領地エリスフィア
「ここは我が領地、エリスフィア。領主として、そして助けられた人間として恩人であるきみ達のことは保護させてもらった」
仕切り直すようにごほんごほんと咳払いをしながら、ロランはそう告げた。
今、エレノアはベッドに起き上がるようにして座り、ケイトはそのすぐそばに椅子を置いて、その目元はまだ赤らんではいるもののさきほどの件などなかったかのように澄ました顔で座っていた。
エレノアが室内を見回すとそこは上等な来客用の寝室のようだった。室内の内装は簡素だが置かれている調度品は落ち着いた色合いで品の良いデザインのものだ。伯爵令嬢であったエレノアの生家よりは劣るが、学園でエレノアに与えられていた寮の部屋よりは上等な部屋だった。
「『助けられた』のはわたし達のほうだけどね」
「それ以前にきみには助けられた」
エレノアのつぶやきにそう言葉を返すとロランは椅子から立ち上がり、深々と丁寧に頭を下げてみせた。
「ありがとう。改めて礼を言わせてくれ」
「律儀だねぇ」
エレノアは苦笑する。たまにこういうのがいるのだ。エレノアがただ『業務』で行ったことに対して『恩』だの『礼』だのを返そうとする人間が。
「以前にも言ったが、ただの業務だよ。気にすることじゃない」
「ならばきみにとっての『業務』を俺がどう受け取って何をしようが気にしないでもらいたい」
「頑固な」
「それはこちらの台詞だ」
むぅ、と唇をとがらすエレノアに、ロランは呆れたように半眼で返した。その後らちがあかないとでもいうように首を横に振ってみせる。
「ともかく、きみ達のことは保護させていただく。もちろん丁重にもてなさせてもらうつもりだが……」
そこでロランは言いよどんだ。しばし何かを迷うようにした後、軽く息をつき、顔を上げる。
その瞳は鋭く、エレノアのことを見据えた。
「なぜ、あの場にいたのかを説明してもらいたい」
(なるほど)
その質問にエレノアは得心する。
彼がエレノア達のことを助けたのも保護したのも、もちろん、エレノアが彼のいう『恩人』というのもあるのだろう。しかしもうひとつ。
なぜ微妙な仲の『隣国の聖女』が国境を超えてあんな場所にいたのか。その理由いかんによっては対処が必要になるから監視の意味合いもあったようだ。
(そりゃそうか)
真夜中にあんな場所にドレスを来た女と侍女がいるのだ。不審以外のなにものでもない。
疑うのは当然だ。
エレノアはわざとらしく腕組みをすると、「話せば長くなるのだがね」ともっともらしく口を開いた。
それにロランは真剣な表情でうなずく。
「それはそうだろう。『隣国の聖女』の噂はこちらにも届いている。それほどの重要人物があんな場所で盗賊に襲われていたのだ。よほどの理由だろう」
「うん、実はそうなんだ」
静かにエレノアはうなずいてみせた。
「国を追い出された」
「うん?」
「婚約破棄されて」
「は?」
「聖女の称号も剥奪された」
「…………。すまない、それはその、きみなりの冗談だろうか。申し訳ないが今はそのような不謹慎な冗談は謹んでもらいたいのだが……」
眉間に皺を寄せるロランに、エレノアはぴっと両手で指をさした。
「残念! 冗談ではない!」
「…………」
ロランは助けを求めるようにケイトのことを見た。ケイトは無念そうに首を横に振る。
「残念ながら、今お嬢様がおっしゃられたことはすべて事実でございます」
ロランはあっけにとられた表情の後、難しい表情を作って再びエレノアへと視線を戻した。そして深刻そうに問いかける。
「……それはまた、一体なぜ」
「なんだか釈然としないな」
なぜエレノアの発言は疑うのにケイトの言葉は信じるのか。
「それはお嬢様の態度が軽々しいからでございます」
ケイトはため息をつくと、「ここから先は、私が説明させていただきます」と買って出た。
そして説明すること数分、ロランを頭を抱えてうずくまってしまった。「大丈夫かい?」
「一体どういうことなんだ! 理解がまったく追いつかん!」
「可哀想に」
よしよし、と慰めるようにエレノアはその頭を撫でる。ロランはその手を勢いよく振り払うと、
「なぜおまえは怒らない!!」
とエレノアへと声を荒げた。
「この侍女の話が本当ならば、その婚約者である王子の行動は理不尽きわまりないものだ! 家族もかばうことすらしないなど!! 教会はどうした!?」
「さてねぇ」
エレノアは首元をぽりぽりとかく。
「教会は日和見だからね。わたしに立場がある間は立場を立ててくれてはいたが、失脚後にかばってくれるとは思えないね」
「だからっ! なぜ怒らない……っ!!」
「怒ってどうするんだい?」
いきりたつロランにエレノアはへらりと笑いかける。
「あの状況でわたしに味方をしてくれるのはここにいるケイトくらいのものだろう。あまりに多勢に無勢だ。あの場で下手に反抗すれば国外追放だけでは済まなかったかもしれない」
あの場に国王、皇后両陛下はおられなかった。エレノアの聖女としての実績をそれなりに評価してくれていたあの両名がいればかばってくれた可能性もなくはないが、けれど息子であるジャックの名誉を傷つけてまでエレノアのことをかばってくれたかどうかは謎だ。あの場でエレノアができたことなど、それこそ女神を召喚して何が起こるかわからないパンドラの箱を開いて阿鼻叫喚の地獄を展開することしかできなかっただろう。
女神はエレノアの思うとおりに動いてくれるわけではない。望まぬ形でエレノアの大切な者や関係のない者まで傷つける可能性がある。
それはあまりに危険な諸刃の剣だ。
「だが……っ」
エレノアの言葉に一定の信憑性を認めたのだろう。ロランはうまい反論も代替案も思いつかず口ごもる。しかしすぐにやるせなさそうに首を振った。
「だが、これまで真摯に自らの職務に勤めてきた者がそのような扱いを受けていい訳がない!」
「きみは優しいなぁ」
ふふふ、とエレノアは笑った。すぐそばではケイトは口こそ挟まないものの、ロランに同意するように無言で何度もうなずいている。
「きみ達がそう言ってくれるだけで、わたしは幸福だよ」
「おまえな……っ!」
怒鳴りかけて彼は口をつぐんだ。エレノアに怒っても仕方がないと思ったのか、小さく舌打ちを一つする。
「とにかく! 事情は理解した。そういうことならば、きみの立場は俺が保証しよう。いつまでもこの屋敷に滞在してくれてかまわない」
「ずいぶんと大盤振る舞いだね」
「あたりまえだろう」
ロランはエレノアのことを睨んで言った。
「きみは俺の命の恩人だ。そして俺だけではなく俺の部下達の恩人でもある」
「部下達?」
首をかしげるエレノアに、ロランは呆れたようにため息をつく。
「三年前のジェダイト帝国との戦争。きみも参加していただろう。きみはリジェル王国の者だけでなく、共闘していた我が国アゼリア王国の者も治療してくれた」
そういえばそんなこともあったかな、そうエレノアが相づちを打つよりも先に、
「俺も俺の部下達も、あの戦争に参加していたんだ」
彼はそう告げた。その水色の瞳はどこまでも真摯で、澄んだ色をしてエレノアのことを見つめていた。





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