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ガンテツ 滅亡のパラドクス  作者: ちみあくた


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第三章 11



 フフンフ、フフンフ、フフフフン、フン、フン、フフンフ~ン。


 毎度おなじみ「サザエさん」の鼻歌が、コクーンベースの医務室近くに設けられた個室の内部で響く。

 

 口ずさむのは、無論、黒岩光代だ。

 

 片腕に点滴の針を刺し、頭部全体を覆う帽子を被って、バイタル・サインを示す機器付きのベッドに横たわっている。

 

 その傍らの椅子に轍冶がいた。

 

 お見舞いのリンゴの皮を剥き、可愛い兎の形に整えている様だ。

 

「お父さん、まだですか?」


「……いづいっぺ、お前。もうちょい、待っとけ」


 凝り性の轍冶は、兎の眼や鼻先の形までリンゴに掘り込んでいる。


「本当にあなた、手先は器用ね。性格の方はアレなのに」


「……リクエストしといて、アレって何?」


 光代は、すっかり頬がこけ、肌が青白くなったすっぴんの顔に明るい笑みを浮かべて、リンゴの一つを手に取った。


「随分、御無沙汰な気がします。お父さんにリンゴを剥いてもらうの」


「そうだったか?」


「確か、前は真希を産んで、私が寝込んだ時じゃないかしら?」


「ああ、そう言えば」


「あの時も嬉しかったな。お父さん、ず~っと寝ずの看病を続けてくれて、何日も、何週間も、何か月も」


「……何か月は、オーバーだべ。精々、三日か四日くらいで」


「良いんです。私の中ではそうなんです」


 思い出を大雑把に総括し、光代はリンゴの先を一口齧る。固形物を口にしたのは久しぶりだった。


 彼女の肉体を蝕む卵巣ガンは、鼠蹊部リンパ節から脊髄に達し、抗ガン剤の使用を10日前から止めている。


 繭のコンピューターが治癒不能の結論を出した後、光代自身の希望もあって、痛みをコントロールするターミナルケアへ切り替えたのである。






 思い返せば五か月前、戦いを生き延びた黒岩製作所の面々は、繭の医務室でメディカル・チェックを受けた。


 光代の病が判明したのはその時だ。


 俗にサイレントキラーと言われる卵巣ガンは早期発見が難しく、光代が発症した漿液性腺ガンは特に転移しやすい性質を持つ。


 見つかった時には、既に末期。


 繭の故郷である24世紀の日本には、癌治療の画期的技術が幾つも存在するが、如何せん必要な薬が無い。

 

 ナナが掌握するメインコンピューターのデータベースにも、高度な癌治療の知識までは収められていない。轍冶が繭を抜け出し、必死で奔走して、20世紀の抗ガン剤を調達するのが精一杯だった。

 

 もし、手段を選ばないのであれば、有効な延命策が一つだけあるのだが……






「ナナの血さ、受け入れるのは、どうしても嫌か?」


 何度も繰り返した問いを、轍冶は又、口にした。

 

 答えず、光代はリンゴを噛んでいる。噛み続けないと、乾ききった口腔に唾液が出てこないのだ。


「俺や亜紀、美貴と同じになるだけだっぺ。ガンテツの遺伝子が体に入っても、これまでのお前と何ンも変わらねぇ」


「でも、もし拒絶反応が出たら、すぐ死んでしまうんでしょう?」


 轍冶は口ごもり、剥き終えたリンゴを光代の皿に載せた。細く刻まれた果肉は、見た目の可愛らしさ以上に、食べやすさへ配慮されている。


「その辺は、だな……ホラ、繭の中で研究が進んでっから、前よりはずっと危なくない筈で」


「例え安全でも私は嫌。だってナナさん、恋敵だもの」


 兎の耳の所まで呑み込み、光代はリンゴを皿へ戻した。


「あなたの中には、ずっと彼女がいた」


「……結婚してから、俺、お前だけを見てきたじゃないか」


「うん、頑張ってくれたよね。だから、却ってナナさんの存在を感じた。妻としての私の30年は、あの人の幻と戦う毎日だった」


 大らかで呑気、そう振舞っていた光代の口から飛び出す「戦い」という言葉が、この時は違和感なく轍冶の胸に沁みた。


「もし生きる為にあの人の血を受け入れたら、私を見る度、あなたはナナさんの面影を重ねる」


「……そんな事、無ぇ!」


「あなたに無くても、私はそう感じるのよ。感じる、きっと、どうしようもなく。積み重ねた30年が無駄になってしまう気がして、耐えられそうにないんです」


 光代の目の奥に、静かだが、頑なに燃える炎が垣間見えた。


 轍冶はふっと溜息をつく。


 何度も繰り返してきた会話の、お定まりの終着点だ。

 

「……あんたも、ノッパリだなし」


「フフッ」


「俺、村一番だったども、あんたは良ぇ勝負だ」


 光代は小さく、声を上げて笑った。






 その時、個室前の通路では、黒岩家の家政婦・福間伝がドアノブに手を掛けたまま、夫婦の楽しそうな笑い声に耳を傾けている。

 

 光代が随分前から病気に気づいていた事を、伝は知っていた。痛みや恐怖に一人で耐えてきた事も……

 

 或いは、これは賭けなのかもしれない。

 

 愛する男の心の中に、自分の面影を恋敵より深く刻む為に仕掛けた、平凡な主婦の一世一代の賭けだ。

 

 あたしには真似できないなぁ。

 

 尊敬する光代の目論見に内心で唸りつつ、伝は腕時計をチェックした。

 

 もうすぐJガイア攻略作戦に従い、町工場と自衛隊の寄せ集めが、全員戦闘配置につく時刻である。

 

 直前の打ち合わせの為、轍冶を連れてくるよう美貴に頼まれ、伝はここへ来た。二人の邪魔はしたくないが……

 

 Jガイアを奪い、その基底部の更に下、日本海溝の溶岩に包まれて眠るGANベクターを討伐。巨体と同一化した空間転移の目印=GANコアを破壊しない限り、結局、誰一人として生き残れはしないのだ。

 

 そうなれば光代の、残りわずかな命さえ全うできなくなる。

 

「もしも~し、黒岩家のお邪魔虫、恥ずかしながら入りま~す!」


 福間伝は、普段以上に能天気な声を出し、ドアノブを回して、部屋へ踏み込んだ。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
……悲しくも強い覚悟なのですね(;_:)
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