第53話 『黒い太陽』
黒い。何もかもが黒い。自分が何を考えているのか、何を見ているのか、何を聞いて、何を感じているのか。空間も時間も、自身の存在すら、認識できない。
悠久だったのか、一瞬だったのか。少しずつ、少しずつ。覚醒する意識は黒い世界に紅い雫を垂らし始める。
俺は…………ククク、そうだ。俺は…………
徐々に膨れ上がる殺意は俺の存在を確固たるものとし
やがて黒い世界は、真っ赤に染まった
第53話 『黒い太陽』
殺す。
殺す。
殺す。
殺す消す潰す排す壊す惨す沌す犯す滅す斬す!!
「あ゛ア゛嗚゛ア゛あ゛A゛あ゛ア゛昂゛あ゛唖゛呀゛荒゛あ゛翕゛逅゛あ゛ああああアアアアッッッッ!!!!」
そうだ! 殺す! お前を殺す!! お前の全てを破壊してやる!! お前の全てを否定してやる!!
俺はその為に生まれてきた!!
それは喜びの雄叫びか。それとも悲しみの遠吠えか。本当の力を受け入れ、変貌したその姿はあまりにも、あまりにも、馴染んでしまった。
「ルオオオオオオオオォォォォォォォォ」
振り下ろされるタイタンの巨腕。幾重にも束ねられた鉄骨のような、殺意に満ちる意思は突如として現れた存在を消し去ろうと猛威を叩きつける。
しかし接触の直前、目にも留まらぬ赤黒い線が縦横無尽に駆け巡り、タイタンのその剛堅極まりない腕を粉々に寸断した。
崩れ落ちる瓦礫の中、微動だにしないままだったリオの瞳が隻腕と化したタイタンを捕え、柔和に、妖しく、禍々しく微笑む。彼と共に歓喜に震える破力は殻を突き破り、混沌とした産声を上げながら周囲を奔流し、リオの本能のカタチと成る。
剣、大剣、長槍、戦斧、斧槍、大鎌、鉾、鉞、銛、曲刀、薙刀、大包丁、大手裏剣、三叉戟。枚挙に遑がない膨大な数の刃達は宙を舞い我先にとタイタンへ襲い掛かる。高速で飛び交う実体化した破力に鈍重なタイタンでは為す術がなく、今迄一度として傷付けられる事の無かった肉体を斬られ、裂かれ、刺され、抉られ、削がれ、両断され。いとも容易く、いとも呆気なく、哀しいほど憐れに死を迎えた。
弱い! 弱い脆い惰い懦い羸い虚い!! 死は醜い! 死は穢い! 死は究極の害悪!! 抗え!! 抵抗しろ! 死に立ち向かえ!! 死に逆らい立ち上がる者こそ美しい!! 恐怖を乗り越える姿を見せてみろ!!
俺はその為に産まれてきた!!
深淵体は殺戮本能に従い行動する。それが彼らの存在意義である。生きとし生けるものを滅ぼす事に理由等無い。故に殺害という行為に感情を持たない。
しかしその肉体は生命と同じ知性を持ち、痛みを伴う。享楽欲望の無い深淵体が唯一、その身に抱く感情は、恐怖。
タイタンは抗おうとした。同種でありながら命を持つ、得体の知れない小さな存在が放つ喜びに。瓦礫の山へと変わり果てた同胞の亡骸を掴み投擲。小さな城にすら匹敵する巨体を利用した加速器は攻城砲の如き威力を持って、大岩の散弾銃となり、リオへと襲い掛かる。
またも黒い刃が空を駆けるが、大岩の全てを切り裂くには至らず、一抱え程ある大礫が直撃する。床に叩きつけられ、タイタンの餌食となった者共の砕けた骨や歯が肌へと突き刺さり、骨粉を巻き上げながら死人の浜をリオは転がる。
余りに致命的な、絶命寸前の攻撃に痙攣する身体。少々動かすだけで叫び悲鳴を上げる骨々。皮膚から砂へと垂れる血液、その色は黒。リオはそれらを笑みを持って歓待した。
殺せ。殺せっ。殺せ! 殺せ!! 俺を殺してみせろ!! このどうしようもない俺を!! 死んでも死にきれず怨霊に成り下がった俺を! 世界の異物を破壊しろ!!
俺はその為に転生まれてきた!!
