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令嬢の変化



「お姉様?お姉様ったら!」


 妹に纏わり付かれ、ローズは我に返った。


「どうしたの、ルーちゃん?」


 ウォルツ伯爵邸での舞踏会が終わって数日。ローズはボゥッとしている時が多くなった。それは、常にローズの一番近くにいるエリザだけでなく、ローズの妹のルーシャン、果ては、ルーシャンの侍女のリドニアにまで伝わっているようだった。


「ねぇ……エリザ。ローズ様、どうかなさったの?」


 ローズ主催の、無礼講・ティーパーティの途中だった。侍女や主など関係なく好きに話そう、という趣旨で開かれているティーパーティだが、ここ最近ローズが相槌すら打たないくらいにボンヤリとしている。

 普段からそう饒舌なほうでもなかったが、最近は異常だと皆が思っていた。

 ユリス様の件かしら、とエリザは考えているが、ああいったことは今回が初めてではない。


「一応、見当はついているわ」


 心配する従姉妹にはそう答える。リドニアはルーシャンの唯一の侍女だ。一人で全てをこなすリドニアに対し、大人数でローズに仕えるエリザがリドニアに心配されるのは、何とも情けない話である。


「なら、いいけど」


 リドニアも、無理にローズの世話を焼こうとは思わないらしく、肩を竦めて話を止めた。

 それに実際、エリザはローズがおかしくなった原因に見当をつけている。

 もしもおかしくなった原因にユリスが無関係ならば、残る候補はただ一つ。

 ──リジン様と何かあったのかしら……?



*********



 思い出すのは、真夜中での口づけ。

 気分が高揚するわけでもなく、憤慨するわけでもなく。

 ただボンヤリと思い出し、意識は全てそちらにいく。いつの間にか時間は過ぎて、気付けばその日は終わっている。

 忠告でキスをするリジンも変だと思ったが、それを何度も思い出す自分も相当変だという自覚はあった。


「リジン様ですか」

「……!」


 唐突すぎるエリザの言葉に、ローズは飛び上がった。あまりに挙動不審な態度にエリザが自分の推測に確信を持ったことにも気付かず、ローズは作り笑いを浮かべてエリザを見た。普段の笑顔が自然な分、彼女の意識した作り笑いは分かりやすく不自然だった。


「え……えーと、エリザ?リジン様がどうかしたの?」

「どうかしたの、は私の台詞です。ローズお嬢様は、あの日から変です」

「そんなこと……」

「あります」


 自信満々にある、と言われれば、ローズもそれに反論することはできなかった。彼女も、全くの無自覚ではないのだ。

 気付けば、あの夜のことを思い出している。


「何かされたのですか、リジン様に」


 されたかされていないのか、と尋ねられれば、確実に「された」だろう。しかし、ローズは首を横に振った。


「何でもないのよ、本当に」


 歳の近いエリザに詳細を言うのが恥ずかしかった、というのはもちろんある。

 ただ、それ以外にも理由はあるようにローズには感じられた。

 それを言葉にはできなかったが──。






 王都でも有名な仕立屋。王城で行われるダンスのため、仕立屋を屋敷に呼んだ。彼女に採寸をされている間、ローズは自分のそばに控える侍女がエリザでないことに気が付いた。


「あら……?ねえ、エリザは?」


 声をかけられた侍女は、普段あまり話すことのできない主に話し掛けられて嬉しいらしい。にっこりと笑って直ぐさま教えてくれた。


「エリザさんなら、ウォルツ伯爵邸に行かれました。何でも急用なのだとか」


 ……ウォルツ伯爵邸!?

