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貧乏子爵令嬢に転生した私が気難しい公爵様にプリンを振る舞ったら、食レポが壮大すぎました   作者: 豆柴の旅々


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第五話 プリンが拓く商業の夜明け

 オムライスで王国が建国されてから、数日が経った。


 ……いえ、正確にはオムライスを作ってから、だけど。


 アルフォンス様は、あの日のことを今でも嬉しそうに話してくださる。


 そして今日。


 私は再び、グランヴィル公爵邸を訪れていた。


 今回は料理を作るためではない。


 アルフォンス様が、以前お話しされていたご友人を紹介してくださるのだ。


 商会の経営にも携わっている侯爵様。


 ……緊張するなあ。


 ただでさえ公爵様のお屋敷に来るだけで緊張するのに、今度は侯爵様まで。


 貧乏子爵家の令嬢である私には、なかなか縁のない世界だ。


「リリア。よく来てくれた。」


 応接室へ案内されると、アルフォンス様が立ち上がって迎えてくださった。


「アルフォンス様。本日もお招きいただき、ありがとうございます。」


「ああ。君に会えて嬉しい。」


 ……もう。


 そういうことを、さらっとおっしゃるんだから。


 思わず頬が熱くなる。


「今日は、ぜひ紹介したい友人が来ている。」


 アルフォンス様が、隣のソファへ視線を向けた。


 そこには、上品な服装の男性が座っていた。


 年齢はアルフォンス様と同じくらいだろうか。


 整った顔立ちに、穏やかな笑み。


 けれど、その目にはどこか鋭い光が宿っている。


 私が部屋に入ったときも、ほんの一瞬、こちらの服装や立ち居振る舞いを確かめるような視線を感じた。


 ……なんだか、よく人を見ていらっしゃる方みたい。


「紹介しよう。セドリック・ヴァレンティ侯爵だ。古くからの友人でな。」


「セドリック・ヴァレンティだ。よろしく、リリア嬢。」


「リリア・ベルフォードと申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


 私が頭を下げると、セドリック様は柔らかく微笑んだ。


「こちらこそ。アルフォンスから、君の話は何度も聞いているよ。」


「……えっ?」


「特に、料理の話をね。」


 ……あ。


 なんとなく、嫌な予感がする。


「プリンという菓子で世界平和を見いだし、チーズケーキで新たな人生を発見し、ついには卵で王国を建国したそうじゃないか。」


「…………。」


 ……全部伝わってる!?


「セドリック。少し違うぞ。」


 アルフォンス様が、真剣な表情で口を挟んだ。


「卵だけではない。ご飯と卵が一つになって、初めて王国が生まれるのだ。」


「なるほど。それは失礼した。」


 セドリック様が、真面目な顔で頷く。


 ……そこ、訂正する必要あります?


「ははは。冗談はさておき。」


 セドリック様が、こちらへ向き直った。


「アルフォンスがこれほど夢中になる料理には、私も興味がある。今日は、そのプリンを食べられると聞いて楽しみにしていたんだ。」


「ありがとうございます。お口に合えば嬉しいです。」


「アルフォンスは、君のプリンを食べれば世界が変わると言っていたが……。」


 セドリック様が、楽しそうに笑う。


「さて、どうなるかな。」


 ……どうか、普通に美味しいと思っていただけますように。


 ◇


 しばらくして、使用人の方がプリンを運んできた。


 白い陶器の器に入った、淡い黄色のプリン。


 上には、琥珀色のカラメルソースがかかっている。


 今日はベルナールさんにお願いして、あらかじめ作っておいていただいたものだ。


 先日お伝えしたレシピを、きちんと再現してくださっている。


「こちらが、プリンです。」


「ほう……。」


 セドリック様が、興味深そうに器を覗き込んだ。


「なかなか美しい菓子だな。」


「ありがとうございます。」


「では、いただこう。」


 セドリック様が匙を手に取った。


 プリンをひとすくい。


 そして、口へ運ぶ。


「…………。」


 ぴたり。


 動きが止まった。


 ……あれ?


「……なるほど。」


 セドリック様が、小さく呟く。


「これは……。」


 アルフォンス様が、嬉しそうに身を乗り出した。


「どうだ、セドリック!」


「……驚いたな。」


 セドリック様は、もう一口食べた。


「実に滑らかだ。卵と牛乳が、これほど繊細な菓子になるとは。」


「そうだろう!」


「甘さも絶妙だ。カラメルのほろ苦さが、後味を引き締めている。」


 ……よかった。


 ちゃんと気に入っていただけたみたい。


「ところで、リリア嬢。」


「はい?」


「このプリンも、君が作ったのかい?」


「いえ。今日は公爵家の料理長であるベルナールさんに作っていただいたんです。」


「……料理長が?」


「はい。以前、作り方をお伝えしたんです。」


 セドリック様が、もう一度プリンへ目を向けた。


「つまり、君が直接作らなくても、同じ菓子を用意できるということか。」


「はい。ベルナールさんが、とても上手に作ってくださって。」


「……なるほど。」


 セドリック様が、小さく頷いた。


 ……あれ?


