1-3 膨らむ期待
翌朝、駿はいつもと同じ時間に目を覚ました。
それなのに、胸の奥が微かに高鳴っていて、空気がいつもより澄んでいるように感じる。
登校して教室に入ると、まだ半分ほどしか席が埋まっていなかった。
自分の席に向かう途中で、直己がすぐに気づき、ニヤニヤとした笑みを向けてくる。
「おはよー。で、どうだ?彼氏一日目の朝は」
「……いつもと変わんないって」
そう答えたはずなのに、直己は肩をすくめた。
「いや、顔が全部語ってる」
「……直己には敵わないな」
「だろ?」
軽口を叩き合いながら席に着く。
そのタイミングで、教室の扉が開いた。
早川さんが入ってくる。
いつもと変わらない制服姿。
クラスメイトに混じって歩いてきて、たまたま目が合う。
一瞬、視線が絡んで——すぐに、彼女は小さく目を逸らした。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
——昨日、確かに付き合うことになった。
その事実が、ようやく現実として胸に落ちてきた。
だが結局、特別なことは何も起きないまま一日が過ぎ、気づけば放課後になっていた。
帰り支度をしようと机を開けたとき、折り畳まれた小さな紙が目に入る。
開くと、そこには短い文字。
「部活が終わったら、倉庫裏に来てね。果奈」
頬が、自然と緩む。
胸の高鳴りを抑えながら部活へ向かうと、テニス部の部室前で辰巳隆二とすれ違った。
隆二は入部当初からのライバルであるのと同時に友達で、女子からよく告白を受けていたが、本人は気にしていない。
「浅村、今日は遅いな。なんかあったか?」
「……別に」
即答できなかったのを、隆二は見逃さない。
「絶対あるだろ」
「本当に何もないって」
「まぁいい。先行ってるから、さっさと来い」
着替えを済ませてコートに出る。
メニューは頭に入っているはずなのに、どこか集中しきれない。
「浅村、動き鈍いぞ」
「そんなことないだろ」
「嘘つけ。意識がどっか飛んでる」
言い返せなかった。
心当たりしかない。
そのまま行われた練習試合では、小さなミスが重なり、普段なら勝てる相手に負けた。
——それでも、不思議と気分は沈まなかった。
胸の奥はずっと高鳴ったままで、意識は自然と1つの場所に引き寄せられていく。
練習を終え、夕焼けに染まる校舎裏を抜ける。
倉庫裏が見えた瞬間、足取りがわずかに重くなった。
距離が縮まるごとに、鼓動の音がやけに大きく響く。
期待と不安が、同じ速さで胸を叩いていた。
呼吸だけが、少し早くなっていることに気づかないふりをして。




