表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/130

高い城の男編 プロローグ


成田行きの深夜便。


雲の上。


ビジネスクラス後方のギャレーで、

CAの真理子は、小さく息を吐いた。


機内は静かだった。


長距離便特有の、

乾いた空気。


眠る乗客たち。

青白いフットライト。

低く続くエンジン音。


いつもの帰国便。


——のはずだった。



ただ、

一人だけ妙に気になる男がいた。



窓側席。


二十代半ば。


短く刈った銀髪。


くすんだパープルのシャツに、

グレーのジャケット。


その服装と妙にアンバランスな、

ピンクレンズのシューティンググラス。


機内持ち込みは、

使い込まれたレザーボストンだけ。



顔立ちは、

妙に日本人離れしていた。


CNNのキャスター、

アンダーソン・クーパーを、

若くして東洋人にしたような浅黒い顔。


だが——


そのなめし革の様な肌越しには

東洋人特有の柔らかさが、

ほとんど感じ無い。



冷たい、

というより。



硬質。



最初は、

海外帰りの学生か、

若い実業家か何かだと思った。


だが違う。



妙に静かすぎる。



普通、

長距離便の乗客は落ち着かない。


映画を見たり、

酒を頼んだり、

意味もなく姿勢を変えたりする。


だが、

その男はほとんど動かなかった。



いや——


必要な動きしかしていない。



若い。


だが、

若い男特有の軽さがまるで無い。



キョロつかない。


空気を読まない。


愛想笑いもしない。



周囲を見ていないようで、

全部把握している。



そんな感じだった。



飲み物を置く時だけ、

視線がこちらへ向く。


その瞬間だけ、

妙な緊張が走る。



威圧感ではない。



“確認された”。



そんな感覚。



まるで、

保安検査を受けているのが

こちら側みたいだった。



同僚の若いCAが、

「あの人、俳優さんかな」と小声で言った。


真理子は曖昧に笑った。



違う。



芸能人の空気じゃない。



もっと危険な何かだ。



半グレやヤクザのような、

“見せる危険”ではない。



あれは、

もっと静かなものだ。



例えば——


軍人。



あるいは、

処刑人。



……まさかね。



だが、

明らかに“絶滅危惧種”の臭いがした。



昔のフランス映画に出てきたような、

静かで、

美しく、

どうしようもなく危険な男。


「さあ、先週コンパした軽い商社マンとも違うようね。」


真理子は小さく笑うと、

トレイを片付けた。




着陸前。


男が初めて、

ウイスキーを頼んだ。



「何になさいますか?」



男は、

それまでの無表情が嘘みたいに、

ぱっと笑った。



ひまわりみたいな、

妙に明るい笑顔。



「ラフロイグを」



年不相応に低い声だった。



真理子は、

ほんの一瞬だけ戸惑う。



キャラを作っているのか。


それとも、

あれが地なのか。



判らない。



だが、

どちらにせよ危険だった。



気を抜くと、

そのまま引き込まれそうになる。



真理子は、

グラスを置こうとして、

ほんの一瞬だけ手を止めた。



男の左手。



小指の先に、

鉛色のフィンガーキャップを嵌めている。



指先が欠損しているのか。


それとも、

最初からそういう形なのか。



一瞬、

判別できなかった。



細く湾曲した形状。



まるで、

さそりの尾の毒針みたいだった。



アクセサリーというより、

もっと実務的で、

もっと危険な何かに見える。



その指には、

古い傷があった。



銃か、

刃物か。


どちらにせよ、

普通の学生の手ではない。



——不思議な男。



グラスを受け取る時、

男は軽く会釈した。


何を思ったのか、コインをグラスに沈めた。

占いか


だが、

妙に洗練されている。



真理子は、

昔観た

フランス映画を思い出していた。

確か、さらば友よだったか




男は真理子に言った。

5枚で、電話してもいいか?


真理子は頷く。



男は、笑うと、コインをもう一枚グラスに沈めたl




数週間後。



霞ヶ関近くの合同庁舎。



人事課の面接官、

佐伯は履歴書を見ながら眉を上げた。


高城萬(タカシロ マン)


東工大卒業。


コロンビア大学院修了。


建築。


都市工学。


人間工学。



語学——英語、ドイツ語。


射撃経験あり。



妙な経歴だった。



名前を呼ぶ。



「どうぞ」



ドアが開く。



グレーのスーツにサックスブルーのシャツの長身の男が入ってきた瞬間、

部屋の空気が少し変わった。



ドアを閉める男の左小指の金属製の義指を見た瞬間


佐伯の脳裏に、

ふと奇妙な映像が浮かぶ。



砂埃。


乾いた熱気。


そして——


M2機関銃を、

無表情で撃ち続ける

目の前の男。



……まさかな。



佐伯は、

小さく頭を振って

そのイメージを打ち消した。




静かだ。



だが、

妙に圧がある。



男は、

無駄なく椅子へ座る。



姿勢が良い。



キョロつかない。



面接官特有の、

“こちらが観察する側”

という空気が成立しない。



……逆だ。



見られている。



佐伯は、

妙な感覚を覚えた。



警察官僚。


自衛官。


外務官僚。


危険なタイプは何人も見てきた。



だが、

この男は少し違う。



感情のノイズが薄すぎる。



敵意も、

緊張も、

野心も、

ほとんど見えない。



まるで——


既に、

判断が終わっている。



「志望動機を」



男は、

一拍置いて答えた。



「観察です」



佐伯の眉が、

わずかに動く。



「……観察?」



「ええ」



男は、

淡々と続けた。



「この国は、

表から見るのと、

内側から見るのでは構造が違う」



静かな声。



「それを、

確認したいだけです」



部屋の空調音だけが響く。



佐伯は、

なぜか背筋が冷えた。



その瞬間だった。



男の視線が、

ほんの一瞬だけ動く。



窓。


非常口。


警備員。


監視カメラ。



一秒もない。



だが、

全部見ている。



佐伯は直感した。



——この男は、

何かあった時、

迷わない。



そして、

そういう人間が一番危険だ。



男は静かに微笑んだ。



その顔は、

妙に整っていた。



だが——


美しすぎる。



まるで、

捕食者が

人間のふりをしている何かみたいだった。



30分後、ビルから出て来た、男の前に

BMWの白いカブリオレが停まる。


ラジオから流れてきたのは、

妙に古臭いディスコミュージック。




運転しているのは真理子だった。


男は優雅に会釈し、BMWの助手席に乗り込んだ。


白いBMWのカブリオレが、

霞ヶ関の夜を滑っていく。



真理子は、

片手でハンドルを握りながら、

オーディオの音量を少し上げた。



Boney M. の

“Rasputin”。



“Russia’s greatest love machine”



真理子は吹き出した。



「……出来過ぎね」



「何がだ?」



萬は、

窓の外を見たまま言う。



「全部よ。」


真理子は指をピストルのように構えると、

フロントガラスの向こうへ向け、

軽く引き金を引く仕草をした。



「バーン。」



萬は、

窓の外を見たまま、

小さく笑った。



白いBMWは、

夜の国道を静かに流れていく。



ここから、

別作品「高い城の男」

とクロスオーバーします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