 今、何か考えていらっしゃったような。


「アルフォンス。」


「何だ?」


「君が夢中になる理由が、少し分かったよ。」


「少し、か?」


「ははは。世界平和まで理解するには、もう少し時間が必要だな。」


 ……よかった。


 セドリック様は、常識的な方みたい。


 私は、そっと胸を撫で下ろした。


 ……このときは、そう思っていた。


 ◇


「ところで、リリア嬢。」


 プリンを食べ終えたセドリック様が、私へ視線を向けた。


「アルフォンスから聞いたのだが、君の料理をもっと多くの人に届けられないか、という話になったそうだね。」


「はい。まだ、少し興味があるという程度なんですけど……。」


「なるほど。では、一つ聞かせてほしい。」


 セドリック様が、空になったプリンの器へ目を向けた。


「もし、このプリンを商売にするとしたら、君ならどう売る?」


「……商売、ですか?」


「ああ。例えば、王都に店を構えるとしよう。客席を用意して、そこで食べてもらうのが一般的だが……。」


 ……お店かあ。


 確かに、プリンを売るなら、お菓子屋さんを開くことになるのかな。


 でも、客席をたくさん用意するとなると、広い場所が必要になる。


 うちの家計を考えれば、そんな大きなお店を借りるのは難しそうだ。


 ……あれ?


 そういえば、前世ではプリンって、普通に持ち帰っていたわよね。


「あの、それでしたら……。」


「うん?」


「持ち帰っていただくのは、どうでしょうか?」


「……持ち帰る?」


「はい。そうすれば、大きなお店を用意しなくても済みますよね。」


「……ほう。」


 私は、目の前の陶器の器を指さした。


「例えば、この器に蓋をして、そのままお客様にお渡しするんです。」


「なるほど。客席を設けず、菓子を売ることに専念するわけか。」


「はい!」


 もちろん、この世界にも屋台はある。


 市場では焼き菓子や軽食を売っているし、買ったものを持ち帰ることだって珍しくない。


 けれど、プリンのような冷たいお菓子を、専用の器に入れて持ち帰ってもらう仕組みは、少なくとも私は見たことがない。


「……面白い。」


 セドリック様が、ゆっくりと呟いた。


「しかし、リリア嬢。陶器を毎回渡していては、容器代がかさむのではないか?」


「それなら、器を返していただくのはどうでしょう?」


「……返す?」


「はい。最初に容器代をお預かりして、割れたり欠けたりしていない器を返していただいたら、そのお金をお返しするんです。」


「……ほう。」


「返していただいた器は、綺麗に洗って、また使えますよね。」


 セドリック様が、黙り込んだ。


「もちろん、返却しないでそのまま使っていただいても構いません。」


「……なるほど。」


 セドリック様の目つきが変わった。


「客が再び店を訪れる理由にもなるわけか。」


「そうですね。次にプリンを買うときに、持ってきていただければと思います。」


「……ふむ。」


 セドリック様が、指先で膝を軽く叩いた。


「だが、プリンは冷たい菓子だろう? 持ち帰る間に温まってしまわないか?」


「魔石で作った氷を使って、お店で冷やしておくのはどうでしょう?」


「なるほど。持ち帰ったあとは?」


「最初は近くのお客様を中心にして、冷たいうちに食べていただくようにお願いするんです。」


「ふむ。まずは近隣での販売から、ということか。」


「はい!」


 ……もちろん、実際に始めるなら、もっと考えなきゃいけないことはあるだろうけど。


 でも、なんだか少し楽しくなってきた。


「…………。」


 セドリック様が、ゆっくりと背もたれから身を起こした。


「……待てよ。」


「はい?」


「広い客席が不要なら、店を小さくできる。容器も繰り返し使える……。」


 セドリック様が、指を折り始めた。


「しかも、返却のために客が再び店を訪れる。これは……。」


 ……あ。


 なんだか、急に商人の顔になった。


「それに、先ほどの話だ。」


「先ほど、ですか?」


「ああ。このプリンは、君ではなく料理長が作ったのだろう?」


「はい。」


「それが重要なのだ。」


 ……えっ?


