540.転売屋は提案を受け入れる
偽りを教える鈴の音が響く。
もちろんそれに気づいたのは俺達だけで、向こうは俺の身に着けた鈴が鳴った程度にしか思っていないだろう。
相手のウソは明白だ。
金に困っているわけじゃない。
どの口がそれを言うんだろうか。
普段の彼ならもっと気の利いた言い方をするんだろうが、余程余裕がないと見える。
さぁどう料理してやろうか。
「俺が買うと金貨50枚なんだよな?」
「そうだけど君は買うつもりないんだろ?」
「そりゃそうさ、真っ当な品じゃない上にそっちとの関係強化なんて無駄でしかないからな。明日にでもとんずらするような犯罪者とどうやってお近づきになれっていうんだ?」
「なかなかに辛辣じゃないか。」
「本当の事だろう?俺との関係強化なんて耳障りのいい言葉で売りつけようとしていたようだが・・・。」
「それは違う、君との関係強化は本当に望んだことだ。そうじゃなきゃ君達を乗せて港町まで行ったりしないよ。それこそ僕の事を疑っている相手をわざわざ乗せてね。」
鈴は鳴らなかった。
つまり今の言葉は本音だということだ。
確かに望んでいなければ疑われている相手を乗せることはしないだろう。
「ま、それもそうだな。」
「理解してくれてうれしいよ。」
「じゃあ聞くが、俺が買って金貨50枚。エリザが買って金貨150枚。その差は関係強化で済まされる内容とは思えない。明日には国を出ないと聖騎士団がアンタを狙ってここに来るんだろ?金はあるに越したことはないはずだ、俺が普通に買うだけじゃどう考えても足りないよなぁ。」
「その通りだ」
「追われている所は否定しないんだな。」
「事実だからね。」
金は欲しい。
ではそれを言い出さないのはなぜだ。
俺にも適当なことを言って金貨150枚で売り付けることは可能なはずだ。
それをしない理由が分からない。
一体何を狙ってる?
「逃げるっていっても水路はもう使えないだろ?船はどうするんだ?」
「捨てるしかないかな。まぁ、それに関しては彼女に任せているからいいようにすると思うよ。」
「捨てるのか。」
「何なら君が買ってくれるかい?色々あって四隻失ったけどこの二隻さえあれば問題なく使えるはずだ。必要であれば後々で買い足せばいい。」
「ふむ、それはいいかもな。」
「え、シロウ!?」
「ならばこういうのはどうだ?船は俺が金貨100枚で買おう、その代わり奴隷はエリザが金貨50枚で買う。どうせ捨てるんだし手にはいる金額は同じだ、文句はないよな。」
同じ金貨150枚。
これなら文句はないだろう。
何を狙っているのかはわからないが、これならある程度言い訳が出来る。
「君がそれでいいのなら。でもいいのかい?君の嫌う真っ当な品じゃないものだよ?」
「それは奴隷とアンタの事で、船はただの物だ。真っ当なじゃない人間が使っていたとしても物に罪はない。だろ?」
「あはは、面白い考えだ。その金で僕が逃げ出したら君が責められるんじゃないかな。」
「俺は不要だと言われた船を格安で買っただけ。その中で奴隷のやり取りをしていたかどうかなんて知らないし、アンタが追われている事だって言われなければわからないことだよな?」
「そうだね。」
「一つ言えるのはさっさと逃げないと追いつかれるぞってことだけだ。聖騎士団を甘く見ない方がいい、アンタの悪事なんてだいぶ前から気付かれてたみたいだぞ。まぁ、色々あって追いかけるだけの余力がなかったみたいだが随分と身軽になったようだからあっという間に追いかけられる。」
「そうだね。それじゃあ決まりだ、僕は船を君に売り彼女に奴隷を売る。」
随分とすっきりした顔でデビットは言い切った。
だが、すっきりしていない顔をしている人物がこの部屋に二人いる。
「話が違いすぎます。こんな事なら貴方に助けを求めなかったのに。」
「キキ、君が駄々をこねるのは構わないけど国に戻されて鉱山で死ぬまで働かされることを考えたら何倍もマシだと思うよ。ここで買われれば死人の名前を付けられることもないしある程度の自由も保証される。それともあの家にもどるかい?」
「・・・それは。」
「君は破門された時点で戻る場所はどこにもないんだ。奴隷を売買している僕が言うのもあれだけど、見知らぬ男に慰み者として使われる未来を考えれば実の姉に買われるぐらい全然ましじゃないかな。」
「私に姉は・・・。」
「良いから黙って買われなさい。これが金貨50枚、早く首輪を付け替えて。」
有無を言わせぬ語勢にキキが思わず口をつぐむ。
本人もわかってはいるんだろう。
デビットが言ったような人生を過ごすぐらいなら、色々あったとはいえ実の姉に買われたほうが何倍もマシだという事は。