この攻撃が有効だと学習したタイタンは大岩を握り絞め、再び投擲する。しかし、先程よりも遥かに高速で飛び回る刃が死骸に群がる蝿のように覆いつくし、大岩を“消滅させた”。
小さな力では消されてしまうならば、もっと大きな力で、大きな物質で圧し潰してしまえばいいと、一体のタイタンがその巨体を更に大きく広げ、部屋ごとリオを圧殺しようと倒れる。
血を滴らせながら起き上がったリオの元へ刃達が集い、中空に円を描く。唇から垂れる黒血を指で拭い、握りしめ、ゆっくりと開かれたリオの手の平に黒い焔が踊る。その焔をリオは空へと燈した。放たれた焔は刃の円陣に辿り着くと波紋を響かせ、波紋に触れた刃が焔を巻き上げる。燃え盛る幾つも刃の焔が伝播し、繋がり、白い砂浜に黒い虚を作り出した。
突如として地に現れた黒い太陽にタイタンは避ける術は無く、そのまま太陽に飲み込まれ、僅かに逃れた手足のみが砂塵を舞わせた。
こんなにも、こんなにも。天上天下有象無象天地万有森羅万象の者共を破壊したい。嗚呼、その先に何がある? 多分それは俺の心を満たしてくれるモノなんだ。だから見せてくれ。だから殺してくれ。俺は俺を認められないから。人の可能性を信じているから。
意味有るモノを、破壊してしまう前に、俺を……
『僕、リオみたいになりたいんだ』
俺はこんな奴だったんだぜ、ヴァン。どうだ? 失望したか?
『今日は、あったかかった』
スコール、その温もりは俺の欲望の焔だ。近づき過ぎると消えちまうぜ。
『前のワタシが、情けないのが、嫌だったんです』
俺はアリン以上に情けない男さ。俺に自信なんか微塵もないのさ。
『その人の願い、叶えてあげるわ!』
叶えてくれ、ティア。お前ならきっと、最高に輝けるはずだ。
『オレを殺してくれ』
だがヤイヴァ、てめえのせいで俺は簡単に死ねなくなっちまった。この俺に先手打ちやがって。
『俺達の家族名はアスタリスク。俺達の名を世界に、天に輝かせよう』
こんな俺だけどな、あるんだよ。願望が。
俺は、俺を認めたい。格好良く、潔く、全力で生きる俺を、認めたい。
この胸の穴を埋めたその時、きっと俺は俺を認められる。だから歩み続ける。世界を鳴らし、慈しみ、遊びつづける。
恨むなよ? 俺と共に歩く事を選んだんだ。何時の日か、俺が因果の酬いを受けて終わるその時まで。
俺と共に、世界を見よう。
「こんなにボロボロなのに、今までで一番生き生きした顔してるね」
「でも、まだ満足はしてない」
「ワタシ達もです」
「まだまだ先は長いのよ? 早く答えを出しなさいよ」
「そうそう。人として失格さんよぉ。これからどう生きんだ?」
深淵体になっちまった俺に怖気づくこと無く、そして気遣いも全く無い。容赦も無い。いいんだけどさ、別によ。俺自身もう気にしてねえし。こいつらも気にしてねえみてえだし。でももうちょっとこう……なぁ? 労ってくれたっていいじゃん? 形だけでもよぉ。結構ショックなんだぜ。自分がマトモじゃ無いってさ。
まぁ、そんでもぜってぇ曲げらんねぇ信念はある。
「……失格だろうがなんだろうが、俺は人であることを捨てた覚えは無えし、自分から死ぬつもりも無え。誰に指図されようが否定されようが、俺が俺である限り、俺という存在は絶対に消えはしない」
そう。俺の生き方を決められんのは俺だけだ。なんと言われようと、俺は俺を肯定し続ける。最後までな。
「それでこそリオだね。じゃあ、最後の一体、リオらしく派手にやっつけちゃいなよ」
「今度はオレを使えよ。真の破力の威力、オレも味わってみてぇ」
「ふーん? 破力で出来たあの黒い剣に嫉妬でもしてるのかと思ってたわ」
「は? 何ほざいてやがんだこの馬鹿姫」
「リオが黒い剣操ってた時、結構動揺してた」
「ばっ!? 勝手にオレの心読むんじゃねえよ!!」
「ヤイヴァ、つんでれはティアと立ち位置が被りますよ?」
「「誰がツンデレだ(よ)っ!!」」
どんな場面でもいちいち小漫才挟むのはアスタリスクのお約束かね。
「お前ら、長く待たせちまって悪かったな。次の場所へ行く前に、まずはここに一区切りいれるとしよう。おらヤイヴァ、臍曲げてねぇでこっち来い」
漸く次の場所に行けると諸手を挙げて喜ぶヴァン達。ヤイヴァは半ばヤケクソ気味に悪態を付きながら俺の手の平に飛び込んだ。
特に意識せずとも、俺の心のままに踊る破力は深淵の焔となり刃を包む。程無く焔が消え、光を吸収してしまうほど黒く染まった剣身に、赤黒く浮かび上がる幾何学的な波紋が踊る。
高く振り上げ、空を斬り黒き瘴気をはらうとそこには、破力によって強化されたとはとても思えないほどの美麗な剣があった。高純度の結晶を磨き上げたかのように透明な刃。その中を炎の揺らぎのように七色が零れ舞っている。
「アヒャヒャヒャッ!! こりゃ今までと段違いだ!! リオ! この破力剣ども、オレが貰うぜ!!」
刃の大きな鼓動が破力を鳴らし、未だ宙を漂う剣達を呼び寄せた。俺が操っていた時とは違い、一糸乱れぬ動きで飛び交い、俺の頭上を中心にして太陽系のように公転運動を始めた。複数の物体を動かすにはこれが理想的なんだっけか?
