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  幼い頃の話をしよう。

  当時小学生だった俺は、クラス内で横行していたイジメのリーダー格だった。

  とびきり喧嘩が強いワケではなかったが、殴られるのにはなれていた。

  それは父に虐待を受けていたからだ。

  酒癖が悪く粗暴だった父は、母が愛想を尽かして出て行ったのも俺のせいだと言って、ますます暴力を振るうようになった。

  そんな俺の複雑に屈折した気持ちは、同級生にぶつける以外の発散の仕方がなかったのだ。だからイジメなんかに走ってしまった。

  そんなある日、俺は公園のトイレ裏で他校の生徒のイジメを見た。虐められていたのは長い金髪の子で、水でビショビショになっていた。

  何を思い立ったか、当時の俺は一も二もなく助けに飛び込んだ。それから必死になってその子を守った。

  他校のいじめっ子達を退けた後、自分の上着でその子の頭を拭いてやった。そしてその時から、俺とその女の子、間渼子は友達になったのである。

  それからというもの、俺はイジメをやめて、その子といつも遊ぶようになった。最初はその子がまたイジメにあわないようにと思って一緒にいたが、俺は気づいたらその子を多分好きになっていた。俺の境遇も洗いざらい話し、お互いに既に最も信頼できる親友となっていた。

  そしてその2人の日々はひたすらに楽しかった。父の暴力にも、クラスメイトから避けられるのにも耐えられる程に。

  ーーーーーーしかし。

  人の過去の過ちは簡単には消えてくれない。

  渼子をいじめていた奴らと、俺にイジメられていた奴らが、徒党を組んで俺に仕返しをしに来たのである。

  その時俺は、もうやり返すこともせずただ耐えた。そして自分を責めた。「俺が悪いんだから」と。

  意識が薄れてくる程こっぴどく痛めつけられていると、急に目の前に金髪が飛び込んで着た。

  全ては俺の自業自得だっていうのに、渼子は俺を見捨てようとはしなかったのだ。今度は彼女が俺を救ってくれた。

  そして、俺にこう言ったんだ。「君は悪くないんだから」と。

  2人して痛い思いをして、その後に2人して思いきり泣いた。

  俺は渼子を守りたくて、その一心でいたのに、結局危険な目に合わせてしまった。その事がずっと気がかりで、中学に上がってやっと渼子と同じ学校に通えるようになったのに、終始渼子と仲良くする事に気が引けていた。

    そして中学では、さらに新たな疑いがかけられる事になる。


  ーーーーー「人殺し」だ。


  ちょうど俺が中学へ上がる頃、父が無理心中をはかろうと俺に包丁を向けたことがあった。

  当然俺は抵抗した。無我夢中で突進して押し倒して、腕や鼻を刃がかすめる度に死を意識した。

  このままだと殺されると分かっていた。だから、父をおとなしくするには、父にも死の恐怖を意識させるしかないと思った。

  そして刺した。泣きながら父の肩に。

  今でもあの絶叫と溢れる血の臭いは覚えている。当時は思い出す度にゲロを吐いたものだ。

  結果大事には至らずに済んだものの、俺は児童相談所に一度預けられ、それから父方の祖父母の家に引き取られた。祖父母はかなり高齢だったので基本家事は自分でこなさなきゃならなかった。

  まぁそれでも今までよりはマシだと思えたが。

  こんな事があったせいで、俺は中学で人殺しのレッテルを貼られ再び周囲から孤立することになってしまう。

  こんな状況になってしまっては、またいつイジメが起こるか分かったもんじゃない。

  それに厄介事ばかり招く俺が側にいては、渼子まで不幸になってしまう。渼子を守るためには、俺が側にいるんじゃ逆効果だってことはもう痛感している。

  だから俺は、渼子を避けるようになった。付いてこない方が良いと何度も言った。しかし渼子は首を横に振るばかり。

  だから言うしかなかった。俺の気持ちと正反対な一言を。

  そして、二度と話しかけてこない事を約束させ、それから4年間、あいつは一度も約束を破らなかったのだ。

  心の中では誰よりも大事だったのに、俺にできるのはただ突き放すことだけ。その事が泣ける位悔しくて、情けなくて。

  でも、それでも渼子が痛い目に合うよりは、俺だけが心の中で傷ついていればいいと思った。だから誰も気持ちを吐露できる人が居なくても耐えられた。嗚咽をかみ殺すこともできた。