 顔が強張るのが自分でも分かる。どうしてエリザはそんなところへ行ったのか。

 いや、理由は分かる。

 ローズがここのところおかしいのを、リジンの仕業だと確信したからだろう。


「──急用?」

「ええ。……申し訳ありません、詳しくは聞いていないのです」


 侍女は恐縮するように声を弱めていく。怖がらせたかしら、と思い、ローズは笑って首を振った。


「いいのよ」


 腕、胸周り、腰周り……と細かく計っていき、ようやく採寸が終わると、労いの言葉を早口に言って、ローズは早々に仕立屋を帰らせた。

 部屋に戻ろうと、廊下を歩いていたときのこと。


「ローズお嬢様。顔色が優れないようですが……休まれますか」


 すれ違いざまに、執事のルドルフが足を止めて心配そうにローズを見た。


「休まないわ。大丈夫よ。それよりルドルフ……、私って、最近から変になった?」

「変と言いますか。頻繁に、何かを考え込んでいることが多くなったとは思います」


 ルドルフはハッキリと言いきった。


「今は何も起こっておりませんが、それが原因で何か事故が起こるということも有り得ます。原因に思い当たるところがおありなら、解決を急いだほうがよいかと」


 解決。原因は思い当たっていたが、解決策などは何もない。

 困ったような顔のローズにルドルフが気遣わしげな顔をする。


「ローズお嬢さ──」

「失礼します、ローズお嬢様」


 タタッと小走りで廊下を進んできたメイド。素知らぬ顔をしてその場から去ってしまいたい気持ちを抑えつけて、ローズはその場に留まった。


「ローズお嬢様に、お客様ですわ。ウォルツ伯爵令息、リジン様です」


 ルドルフが表情を変えずに驚くのを察しながら、エリザは分かりました、と頷いた。



**********



 ……天使の唇は柔らかく、温かかった。

 口づけるつもりはなかった。少しキツく忠告して、彼女に用心を強めてほしいだけだった。

 周囲が呆れるほどに自意識過剰に自分を守り、既成事実や夜這いなど愚かなことを考える男を作らないようにしてほしい。

 あの一瞬で、それ全てを考えたわけではないだろう。事後に考えた、リジンの精一杯の言い訳だ。

 それでも、口づけるつもりでローズの部屋に残ったわけではなかったし、部屋に戻った後は罪悪感に耐え切れなくなった。

「リジン。いいか?」


メフィス伯爵が帰った後、ウォルツ伯爵家の者は皆寝不足のようだった。今日は予定もなかったので、リジンはもう一眠りしようかと思ったのだが。


「兄さん」


 兄の、ユリスがリジンを呼び止めた。神妙な顔をしている。そんな兄に「眠いから」などという理由で断れないのを悟って、リジンは頷いた。

 ユリスはリジンを誘導するように歩き、自分の部屋の前で足を止めた。


「ほら。入れ」

「ん……うん」


 部屋に入ると、ユリスは乱暴な動作でベッドに腰掛けた。視線で自分も座るよう促され、リジンもユリスの隣に座る。


「……エリザとかいう侍女のおかげで、直接的な報復はない、らしい」

「報復って……」


 ユリスの言葉に、リジンは苦笑した。報復と言うか……。それに見合うことをしたのはユリス本人だ。


「エリザは本当に伯爵に進言したんだ」


 驚きと感心からの言葉だったのだが、ユリスは不機嫌そうに眉を寄せた。


「ミュールだろ?」

「らしいね」


 ミュール家は、代々メフィス伯爵家に仕えている使用人の家系だ。絶対の忠誠を誓う代わりに絶対的な信頼を得ているのだとか。ミュール家は貴族の中でも有名だった。


「ま、あいつは本家じゃないらしいが」


 ユリスの小声に、リジンは意外な思いで兄を見た。

 ユリスもすぐに視線に気付き、リジンを見返す。