さて、最後の獲物だが、全身の関節から深淵の焔を噴き、死骸に浴びせ掛けていた。黒い焔に包まれ溶けた瓦礫にタイタンが手を突っ込み、ゆっくりと持ち上げる。粘土状の鉱石は引抜かれるにつれ形状は大幅に変化し、タイタンの手に収まる頃にはその身の丈に匹敵する程の、超巨大な分厚い剣が握られていた。
「自分の力がリオの破力と同じもんだって学習してパクったみてぇだな。階級と知能は比例するっつーのは、あながち間違いじゃなさそうだぜ」
「たかが物真似。されど物真似。基本は変わらねぇ。本質も変わらねぇ。図体のデカさは破力の性質の前に意味を成さない。だったら勝敗を分ける要因は唯一つ」
タイタンは大袈裟に、乱雑に、剣技とはとても言えぬ程に剛堅暴虐な一振りを浴びせ掛かってきた。
読むまでも無い軌道から身を逸らして避けるか? 否。軽くいなしてその巨腕を斬り落とすか? 否。巨体から生まれる剛力を利用してカウンターを撃ち込むか? 否。それじゃあつまんねえだろうが。
真正面からお前の全てをぶった斬る! それが俺の殺り方だ! 見せやがれ! 俺とお前の!
「「どっちの殺意が強ぇかだ!!」」
タイタンの中心に狙いを定め、剣先を正面へと構えたまま、刃を持つ右腕を右足と共に大きく引く。大量の破力が刃へと流れ込み、展開した破術陣に従い圧縮される。破力は互いを喰い合い、強化と凝縮を繰り返す。更に展開された破力剣にも効果は及び、強大なエネルギーを保ったまま、次々と刃へ吸収された。
柄から切先まで伸びる一筋の線。相手から見れば唯の紅い点に見えるであろう。しかしそれは果ての無い一点。何処までも何処までも永久に続くそれは、俺の狙う箇所を無限に破壊し続ける。無駄を一切省いた一点集中型の攻撃は、どんな防壁をも貫く最強の矛と成る。
迫りくるタイタンの剛剣。伸びきり、伸びきり、最も勢いに乗った瞬間を見定め、一気に撃ち抜く!!
「「戴天零濤覇!!!!」」
剣術で言う突き技。単純であるが故に最速。集約されたが故に最高。手首、肘、肩、腰、膝、足首までを連動させて撃ち出す力はどんな獲物も捕らえ、絶対に逃がさず、絶対に絶命させる。
突き出された刃が風を切る以外何の音も無い。踏みにじり少し舞った砂以外に何の衝撃も無い。タイタンの絶命の声さえも。
一瞬静寂が辺りを包んだ後、貫き真空状態になった空間に一気に空気がなだれ込み、瘴気を吹き飛ばした。目を覆ってしまうような眩しさに見上げれば、タイタンの胸に空いた大きな風穴から、光が差していた。
「イシシシ。やっと顔を出しやがったぜ。なぁ、太陽さんよぉ」
人型へ戻ったヤイヴァが嫌な笑みを浮かべながら俺に当てつけ背を叩かれた。俺はあんな眩しくあったけぇもんじゃねえよ。
まぁでも、こんな風に何にも遮られず、燦々と照ってる方が好きだってのは、俺も一緒かな。




