第94話 いい人なんですよ?
「あー、トーリ、イザベルがうっとおしいのは本当にすまない」
デリックは、指先で頬をかきながら言った。
「いや、わたしはトーリの」
「口を挟まない」
「……」
さすがはパーティーリーダー、デリックは残念エルフの口を封じることに成功した。
「だが、友人が言うように、トーリもたまには先輩に甘えていいと思うぞ。他の町とは違って、ミカーネンダンジョン都市では人のつながりがとても強く、そのために早く発展してきたんだと思う。冒険者ギルドマスターの人柄のせいもあるが」
マーキーとギドは「怖いおっさんの人柄?」と顔を見合わせた。するとデリックは「おまえたちだって、しょっちゅうシーザーと話してるだろう。あんなに相手をしてくれるギルマスなんて他の町にはいないんだぞ」と指摘した。
子どもの目から見ると、シーザーは顔を合わせると叱ってくる怖い大人なのだが、同時に困った子どもの相談事にも嫌な顔をせずにのってくれる、頼りになる存在でもある。
「この町ではギルドが間に入って、先輩が後輩を指導する流れができている。冒険者による講習会が開かれているというのもそうだ」
「グレッグの兄貴の講習は、本当に受けてよかったやつだぜ!」
ギドが叫んだ。
「よし、話は済んだか? ということだから、トーリはわたしたちとうぷっ!」
ぴょんと飛び上がったリスの尻尾が、また口を挟んだイザベルの顔面を叩いた。ベルンはテーブルに着地すると両手を腰に当てて「す! す!」とイザベルを強く叱りつけた。
「すーっ!」
「はい、ごめんなさい。もう口を挟みません」
「リスに叱られてる……」
イザベルのせいで、子どもたちの心にある『烈風の斬撃』への憧れの気持ちが少し減ってしまったようだ。
「だからね、最初の一回だけでいいから、一緒に行こう」
「そうよ。わたしもトーリくんの腕を見たいしね。斥候としての実力はたいしたものらしいじゃないの」
マグナムも、追加の肉料理をもぐもぐしながら頷いている。
同じ斥候のリシェルは人差し指を伸ばして「あなたもかなりやるんでしょ?」とリスのベルンの頭を撫でた。
「かーわいい。リスの斥候ちゃん、仲良くしてね。ちっちゃくてモフモフね」
かなり気分がいいらしく、『仕方ないなあ、そこまで言うなら稽古をつけてやるぜ』といった様子のリスは、リシェルにサムズアップしてポーズをつけてみせた。そして、トーリをちらっと見上げた。
「うちのベルンがやる気になってる……わかりました、それではダンジョンの入場許可証を手に入れたら相談させてもらいますね」
「そうか! よし、わたしが初めてのトーリに手取り足取りダンジョンのすべてをうぷっ!」
ベルンは再びジャンプすると、イザベルの顔面を尻尾で叩いた。今度はかなり力を入れたらしくて、頭がくらくらしたイザベルは「モフモフして可愛いだけではなく、素晴らしい攻撃力だ。時代は戦闘能力と可愛らしさの二本立てを求めているのか? わたしも髪をふたつ結びにしてリボンを結ぶべきなのか?」と訳のわからないことを言い出した。
「イザベル、ふたつ結びが似合う年頃じゃないでしょ」
「な……んだと……」
リシェルにきついひと言を食らってしまったイザベルは「ならば、わたしの代わりにトーリの髪をふたつ結びに」とさらに訳のわからないことを言い、怒ったベルンに三度目の尻尾アタックを食らって沈んだのであった。
「シーザーさん、おはようございます」
翌朝、冒険者ギルドに行ったトーリはいつものように忙しそうであまり忙しくない(あからさまに冒険者たちに避けられている)ギルドマスターに挨拶をした。
「よお、トーリ。どうした?」
「そろそろダンジョンに行きたいので、入場許可証をください」
「……くださいと言われて、そう簡単に渡せるもんじゃねえんだぞ」
シーザーが「まず、Eランクに上がる必要がある」と言うと
「じゃ、上げてください」と返された。
「うーん、なにかテストでもするか?」
「リスのベルンと森に行って、ブラッドハウンドとデスウィンドマンティスとドクヒョウとバッファローバードとヒドラドレイクとマッドボアを狩ってくるとかでいいですか? それなら半日で終わるんですけど」
「Fランク冒険者のやることじゃねえな! わかった、おまえが卸した魔物の内容は、買取り所から聞いている。俺の責任でEランクに上げるから、冒険者証を出せ」
「はい、お願いします」
あっさりとランクアップした。
「で、入場許可証は?」
「……誰か手頃なやつと戦ってみるか? Eランクでダンジョンに慣れているやつはっと」
シーザーとトーリとベルンがギルドの中にいる冒険者たちをぐるっと見回すと、全員に目を逸らされた。
残念ながらお断りのようだ。
「それじゃあ、僕がお試しでダンジョンに入って、戦うところをギルドの人に見てもらうとか?」
「うーん、ちょっと今、手が空いてないんだよな。領主都市の方に職員が何人か出張しててな、ダンジョンに行けるランクの者が足りないんだ」
冒険者ギルドでは、そこそこ戦える者が職員になっているのだ。
トーリは『領主都市の方で、トラブルがあったのでしょうか』と気になりながらも「それは困りましたね」と言った。
「ダンジョン講習を受けるにも、今、担当できる冒険者のスケジュールが空いてない」
「人気みたいですよね」
講習を真面目に受けた冒険者たちの実力がぐんぐん伸びていくのを目の当たりにした者たちが、積極的に受けているのだ。一番の人気はグレッグの講習で、かなり待たされるらしい。
「トーリもそのうち、斥候入門の講師をやらないか? 教えるのが上手いんだろ?」
「いいですよ。って、それよりも入場許可証!」
「うーむ、どうしたものかな」
シーザーが悩んでいると、例によって空気を読まないイザベルがパーティーメンバーの制止を振り切って話に飛び込んできた。
「シーザー、わたしたちがトーリの試験をするぞ!」
無表情だが機嫌のいいイザベルを見て、ギルマスは「なんでエルフには変人が多いんだろうなあ」と呟いた。