「何だよ」

「あの後、エリザと会ったの?」

「別に……」

「会ったんだ」


 到底気が合うとは思えない二人の会話を聞いてみたかった。少し残念な思いを感じながらも、自分がその時何をしていたのかを考えれば、リジンのそんな思いは吹き飛んだ。


「それより!まだあの話は終わってないんだよ。直接的な報復はないらしい──が、夜に父上とメフィス伯爵の間で交わされた約束は破棄されるらしい」


 無かったことに、とメフィス伯爵が言い捨てたことだろう。


「多分……ローズ嬢が絡んでんじゃないかと推測してるんだ」

「彼女が?」


 ローズが絡むとしたら、約束の内容など限りなく狭まり、推測に難くない。

 ──結婚話だ。


「いや、確信も裏付けもないが……」


 ユリスはそう言うが、それは丸きり考えられないことではなかった。リジンも段々と、そうだろうなと思いはじめていた。


「ま、内容がどうであれ破棄されたんだ。推測が当たってようがはずれてようが変わらねぇよ」

「それもそうだね」


 ユリスは大きな欠伸をし、リジンもそれにつられた。どちらからともなく二度寝しよう、ということになる。


「──兄さん。あの……怒ってない?」

「怒る?何を?」


 舞踏会の夜のことだ。ユリスがローズの部屋にきた時、ローズはリジンと共にいた。

 そのことを話せば、ユリスは苦笑した。


「結果は変わってなかったと思うけどな。……お前も狙ってるなら、譲ってやるよ」


 クスクスと笑うユリスに、何となく同調するような笑みを見せ、リジンは兄の部屋を出た。





 舞踏会からしばらく。時間は、何の支障もなく進んでいった。ユリスは何事もなかっかのように振る舞っていて、ウォルツ伯爵夫妻も表向きは穏やかに過ごしている。


「……ん」


 兄弟で仲良くだらけていると、ユリスがつまらなさそうに読んでいた本のページをめくる手を止めた。

 ユリスと比べれば真剣に読書を楽しんでいたリジンは、ユリスの声に顔を上げた。


「……どうかした?」

「いや──」


 ユリスは窓の外を見ている。何かあるのかとリジンも身を乗り出そうとしたのだが、それをする前にユリスが立ち上がった。


「ちょっと行ってくる」

「え?うん」


 何があったのかと窓の外を見たが、特に珍しいものは見つからなかった。

 そのまま本を読み進め、再びリジンが顔を上げたのは、扉が叩かれた時だ。

 ユリスが部屋を出てからしばらく経った頃だった。


「リジン。お前に客だ」

「──客?」


 誰だろう?

 客と言われて思い当たる人はいない。かろうじて思い当たった少女は、ここに来るはずがない。

 立ち上がり、扉の前に立てばちょうどよく扉が開いた。


「エリザ……」


 ユリスの斜め後ろに立ち、完璧なお辞儀を見せたのは。

 ローズの侍女、エリザ。




 エリザが大人しく振る舞っていたのは、その時だけだった。にっこりと微笑んだまま、彼女は強引に部屋へ入ってきた。

 何となく雰囲気に圧倒されてしまい、リジンは一歩下がってそれを許してしまう。部屋の主でもあるユリスは何とも言えない表情を浮かべてエリザの後に続く。


「──リジン様」

「は、はいっ?」


 生まれてから今までで、一番怖い視線を向けられている。

 絶対に直視しまいとエリザから目を逸らして、リジンは彼女にソファに座るよう勧めた。

 リジンはエリザと向かい合う位置に座り、ユリスは壁に背中をつけてニヤニヤと笑っている。

 彼女……エリザが何に怒っているのかは、容易に想像ができた。ローズから聞いたのだろう。


「ローズお嬢様が、変なのです」

「………。は?」


 へん……変?

