第1話「幽霊ゼミ」
港東大学社会学部社会人類学科の八幡ゼミは、通称を「幽霊ゼミ」という。
この由来には諸説あった。
一、まるで学生が集まらないから。
ニ、担当教授が研究に熱中すると、死人のような形相になるから。
三、ゼミの研究テーマが民俗学だから。
どれも間違いではない。――一般人に対する回答としては。
だが、藤谷悠介は本当の理由を知っていた。
四、研究室に幽霊が出るから。
そう、誇張でも比喩でもなく、「幽霊ゼミ」とはつまり、「幽霊の出るゼミ」のことなのである。
「ちくしょぉお! もうやってられっかあああっ!」
その八幡ゼミで、藤谷悠介は絶叫していた。
「あはは、先輩また見ちゃったんですか」
悠介の隣で平然と茶をすすっているのは、法学部の戸塚明人。
ゼミ生でもないのに、何故か居着いてしまった変人である。
こいつの前世は座敷わらしか家鳴りに違いないと、悠介は確信していた。
「見ちゃったも何も、いるんだよ。ここには。うようよと。アレが!」
「へー」
悠介は脱力した。
「だああ、おのれ、霊感ゼロ体質め。
見ろ。そこかしこに魑魅魍魎やら小鬼やら通りすがりの自殺霊やらが、ひっきりなしにわめいてやがるんだ。
普通はな、気付くぞ? どんな鈍感人間でも、何かいるかな、ぐらいは感じるぞ」
「八幡教授も感じてないみたいですけど」
「~~っ!」
そうなのだ。ここの主人である八幡教授が、これまた輪をかけた鈍感、鈍感、超鈍感!
鎌鼬に足を切られようが、ろくろ首にうなじを舐められようが「ああ、いい天気ですねえ」とのたまう――言ってしまえば、万年脳天小春日和。
憤怒の表情で仁王立ちする鬼を背後にしながら「えー、では今日はマヨヒガについて、学んでみましょうか」と講義を始めた時は、こっちの命がいくつあっても足りないと思い知らされた。
後で必死に鬼に謝罪して、東北に帰ってもらったのは悠介だったのだから。
つまり、そんな教授に「幽霊や妖怪が出るから、部屋を変えてください!」なんて頼めるだろうか、否、頼めない。目に見えない物の存在を前提に、部屋を変えろだなんて。
逆の立場なら、悠介とて鼻で笑っている。
でも、でも……っ!
「実際いるんだから、しょうがねえだろおお!」
「あはははは」
悠介は、机の上に両手で叩きつける。
ドサドサドサッ、と資料の山が雪崩を起こした。
周りにいた、小人、のような生き物たちがいっせいに散っていく。まるで蜘蛛の子を散らしたみたいだ。
いや、いっそ、蜘蛛であれば良かったのに。
悠介はじっと、紙の束を睨み付けた。
「……これ、誰が片付けるの」
「そりゃあ、先輩でしょう」
「……ですよねー」
泣く泣く、悠介は資料を拾い出した。
もちろん、その間、教授や戸塚に対する罵詈雑言をつぶやくのも忘れずに。
「ん?」




