第三章 22
発信直前、ドック備え付けの通信機で、黒岩真希は管制室の笠井へ連絡を取ってみた。
やはり、「現状の緊迫した戦況の中で繭を安全な空域へ動かし、脱出をサポートするのは困難」だそうだ。コクーンベースの防御力が戦術の要である以上、一時的離脱が味方の壊滅的損害を招く可能性が高い。
「だったら、あの辺はどうかしら? ホラ、あの黒い奴……私の機体のパチモンが変に目立ってるじゃない」
亜紀が指さしたモニター上、敵側のエース格・AI制御の村雨4機が、比較的開けた空域で、村正のチームと交戦していた。
森崎の奮戦で何とか抑え込んでいるものの、かなり手強い。フリーにしたら只じゃ済まない危険な匂いを漂わせている。
「亜紀姉、あんな奴らを突破する気?」
「何とか、なる、なる、ど~にかなる! 人生、一寸先はハプニング!」
「ふむ、まぁ良かろう。亜紀ちゃんがそこまで言うのなら」
笠井が意外とあっさり出撃を許可した時、「あの爺ちゃん、姉貴には甘ぇなぁ」と真希は胸の奥で呟いたが……流石は破壊王! 口で言う程、ノープランでは無かった。
コクーンベース側壁のカタパルトから村雨・改で飛び立ち、初代ニコニコ号が発信する前に敵機へ電磁鞭を振う。
その先端が分れ、網の目状になって一機を捕らえた。
「フフッ、美貴には不発だったけど、あんたら程度の速さなら……」
ジャイアントスイング風に、両手で大きく振り回す。
「ホ~ラ、いつもより余計に回しておりま~す!」
交戦中の友軍・村正4機は、その余りに理不尽な立ち回りで圧倒され、周囲を旋回する他は無い。
「うわぁ!? あれ、教官の姉さんだよなぁ」
黒岩姉妹の姉、妹、双方に撃墜された唯一の男である森崎が自機のコクピットで己の黒歴史を噛み締める内、亜紀は振り回した一機をもう一機へ激突させた。
派手な爆発が巻き起こり、正に木っ端微塵だ。
高精度なAIである分、却って、セオリー無視のデタラメ攻撃に対応できなかったのだろう。
崩れたフォーメーションを突いて、動きの鈍った残り二機も森崎のチームが仕留め、一気に開けた前方の空域を村雨・改、ニコニコ号が突っ切っていく。
フライングユニットを村雨・改と連結。その加速性能を借りる事で、一気に太平洋上の戦闘空域を離脱し、真希はホッと一息ついた。
最早、東京を目指すのみ。
一人乗りの座席へギュっと押し込まれる形で、真紀の前に座っている七海が彼の方を振向き、微笑む。
「これ、意外と乗り心地、良いんだね。ちょっと狭いけど……」
七海の言う通り、初代ニコニコ号はオート三輪形態だとスクラップ寸前に見えるが、人型に変形後の性能は高い。
祖父が、父が、細かく手を入れながら乗り継いできただけはある。
何よりコクピットが狭過ぎ、間近に伝わってくる七海の息吹や体温が、真希には心地良い。
「これなら、イケる! 七海ちゃん、俺、もう迷わないよ。先がどうなろうと、やれるだけ、やってみる」
「……うん」
自分に言い聞かせる口調ではあったが、やっと吹っ切れた真希の横顔を、七海はすぐ傍から頼もしそうに見つめた。
初代ニコニコ号と村雨・改が到着した時点で、東京タワー周辺は最早、都市の原型を留めてはいない。
見渡す限り瓦礫と焼野原が広がり、第二次世界大戦中、米軍による大空襲で破壊され尽くした惨状さながらである。
違っているのは、唯一健在なタワーの頂点に身の丈150メートルを超える悪鬼ベクラが仁王立ちし、下方を睥睨している事だ。
見下ろす先に、損傷著しい大鋼人がいた。
未だ戦闘継続は可能だが、風前の灯火に過ぎない。味方三機が背中を合わせ、大鋼獣達の猛攻を辛うじて防いでいる。