 頭の中で変換が遅れた。もっと直接的に言われるかと思っていたのだ。エリザが全てを知っていると仮定すると、ずいぶんと婉曲な表現を使う。

 ──もしかして。


「エリザ。君はその……何も知らない?」

「な、もしかして!」


 リジンの言葉に、エリザは真っ青になってうろたえた。その驚きようにこちらまで怯んでしまう。


「貴方、ローズお嬢様に……!」

「……え?あの、何か思い違いを、」

「問答無用ーっ!!」

「ひっ!」


 自分よりも年下の少女に詰め寄られ、反撃もできずに押されっぱなしになっているリジンをユリスは腹を抱えて笑っていた。


「待て!誤解だからほんとにっ!」

「誤解なわけないでしょう!」


 敵意剥き出しのエリザをなだめ、リジンは溜め息をつく。エリザは話を聞かないし、ユリスは笑っているだけで何もしないし……。

 どうして話を聞かないんだ。

 心の中でうなだれた。

 リジンが短気な性格ならば、自分の非を棚に上げて怒り返していただろうが──悲しいかな、リジンは短気ではなかった。むしろ気の長いほうだ。

 しつこいくらいに否定し続けると、やっとエリザはふむ、と頷いてくれた。


「つまり。リジン様とローズお嬢様は、その……そういう関係になっていないのですね?」

「さっきから何度もそう言って……」

「分かりました。何もないのですね?お嬢様のことは周囲の勘違いか、もしくはリジン様とは全く関係のないことが原因なのだと。つまりそういうことですね」

「………」


 全く何もなかったわけでは……、ない。

 お時間を取らせて、申し訳ありませんでした。そう言って立ち上がるエリザの腕を、リジンの手が掴んだ。


「何でしょう?」

「……レディ・ローズがおかしくなった原因に、心当たりがある」


 心当たりというか、もはや確信に近い。

 エリザは眉を上げ、リジンを睨みつけた。


「今から、メフィス伯爵邸に戻るのなら、私も行くよ。レディ・ローズと話がしたい」


 エリザは疑う気満々の表情で、舐めるようにリジンを見たが──最終的には頷いた。


「いいでしょう。……行きますよ」


 エリザは徒歩で来ていたので、ウォルツ伯爵家の馬車を使用することになった。召使を御者台に座らせていると、始終笑いっぱなしだったユリスが「よぅ!」と現れた。


「……お前も災難だったな」

「本当にね」

「実際のところ、何したんだよ、ローズ嬢に」


 ……また笑ってる。他人事だと思って!

 嫌な笑いを浮かべる兄に、リジンは頬を引きつらせて言った。


「──忠告しただけ」



*********



 じゃあなー、と手を振るユリスに見送られてしばらく。とうとう馬車はメフィス伯爵邸に到着してしまった。無言を貫いていたエリザが先に降り、リジンをジッと見る。


「……仲がよろしいのですね」

「え、仲?」

「ユリス様と。もっと険悪な雰囲気だと思っておりました」

「はあ……」


 こちらです、と案内する様子は、まるで屋敷の女主人のように堂々としている。

 舞踏会や夜会以外の用事で、この屋敷に来るのは初めてだった。

 こんな用事でなければ、もっと楽しめていたことだろう。今この状態では庭園の素晴らしさも、趣味のよい屋敷の内装にも目は向かなかった。


「あら?」

「──うん?」


 少女の声が聞こえたと思ってそちらを見れば、確かにそこには少女が二人いる。

 片方はローズと同じお仕着せを着ていて、一目で侍女だと分かった。リジンを見て、深々と頭を下げている

 そしてもう片方は。


「ルーシャン様!どうかなさいましたか?」


 ……やはり、ルーシャン嬢か。

 長い、ウェーブのかかった金髪。特徴からしても、ローズの妹、ルーシャンだと察せられた。


「エリザ。そちら、どなた?」

「お客様ですか?」


 伯爵令嬢なのに、侍女が一人しかいないのか?

 とリジンが彼女達を観察していると、エリザの「ええ」という声。


「こちら、ウォルツ伯爵令息リジン様──ローズお嬢様のお客様です。リドニア。ローズお嬢様を客室へお連れして」

「……分かりました」


 そんなのメイドに任せちゃえばいいわよ、とか何とか話し合いながら彼女達は去っていく。


「失礼しました。あちらがローズお嬢様のご姉妹であらせられます、ルーシャン様です」

「可愛らしい方だね。天使のようだ」

「そうですね」


 止めていた足を動かす。屋内での車の必要性を感じてしまうほど、屋敷は広く廊下は長い。


「ルーシャン殿の侍女は、一人だけなのか?」

「ええ。……彼女は……」


 エリザの歩く速度が落ちた。

 何か考え事でもしているのだろうか。人は、考え事をすると歩くスピードが鈍るという。


「彼女はミュールです。私の従姉妹でもある……本家の長女」

「へぇ……だから、伯爵令嬢だというのにあの侍女しか置かないのか」

「というより、ルーシャン様が、彼女しか受け入れないのです」


 ミュール家は凄いな。

 そう言ってリジンが笑えば、エリザも頬を緩めた。



*********



「こちらです」


 そう言って通された客室は、ウォルツ伯爵邸のものと何ら変わらぬ広さだった。ソファに腰掛けると、エリザは壁に沿うように立つ。

 ローズが来るまでの時間は、何ともいたたまれない気分だった。

 何を話そう?謝るべき?怒ってるかな?面会謝絶されたらどうする?

