第三章 20
「……お前か、この野郎!」
35年前、ナナの肉体を消滅させたサーベルタイガーの獰猛な眼光を受け、轍冶は激怒で我を忘れた。
食い込む牙へ抗い、顎を強引に引き裂こうとするが、今度はベクラの左腕が大鎌と化して、ガンテツの眉間へ深い傷を穿つ。
反撃の好機と見た白銀の巨人は黒鋼の巨人から離れ、宙へ舞上った。
その背に逞しい翼が生える。しかも変形はそれで終わりではない。
右半身から虎型のベクラが、左半身から虫型が、そして背中からは鳥型が分離し、一斉に襲い掛かってきたのである。
「三佐、セパ宜しく!」
間一髪、大蛇と離れて機動力を上げた草薙が、鳥型の飛ばす羽根付き振動弾を長刀で斬り払った。
だが人型、虎型、鳥型、虫型に増殖したベクラは左右へ展開し、半包囲の陣形で、ガンテツ、大蛇、草薙に迫る。
「これで3対4。数の上でも形勢逆転と言う所かね?」
ずっと沈黙を貫いていた白銀の巨人が俄かに口を開き、大蛇の方を向いて、語りかけてきた。
「α……お前、ベクターαなのか?」
「ベクターγ、久しぶりだな」
「……俺は阪田由久だ」
「では阪田君、君に訊ねる。我が故郷、24世紀で時空震が頻発し、太陽の寿命が縮んだ真の理由を、この時代の人に話したか?」
唐突な質問に阪田は戸惑い、答を返すのが遅れた。
「では、私が告げるとしよう。元凶は、アビシュームの発掘と、乱用にある」
「……太陽の異変なんて、天災も良いトコじゃんか! そんなん、人の力でどうこうできね~だろ?」
美貴が口を挟むと、白銀の巨人は草薙へ視線を移した。
「異郷の女よ、君達の世界でも、既にインフレーション宇宙論は発表されているね」
「……インフレ? それ、何? 物価の話?」
「我らが夢を託した新素材・アビシュームとは、所謂、インフラトンなのだよ」
「インフラ……トン? え~、豚肉の値上げ、みたいな感じ?」
「インフレーション理論によると、宇宙はその誕生直後、10のマイナス36乗秒後から10のマイナス34乗秒後までに途轍もない速度で膨張した。その最中、始原たる真空の揺らぎの中に存在し、宇宙創成の原動力を生み出した粒子がインフラトンだ」
美貴は話へついていけず、草薙のコクピットで目を白黒させている。
「宇宙創成から数億年後、真空の揺らぎを介して星が生まれ、137億年で現在の宇宙になった。だが、インフラトンの性質を持つ粒子は、今も幾つかの星に残存している」
「地球の場合、それが日本海溝のアビシュームだったと言う訳だな?」
轍冶の問いに、白銀の巨人は頷いた。
「比較的安全なハイ・スチームに飽き足らず、次元に干渉するインフラトン本来の力を引き出そうと、宇宙空間で大規模な実験が繰り返された。その結果、太陽系全体の時空間が不安定になり、地球滅亡の危機を招いたのだ」
「……結局、人を滅ぼすのは、天災ではなく人自身の過ちか」
「君達も例外じゃない。ガンテツの来訪でアビシュームの存在を知り、無節操な開発を始めたじゃないか?」
「お前らと同じバカはやらん」
「フフ、個々の理性がどうあれ、集団として機能する人のエゴを止めるのは難しい。いずれ同じゴールへ行きつくだろうさ。それが35年間、海の底から君らの営みを観察し続けた私の結論だ」
自嘲の響きが、αの言葉の節々に滲む。
「それに阪田君、我々が幾多の世界線の中で、この世界を選んだ理由は他にもある。そうだろう?」
再び、阪田は言葉に窮した。
「何だよ、三佐? まだ何か、隠してる事、あんのかよ?」
「それは……」
阪田の代わりに、αが答える。
「ふふっ、君達の未来はどの道、閉ざされる」
「はぁ!?」
「我々の世界線では24世紀まで人類の歴史が綴られた。だが、移住先となる時空を調査した結果、判明したんだ。多くの世界線で人類は22世紀を迎えられない」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声を張り上げる美貴を他所に、阪田は何一つ言い返そうとしない。徹治は無言のまま、奥歯を噛み締めている。
「国家間の争いが頻発する2020年から2050年の間が、生存の高いハードルになるようだね。だから我々は、その時点で滅ぶ時空を侵略のターゲットに定めた。人道的だと思わないか?」
「滅ぶってのかよ、私達も……」
「何もかもが虚しい。そうだろ? 私自身、長い時を経る内、己の使命に意義を感じられなくなった。
だが、βがあの坑井を転落し、私へ辿り着く前にマグマへ溶けて無意味な死を迎えた時、気が変ったよ。故郷の為ではなく、只、長い旅を共にした友人の想いを叶えてやりたくなったんだ」
「……なら、俺の話も聞け。この時代を犠牲にせず、未来を切り開くチャンスを残したまま、使命を果す道がある事」
「うるさいぞ、この裏切り者が!」
阪田の必死の訴えは、αの胸に激しい怒りを掻き立てただけだった。
「私はβの為にだけ戦う。彼が拒んだ選択を私が選ぶと思うか!」
白銀の巨人は、自分の周囲に夥しい数の光輪を発生させ、雄叫びと共にそれをガンテツへ向け、一斉に解き放つ。
「……親父……美貴姉」
『繭』の病室に設置されている大型モニターを見つめたまま、真希は呻き、光代と伝は声も無かった。
優勢が一転、人型のベクラが角状の突起物を青白く光らせて放つ大量の小光輪は、それぞれが生物さながらの動きで宙を裂く。
まるで、遠隔操作可能な手裏剣の様だ。
しかも、ランダムにターゲットへ飛ぶ訳ではない。一つ一つが狙い所を定め、三匹の鋼獣と呼応して、矢継ぎ早に襲う。
ガンテツも光輪を出して相殺しようとするものの、轍冶の力量では数でも、操作の確実性でも及ばない。
辛うじてかわす大蛇、草薙の機体を掠め、旋回する多数の光輪が接触するビルを片っ端から切り刻み、倒壊させた。夥しく舞う粉塵が月明りを遮り、スクリーンの映像は闇と瓦礫に支配される。
地響きの音に混じって、ガンテツの呻きが聞こえた。その傷が徐々に深くなり、致命的なレベルへ近づいていくのがわかる。
このままでは全滅も時間の問題。そう思われた時、三人の背後で部屋のドアが開いた。振返ると、来宮七海が駆け込んできて、目が合った瞬間、真希は理解する。
凪の大海を思わす、穏やかな瞳の輝き……
彼女は変わってしまった、もう一人の少女の想いを受け入れて。
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