女神の聖弾
小ぶりなナイフを渡したイオは、わざと目立つように村に突入する。両手に持った銃を突きつけ、次々と悪魔を屠る。数頼みの敵なら何の問題もない。
だが、女神が戦うように要請するほどの敵もいる。
『調子に乗るな、下等種!』
「――ッ!?」
横から振るわれる巨大なしっぽが、イオの横腹を撃つ。吹き飛び、地面を転がりながらもすぐに体勢を立て直し、迫りくる雑兵を屠る。視線の先にいるのは、竜のような角と牙、しっぽを持つ巨大な悪魔だった。
『女神の魔弾。閉ざされし地獄の門を開く鍵を、渡してもらうぞ!』
「そういう話を聞いて、素直に渡す性質じゃない!」
悪魔たちがイオを狙う。その全てを彼は迎え撃つ。
命を懸けて戦う――それが彼に課された贖いだ。
たとえ今、彼とともに戦う者が誰もいなくても。
***
銃声を遠くに聞きながら、グウェンは持っていたナイフで村人を縛り付ける縄を斬る。
傷ついていたが無事な父の姿を確認し、涙をためる少女を人々は小声で称える。悪魔たちから少しでも離れようと、銃声とは反対側に向かう。
ただ一人、グウェンを除いて。
「お父さん。村のみんなを、お願いね」
娘の言葉に、父は少ししてから肯いた。彼女が何をしたいのか、何を望むのか、親だからこそ理解できたのかもしれない。
「言ってた通り、イオさんってすごい人だね」
どこか誇らしげなのは、父が話す以外の姿を知っているから。戦いから逃げていたはずのガンナーは、悪魔を屠るために帰ってきた。
何もできなくても、足手まといになるかもしれなくても、グウェンは彼を戦場に呼び戻した者として、見届ける義務があった。
彼女が駆けつけた時、村の入り口は凄惨たる光景だった。
悪魔たちの死体が転がり、ひときわ大きな巨体を振り回す上位悪魔がいた。
翼を広げ、空から振り下ろすしっぽは地面を砕く。人間では到底抗えない存在、吐き出す炎はコートを焼き焦がし、振るう爪を防ぐ壁など存在しない。
イオに必殺の魔弾は使うことを許されず、通常の弾丸ではその体を貫けない。
大きく振るわれた腕が、イオの手から銃を弾き、その腹に一筋の傷をつけた。
『ふむ、これがガンナーの血……なるほど、女神の祝福の残り香を感じるなぁ』
「イオさん!」
傷を抑え苦しげな顔をするイオにグウェンが駆け寄る。上位悪魔の爪は『ベルサリダ』を破壊しえなかった。しかし、イオの体はそこまで頑丈ではない。
銃を拾い上げたグウェンは悪魔へ向けて構える。
「グウェン、下がるんだ……逃げろ……」
「だ、ダメです! だって、イオさんは、ガンナーはこれからも戦うんですよね!? なら、生きなきゃ! 生きて、みんなを救ってもらわなくちゃ!」
十歳余りの少女が勇気を振り絞った。重たい銃は構えようとしても震えてしまう。まともに狙いもつけられないのに、それでも彼を守ろうとする。
『美しい。純粋なる勇気を宿した魂。ガンナーよ、悪魔を滅ぼし続けたそなたの魂と、その乙女の魂、地獄の門を開いた際に、素晴らしき晩餐となるだろう』
「勝った気でいるのは早いわよ。武器の悪魔ザミエル」
『我が真名を晒す者は――女神メイベルか』
グウェンと悪魔の間に立ちはだかったのはメイベルだった。普段より光輝を増している。
凛とした表情は、何を考えているかよくわからない普段と比べて、強い意志を持っているようだった。
『七つの魔弾の契約を人間に施すほど、貴様らは追い詰められていた。だが、その代償は理解していよう』
「ええ、だから彼に新しい弾丸を与える。七つ目は使わせない」
『それはだめだ』
ヒュンッ! と動いた尻尾が、メイベルの腹に突き立てられる。
「ぐっ……!」
「メイベル!?」
女神の体を、悪魔の尻尾が貫いた。イオが止める暇もなく、グウェンが引き金を引く暇もなく、メイベルの体は血を零しながら、ゆっくりと落ちてくる。
『神とて肉体のある存在。この一撃を、天上の者たちへの新たな宣戦布告としよう!』
高らかに宣言するザミエルの声を、イオたちは聞いていない。
落ちてきたメイベルの体を受け止め、悪魔から少しでも距離を取ろうとする。
「なぜだ、あなた方神はそこにあるだけ。戦う力そのものは行使できないだろうに!」
「イオさん、これ、あまりきれいじゃないけど、私の上着を使って……」
人なら容易く死に至る傷だ。だが、神たるメイベルはその命を繋いでいる。
苦しげな表情を、普段の無感情な笑みで覆い隠す。
