10-5 もう1つの夏休みの過ごし方
次の日。
空一面に雲が広がっていた。
けれど、その隙間からは夏の日差しが容赦なく降り注いでいて、蒸し返すような暑さがグラウンドを包んでいる。
そんな中、午前の部活を終えた駿は、ラケットバッグを肩にかけながら、ぐったりしていた。
(……帰ったらシャワー浴びて、クーラー効いた部屋で寝っ転がりたい)
今、頭の中にあるのはそれだけ。
だが。
「浅村、午後空いてるか?」
横から、隆二の声が飛んでくる。
「……一応」
「よし。午後から川辺のテニスコート行くぞ」
「は?」
思わず真顔になる。
「いや、今日めちゃくちゃ暑いんだけど」
「こういう日は涼しい部屋でのんびりするのが正解じゃない?」
必死の抵抗だった。
しかし、隆二はニヤッと笑う。
「浅村が行くなら、帰りにスーパー銭湯奢ろうと思ってたんだけどな〜」
「……」
それを聞き、揺らぎが生じる。
脳内に、“極限まで疲れた身体で入る風呂とサウナ”が鮮明に浮かぶ。
熱い湯。
整う感覚。
風呂上がりの牛乳。
――強い。
「……いや、でも暑いしな」
かなり迷う。
すると。
「浅村先輩と辰巳先輩、何話してるんですか?」
偶然通りかかった祐希が、近づいてきた。
「隆二が、こんな暑い日にテニスしようとか言い出してさ」
「祐希ならいかないよな?」
「え?行きますよ」
即答だった。
「むしろ、暑い日に汗かくの最高じゃないですか」
二人を見ていると、逆に自分がおかしいのでは?と勘違いしそうになる。
「そうだ」
そして、隆二が何か思いついたように口を開いた。
「祐希も一緒に行くか?そうすれば、交代交代出来て、少しは楽になるし」
「全然いいですよ」
「祐希はそう言ってるけど、浅村はどうするんだ?」
「浅村先輩、行きましょうよ」
祐希が目を輝かせながら見てくる。
その視線は、妙に断りづらかった。
「……分かったよ。その代わり、フルーツ牛乳も奢りな」
「了解。よし、まずは腹ごしらえだ。近くのラーメン屋行くぞ」
三人で学校を後にする。
ラーメン屋に入ると、隆二は普通盛りを注文した。
その一方。
自分と祐希は、迷わず特盛を頼んでいた。
最初は余裕だと思って食べ進めたが、終盤に連れて限界になり、食べ終わる頃には、祐希と共に瀕死になりかけた。
「二人とも……何でこれからテニスコート行くのに、ここで潰れそうになってるだよ」
隆二が呆れた顔をする。
「だって、特盛がプラス二十円なんだから、食べなきゃ損じゃん」
「お腹空いてたからいけると思ったんですけど……案外キツかったです……」
「男子高校生の思考とは思えねぇ……」
深いため息。
「仕方ないから、近くの公園のベンチで少し休憩してから行くぞ」
「はい……」
「辰巳先輩、すいません」
公園のベンチでしばらく休み、ようやく回復する。
それから再び歩き出した。
川辺のテニスコートに着く頃には、空気が少し変わっていた。
開けた景色。
学校のコートにはない開放感がある。
何より、川沿いを吹き抜ける風が夏なのに気持ちいい。
「よし、食後の運動がてらの軽いラリーやるぞ」
「すまないが、祐希は一回見ていてくれ」
「分かりました!」
祐希がコート脇に移動し、隆二のサーブからラリーが始まる。
――パンッ!
サーブをいつものように球を打ち返す。
感覚が違う。
でも、嫌ではなかった。
寧ろ、心地よい。
「どうだ?悪くないだろ」
「あぁ、いつもやってるテニスと全然違う」
「爽快感があって最高」
始めはこんな暑い日にテニスを更にやるのかよと思った。
だけど、実際にやってみると、川辺に吹く風もあって、そこでかく汗が気持ち良かった。
「先輩達だけでズルいですよ。自分も入れてください」
「分かった。隆二が次、休憩な」
「俺かよ」
ラリー練習の他にダブルス、試合形式と、テニスを楽しみ、気付いた頃には夕方に染まり始めていた。
流石に身体はへとへと。
腕も重い。
足も疲れている。
でも。
妙な充実感があった。
そして、その疲労を癒やす為に、スーパー銭湯へ向かう。
風呂に浸かった瞬間。
「……あ゛〜……」
思わず声が漏れた。
熱い湯が、疲れた身体にじわじわ沁み込んでいく。
サウナにも入り、水風呂にも入り。
完全に“整った”。
風呂を出て休憩スペースへ向かうと、隆二と祐希が先に座っていた。
「二人とも待たせてごめん」
「俺もさっき上がったところ」
「自分もです」
三人が揃い、瓶牛乳を買う。
蓋を開ける。
すると祐希が、ふと思いついたように話し出す。
「せっかくなんで、乾杯しましょうよ」
「ここでやるの!?」
「まぁ、いいんじゃないのか。こういう機会ないんだし」
「隆二がそう言うのなら、それじゃあ、新人戦の個人ダブルス出場と県大会に出場に向かって」
瓶を持ち上げた。
「良いですね、先輩」
「だったら自分は、県大会やその先の大会の上位向かって」
「俺も駿に同じく」
そして。
「「「乾杯!」」」
――カンッ。
瓶同士が軽くぶつかり、小さく澄んだ音が鳴る。
一気に飲む。
「ぷはー、風呂上がり牛乳は格別」
「これの為に生きてる感じしますよね」
「確かにな」
夕焼けに染まる窓の外。
ラケットを振った腕は重い。
でも、不思議と苦ではなかった。
汗も。
疲労も。
風呂上がりの火照りも。
きっと今しか味わえない。
そんな気がした。
ただ部活をして、家で過ごす何気ない夏休みの一日が、いつのまにか夏休みの思い出へと変わっていた。