「君が一人で作る必要がないのなら、店で販売する数を増やすこともできる。」


「……なるほど。」


 確かに、私一人で作れるプリンの数には限界がある。


 でも、ベルナールさんのように作り方を覚えてくださる方が増えれば……。


「品質を揃えて作れるようになれば、十分に商売として成立する可能性がある!」


 セドリック様の目が、大きく見開かれた。


「……これは面白いぞ!!」


「えっ!?」


 突然の大声に、私は思わず肩を跳ねさせた。


「リリア嬢! 君は何ということを考えついたのだ!」


「えっ? あ、あの……。」


「小さな店から始められるうえに、客が繰り返し買いに来る仕組みまである!」


 ……は、はい。


「これは、実に面白い商売になるぞ!!」


 ……なんだか、すごく興奮していらっしゃる!?


 セドリック様が、勢いよくアルフォンス様へ振り返った。


「アルフォンス! 君はとんでもない女性を見つけたな!」


「そうだろう。」


 アルフォンス様が、誇らしげに頷く。


「リリアは素晴らしい女性なのだ。」


 ……あの。


 お二人とも、ちょっと落ち着いてください。


 ◇


「ただ、一つお願いがあるんです。」


 私は、少し遠慮がちに口を開いた。


「何だね、リリア嬢?」


「もし、本当にお店を開くことになったら……できれば、庶民の皆さんにも手が届く価格にしたいんです。」


「……ほう?」


「貴族の方だけではなくて、街の人たちにも食べていただきたくて。」


 私は、空になったプリンの器へ目を向けた。


「例えば、子供たちがお小遣いを貯めて買えるような。家族で一つずつ買って、みんなで美味しいねって笑い合えるような……。」


 そこまで言って、少し恥ずかしくなった。


「そんなお菓子にできたら、嬉しいなと思うんです。」


「…………。」


 セドリック様が、静かに私を見つめた。


「なるほど。君は、できるだけ多くの人に食べてもらいたいのだな。」


「はい。」


 そのときだった。


「…………素晴らしい。」


 隣から、低い声が聞こえた。


「えっ?」


 アルフォンス様が、私をまっすぐに見つめていた。


「リリア。」


「は、はい?」


「君は……プリンで世界平和を実現するつもりなのだな。」


「…………。」


 ……えっ。


 また世界平和!?


「身分の違いを越え、誰もが同じ幸福を分かち合う。富める者も、そうでない者も、同じ菓子を口にして笑顔になる……。」


 アルフォンス様が、感極まったように胸へ手を当てる。


「なんと尊い理想だ……!」


「い、いえ。そんな大げさなことでは……。」


「セドリック!」


 アルフォンス様が、力強く友人の名を呼んだ。


「彼女の願いを、どう思う?」


「……素晴らしい。」


 セドリック様も、深く頷いた。


「高価な菓子を一部の貴族に売るだけなら、商売の規模は限られる。だが、庶民にも手が届く価格で、繰り返し買ってもらえるなら……。」


 セドリック様の目が、再び輝き始めた。


「一つひとつの利益は小さくとも、その積み重ねは大きな流れとなる!」


 ……あ。


「小さな雫が集まって川となり、川が合わさって大河となる! その流れはやがて王都を巡り、街を越え、領地を越え……!」


 ……今度は大河!?


「王国の隅々まで届き、人々の暮らしを潤すのだ!」


 ……話が大きくなってきた!?


「小さな菓子店から始まった商いが、やがて王国全土へと広がっていく! 商人たちは新たな市場を見いだし、職人たちは器を作り、農家は卵と牛乳を届ける!」


 セドリック様が、両手を大きく広げた。


「そして、そのすべてが人々の暮らしを豊かにしていくのだ!」


 ……あの。


 なんだか、王国の経済全体の話になってません?


「アルフォンス! 君の言う世界平和も、あながち夢物語ではないかもしれんぞ!」


「そうだろう!」


 アルフォンス様が、嬉しそうに笑う。


「リリアのプリンには、人々を幸せにする力があるのだ!」


「まさしく! これは菓子を通じた、新たな商業の夜明けだ!」


「…………。」


 ……あの。


 私、まだお店を開くって決めたわけじゃないんですけど!?


