プロローグのような何か
「人生は自転車である」
ーーかの有名な科学者、アインシュタインはそう言った。
俺が思うに、この言葉は言い得て妙である。
なぜなら自転車は倒れないためには漕ぎ続けなければならないからだ。途中で漕ぐの諦めることは簡単だが、足を止めた時点で当然自転車もストップしてしまう。
つまり、継続は力であり、停滞は怠慢を意味することを的確に言い表しているのだ。
この格言を信仰するからこそ俺は、とっくに油の切れた自転車を、息も絶え絶え漕ぎ続けてきた。
そうやって走破したこの16年間。もう大分疲れた。ゴールはおろか中間地点すら定かではなく、進路も分からないままフラフラ進み続け、体ばかりがデカくなってしまった。
去年やっとの事で入学できた高校も、 アニメや漫画で想像していたものとはかけ離れていて、毎日毎日ほぼ平々凡々。そして休む暇のない課題の山。
畢竟、何が言いたいかと言えば、人生は難易度が高すぎるってことだ。俺には到底、攻略できる気がしないよ。
ーーーなんて、こまっしゃくれた事を考えているうちに、学校の駐輪場に到着する。
それにしても、何故こんなに学校までの坂道は急勾配なのか。自転車通学者に対してツンすぎないか?おかげで足腰が鍛えられてしまった。
立地に対する不満でいっぱいになりながら俺の自慢のママチャリにチェーンをかけて、校門を抜け玄関まで足早に歩く。
...これは孤独愛好家全般に言えることだと思うのだが、基本的にすこぶる早足になってしまうのは何故なのだろうか。どうせ教室に着いても所在なさげに席に座っているだけだし、急いだところで別段意味はないというのに。
まぁ強いて言えば、遅刻ギリギリの時は急がなければいけないだろうがな。
「............」
....うーむ....先程から前の女子3人組の歩みが非常に遅い。イヤホンをしているせいで会話は聞こえないが、階段を横一列に塞がれてしまっては追い越すこともできやしない。
ゆえに若干足音を大きくして急かすように歩いて行く。彼女らの靴紐を見る限り、どうやら1年生のようだ。学年ごとに紐が色分けされているからすぐにわかる。
俺はつい先日からこの高校の2年生なので、今までより1つ下の階の教室に向かう事になる。だから彼女らとは途中でさよならだ。グッバイフォーエバー。
そして、自身の教室に到着した。時計に目をやりつつイヤホンを外す。いつも通り、遅刻ギリギリだな。
クラスの男子に適当に挨拶しつつ、自分の席に向かう。俺の席は1番後ろの窓際の席、そう物思いに耽るには絶好のロケーションであるあそこだ。
机の横にリュックをかけて一息つく。...ふぅ。...周囲を見渡すと、皆一様に新たなクラスでの友達作りに励んでいるようだ。結構結構。俺もハブられないくらいには仲良くしておこう。目立ちたくはないが悪目立ちもしたくないからな。
ーーーさて。
全くもって気乗りはしないが、念のため今日も確認しておこうか。"アレ"を。
俺は周りの人間が見ていない事を確認しつつ、机の中に無造作に手を突っ込む。
「.....げっ」
その瞬間、ゾッとして背筋が凍った。
ーーまただ。「ヤツ」が、頼んでもいないのにまた弁当をぶち込んでいやがった。...しかも、やはり手紙付きだ。無駄にファンシーな封筒にはいつも通りならば4通ほど手紙が入っているだろう。
そしてその内容はと言えば、カラフルな色ペンで文章を書き殴った上に、さらに上から延々と文章を重ねて書いてあり、とても読めたものではない。そして既に俺の部屋のゴミ箱はその怪文書達で溢れかえっている。
「あ"あ"......」
胸焼けがしてくる。一体何の恨みがあってこんなことをするのか。ヤツの行動は最近常軌を逸している。
俺が忌々しげにヤツを睨みつけると、ニコニコしながらこちらを見つめ返してくる。くそっ。舐めやがって。
しかし、本当に不本意ではあるが、小さい頃から食べ物を粗末にしてはいけないという精神が体に染み付いているので、得体の知れない弁当であっても食べずに捨てるなんて事俺には出来ない。
だから最近弁当を持って来るのもやめて、毎日必ず入っているヤツの弁当を食べることにした。そして食べ終わった弁当をまた机の中に戻すと、次の日にはまた中身が復活しているのだ。
....あれ?これって順調に餌付けされてないか?....ってまあいい。食べずに放置したらどんな仕返しがあるか分かったもんじゃないしな。
ていうか、さっきからこっち見過ぎだろ。
「ミコー!おはよー!」
友達に話しかけられ一瞬で外向けの表情に戻る。
そう、ヤツの名前は間渼子。顔面以外だいたい歪んでる。あと金髪なのは地毛だ。
「あれコージ弁当変えた?」
こっちもクラスメイトに話しかけられ、慌てて弁当をリュックにしまう。
「え.......ん...ああ、まあ」
急に話しかけられたせいでしどろもどろになる。今日初めて人と話したが自分でもどうかと思うくらいどもった。
それと俺の名前は橘柑子。忘れてくれてかまわん。
それから話しかけてきた奴と駄弁り終わった後、チャイムが鳴って担任が教室に入って来る。
今日も長い1日の始まりだ。