第4話
寵妃なら寵妃でいいや。
この虎に噛み殺されるよりはマシだ……。
さて、次はどうしよう?
バハちゃんを連れて、こっそり逃げる?
だけど……。
「ううっ……魔王殿下!! ……百年ぶりです! 我ら魔物に、ついに新たな魔王が!!」
さっきまであんなに凶暴だった虎の獣人が、今は僕たちの前にひざまずき、乙女みたいに大粒の涙をぽろぽろこぼしている。
……逃げ出す隙なんて、これっぽっちもない……。
「新たな魔王殿下のもとで、ずっと荒野に身を隠していた魔物たちも、ようやくまた一つになれます! ううううっ……魔王殿下万歳! 魔王殿下万歳!」
虎の獣人はバハちゃんに向かって、ドンドンドンドンと猛烈な勢いで頭を地面に叩きつけた。そのたびに砲弾が炸裂したような衝撃が走り、地面の穴はどんどん深くなり、森全体が激しく揺れる。
「やめろやめろ! ストップ!」
怖すぎるだろ! こいつ、どんだけ力があるんだよ!?
本気で殴られたら、一発でひき肉にされるぞ!
「くぅ〜、にゃあ〜」
虎の獣人はひれ伏した姿勢のまま、しょんぼりと少しにじり寄ってきた。
バハちゃんにすり寄ろうとしたものの、魔王様に触れるなんて恐れ多いと思ったのか、代わりに僕の脚に頭をすりつけ、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「……」
何なんだよ、この異世界は?!
「あ、あの……僕と魔王様は、ちょっと用事がありまして」
行かせてくれることを願いつつ、僕は恐る恐る切り出した。
ところが、虎の獣人はがばっと顔を上げ、涙にうるんだ大きな目ですがるように僕たちを見た。「魔王様は、また我らをお見捨てになるのですか?! 見捨てないでください……魔王様! 何かご用なら、我ら配下にお任せを! どうか遠慮なさらず、すべてお申しつけください!」
マジかよ?! 待て、ってことは……。
「水を入れる大きな容器が必要なんだ。それと、カロリーの高い食べ物を七日分……」
そこまで言って、さっき運悪く瞬殺された人のことをふと思い出した。
この世界は危険だ。何も手に入れられずに月へ戻ってしまった人も、大勢いるかもしれない。だから、自分の食料だけ用意すればいいってわけじゃない。
この虎の獣人が手を貸してくれるなら、もっと大勢の分を用意できるかもしれない。
「食料と水は、多ければ多いほどいい。それから……えっと、服も必要だ。あと……武器か魔法も」
物資を集められるのは、たった一日。次にここへ来られるまでには、七日も間が空く。
こんな設定じゃ、大半の人は必要な物資をそろえるのも難しいだろう。
誰かを傷つけるつもりはない。でも、物資の足りないこんな終末世界で、自分を守れるだけの力がなければ、どれだけ持ち帰っても奪われるに決まっている。
しかし、虎の獣人は目を丸くして僕たちを見ていた。
ちょっと不安になってきた。
もしかして、無茶を言いすぎた?
それとも、この世界にはそもそも魔法なんてなくて、僕の言ってることが通じなかったとか?
「そ……それだけですか?」
虎の獣人は頭をかいた。
「てっきり、人間の王をぶっ殺してこい、とか言われるのかと……」
「……」
「それくらいでしたら、魔王殿下、それに王妃殿下。私と一緒に魔族の野営地へ来ていただければ、全部お渡しできます」
王妃って何だよ……勝手に人を王妃って呼ぶなよ!!
「高貴な王妃殿下なのですから、どうぞ魔王様とご一緒に、私の背中にお乗りください! すぐに野営地へお連れします!」
野営地?! 待て! それってつまり……。
こんな恐ろしい奴が、そこらじゅうにいるってこと??
そいつらに、バハちゃんがただのゴールデンレトリバーだってバレたら……。
ごくりと唾を飲み込んだ。
「あの、その……野営地は遠慮しておこうかな……」
「ダメです!」
その声は、ほとんど咆哮だった。
「魔王様がお戻りになったという吉報を、必ず皆に伝えなければ!」
「…………」
虎の獣人は僕たちの前に腹ばいになり、無防備に背中をさらした。
「魔王殿下! 王妃殿下! どうぞ、お乗りください!」
「さあ……民たちに崇め奉られる心のご準備を!」
……終わったあああ!!




