代行者の力
「さぁ、どうする?」
神の問いかけは、ある種決定事項の通達に等しい。
だが、たとえ断る道がなくとも、選んだのは人間の意志だ。
メイベルから再び差し出される手に、イオは弾丸を握りしめ、空いた手を伸ばす。
瞬間、視界が歪む。足元の感覚が消えた――直後、尻餅をつきながら銃を構えるグウェンと、彼女に近づく悪魔の姿が目に入った。
グウェンは引き金を引くが、もちろん銃は動かない。撃鉄を起こしていなければ、そもそも弾も入っていない。
銃を知っていても、使い方を知らない者に戦うすべはない。
「お父さん、ごめんなさい……」
無機質な鉄の擦れる音以外、悪魔の笑い声だけが響く。彼女にゆっくりと近づいてきた下級の悪魔は、無慈悲に爪を振り下ろそうとする。
「迷える羊に近づく狼よ、狩人の刃から逃げるがいい」
空気を突き抜けたイオの蹴りが、悪魔を吹き飛ばす。獣のような叫びをあげて飛んでいく敵を一瞥すらせず、着地したイオはグウェンの前に膝をついた。
「イオアネス、さん……?」
「冷たくして、悪かった」
「へ?」
「君の言う通り、俺は逃げていた。疲れたとか、いやになったとか、言い訳して。俺は仲間たちに、顔向けできない日々を送っていた」
グウェンの銃を固く握る指を、一本ずつ離していく。力が入りすぎて白くなった手を、ゆっくり解く。
「俺に命を託してくれた者たちがいる。死にかけの命を最後まで使えと言った者たちがいる。彼らの言葉を、ふいにするところだった」
「イオアネスさん……その、私すごく失礼なことを……」
「いや、いい気付けになった」
取り戻した銃のシリンダーを開くと、懐から六発の銃弾を取り出す。魔弾ではない、ただの45口径の鉛弾だ。それを一発ずつ込める。
「我が武器は銃にあらず。我が武器は心なり。我が弾丸は鉛にあらず。我が弾丸は友である」
下級の悪魔に魔弾はいらない。少女一人を追い詰めて下品な笑みを浮かべる程度の存在は鉛弾で十分だ。
『け、蹴りに聖句が込められているだと……貴様、ガンナーか!』
「久しぶりの職場復帰なんだ。手間をかけるが、準備運動に付き合ってくれるか?」
『舐めた口をきくなよ! たとえガンナーだろうが我ら地獄の軍団を相手に――』
それ以上、下級悪魔は喋らない。頭に撃ち込まれた聖句を込めた弾丸は、肉を引き裂く痛みだけではなく、内部からその身を焼く。火薬の弾ける音がした直後、悪魔は動かなくなった。
『まだ生き残りがいやがったのか!』
『この近くにガンナーがいるはずだ! 奴の魔弾を奪い取れ!』
最後の魔弾は、特別な因果を持つ。人を救うのではなく滅ぼす因果だ。神の力とて、その因果を失くすことはできない。
迫りくる悪魔を前に、イオはメイベルを見る。
「七発目を使うことはあなたも困るだろう。だが、新しい六発を創る気はない」
「わかっているわ。だから、少し考えたことがあるの」
薄く微笑む女神にイオは目を細める。人を救いたいのか、それとも滅んでもいいと思っているのか、長年ともにある彼でもわからない。
ケルウェル村の方へ向けて歩き出したイオを見守るばかりだった。
一方、グウェンは見たこともない美しい女神の姿に唖然とするあまり、歩き始めたイオに置いて行かれそうになり、慌てて追いかける。
「あ、あの! ありがとうございます、イオアネスさん!」
「長いから、イオでいい。グウェン、少し静かにな」
「は、はい……」
グウェンに案内されて、イオは村へと近づいてく。距離が縮まれば縮まるほど下級悪魔の姿は増え、弾丸が消費されていく。グウェンの手を引き、木々を盾にしながら着実に進む。
放たれる弾丸は一発ずつで確実に悪魔を仕留め、その魂を地獄へと還す。
六発しか入らない銃は、たびたびの装填を必要とする。その隙を狙った悪魔もいるが、逆の手に持った二丁目が至近距離で撃ち抜いた。
片方を仕舞い、元から持っていた方へ弾丸を込める。流れるような動作が、悪魔の接近を許さない。
「これが、ガンナーの、イオさんの力……」
「怖くないか?」
「……だ、大丈夫です!」
多少無理しているのがわかる。ただ、森の中に放置するわけにもいかない。メイベルの近くにいたとしても守ってもらえるとは考えにくい。
一緒にいることが最も安全だ。
「あの、魔弾を撃てば、悪魔を倒せるんですよね?」
「……どうだろうな。俺のことがあまりにも独り歩きしているせいで、一発撃てば何でも解決できると思われると、それは困る」
最後の一発は、決して撃てない。撃てば、もっと恐ろしいことが起きる。
それが女神との契約だ。七発目を撃たずに悪魔を調伏する。それを達成したはずなのに、地獄の底から新しい敵が現れた。六体の悪魔を六発で仕留める。求められる仕事をこなし、最後の一発を残しておく。それで全ては完了するはずだった。
なのに、また新たな六発を求められている。
「それでも君の村は、救って見せるさ」
家族を、仲間を犠牲にしてきた。その犠牲に見合う答えを、イオは持ちえない。
だから、救い続けるしかない。救いを求める誰かのために戦い続ける。
少なくとも――今はイオが、世界を救う番なのだから。
「悪魔は俺が引き付ける。君は村の人たちを!」
己の役割を全うするため、イオは撃鉄を上げた。
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