「構わない。これで、決心がついたでしょう?」
「……何を、言っている」
言いたいことは理解した。だが、納得したくなくて、イオは問い返す。
「私を、魔弾に変えなさい。死に逝く者の、最後の頼みを聞いてほしい」
魔弾を創らない。そう決めたイオにとって、生者を魔弾にするという行為は、絶対に忌避すべきものだ。彼の中にその考えがなければ、多少の人間を魔弾に変えて戦うこともできただろうが、そうはならなかった。
しかし、死に逝く者を弾丸にすることはあった。
死に瀕した時、その想いを継ぐために、彼は新たな魔弾を作り上げた。
その七発目が、彼の恋人だった。
「女神を弾丸に変える行為です。誰もやったことがありませんし、どんなものになるかもわかりません。さぁ、私が消える前に、早く」
「馬鹿な。どうして神が命を捨てる!?」
「……私はあなたに魔弾を創る力を与えました」
彼女が、イオに力を、罪を背負わせた。神は決して人に罪悪感など抱かない。後悔だってしない。けれど、同情はする。だから力を与える。
そして今も、イオに力を与えるのは、神の役目だ。
「言ったでしょう。私の差し出す手は、あなたにしか向いていない。それは、今も変わりません」
血に濡れた女神は、イオに向けて手を差し出す。それを悪魔は座して待つわけはない。
『そのような慈悲、せめて我らの目の前意外で向けるべきだったな!』
悪魔が腕を振り下ろすより、イオが女神の手を取るほうが先だった。
「我が武器は銃にあらず。我が武器は心なり。我が弾丸は鉛にあらず。我が弾丸は友である」
『ベルサリダ』――信じられし者に、弾丸が装填される。魔を払い、光を齎す者として、イオは女神に信じられた。
ならば、その信頼に応えることこそ〝神武の射手〟がなすべきことだ。
「神を嘲る者、神より賜る力を持って滅ぼされん。我は射手なり。悪を射抜く迷える者たちの守り人なり」
爪を『ベルサリダ』の銃身が受け止める。流れる聖句が銃に力を与え、悪魔の力を遮った。
「武器を司る悪魔ザミエル。この世に武器を齎し、不和を齎す者よ」
――勇気ある少女よ、願いを弾丸に。信念を持つ戦士よ、心で狙え。
「そなたは何者にも崇められることはない。神はそなたを憐れむことはない」
グウェンが銃を構え、イオが支える。二人の重ねた指が、引き金を引く。
「我らの女神メイベルが創られたる聖弾よ」
それは、ただの弾丸ではない。まして、魔弾でもない。
神々しき生命を押し固めた、光輝なる魔弾――否、『聖弾』
滅びの未来を齎す最後の魔弾を押し止める、世界で初めて生まれた女神の聖弾だ。
それは、イオが持つ最後の魔弾――彼の恋人を、彼のもとに止めるものだ。
「悲しき者を、眠らせたまえ」
銃口から放たれた耀きは神の威光だ。力の奔流、溢れ出す女神の神聖が力となって悪魔を屠る。死に逝く女神から託された弾丸は、まぎれもなく目的を達成していた。
全ての悪魔の亡骸を浄化し、地獄へと送り返した一撃は、ゆっくりと空の彼方へと消えていった。
***
「よいしょっ!」
「本当に付いてくるんだな」
「はい! イオさん、長年戦ってきた割には精神弱そうですし!」
荷物をまとめたイオの隣に、同じく荷物を背負ったグウェンがいた。
その胸には、彼女の手に合った小さな銃が一つある。
「ガンナーの仕事だって後継者が必要ですよね。悪魔だっていつ復活してくるかわからないですし」
「女神がいれば、そのあたりいろいろ聞けたのだがな。手探りだが、復活した悪魔を探し、討滅する必要がある」
「では、お手伝いしますね!」
元気のよい、純粋なる精神を持つ少女は、戦いに身を投じることを選んだ。
この戦いの経験が彼女の何かを変えたのか。それとも元から内に宿る気質なのか。
イオにはわからない。だが、この世界の未来が明るいように彼には思えた。
「――ところで女神様、私の中で生きてること、イオさんに伝えなくていいんですか?」
胸に手を当ててぼそりと呟くグウェンに、イオは首を傾げた。
「どうした。そろそろ行くぞ」
「あっ、はい。すぐ行きます!」
見送る村人たちに手を振る少女は、先に歩き出したガンナーの後を追っていく。
その銃に込められた弾が、いつか未来を救うだろう。
いつしか彼らは、聖弾と呼ばれる。
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