7話 アンノウン もう一つのアナザーストーリー
電話の主は、セナだった。
今、バイクで名古屋インターを降りたところらしい。
近くに何か目立つものはないかと聞くと、
通り沿いのドラッグストアの駐車場にいるという。
俺はもう一度バイクを出し、セナを迎えに行く。
セナのバイクは、パープルに塗装された
カウル付きのCB400スーパーボルドールだ。
元々俺のもので、
ミニ・クラブマンを買った際に安く譲った。
だから、遠目でもすぐに分かる。
逆に、パープルのクラブマンも、
向こうからは分かりやすいはずだった。
「元気そうだな?」
俺が言うと、
「先輩、また一段とピアース・ブロスナンに似てきましたね」
とセナが言った。
奴によれば、ブロスナンを日本人にしたら
俺みたいな顔になるらしい。
個人的には、
ダニエル・クレイグの方が好みだが。
「でも、今回の昇段試験、
なんで名古屋なんですかね?」
「名古屋に支部が出来てな、ちょうどウチの高専って訳さ。」
「それって、先輩が師範代って事ですか?」
「ああ、察しがいいな。」俺が答えた。
「雪印パーラーに行き損ねました。」と笑うセナに
「明日はひつまぶしを食わせてやるよ。」と俺は答えた。
セナには家の近くのビジネスホテルを取ってやった。
その夜は、近くの公園で軽く組手とフォームのチェックに付き合う。
翌日午前は高専の体育館を借りて、昇段試験が行われた。
といっても、セナと俺の二段試験だけだったが。
夕方、二人とも合格だと聞いて、
セナは飛び上がらんばかりに喜んだ。
不思議なもんで、名に従うというか、セナの雰囲気が少し
変わった気がする。
「先輩、でもあの松尾ルイさんを、今回もあっさり倒せましたね?
あの人、あれで下の歯並びが変わったとか。」
「あれか、まあ、俺は奴の手の内を知っていた、逆に奴は俺の手の内を知らなかったからだ。
だが三度目は流石に分からんよ。」
俺は答えた。
「松尾サンの手の内?」
「ああ、あの先生には重心移動に、どこか柔道のクセがある。
組まれたら厄介だが、その前に何とかするのが空手だろうよ。」
「どっちにしても、ラスボス同士のバトルだという事ですよ。」セナが肩をすくめて見せた。
時間があるなら、鰻でも食うか?
そう言って、俺はセナと雨宮流の関係者を、
ひつまぶし発祥の店と言われる店に誘った。
商品券が使えるかは、事前に確認してある。
今回はそういう理由で俺の奢りだ。
「鰻にワサビって、たまらんっすね。」
ひなびた感じの店内で、セナが言う。
松尾は歯がぐらついて参加しておらず、
俺は松尾の分だけ土産用を頼んで、雨宮師匠に託けた。
雨宮は素直に喜んでいた。
雨宮は自衛官時代、空手の国際指導員として海外での指導歴もあるらしい。
南米の在外公館では、ギャングに銃を突きつけられたこともあるとか。
一見、そんなに強そうにも見えないが、そういうタイプが実は怖い。
雨宮達と県美術館でシャガールの展示会を見てから、
空港直通のバス停まで送る。
雨宮の意外な趣味にセナが驚いていたが、
ブラマンクやルオーなども好きだと言った。
セナが「カラオケでも行きませんか?」という。
「そうだな。ちょうどカラオケで、バックナンバーの『わたがし』でも歌いたい気分だ。ウチのジャニス・ジョプリンも呼んでいいか?」
セナが「モチ」と笑う。
今日も、これから暑くなりそうだった。




