第三章 21
「真希君、一刻も早く、ガンテツの所へ私を連れて行って下さい!」
病室へ飛び込んで来た来宮七海が指差す先、薄暗い画面の奥で苦悶する大鋼人の姿があった。
「七海ちゃん、何故……」
すぐには答えが返ってこない。
ナナと七海、二つの人格が一つの身体に共存し、まだ統合されていない為、不安定なまま交互に入れ替わっているのだろう。
明らかにナナと思える表情が消え、一瞬、真希から目を逸らす顔に、泣き虫だった内気な同級生の面影が漂う。
「なぁ、どうしてなんだよ!? 何故、俺に相談もしないで」
「……ごめんなさい」
七海の言葉は切なく響いたが、そこにもう迷いは感じられない。
「謝って欲しい訳じゃない! 違うんだ、只、俺……」
何時の間にか、荒ぶる自分の語調に気付き、真希は一つ深呼吸して、穏やかに尋ねようと試みた。
「なぁ、ベクラとの戦いに勝っても、ナナさんと一つになったら、この世界にいられなくなるんだろ?」
「……うん」
「未来の太陽を制御する為、光輪の向う側へ帰るんだよな? そして、ガンテツと一緒に狂った太陽へ飛び込んだら、七海ちゃん、最後には……」
「真希君、私が自分で考えて、決めた事なの」
小さな指先が、又、取り乱しそうになる真希の唇を押し、言葉を止めた。敢えて明るく振舞い、七海は悪戯っぽい表情を作る。
「色んな事、考えたよ。例えば、真希君が私を一生忘れない方法、とか」
「忘れる訳無いじゃん! それより、今からでも何か、元に戻る方法、無いのか!?」
強く肩を揺さぶられ、七海は唇を噛んだ。
「何とか言ってくれ! なぁ! こんなの……こんなの無ぇよ!」
迸る気持ちが止められない。
やり切れず七海を揺さぶり続ける真希に、真っすぐ伝が歩み寄り、いきなり強烈なデコピンを当てた。
「痛っ! 何すんだ!?」
「怒鳴る相手が違うでしょ、真希。息子に気合を入れてって、あたしが伝さんにお願いしたんです」
ベッドから起き上がり、光代が、指先でおでこを弾く真似をする。
「真希、その子の事を本気で好きなら、困らせちゃいけないわ」
「……母さん」
「反対されるのを承知で、あなたに連れて行って欲しいと頼んだ七海ちゃんの信頼、無にしたら後悔する」
母の言葉が真希の胸に沁みた。それでも、現実を受け入れる勇気はまだ湧かない。
「あなた、私の方に似ちゃったのかな? 頼むから過ちは真似ないで。一生心に残る大事な選択、間違えちゃいけない」
「……けど、東京まで行く方法が無いんだ。俺に動かせるVCは、全部出撃してる」
「あるよ、取って置きのが」
光代は、サイドテーブルから車のキーを出し、真希に手渡した。
「お父さんから預かった、初代ニコニコ号の鍵です」
「え? あのボロっちいオート三輪?」
「まだまだ現役よ。オプションを付ければ飛べるって、お父さんが言ってた」
掌の上の古い鍵を真希は握り締めた。七海がその様子を眺め、ふっと懐かしそうな表情になる。
「あ、もしかして……今のあなたは、ナナさんの方かしら?」
無言で頷く表情は、普段の七海よりずっと大人びて見えた。
「主人の事、宜しくお願いします」
ナナは深く光代に頭を下げ、真希と共にVC格納庫へと走り出す。
昭和39年、徳田寛一が自前の工場で造り上げ、後に黒岩徹治の愛車となった初代ニコニコ号は、格納庫の端っこで白いシーツを被せられていた。
「アレ? 坊ちゃん、ここで何を?」
補給の為、帰投する村正部隊をメンテしていたツネタさんが、格納庫へ足を踏み入れる真希と七海に気付く。
「ねぇ、コイツ……このポンコツ、動くのかな、マジで?」
「あ、ポンコツとは失礼な!」
職場の良心・ツネタさんは黒縁メガネの奥で、ほんの少しだけ眉間を寄せた。
「立志伝中の人・徳寛さんが仕上げた、言わばマスターピースですよ。それに黒岩社長が時々いじってました。機能は、まだまだ一級品」
ツネタさんが運転席のスイッチを入れると、丸っこいオート三輪は瞬時に丸っこい人間型へ変形を果たす。
「わぁ、凄いっ!」
飛び上がって無邪気にはしゃいだ所を見ると、ナナは心の奥へ一旦引っ込み、七海の人格が表に出ているらしい。
「ツネタさん、悪いけど、俺、こいつで飛ばなきゃいけなくて」
「フライングユニットがご入り用ですね。ええ、任せて下さいな」
こういう時、事情を詮索せず、すぐ動いてくれるのが、ツネタさんのツネタさんたる所以だ。
手際良くニコニコ号へオプションを取り付けている間、又も格納庫の扉が開き、間延びした能天気な声が飛び込んでくる。
「ん~、私を置いて抜け駆けなんて、許せないよね~」
振向く迄も無い。機甲自衛隊のパイロットスーツに身を包む、亜紀だ。
「ついてくる気、亜紀姉!? さっき、オヤジや美貴姉に無茶だって言われたろ」
「いや~、見てらんないのヨ、その愚妹が危なっかしくて」
「あの人の危なさ、毎度の事じゃん」
「いや、その……危なさの質がね……いつもと同じ体じゃないんだ、アイツ……」
こんな奥歯に物が挟まったような言い方をする姉を、真希は見た覚えが無い。
つい訝し気な眼差しになる弟に構わず、亜紀はツネタさんへ村雨・改のコンディションを訊ねた。
美貴との交戦時、草薙の剣で抉られたコクピット周辺は修理を終えており、スクランブル出撃に問題は無い。動かすだけなら何とかなっても、戦闘に関する操作系が極めて特殊である為、村雨・改は誰も扱えないまま格納庫に残っていたのだと言う。
その愛機へ駆け寄り、包帯の目立つ頭をヘルメットで隠して、亜紀は軽やかに飛び乗る。
怪我の具合は心配だが、正直、姉がいてくれて心強く感じた。何せ今、太平洋上空、敵と味方が交錯する激戦の真っただ中にコクーン・ベースはいる。
民生用で武器の無い初代ニコニコ号を駆り、発進直後の戦闘空域を通過、無傷で東京まで辿り着かねばならない。
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