経緯については色々と聞かせてもらったが、それを踏まえたうえで本人同士がどうするかは今後の話だ。
エリザが金貨を積み上げた横に、俺も金貨を積み上げていく。
10枚のタワーが15個。
金貨150枚の輝きを見ても部屋の誰も驚くことはしなかった。
ま、これぐらい見慣れてるしな。
「これで主人は君に移った。」
「案外簡単なのね。」
「そういうものさ。それじゃあこれは頂いてくとしよう。」
「今更だが船を抵当に入れてるとかはないよな?」
「あはは、捨てるしかないとはいえぎりぎりまで僕の大切な仕事道具だったんだ。そんな事はしないよ。」
鈴はならない。
なら問題なさそうだ。
デビットは無造作に金貨を袋に入れ立ち上がった。
そして何も言わずに部屋を出る。
追いかけることはしない。
もちろん警備に突き出すこともしない。
これに関してはホリアさんも了承済みだ。
逃走したやつを捕まえるのは聖騎士団の仕事で、俺達にその義務はかせられない。
奴隷や船を買ったとしても逃亡幇助にはならず、ただ売買をしたという扱いになる。
だからこそこうやって気軽に取引が出来たんだよな。
ある意味権力様々って奴だがこれもエリザの妹を買い受ける為。
その為にはなんだってすると俺達は決めたんだから。
「さて、これからどうするか。」
「私はこの子と話があるから。」
「じゃあ先に宿に戻ってる。火の元だけは気を付けてくれよ、買ったその日に焼失とかお前に全額請求するからな。」
あとはご両人どうしでどうぞってね。
ミラとアネットに目配せをして俺達も部屋を後にする。
フワフワと揺れる薄暗い船を出ると、空には満天の星空が広がっていた。
「無事に買い付け出来ましたね。」
「これからいろいろあるだろうが、とりあえずは何とかなったな。」
「少々拍子抜けなところはありますが何事もなくてよかったと思うべきなのでしょう。」
「でもまさか船を買われるとは思いませんでした。」
「あんな提案してくるとは思いもしなかったが、女豹に取られてより高値で売りつけられることを考えたら買うしか選択肢がなかったんだよ。」
「ご主人様が船を欲しがっているのは知っておられますしね。」
「金貨300枚ぐらいでしょうか。」
「それぐらいで済めばいいけどな。」
船の相場は生憎と分からな・・・いや、しらべてみればいいか。
おもむろに手を当てると案の定スキルが発動した。
『船。河川を航行できる大きさがある。若干の痛み有り。最近の平均取引価格は金貨230枚。最安値金貨80枚最高値金貨350枚。最終取引日は388日前と記録されています。』
もう一隻の船も同じような内容だった。
新品でその価格として中古になるとその八掛ぐらいか。
安く見積もっても金貨300枚は余裕で越えて来るだろう。
それを金貨100枚で買えたと思えば安い買い物なのかもしれない。
「何もないとは思うが、念のために明日の朝に船を全部調べて女豹に停泊の許可を貰っとこう。じゃないと勝手に売られそうだ。」
「停泊にもお金かかりますよね。」
「一番は常に動かし続けることだが、その為には燃料もいるし何より動かす人手もいる。船に関しては全くの素人だからなぁ・・・。」
「ハーシェ様の様に水運で商売を依頼できる人を探す必要がありますね。」
「港町までの足が出来たと喜ぶべきだが・・・。はぁ、また仕事が増えそうだ。」
何をするにしても金と人がいる。
今までは何とかなっていたが、今回は全くの白紙だからなぁ。
状況が状況だったし致し方ないだろう。
「エリザ様戻ってくるでしょうか。」
「ほっといても戻ってくるさ。とりあえず今は久々の再会だ、そっとしておいてやろう。」
「肉親がいるのは嬉しい事ですから。」
「あのバカ兄貴でもか?」
「ふふ、そうですね。」
喜べフール、思ったよりも嫌われてないみたいだぞ。
星空を見上げながらゆっくりと大通りへと向かって歩く。
何はともあれ懸案事項が一つ片付いた。
それでいいじゃないか。
ミラとアネットの体温を両手に感じながら、大きく息を吐いてみる。
白い吐息が空へと登っていった。
肉親がもういない俺にはわからないが、きっと喜んでいる事だろう。
別に寂しくはない。
そんな俺の雰囲気を察してか、二人がさっきよりも強く体を押し付けてくる。
寂しくない。
何故なら女達がいるから。
それに、家族も増えるしな。
そうか、そういう意味では肉親が増えるのか。
何ともこそばゆい感じがするなぁ。
「どうしました?」
「なんでもない。さっさと帰って飯にしようぜ。」
「はい、そうしましょう。」
三人の吐息が空に登っていく。
今後何人増えてもそれを守れるぐらいに金を稼ぎ続ければいい。
それが俺にできる事なのだから。