 後方に立つエリザには見つからないようにしたが、正直帰りたくなった。

 キスしたことがばれたら、エリザに殺されるかもしれない。

 ……いや、きっと殺される!


 コンコンッ

「──失礼いたします」


 ローズの登場に、リジンは安心したような困ったような表情を浮かべた。その表情は彼の心情を如実に表している。


「お待たせして、申し訳ありません」

「いえ」


 立ち上がり、近付くとローズは目に見えて怯えた。


「舞踏会ぶりですね、レディ」


 手の甲にキスをする。


「ええ、そうですね……リジン様。本日は、どういったご用件でしょう?」


 ──先ほどまでの緊張や、恐れ、居心地の悪い気持ちはなくなっていた。理由は分からない。

 エリザが後ろに控えているのも忘れ、ローズが前のソファに座ったのを確認すると、リジンはすぐさま話を切り出した。


「舞踏会の日のことですが──」

「あっ、お、お待ち下さい!エリザ、部屋の外で待っていてちょうだい」


 分かりました、という不本意そうな声。

 そうか、エリザがいたんだ。

 真っ青になって、ローズはリジンを恨みがましく睨んでいた。

 本当に、彼女はどんな表情をしても美しい。

 そう思って笑いかけると、怒ったように頬を膨らませた。可愛かった。



*********



 何を笑っているのかしら、この人は!

 予想よりも甘い笑顔を向けられ、ローズは怒りと呆れを感じた。

 リジンには、全く反省の色が見られなかった。

 リジンが訪ねてきたのは、舞踏会の夜の……「忠告」の件だと思っているし、それは間違えていないだろう。

 ならば謝罪か、それに類することだと考えるのは至極まっとうだ。

 しかし、ここまで普通に接されると、意識して怒っている自分が子供過ぎるのかと思ってしまう。


「……レディ。忠告は、守ってらっしゃいますか?」


 ちょうど考えていたことを言われて、ローズの頬が赤く染まった。

 自分でも自覚はあったし、リジンも目を丸くしている。

 考えていたことと言うのも、実際は違うのだ。ローズが考えていたのはキスの「忠告」のことであり、多分、リジンが言ったのはそのままの意味での忠告だろう。


「………あの、」

「はっ、はい!」

「守ってらっしゃいますか?」

「あ、えっと。忠告、ですか?」


 用心してくれ、と彼は言っていた。


「舞踏会から今日まで、用心しなければならないことはありませんでした」


 強いて言えば、今だろうか。さすがにそれを言えば厭味になるので、言わなかったが。

 そうですか、とリジンはホッとしたように笑った。


「それよりリジン様……ユリス様とは、お変わりありませんか?」


 リジンが、彼の兄と険悪な関係になっていないかが不安だった。

 ユリスの自業自得と言えばそれまでだが、リジンと自分が一緒にいたのをユリスは見ていた。そのせいで兄弟仲が悪くなってしまったら、申し訳なくて謝りたくなる。


「あはは、心配してくださるんですか」


 可笑しそうに笑うリジンに、ムッとしながらも頷いた。エリザではないが、これで兄弟の仲に亀裂が入ってしまったら後味が悪い。


「ええ、まあ」

「お優しいんですね」


 貴女は優しい。ローズは優しい。

 何度も何度も、様々な人からそう言われる。わざわざ否定するほどのものではないから、否定しなかったけれど。

 ……私は。


「優しくなど、ありませんわ」


 リジンに、自分が優しいと思われるのは嫌だった。


「お優しいと有名ですよ。まるで天使のようだとね」

「天使が聞いて呆れるでしょう。私は優しくなどありません。優しい者が、他人を見殺しにしますでしょうか?」


 え?とリジンが目を見開くのを、ローズは柔らかな表情で眺める。

 突然客室が狭くなったような気分に陥り、彼女は窓の外を見た。

 咲き乱れるのは、大小様々な花。その半分以上が薔薇だ。


「外に移動しましょうか」


 リジンが顎を引くのを、ローズは横目で確認した。




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