  しかし、それから1年、2年と時を経るごとに、渼子の様子がおかしくなっていった。.....というか、こう、変態になっていった。

  俺の上履きが急に新しくなったり、帰り道に妙な視線を感じたのも今思えば渼子の仕業だろう。

  それから、当時俺に興味を示していた京極さんに相談をし始め、俺達の関係は今に至る。

  ..............ここまで回想してようやく分かったことはといえば、渼子がおかしくなったのは「俺のせい」ってことだ。

  そしてそこまで分かったなら、考えるより早くやるべき事があるはずだろう。



  ーーーーーそして、翻って今日。

  渼子と掃除用具入れの中に隠れているという謎の状況。

「...................」

「............:,.....」

  2人して黙り込んでしまう。もう外には見回りもいないし、どちからかが開けてしまえば2人ともすぐ外に出られる。

  それでも俺達は何故か、お互いにお互いから目をそらせないでいた。

  静かな空間とは裏腹に早鐘の様に鳴る俺の心臓。恐らく渼子の方も同じような状況になっているのだろう、そのエメラルドのような瞳は心なしか潤んでいた。

「..................っ」

  視界不良の中何とか掃除用具入れの扉に手をかけ、体ごと外に飛び出す。

  「うお.....っと」

  つまづく渼子を支えるようにして受け止める。

  ほぼ真っ暗な所にいたせいで目が慣れ、月明かりだけでも十分に渼子の顔を視認することができた。

  未だに俺の思考はまとまらないままだったが、それでも黙っていられず、自然と口を開いてしまう。

「....あのさ.......」

 4年振りに会話するシチュエーションが夜の学校とはおかしな話だが、逆に少しくらい変わったシチュエーションじゃなきゃ俺は話し出すことも出来なかったかもしれない。

「.......なに、かな?」

  クラスで遠くから聞こえる声ではなく、たしかに俺に向かって放たれた渼子の声。その懐かしさと嬉しさに言葉が詰まる。

「......な、あの............えぇと.....」

  マズイ、じっと渼子と目を合わせたままだとうまく言う事がまとまってくれない。今はなんでもいいからとにかく間を持たせよう。

「........あー.....なんで、掃除用具入れの中に......?」

  取り敢えず気になることから聞いてみる。

「.............携帯を」

  渼子は俺と目を合わせたまま携帯を少し掲げる。

「取りに来たら、人が来たから」

  え、なんの迷いもなく「取りに来た」と言うがそれ俺のなんだが。というかこいつが俺より先に侵入したから鍵が開いていたのか。

「あー......それ、返してくれるか?俺のなんだ」

  こいつを探しにわざわざ忍び込んだのだ。一応返してもらわなければ。

「うん」

  あっさりと俺に差し出す。よかった。持って帰るとか言われたらどうしようかと.....。

  返してもらった携帯で時間を確認する。下校時刻から大体20分過ぎくらいか。

「なぁ、悪いんだが、もう少し話してもいいか。...........割と大事な話があるんだが」

  不思議と今この状況がチャンスに思えて、急な事なのは百も承知でお願いする。

  すると、

「........うんっ」

  若干嬉しそうな顔で承諾してくれる。有難い。ついさっきから一刻も早く伝えなきゃいけない言葉があったんだ。

「なぁ渼子。4年前の約束、覚えてるか」

  渼子がこくりと頷く。忘れるわけもないか。俺が一方的に約束させた事とはいえ、今の今まで守ってくれてたんだもんな。

  さぁ、ここからが本題だ。

「あの約束も、あとあの時言った言葉も、それから渼子と距離をとっていたことも、全部勝手にお前の為だと思ってやってた」

  俺の話は半分独白のようなものだったが、渼子は黙ってその話を聞いてくれていた。

「でもそれは単なる自己犠牲に過ぎないって気づいたんだ。結局全部、俺が傷つきたくなかったから、渼子に押し付けていた。お前の気持ちも聞いてやらずに。だからーーーーー

  ただ傷つけられないよう大事に扱われるより、一緒に痛みを分かち合う道もあったのかもしれない。もし俺達の立場が逆だったなら、俺はそっちを選んだだろう。

 ーーー今まで本当にごめん!」

  深々と頭を下げる。

  そして数秒がたった後、その態勢のままもう1つ、渼子にお願いをした。


「もし、お前が良いって、許してくれるって言うなら、もう一度......やり直させてほしい」


  これまた自分勝手な懇願なのは分かってる。それでも、せめて渼子の口から渼子の気持ちを聞かせてほしかった。

  俺が渼子の言葉を正面から受け止めようと頭を上げた、その時ーーー


「柑子ぃっ!!」


  俺の名前を叫びながら渼子が抱きついてきた。

「ちょっ、え」

  紛れもなく俺の初恋であった人が俺の胸に飛び込んできたのだ。4年振りであってもなくても赤面してしまうだろう。

「柑子柑子柑子柑子いいぃ!」

  4年分の気持ちをぶつけているのか分からんが、それにしたって激しすぎる。頭をぐりぐり押し付けてくるのは非常に可愛いことこの上ないが、こっちは戸惑ってしまってろくに言葉も出やしなかった。