「やり返すつもりでいたのに……何ンか、こっちもやられっ放しね……」
亜紀がぼやくと、通信機から美貴の声が聞こえた。
「亜紀姉、やっぱり来ちゃったの?」
「ハイ、ごきげんよ~」
「何で又、そんな無茶を……」
「ん~、そりゃ、アンタがだらしないからに決まってンでしょ? それと、真打ち連れてきたわ」
「オヤジ、聞いてっか? ガンテツにギリギリまで近づくから、そっちのコクピット開けてくれ」
「真希、お前まで!?」
驚く轍冶の声を遮り、味方三機を取り囲む空域から無数の風切り音が聞こえてきた。
東京タワーのベクラが、こちらの増援を察知。小光輪を大量に実体化させた上、ガンテツ、大蛇、草薙の上へ降らせたのだ。
「あ、あの数、シャレになんねぇ!」
「質より量も良いトコね」
真希と亜紀が目視した光輪の数は30、50、いや、ウィルスの如く空中で分裂し、あっと言う間に100以上へ達している。
このままではガンテツへ近付けない。
七海を……ナナを、ニコニコ号からガンテツへ移さなければ、ベクラに対抗できるだけの力は得られないと言うのに……
成す術無く、歯ぎしりする真希を余所に、亜紀が動く。
迎撃が間に合わず、光輪の群れに呑まれようとしている大蛇、草薙の前方へ降り立ち、左右それぞれ10本に分岐する電磁鞭をフルスピードで振り回した。
ランダムに見えて、それは決してデタラメな動きでは無い。
緻密、且つ無駄の無い体裁きを併用し、小光輪をまとめて打ち落としていくが、機体とパイロットへの負荷は限界を超えている様だ。
「美貴、アー、ユー、オーケィ?」
「姉貴……」
余裕を装う亜紀の声が、この時、かなり掠れていた。骨身に響く傷の痛みを、いつもの不敵な笑みで隠し、
「今はアンタ、一人の体じゃない! 今日くらい、お姉ちゃんを頼りな!」
村雨・改は、全身のアクチュエーターから黒煙を噴き、オーバーヒート寸前で草薙を守る壁になろうとした。
柄にも無い姉の姿に、美貴の胸は熱くなったが、
「あたし、足手まといになるのは御免だよ。でも……」
「何さ、狂犬さん?」
「姉貴とツルんで、暴れたい気分!」
村雨・改を後ろから押しのけ、草薙はその隣で長剣を閃かす。
更に、
「ソレ、俺もコミの話だよな、お二人さん?」
大蛇の態勢を立て直し、阪田も間へ割り込んできた。
「あ~ら、ちゃんとついて来れるの、パパ?」
「……パパ!?」
亜紀の唐突な突っ込みで阪田は目を丸くするものの、射撃精度が落ちる事は無い。ガンテツの上空、ニコニコ号に繋がる空域をレールガン八基で掃射、真希の為の道筋を確保する。
飛び交う小光輪の密度が下がり、ニコニコ号は漸くガンテツへ急降下を始めた。
付近を旋回する虫型ベクラが鎌を唸らせ、行く手を阻む。
小型ならではの運動性を活かし、ニコニコ号が高周波の鎌をすり抜けた直後、亜紀の村雨・改が美貴の隣から離れ、電磁鞭を長く伸ばした。
「ん~、得意じゃないんだけどなぁ、虫退治」
と言いつつ、巧みに操られる鞭の先がべクラの鎌を絡め、動きを封じる。
「サービス、サービスって感じで……どうかしら?」
言葉の軽さの割に、亜紀の瞳がギラギラ燃えていた。
これまでの鬱憤を晴らす勢いで自身も回転しながらブン回す。雲を裂き、竜巻を呼ぶ、お馴染みのジャイアントスイングだ。
「姉貴、そのサービス、頂き!」
投げ飛ばされた虫型の真下から、草薙の高周波剣が突き上げ、腹部から頭の天辺まで真っ二つに切断する。
残る鳥型、虎型には大蛇が加速破砕粒子の雨を降らせ、釘付けにした。その応酬に生じる間隙を縫い、ニコニコ号がガンテツのコクピットへ肉薄する。
読んで頂き、ありがとうございます。
次回、長い戦いが終わります。




