541.転売屋は迎え入れる
その日の夜遅く、俺達が寝静まった頃にエリザは戻ってきた。
とはいえ人数分のベッドはないので二人には別の部屋で寝てもらい翌朝合流。
その日は買い付けやら出張所やらで忙しく、まともに話が出来たのはその日の夕食時になった。
「改めてになるがシロウだ、隣町で買取屋をやっている。で、こっちが奴隷のミラとアネット。ミラは鑑定スキル持ちで主に店全般の管理、アネットは薬師として活動している。エリザとは客兼恋人という関係だ、いきさつは本人に聞いてくれ。」
「ミラと申します。」
「アネットです、宜しくお願いします。」
「ほらキキ、挨拶しなさいよ。」
「私は別に・・・。」
「昨日話し合ったでしょ、終わったことでうじうじしないの。貴女は今日から新しい人生を私と一緒に過ごす、そうよね?」
「・・・はぁ、お姉ちゃんはいつも強引何だから。」
おや?
雰囲気が随分と違う。
初めてあった時は獣のような鋭い目をしていたが、今は牙を抜かれた飼い犬のよう。
あ~、その辺はエリザも同じか。
出会った時は狼だったが今じゃ駄犬だもんな。
流石姉妹、その辺も一緒のようだ。
「キキです。本来はフローリアと名乗るべきなんでしょうけど、そのままの名前で通すことにしました。鑑定スキルが使えます、それと魔物に関しての知識は他の人に負けないつもりです。姉共々宜しくお願いします。」
「こちらこそよろしく頼む。名目上はエリザの奴隷ということになるが、事情は昨日聞いての通りだ。俺が買うと何かと面倒なんでエリザに頼んだわけだが、結局どういう扱いになるんだ?」
「キキは魔術師としても優秀だから一緒にダンジョンに潜って、そうじゃない時は店の手伝いをしてもらうつもりよ。」
「半分冒険者ってのは大変じゃないか?いっそ専属のほうがいいと思うが。」
「お姉ちゃんと一緒に潜ったら命がいくつあっても足りません。」
「ま、それもそうか。」
「ちょっと!」
いや、怒る理由が分からないんだが?
ダンジョンの奥に潜るって事はそれだけ死ぬ可能性が上がるということだ。
現役バリバリで潜り続けている姉と違い、妹は魔術師と言えど今は奴隷。
現場からはだいぶ離れているだろうから、まずはリハビリを兼ねてダンジョンに潜る所から始めなければいけないだろう。
毎日潜るのも大変だし、休憩も兼ねて店に出てくれるのは助かる。
特に鑑定スキルが使えるのはメルディにとってもプラスだ。
査定品の中身が分かればメルディが値段を思い出せる。
魔物の知識に関しては仕入れや仕込みの時に役立つことだろう。
冒険者ギルドにとってもプラスは多いはずだ。
まぁ、本来は死んだことになっているからエリザの妹と公言していいのか微妙な所だが、冒険者の出自なんで誰も気にしちゃいないからな。
別に問題はないだろう。
やばそうなら偽名を名乗ればいいだけだ。
「住まいはどうするんだ?」
「当分はお屋敷に置いてもらって、引っ越しが終わったら店に移動してもらうのはどう?」
「いっそのことずっと屋敷でもいいんじゃないか?そのほうがメルディも広々使えるだろう。」
「そのあたりは実際に現場に出てもらってからでいいのではないでしょうか。ひと先ずはお屋敷に住んでいただき、奴隷としての作法などをグレイス様に教えてもらうとよいかと思います。」
「ふむ、それもありか。」
レイブさんのように基礎を叩き込んでもらっているのならともかく、彼女はそうではないようだ。
作法と言ってもそんなに難しい物じゃない。
基礎だけ仕込んでもらって、後は冒険者として活動してもらえばいいさ。
「じゃあそれで決まりね。」
「働き出したら家賃を払ってもらうからな、もちろん主人であるエリザに。」
「え、なんで!?」
「自分の奴隷なんだから当然だろ、税金の支払いもあるからしっかり管理しろよ。」
露骨に嫌な顔をするエリザを見てキキが苦笑いを浮かべている。
こんなのが自分の主人なのかと嘆いているのかもしれない。
いや、それは俺も一緒か。
「こんばんは、みなさん。」
「げっ。」
「何かしらその声は。」
「別に。」
挨拶もほどほどに楽しい食事の時間が始まったはずが、ここからというタイミングで来てほしくない人がやってきた。
エリザの昔話なんてなかなか聞けないというのに、まったく勘弁してくれ。
「こんばんはナミル様。」
「ごきげんよう、色々と大変だったみたいだけど無事に買えたのね。」
「おかげさんで。なんだ知ってたのか。」
「だってデビットがあんなに秘密にするんだもの気になるじゃない。」
「今はもうエリザの奴隷だからな、変な気起こすなよ。」
「あら?貴方が買ったんじゃないのね。」
「俺は真っ当な品しか扱わないんでね。」
「そういう事にしたの。ま、それでいいんじゃないかしら。品行方正でいるほうが便利なこともあるものね。」
意外そうな顔で俺を見てくるナミル女史。
彼女の事だからキキの素性についてもあらかた見当がついているのだろう。
もっとも、自分もデビットから奴隷を買っている以上下手なことはできないわけで。
そういう意味では一番安心できるかもしれない。
「それで何しに来たのよ。」
「そんなに敵意をむき出しにしなくてもいいじゃない。出張のお礼と例の船について聞きに来たのよ。」