「.......っていうか、返事を.....」

 異常に強いホールドの中先程の返答を乞う。

 がばっと、渼子の顔が跳ね上がる。

「うんっ。あたしもやり直し賛成する!」

  満面の笑みで肯定してくれる。そしてすぐまた俺の胸に顔をうずめる。

  ほっ。良かった。これでもう渼子は変態行為も繰り返さないだろう。

  戻れたんだ。昔の俺達に。

「ん〜〜〜〜〜!」

  しかし中々離してくれる気配がない。腕の血流が止まりそうなくらいの力で締め上げられ続けて全く身動きが取れないのだが......。

「あの、そろそろ帰らなきゃヤバくないか?」

  俺が時間を気にしてそう聞くと、一度力を緩めて、最後にギュッと一回抱きしめた後に解放してくれる。

  この4年間の膠着から脱したことを喜ぶように、お互いの顔には笑顔が浮かんでいた。

「さ、帰ろうぜ。途中までなら送ってくよ」

  大体どの辺に渼子の家があるかは、おぼろげではあるがまだ覚えている。この夜道を女子1人で行くのは何かと危険だろう。

「うんっ.....」

  微笑を浮かべたまま頷く。月明かりに照らされた渼子は、多分この4年間で最も綺麗だったと言えるだろう。

  それから2人で部室の窓から脱出する。

  まったく、窓から中を覗くだけだった筈が、気づいたら幼馴染と和解してしまうとは。とんでもない廻り合わせがあったものだ。

  とにもかくにも、今日が俺達2人の再スタートの日だ。これからは普通の友達同士として、お互い仲良くやっていけることだろう。

 


 その後2人で積もる話をしながら、懐かしい帰り道を歩いた。

  こっちは会話が久しぶり過ぎて戸惑う部分もまだあるってのに、渼子はまるで昨日も一緒に帰っていたかのようなフレンドリーさだった。そういう思考が読めないあたり、昔と変わらないなぁと感慨深く思う。

  それから分かれ道で別れた後、俺はそこまで押してきていた自転車に跨り、ポケットから携帯を取り出す。

  先に述べた通り、俺は音楽を聴くのが習慣であるため、まぁ今日は途中からではあるが、曲を流しながら自宅までの道を帰ろうと思った次第である。

  そして携帯を開いた時、LINEの着信が数件来ていることに気づく。あぁ、そういえば放課後に1人友達追加したんだったか。..,........,ん?

  それに加えもう1人、友達が増えていた。

  名前は、「ミコ」と書いてある。誰かどうかなんて考えるまでもない。十中八九渼子だろう。

  .......さっき俺の携帯を持っていたから、その時に勝手に追加していたのだろうか。

  しかし、俺の携帯は当然暗証番号のロックがかかっているし、さらにLINEのアプリにもいつもロックをかけている。

  人に番号を教えた事なんて一度もないし、一体渼子はどうやって追加したんだろうか..........。

  俺がじっと携帯とにらめっこしていると、急にLINEの着信音が鳴ってビクッとなる。

  送ってきたのはその渼子本人であり、その内容はただ一言。


『ビックリした?』

 

「なっえっ!」

  慌てて周りをキョロキョロ見回すが、どこにも人影なんてない。

  勝手に追加していたことよりこのタイミングの良さにビックリしてしまった。

  それからまた何件か着信が来る。

『これからは今までの2人の時間を全部取り替えそうね。』

  ほう、今までの分を全部か。となると高校生活はあと2年しかないから、2倍くらい濃い時間を過ごさなきゃならない訳か。まぁ俺はそんなに焦らなくても、昔の2人のように仲良くできればそれで十分だと思うのだが。

  そしてその次に、

『まだこれから何十年も時間はあるし、多分すぐに取り返せるよね?』

  ...........まぁ、何歳になっても友達同士でいられたら、それは良いことだと俺も思うよ。うん。

  さらに次々と着信が来る。

『ねぇいまみてるよね?』

  ..........これは何か雲行きが怪しくないか。まぁ確かに見てはいるが、何故そんなすぐにわかるんだ。エスパーなのかこいつは。

  どういう理屈かは知らんが、向こうが気づいている以上何かこっちも返信しないといけない気がして、俺は急いで文字を打つが、それより早くまたもう一件着信が入る。



『もうはなさないから』



「................」

  どうやら元の関係に、元の渼子に戻るにはまだ少し時間が必要なようだ。

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