 ◇


 それからしばらくして。


 ようやく落ち着いたセドリック様が、紅茶を一口飲んだ。


「いや、失礼した。少々興奮してしまったな。」


「い、いえ……。」


 ……少々、だったかしら。


「しかし、リリア嬢。君の考えは実に興味深い。」


「ありがとうございます。」


「ぜひ、商売として実現できないか検討してみたい。」


「本当ですか!?」


「ああ。ただし、採算が取れるかどうかは別の話だ。」


 セドリック様が、穏やかに微笑んだ。


「屋敷へ戻ったら、商会の者と相談してみよう。」


「ありがとうございます!」


「礼を言うのは、まだ早いよ。」


 セドリック様が、楽しそうに笑った。


「数字は、どれほど壮大な夢にも容赦がないからね。」


 ……なるほど。


 この方、ちゃんと現実的なところもあるんだ。


「だが、数字が味方につけば話は別だ。」


 セドリック様が、にやりと笑う。


「そのときは、王国全土へ続く商いの道を、本気で考えることになるかもしれんな。」


 ……やっぱり壮大だった。


 ◇


 セドリック様がお帰りになったあと。


 私は、アルフォンス様と応接室に残っていた。


「今日は、ありがとうございました。」


「いや。こちらこそ、楽しい時間だった。」


 アルフォンス様が、穏やかに微笑む。


「セドリックも、随分と楽しそうだったな。」


「はい。とても熱心な方ですね。」


「ああ。商売の話になると、昔からああなのだ。」


 ……なるほど。


 昔からなんですね。


「ただ、仕事は確かだ。興奮しているように見えても、最後は必ず数字で判断する。」


「そうなんですね。」


「だからこそ、私も信頼している。」


 アルフォンス様が、静かに頷いた。


 ……そっか。


 あれほど壮大な話をしていたけれど、セドリック様は本当に商売のことを考えてくださっている。


 そう思うと、少し嬉しくなった。


「リリア。」


「はい?」


「君が、庶民にも手が届く価格にしたいと言ったとき……私は、ますます君を素晴らしい女性だと思った。」


「……アルフォンス様。」


「君は、自分の作る料理で、誰かを喜ばせたいのだな。」


「……はい。」


 私は、小さく頷いた。


「美味しいものを食べると、幸せな気持ちになりますから。」


「ああ。よく分かる。」


 アルフォンス様が、優しく微笑んだ。


「私も、君の料理に何度も幸せをもらっている。」


 ……もう。


 そんなふうに言われたら、嬉しくなってしまうじゃないですか。


「私にも、何か手伝えることがあれば言ってくれ。」


「ありがとうございます。」


「君の願いが叶うよう、私も力になりたい。」


 その言葉が、胸にじんわりと染み込んでいく。


 私は、アルフォンス様を見つめた。


「でも、私がこうして新しいことに挑戦してみたいと思えるのは、アルフォンス様のおかげなんです。」


「……私の?」


「はい。いつも私の料理を喜んでくださって、背中を押してくださるから。」


 アルフォンス様が、少し驚いたように目を見開いた。


「最初は、私の作ったプリンを気に入っていただけただけでも嬉しかったんです。でも、アルフォンス様があんなに喜んでくださるから、もっと色々な料理を作ってみたいって思えるようになって……。」


 私は、少し照れながら微笑んだ。


「今日のお話を聞いて、お店を開くのも楽しそうだなって思いました。」


「……リリア。」


 アルフォンス様が、嬉しそうに微笑んだ。


「そう言ってもらえると、私も嬉しい。」


 その笑顔を見ていると、胸が温かくなる。


 最初は、お見合いで出会っただけの人だった。


 それが今では、こうして私の将来のことまで考えてくださっている。


 それに、アルフォンス様が喜んでくださると、私まで嬉しくなる。


 ……本当に、素敵な方だな。


「アルフォンス様。」


「何だ?」


「これからも、よろしくお願いします。」


「ああ。こちらこそ。」


 アルフォンス様が、嬉しそうに笑った。


 そして、少し真剣な表情になる。


「ところで、リリア。」


「はい?」


「一つ、確認しておきたいことがある。」


「何でしょう?」


「店を開いた場合、私もプリンを買うことはできるのだろうか。」


「……えっ?」


「もちろん、代金は払う。」


「そ、それはもちろんですけど……。」


「そうか!」


 アルフォンス様が、心底安心したように息をついた。


「よかった。世界平和の恩恵を、私も受けられるのだな。」


「…………。」


 ……アルフォンス様。


 今までだって、何度も食べていらっしゃいますよね?


 こうして、私の中に、プリン店を開くという新しい可能性が生まれた。


 まだ、実際にどうするかは決めていない。


 けれど、もし本当にお店を開けたら。


 たくさんの人にプリンを食べてもらえたら。


 ……それは、きっと楽しいだろうな。


 ただ、一つだけ気になることがある。


 ……このお二人と一緒にいたら、いつか本当にプリンで世界平和を実現しようとするんじゃないかしら。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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また、ほかにも短編作品や長編小説を連載しておりますので、よろしければそちらも覗いていただけると嬉しいです。


次回は11月6日の20時公開予定です。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!

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