第92話 ダンジョンに行きたいエルフ
「トーリ、とうとうダンジョンに行くのか?」
「マジかよ、すげえな」
「マーキーにギド、お帰り。ふたりだって、もう森の中心で狩りをしてるんでしょ? ダンジョンまでもうすぐだよ」
トーリは、一日の仕事を終えて宿に戻ってきたマーキーとギドに言った。
「まあな。障害物が多い場所での狩りにも慣れてきたし、斥候役もそこそここなせるようになってきたからな。あとはとにかく魔物を倒しまくって、戦闘力を上げることだ」
「上げるぜ! 戦闘力、上げるぜ!」
ギドが棍棒を振り回そうとして、ジョナサンに「ギド! こら!」と叱られた。
普通の動物を倒すことで、技術や経験が身につくが、魔物を倒す場合は少し違う。
魔力で生きる魔物は死ぬ時に力を放出するらしく、倒した者はそれを少しずつ取り込んでいくのだ。そうしているうちに、毒への耐性がついたり、防御力が上がったり、魔法による身体強化が上手になっていく。
リスのベルンが普通のリスとは思えない力を身につけてしまったのも、トーリたちの魔物狩りに同行している時に偵察などに参加して、魔物の力を吸収してきたから、という理由もあるかもしれない。
「おまえらも、早く準備してメシを食いに来い。井戸で水浴びをしろよ」
「はーい」
「うぃーす」
ふたりは銀の鹿亭の裏手にある井戸で水浴びをするようだ。この町では風呂は共同のものしかなく、毎日通うのは面倒(金銭的な問題もある)なので水浴びで済ませる者も多いのだ。
ちなみにトーリはお風呂が大好きなので、一日おきくらいに通っている。清潔なエルフなのだ。
「浄化しようか?」
「昨日してもらったからいい」
「わかった」
仲間内でも無料はよくないということになり、一回銅貨五枚で全身と服と武器防具の浄化を請け負っているので、今日は節約するらしい。
マーキーとギドが夕食を食べている間、トーリは冷やしたエールを飲みながらのんびりしていた。他の客が彼の魔法で自分のエールも冷やしてもらいにくるので、今夜も小銭が儲かっている。
風呂代は節約しても、エールを冷やすのにはお金を惜しまない、それが冒険者らしい。
「許可が出たら、ベルンとふたりで試しにダンジョンに入ってみようと思うんだ」
「ソロは危ねえぞ?」
ジョナサンが言うと、リスは彼の肩に飛び乗り「す! す!」とちっちゃなパンチを繰り出した。
ほっぺたをリスの力で殴られたジョナサンは「すまんすまん、リスとのペアだな」と謝って、ふわふわの頭を指先で撫でた。
リスの頭の毛はとても柔らかいので、手触りがいいのだ。
「浅いところなら問題ないと思うんですよね。なにしろ僕たちは、索敵能力に優れた斥候タイプで、自分の気配を消した隠密行動が得意ですから」
「す」
「火力には欠けますが、遠距離攻撃ができるし、とどめを刺すには充分なんですよ」
「浅いところだと、ゴブリンや犬系の二足歩行する魔物のコボルトだな。両方とも複数で連携してくるが、防御力はそれほどはない」
「はい。人型には相性がいいんですよ。たぶん、オークも得意です。あと、牛とかイノシシとか羊とか、突撃してくる魔物も得意です。避けるのが得意だし、ナイフで簡単に急所を切り裂けますからね」
マーキーが肉をかじりながら「トーリはすばしこいから、勢いで突っ込んでくる魔物は相手にならないよな。森だと、わざと引きつけてから避けて魔物のツノを木の幹に刺す、なんてことをしてたし」と言った。
「刺さるかなーって思ったら、見事に刺さったから笑っちゃったよね」
ジョナサンは「おまえたちはなにやってんだよ」と突っ込んだ。
「その代わり、ゴーレムみたいな硬い魔物は苦手かも。きっとナイフじゃ切れないよ」
棍棒使いのギドが「それは俺が得意! ぶっ壊すの超得意!」と胸を張った。
ジョナサンが「ミカーネンのダンジョンは、中層の鉱山エリアに行かないとゴーレムはまず出ないからな」と言った。
「そうらしいですね」
ギドは「先は長かったぜ……」と肩を落とした。
そこへ、『烈風の斬撃』パーティも帰ってきた。
「おっ、お疲れ様です!」
「お疲れーっす!」
一緒の宿に泊まっているけれど、まだ憧れのパーティに緊張しているマーキーとギドが勢いよく立ち上がって挨拶する。
「おまえたち、そんなに固くなってくれるなよ」
大剣使いのマグナムに頭をこつ、こつとこづかれて、ふたりは嬉しそうな顔をする。それを見たトーリは『本当に好きなんですねえ』と微笑ましく思った。
「トーリはごはんを食べたか? たくさん食べたか?」
たんと食べて大きくなるがいい、とおばあちゃんみたいなことを言いながら彼の頭を撫でるのは、見た目は美しいうら若きエルフの乙女、イザベルだ。
腰まであるストレートヘアは美しい銀色で、瞳は宝石のように輝くグリーンなのだが、なにしろいつも無表情なので少々作り物っぽい。
そして、同じエルフの仲間ということでトーリが幼い子どもに見えるらしく、とにかく過保護なのだ。
「イザベルさん、腕に返り血がこびりついてますよ」
「なに?」
「僕の頭についたでしょ」
「……大丈夫、ちょっとだけだから」
トーリは自分の全身に浄化をかけて、ついでにイザベルにも浄化をかける。
この美女は、拳にモノを言わせて魔物を殴り殺すファイターなのだ。
「いつも思うんですけど、魔物には血が流れていないはずなのに、どうして返り血とか返り血とか返り血とか、くっついているんですか?
「うむ、安心しろ。その通りで血ではないからな」
イザベルは胸を張って言った。
「これは魔物から出た汁だ!」
トーリは『もっとやだ』と思った。




