森を抜けて
エレノアの生まれたリジェル王国と隣国アイゼア王国は同盟関係にある。しかし、『一時的な』の注釈がつく。
というのも過去はそれなりに諍いあい、森の資源やら水やらを巡り戦争をしたことがある。
しかしそれが一時停戦となり、一時同盟関係となったのはその二つの国を脅かす第三の国が現れたからである。
それがジェダイト帝国である。
非常に巨大なその国は、元はもう少し離れた位置にあったのだが、次々と近隣の国に戦争を仕掛けて吸収を繰り返し、ついにはその領土をアイゼア王国の隣にまで延ばしてきてしまったのだ。
とても一国で渡り合える相手ではない。
そう悟った両国は、すぐさま同盟関係を結んでジェダイト帝国に対抗することとなった。
それが今から約三年前のことだ。幸いなことに小さな小競り合いをしたあたりでジェダイト帝国も一国ずつならともかく、二国を同時に相手をするのは骨が折れると思ったのだろう。現在は事実上の停戦状態であり、無言のにらみ合いが続いている。
※
「ほいよ、到着」
その声でエレノアは目を覚ました。窓の外をのぞくと、そこは御者が宣言した通りそこはアゼリア王国との境にある森、のアゼリア王国側、つまりは森の出口だった。
時刻は深夜である。
元々卒業記念パーティー自体も始まったのは夕刻であった。皆ドレスアップしなくてはいけない上に、普段は領地にいるご両親などの関係者を招く都合上、どうしても開始時刻は遅くならざるをえない。
そのあと国の中心部に位置する王宮から隣国に続く国境まで走り、さらにはその森の中を突っ切ってきたのだから、それは深夜にもなるだろう。
むしろあともう少しで夜が明けてしまいそうだ。
馬車から降りて鬱蒼とした森とその反対側に広がる隣国アゼリア王国の街並みを眺めながら、
「中で置いてこなくてよかったのかい?」
とエレノアは尋ねた。それに御者の男は「お嬢さん」と顔をしかめる。
「そういうところが可愛げねぇっていうんだよ。俺が頼まれたのは『アイゼア王国との境にある森』に連れて行くことだけだ。ど真ん中で置いてこいとは言われてねぇ」
「なるほど」
つまり森を突っ切ってアゼリア王国まで来てくれたこれは彼の好意ということだ。
これだけ鬱蒼とした森だ。野生動物だけでなく危険な野良精霊もたくさん生息していることだろう。
『野良精霊』。その名の通り、野生に野放しになっている精霊のことである。精霊は人と共に生まれるものである。しかしその繋がりがなんらかの原因で切れてしまうと精霊達は野放しとなり、野生化してしまうことがあった。
そしてさらには野生化した精霊達は精霊同士の交配で繁殖することが可能であり、それによって世界中に『野良精霊』というものが広がっていた。穏やかなものもいるが大抵は野生動物と同じで危険なものが多い。そのため『精霊避け』と呼ばれる魔導具を使用して人の生活区域には野良精霊が入り込まないようにされていた。
実際に森の入り口には『精霊避け』とおぼしき魔導具がかけられていたし、御者の馬車にも精霊避けはつけられていた。森の中を走っている間はその精霊避けのおかげであまり野良精霊の姿は見なかったが、おそらく森の中には危険な野良精霊がいたことだろう。
森の中に若い娘二人を置き去りにすればそのまま野良精霊の餌食となる可能性が高い。しかしこうして隣国近くに置くのであれば、そのままこっそり隣国へと向かえばなんとかなるかもしれない。
「俺はよ、雲の上の貴族連中のやることになんざ興味はねぇんだよ。だが逆らって自分の立場を悪くする気もねぇ。でもあんたらみたいな若い娘っ子が森の真ん中に放り出されて獣に食われて死ぬなんざごめんだね」
「……なるほど、感謝するよ」
「ありがとうございます」
エレノアとケイトは御者の男に頭を下げた。それに男は気まずそうに咳払いをひとつすると馬車を引く馬の首元をさすった。
「まぁ、俺の守護精霊は俊足だからな。ついでだよ、ついで。じゃあ俺は行くからよ。お嬢さん方、適当に夜が明けるまで暇潰してから街にでも行きな」
そう言うと彼は中に何かが入った革袋を投げてよこした。そのままきびすを返すと馬車に乗り、出発してしまう。
ケイトがその革袋を拾って中をあらためた。
「何が入ってた?」
「携帯食と水筒ですね。あと火をおこすための火打ち石もあります」
「至れり尽くせりだねぇ」
どうやらあの男、根は善良らしい。本当はこんなことはしたくなかったのだろう。しかし貴族に逆らうと下手をすれば物理的に首が飛ばされる恐れがある。
「彼もなかなかに辛い立場だ」
「言ってる場合ですか? お嬢様」
人ごとのように告げるエレノアにケイトは呆れた目を向けた。それにエレノアは肩をすくめてみせる。
「とりあえずここで夜が明けるのを待とう」
「はい、お嬢様」
そううなずくとケイトはテキパキと野営の準備を始めた。御者からもらった火打ち石を取り出し、器用にたき火を起こして見せる。
エレノアはとりあえず適当な木を背もたれにして腰を下ろした。
(本でもあればな……)
夜明けまでの暇もうまく潰せただろうに。
大きくあくびをひとつする。
二人がすぐに街中へと向かわないのには理由がある。
というのも、真夜中の周囲が見渡せない状態でよく知らない同盟国に突撃するのはさすがに危ない、という理由だ。
今のエレノアの格好は少しみだれたパーティードレスのままだ。ケイトは侍女としての制服であるメイド服を着ている。そんなとんちきな格好をした人間が真夜中に街中をさまよっていたらどうだろうか。
軽くホラーである。
というのは冗談にしても、なんらかの事情で家出してきたご令嬢としてカモられる危険性は高い。
せめて明るい時間帯に治安がどんな感じかを遠目で確認してから中に突入したいものである。
(ケイトもいるし……)
たき火を起こした後、夜食とおぼしきパンを切り分けてくれている侍女のことを横目で見ながら、エレノアは木の幹を枕に考える。
自分一人ならば軽率なこともできるが、守るべき部下がいるのだから無謀なことは控えるべきだろう。
(まずは働き先……、治療院とかないかな……)
「……ん?」
ぼんやりと思考を巡らせていると、ふいに森の中から小さな明かりが見えた気がしてエレノアは身を起こした。そのままその正体を突き止めようと目をこらし、
「……っ! 伏せろ!!」
「え?」
エレノアはケイトの上に覆い被さるようにして身を伏せる。その瞬間、風を切る音がした。それはエレノアの肩へと突き刺さる。
「ぐぅ……っ」
「お嬢様!!」
ケイトが悲鳴のような声を上げた。ぼたぼたと生暖かい液体が自分の肩から落ちてケイトへとかかる。
血だ。
強烈な熱を帯びた肩に手を持って行くと、そこには矢が突き刺さっていた。
「まさかこんな上物が落ちてるとはな」
その矢を射たとおぼしき男達が森から姿を現した。





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