「ほげっ! く、くるしい」
いつぞやのときの仕返しとばかりに強く抱きしめるソルフィス。
完全に抱擁魔と化したソルフィスの魔手はさらにカイトにも襲い掛かった。
「うりゃーっ!」
「ちょ、ちょっとソルるるォ」
「あははっ、あたしもっ、えーいっ!」
横からシャナトリアも襲い掛かってきて、カイトは両サイドから柔らかいモノに挟まれた。
「むごぉ」
ヴィヴィアンが起きていたら発狂しそうな光景だ。
「ぎゃー、ダメー!」
案の定、いつの間にか目を覚ましていたヴィヴィアンが奇声を発して再び眠りについた。
はしゃぐ子どもたちとそれを楽しそうに笑う大人たち。
ティノは軽くため息をついた。
やれやれ、これからどうなることやら。この先こんな連中でうまくやっていけるんかいな。
ティノはひとりテーブルにすわり、ぼんやりと考えにふけっていた。
この小さな猫の姿になってからというものの、我ながらずいぶんと図太い性格になったような気がする。良くいえば何事にも動じない、悪くいえば少し冷めたような気質だ。それがこの姿のせいなのか、それとも自分の中に棲む竜の魂がそう思わせるのか、理由はわからない。なんとも滑稽な話だ。シャナトリアにこれを話せばきっと笑われるだろう。
こうして眺めていると、身近な人々の営みが自分とはまったく無縁の、まるで劇場の舞台を観ているような気がして、観覧席にひとりで身を置く寂しさにはたと気がつくのだ。
『まったく騒々しい奴らだ』
黒猫がつまらなさそうに独り言をつぶやいた。
「そんなこといって、内心じゃあ嬉しいんじゃねーの」
今度は少し皮肉気に笑みを浮かべてつぶやいた。
それでも、こんなちっぽけな体でこの世界を生きていくには仲間の助けが必要だ。そしてこんな自分に助け合っていく大切な仲間がいることが、この上なく幸福に思えた。
ティノは感謝していた。わけのわからない、くだらない騒ぎの中で、そんな馬鹿な連中と同じ空気を共にすることができる今に感謝した。
自分でもびっくりするほど湿っ気くさいことを悶々と考えていたせいで、背後から忍び寄る影にまったく気がつかなかった。
「ティ~ノ~」
もう耳に馴染んでしまった、いつもそこに居るあいつの声。
ティノがはっと後ろを振り返ると、そこには満面の笑みをたたえたソルフィスがいて――
《MAGIN ―アゼルの魔導士達― おわり》
お疲れ様でした。本編はこれで終了です。
このエピソードの続きは別タイトルで立てることになると思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございましたー!




