002 しゃべれないスィータン
「ねえお父様、ピアラ、新しい服が欲しいの」
とある貴族の夕食風景。
一家の団らんとも呼べるそこでは5人が煌びやかな食事を取っている。
そんな中、娘の一人が口を開いたのだ。
ウェーブがかった金色の髪をなびかせた切れ長の赤い目をした少女。長女のピアラだ。
「ふむ。そうだな。ピアラは頑張っているからな。いいだろう」
「ありがとうお父様!」
可愛い自慢の娘には弱い父親。
そんな娘がより一層可愛くなるのならと、二つ返事で許可をだす。
「そうだな、ココーク、お前はどうだ?」
気前のいい父親は後妻にもと問いかける。
「そうねぇ、あなたがわたくしに着せたい服をいただくわ。もちろんこの子、フォレーラにもお願いしますわね」
「ああ、もちろんだ。フォレーラも可愛い私の息子。立派に成長してこのアルゲン家を継いでもらわないといけないからな」
銀髪青目の母に似て、息子のフォレーラも同じく銀髪青目。
凍り付くような美人である母に似て、成長すれば美男子になるであろう。
そんな、にこやかな家族の会話に参加していない少女が一人。
まるで会話を聞いていないかのように一人食事を楽しんでいる。
「ずずっ」
「ッ! スィータン! スープを飲むときに音を立てるなと何度も言っただろ!」
「!!」
ドンッと机を叩かれて、少女はビクッと体を震わせる。
皿もスプーンもまだ自分の体には大きくて、スプーンを使っているというかスプーンに使われている感じでもある。そんな5歳の次女スィータンは、黒く長い前髪に隠れた目をカッと見開いて驚いている。
「いつもいつも、いつもいつも! お前は私をいらだたせる! 何とか言ってみろ!」
再びダンッと机が拳で殴られる。
「だめよ、お父様。スィータンはしゃべれないんだから」
「ぐぬぬぬぬ! スィータン! そのスープを置いて部屋に戻れ! いいと言うまで部屋から出るんじゃないぞ!」
「本当に愚図よねスィータンは。私みたいに可愛くて優秀な姉にどうして似てないのかしら。姉妹だと思われたくないから近づかないでよね」
「ねえあなた。スィータンに時間を割くなんて無駄よ。食事を続けましょう。
あら、スィータン、まだいたの? 早く出て行きなさい。本当に愚図なんだから」
義理の母であるココークがパンパンと手を叩く。
するとメイドたちがやって来てスィータンの腕を掴んで引っ張り、部屋の外へと連れ出した。
少女は無抵抗で連れられて行く。
少し前まではメイドの肩に担がれて部屋まで連行されていた。
5歳になった今では体重が増えてそれが苦なのだろう。腕を掴まれて引っ張られるように部屋へと連れらるようになった。
無言で黙々と歩くメイドと、腕を引かれて歩かされる少女。
まるで掃除と同じ。掃除の最中に一人でしゃべったりしないのと同じだ。
そして、屋敷の外れの一室まで来ると、ゴミを捨てるかのように中へ放り込まれた。
◆◆◆
私は小さな部屋のベッドへとダイブする。
そうすると、ゴワゴワした布団が体を迎えてくれる。
涙が出てきた。
「……、……、……」
声を出して泣きたいが、声は出ない。
私はしゃべれないのだ。
《毎回毎回、あいつらも飽きないもんだな》
脳内に直接声が響いてくる。
《私が愚図なのが悪いの》
その声に返事を返す。喋れない私がだ。
《でもスィータンはがんばってるだろ。ずっと見てるから知ってるから》
《ありがとうフラ。フラだけよ。そう言ってくれるのは》
《フラはスィータンの精霊だから。スィータンを守って当然》
私はフワフワと私の周囲を舞う小さく薄い光に手を伸ばす。
それが私の精霊フラ。
《スィータン忘れたのか? フラには触れない》
そうだった。
しゃべれない私でも心を通わせることのできる存在。
だけど精霊は実体を持たないため触ることはできないんだった。
そのとき、くぅ、とお腹が鳴った。
私の部屋には私とフラしかいない。精霊がお腹を鳴らしたことを聞いた事なんかないので、必然的に私のお腹の音となる。
もちろん自分のことなので、自分の腹の虫であることは分かっている。
《お腹が減ったよ……》
スープを飲んでいる途中で追い出されたからだ。
前菜のオードブルで刺激された食欲を無理やり中断させられたのだから仕方ない。
《スィータンを邪魔者扱いするなんてひどい奴らだよな》
《私が悪いの。お父様に言われたようにうまくできないから》
《スィータンはまだ5歳だろ。あのフォレーラってやつなんか自分で食べてもいなかったぞ》
《フォレーラはまだ2歳なのよ。しかたないわ。それにお父様もフォレーラのことが大好きだし》
《私だってお父様に褒めてもらいたい……》
《だったら練習だな。テーブルマナー、だっけ? あれが完璧にできれば喜んでくれるんだろ?》
《そうなんだけど……、私には無理よ。全部覚えられる気がしないわ》
《できるって、スィータンはできる》
《オードブル、スープ、ポアソン? えっと……。わからないわ。名前だって覚えられてないのに。無理よ。無理無理!》
《カーテシーだったっけ? あのスカートの裾を持ち上げる挨拶。あれも頑張って覚えたじゃないか》
《うん……》
《あれが出来たんだから、テーブルマナーだってできるよ。絶対できる》
《そうかな? 私にできるかな》
《できるできる。早速練習だ》
《うん。できる気がしてきた。がんばってみるね》
スィータンはパッと起き上がって本棚から教本を取り出すと、一人して学び始めるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
第1話は未来の話でしたので、本編はここから始まりです。
引き続きお楽しみください。