「具体的には?」
「あの船、買ったの?」
「あぁ買った。なんなら権利書もあるが確認するか?」
「残念だわ、色々と使い道を考えていたんだけど取られちゃった。」
そのいろいろの中には間違いなく俺に売りつけるっていう選択肢が含まれているだろう。
本当に悔しそうな目をしている。
「しばらくは停泊させてもらうつもりだが、構わないよな。」
「もちろん構わないわよ、払うもの払ってくれれば。」
「だよなぁ。」
「ちなみにおいくらでしょう。」
「停泊料として一日銀貨10枚、でも荷物を運んできた日はサービスしてあげる。」
一泊銀貨10枚、一ヶ月停泊すると金貨3枚も取られることになる。
ぼったくりもいいとこだ。
「高すぎだろ。」
「良心的の間違いじゃなくて?他にも船は来るし置いておかれるのも正直邪魔なのよ。それを銀貨10枚で受け入れてくれるんだから、嫌なら自分で停船する場所を作る事ね。」
「シロウ様、停泊するだけは確かに高く感じますが運搬に使用すれば停泊する日のほうが少なくなります。加えて搬入当日に費用が掛からないというのは確かに良心的かと。」
「そうそう、つまりそういう事よ。」
「さっさと動かさないと損するぞって事だな。」
「伝手はあって?」
「ない。だが金貨3枚で時間を買えるなら別に急ぐ必要もないさ。」
停泊するだけとはいえ警備は必要だろうし、その辺は責任を持ってやってくれるんだろう。
他にも船は泊まっているし、俺達の船が増えた所で問題はないはずだ。
今は停泊料を垂れ流してもすぐに回収すればいいだけだ。
とはいえ、今できる事と言えば自前の品を運ぶことぐらい。
燃料費とかそもそも船をどう動かすのかとか。
勢いで買ったはいい物のその辺はしっかり考えないとな。
「普通は焦るところじゃないかしら。」
「もちろん焦るさ、だが受け入れられないと言われるよりも金で解決できるならそれに越したことはない。支払った金は別の部分で回収させてもらうつもりだ。」
「依頼があるとは思わないでね。」
「期待してないから安心してくれ。」
支払った分は仕事で回収すればいい。
港町まで急ぎで荷物を運びたい人はそれなりの数いるだろう。
特に春になれば野菜関係が一気に動き出す。
生ものは時間が命、問題があるとすれば既存の業者ともめないかって所だな。
差別化すれば何とかなると思うんだが、そのへんはアインさんに詳しく聞いておく方がいいだろう。
「わざわざちょっかい出しに来てあげたのに、つまんないわ。」
「デビットの方はいいのか?」
「私には関係無いもの。あくまでも商売相手、プライベートの付き合いはしない主義なの。」
「さよか。」
「でも貴方なら大歓迎だけど?」
「生憎と俺も同じ主義なんでね。」
「ふふ、知ってるわ。それじゃあ良い夜を。」
フリフリと軽く手を振りながら女豹は去っていった。
女達は慣れたものだが、キキはどうしたらいいのかわからないという顔をしている。
「はぁ、飯が冷めちまった。」
「安心して全部食べといたから。」
「うわ、マジで何もねぇ。」
テーブルの上にあったはずの料理は綺麗に片付いていた。
真剣な話をしている横で貪り食うとかどういう神経してるんだこいつは。
「追加注文しますか?」
「いや、諦める。追加しても半分はこいつの腹の中だ。」
「じゃあデザートたのも~っと。」
「自腹で頼むぞ、金持ってるんだから。」
「持ってないわよ。」
「いや、余分に用意した分があるだろうがこの金持ちめ。」
予定よりも安く変えてしまっただけに、プチ金持ち状態だ。
あれこれ買ってしまう前に税金やらなんやらをミラに頼んで回収してもらっておかなければ。
「それもないわ。」
「は?」
「この子自分のものが何もないっていうんだもん、必要なもの買ってたらもうすっからかん。」
「マジで言ってるのか?金貨30枚以上あっただろ?」
「魔術師用の装備ってなんであんなに高いのかしらね、特に魔装具なんて一つ金貨3枚もするんだもん。」
「私は別に急がなくていいって・・・。」
「ダメよ、あれだけの品が纏めて出てることはないんだしキキだって欲しそうな顔してたじゃない。昔から我慢するときに右上を見る癖は治ってないのね。」
「え、そんなのあった!?」
あー、なるほどそういう事ね。
奴隷として生活していた時は必要最低限の物しか持たされていなかった。
っていうか着の身着のままの状態だから日用品やらなんやらを買い与えたと。
加えて魔術師としてダンジョンに潜るための装備を大人買い。
そりゃ金も無くなるわ。
「せめて一声掛けろよ。」
「いいの、私の妹なんだから。」
「さよか。」
「ふふ、本当に嬉しそうな顔されますね。」
「当然よ。」
身内なんていないとか言っていたくせに、現金なやつだ。
とはいえ、いつもとは違う柔らかい雰囲気はこれはこれでありだな。
「甘やかすのもほどほどにな。」
「シロウに言われたくないわ。」
別に俺は甘やかしてなんか・・・いや、でもないか。
もうすぐ冬は終わり春がやってくる。
とはいえ、まだまだやっておかなければいけないことはたくさんあるわけで。
次に向けてもうひと頑張りするかな。




