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4話 カーニバルの朝


2018年に全国で開催された

《虐げられた者たちの芸術展》は、静かな話題を呼んでいた。


動画ユニット「トリニティ」──

吉岡、赤井、真名美の三人も企画として取り上げ、

その反響は想定以上に広がっていた。


撮影を終えた三人は喫茶店に腰を下ろし、編集方針をすり合わせていた。


店内では、カエターノ・ヴェローゾの歌う《カーニバルの朝》が静かに流れていた。

その旋律が、のちに“冥府からの呼び声”となることを、

三人の誰も知らなかった。


赤井がストローを噛みながら笑う。


「いやぁ……なんか俺たち、作品絡むと“プロ感”出るよな!」


吉岡はコーヒーを撹拌しながら頷く。


「視聴者は“トリニティのテンポ”を期待してるしな。」


真名美はスマホを置き、肩をぐるりと回す。


「よし。今日の編集はここまで。

 ……で、今年もやる? 昭和歌謡カラオケバトル」


三人は一度解散し、夜──

いつもの神楽坂のカラオケスタジオへ集合した。



真名美が《仮面ライダーアギト》を熱唱している。


赤井はツッコミ待ちの顔でストローを噛みながら、


「おい真名美、それ昭和じゃ──」


と言いかけた瞬間、スマホが震えた。


画面には、


「アギト先輩」


赤井は眉を寄せ、通話ボタンを押す。


「もしもし先輩?

 ……え、ちょ、ちょっと……うん……」


短い沈黙。


スマホを耳から離した赤井の顔は、

泣き笑いとも困惑ともつかない“感情が形になる前”の表情になっていた。


「……ラズリさんが、亡くなった。」


アコースティックギターのイントロだけが、虚しく流れ続けた。


吉岡は息を呑み、

真名美はマイクを落としそうになりながら固まった。


赤井は震える声で続けた。


「……フェンタニルの急性中毒だって……

 アギト先輩……声が……もう……」


部屋の空気が、まるで酸素を失ったように薄くなる。

カラオケルームは、一瞬で“音のない宇宙”へと変わった。



1月後──四谷・大学の会議室。


「フェンタニル、だと?」


光一の問いに、フェルが静かに頷く。


「そう。合成麻薬だ。主な消費地はアメリカ。

 日本ではほとんど流通しない……いや、流通する必要がない。」


「じゃあ、なぜラズリさんが?」


フェルは机に資料を滑らせる。


「君も知っての通り、“日本の税関を通過した物”に対しては

 海外は検査が甘い。

 “日本製なら安全”というブランドが、逆に盲点になる。」


そして淡々と続けた。


「今回さらに特殊なのは……

 芸術展に出展された《少女像》の内部に、合成麻薬が仕込まれていたことだ。」


光一が目を細める。


「国外への搬出ルートか。」


「そうだ。

 その運びの過程で、像の不審点に気づいたラズリさんが調べ、

 漏れ出していた薬物に触れた。」


光一は低く呟く。


「……触れただけで死ぬなんて……VXガスみたいじゃないか。」


「人による。」フェルは言った。


「フェンタニルは、“数ミリグラムで呼吸を止める”。

 体格差より、個体差が極端に出る麻薬だ。」


光一の拳が机の下で強く握り締められる。


フェルは静かに告げた。


「これは事故じゃない。

 台湾企業を隠れ蓑にした中国のアメリカ浸透工作の一部だ。

 だが……その裏で糸を引いているのは、エリシュオンだ。」


フェルは立ち上がり、宣告した。


「光一、“エリシュオン”の正式名称を教えておこう。」


光一は動きを止める。


フェルは一語ずつ噛むように発音した。


「Exo-Linked

 Legacy &

 Yield

 Syndicate for

 Influence,

 Occult &

 Network」


「外部勢力・歴史利権・収益のために、

 影響工作・秘教詐術・巨大な共犯網を駆使する……

 “文明の裏面”に潜むカルテルだ。」


光一は即座に理解した。


「……国家を越える犯罪組織か。」


フェルは小さく首を振る。


「違うよ、光一。

 彼らは──国家を 作る側 の組織だ。」



四十九日。寺の本堂。


線香の煙が揺れ、冬の光が畳に淡く落ちていた。


僧侶の読経が止み、参列者が頭を下げる中で──

光一は視線の先に立つ人物を捉えた。


蘭。


黒いコートの肩に積もる白い光。

手を合わせる横顔には、悲しみでも静謐でもない──

“別の次元の色”が宿っていた。


七年ぶりの再会。


蘭は気配に気づき振り返る。

目が合う。


だが光一は、驚くほど静かだった。


(……こいつとは、いずれ決着をつける。

 だが、それは“今”じゃない。)


ラズリの死。

エリシュオンの影。

フェルの言葉。


光一の心は、すでに別の戦場へ向かっていた。



四十九日が終わり、寺の石段を降りたところで──

フェルが光一を呼び止めた。


「光一。」


数日前の説明で、光一はすでに

エリシュオンの正体を理解している。


だから今日は “続き” だ。


「落ち着いているように見えるね。」


光一は短く頷く。


フェルは淡々と告げた。


「“動き”があった。

 ラズリさんの件……エリシュオン側の反応が早すぎる。」


「……隠蔽か。」


「それより悪い。」


フェルは冬空を見上げた。


「彼らは、もう次の段階へ進もうとしている。

 “実験”ではなく、本番のフェーズだ。」


光一の拳がゆっくり固まる。


「……アギトは?」


「何も言っていない。

 だが、“戦うと決めた目”をしていた。」


フェルは光一の目を見て言う。


「光一。

 君は、もう“巻き込まれた側”じゃない。」


光一は低く答えた。


「分かってる。

 これはもう、俺自身の戦いだ。

 ──奴らを潰す。」


冬の空気がかすかに震えた。


フェルは背を向けながら言った。


「蘭くんのことは焦らない方がいい。

 君たちは“同じ場所”へ向かっている。

 だが、辿り着き方が違う。」


光一は返事をしなかった。


ただ、冷たい風の中で目を閉じた。


──黙示録の幕は上がった。

登場人物はすでに配置され、

物語は静かに、しかし不可逆に動き出していた。

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