【エピローグ】 歴史を知った王、明かせない真実3
風が爽やかに木々を揺らし、葉っぱのかすれる音と、遠くで鳥がなく音が聞こえる以外、特段騒がしい音のしない穏やかな森だ。太い木々と長い草が生い茂り、人が入ることのないような深い森の中、緑色に侵食された石版を背に、立っている三人の人物がいた。
彼らは三人とも服が破け、その体に所々傷がある。特に茶色の髪をした人物の傷はひどく、その四肢は切り傷や噛み傷だらけ、顔にまで無数の傷跡があった。しかし力強く拳を握り姿勢良く立つその姿からは、強い意志が見て取れた。
「……あれからどうだ、この大陸の異変は」
振り向きもせず、背後の男に茶髪の人物は声をかける。もはやボロ布と化したマントをまだ羽織り、傷だらけの両手をきつく握りしめていた。
「大丈夫、心配しているようなことは何一つないですね。特段異変はないよ」
すぐ問いかけに答えるのは甲高い声、茶髪の人物の背後に立つ細身の緑色の髪と服をした男だ。わずかに口元を緩め軽い笑みを浮かべる男は、その細い目で主である茶髪の人物を見て続けていた。
「石版の方は……やっぱりまた前の状態に戻っただけみたいだね……。アイツらが開放する前の状態にね……」
その言葉に、茶髪の人物は緑色の瞳を細めていた。わずかに唇を噛むその表情は、何処か苦しげに見えた。そんな人物を盗み見るように隣の男が視線を向けていた。黒い長髪を風に遊ばれる長身の男だ。
しかし、茶髪の人物がそんな表情をしていたのは一瞬だった。鋭い目線で空を睨み、その瞳をわずかに紫色に燃やしながら呟いた。
「だが……全てが前の状態に戻ったわけじゃない。俺達は……真実を知った上で……あの状態に戻ったんだ」
茶髪を風に遊ばれながらその人物は振り向いた。背後の細身の男もそれに習うように背後を見、茶髪の隣に立つ長身の男も振り向いた。
彼らが見つめるのは、過去一度見ている石版だった。奇妙な文字が書かれ、既に長き年月によって緑の苔が所々に生えている大きな石版は、今となっては何も語らず何も起こらず、ただそこに存在するだけのものだった。
その石版を睨むようにして見ていた茶髪の人物だったが、ふと表情を和らげて一歩石版に近づいた。その表情は今までのそれとは違って、何処か親しいものに向ける顔に見えた。そんな穏やかな表情のまま、静かに傷だらけの人物は口を開いた。
「また……お前に会えるまで……俺は王であり続けるぜ……。それまで……暫しの別れだ。必ずまた会おう……」
一際強い風が吹いて三人の髪が強くなびいた。葉の擦れる音にまぎれて、続けて何か話していた言葉までも風に攫われていた。
言い終えて、そのままそっと形の良い唇を閉じる茶髪の人物は、次いで天を仰いだ。青い空を白い雲が流れ、彼らの立つ原っぱに雲の影が流れていく。風に揺らめく緑の中、何処となく三人の表情は柔らかく見えた。
「今の……聞こえたかな?」
長身の男も天を仰ぎ呟くように言えば、甲高い声が軽い調子で答えていた。
「聞こえてないだろうけど、でもきっと……彼女なら頷いてますよ」
男二人のセリフに、茶髪の隙間で緑色の瞳は穏やかに細められていた。そんな茶髪の人物――闇族王、ミズミ・スティラ――の首元で、あの青く輝く宝石が波紋のように揺らめいていた。まるでその石の輝きは、何かに応えたかのような、そんな反応の揺らめき方だった。
――彼らが再びこの石版の真実に向き合うのは、それから十年後のことである――。




