第二章 5
<ある女の供述 昭和40年1月聴取>
東京オリンピックが中断し、今度は宮城……
今、思い返しても異様な状況で、家族もウチの工場の従業員も、みんな不安を抱えていました。開会式の怪物達については報道管制がしかれ、マスコミは最低限の情報しか伝えてなかったし。
丸っきり大本営発表じゃないか、なんて父はプンスカ怒ってたけど、宮城の事件はそうもいかない。
人型と爬虫類。誰がつけたか、新聞じゃ大鋼人、大鋼獣って書いてたわ。
海に現れた二匹の怪物が取っ組み合いの大喧嘩を始め、緊急出動した自衛隊、三沢基地とキャンプ千歳の米軍が港の手前で食い止めたって話。
日本とアメリカの政府でどんなやり取りがあったか知らないけれど、もし女川に上陸していたら、328人の死傷者数が少なくとも一桁増えてた……ニュースで解説者がそう言ってました。
怪物が傷つけあう所へ米軍機がありったけの爆弾を落とし、両方とも死んで海の底に沈んだと聞いて、ホッとしたわ、ホント。
町の空気も落ち着きかけてた。
「怪物撃滅」「日米の絆が生んだ大勝利」なんて煽り立て、復興に勤しむ人の美談ばかり語る能天気な報道の効果もあったのでしょう。噂の中心は東京オリンピックがいつ再開されるか、に変わってた。
けど、ウチの中はまだ暗かったんです。下っ端の従業員が姿を消して、それきり何の連絡も無かったから。
上京して、まだ一年しか経ってないイガグリ頭。
私、ウチの……大田区、根黒島にある徳寛電機という町工場の一人娘で、高校出てから事務の手伝いをしてるんですけど……
轍冶君は一つ、年下でした。
身近な人の中で気楽に付き合えるのはアイツだけだったから、仕事が暇な時は良くからかってた。東京の見学って名目で、買い物に付き合わせたりしてね。
真面目過ぎてアイツ、すぐムキになる。融通が効かず、先輩に楯突いて、私が間に入った事もありました。
逆に助けられた事もあったわ。街で変な奴に付きまとわれた時、庇ってくれた。
そういう、ちょっと特別な……大事な従業員で、私の子分みたいなもんだから、近くにいないと調子でないの。
大事なカメラも、持ってったままだし。
ナナ、と名乗る娘が家を訪ねて来たのは、宮城の事件の10日後、水曜日のお昼過ぎでした。家族はみな出払ってて、私、遅めの昼食をとってた。
もう見るからに変な子だったわ。
顔立ちは凄く綺麗なのに、サイズが合わないジャージ着て、汚れたズックを履き、殆ど浮浪者みたいな恰好なの。
キョロキョロ、家や工場を見回してね。で、私の顔を見るなり、いきなり轍冶君の身柄を引き渡す、って言うんです。
「アイツとあなた、どんな関係?」
思わず私、聞きました。目の前の娘とイガグリ頭の田舎者が、頭の中で、どうしても結びつかなかったものだから。
ナナさんは、友達、とだけ言った。そして私の手を取り、強引に近くの廃屋へ引っ張っていった。
そこは潰れた工場の跡地で、倉庫の床を破り、大きな管みたいなものが地面から突き出していました。私、その管を通って、彼女と下へ降りた。
根黒島の地下に何時、こんなものができたんだろ? 最近、この辺りで小さな地震が続いていたけど、まさか、その時に?
地中の深い所へ管は続いていた。その終着点、機械だらけの施設に入るまで、私、ずっとそんな事を考えていたんです。
施設の奥に医務室があり、轍冶君は、淡い光を放つカプセル状のベッドへ寝かされていました。
「先程、目を覚ましたのですが、又、眠ってしまったようですね」
「……彼、怪我したの?」
私が訊ねると、ナナさんは俯いた。
「心臓近くの動脈に深手を負いました。通常の治療は効果が無く、やむを得ず私の血を輸血したんです」
「輸血? ナナさんって、言ったわね、あなた、彼と同じ血液型なの?」
「血液型以前に、私の血は特殊で……普通に人体へ入れると、極めて危険なのです。ですが、特殊な薬品を媒体にし、徐々に体へ慣らす事で、死に瀕した人のバイタルを活性化できる」
轍冶君の寝顔を見下ろすナナさんの目が、とても優しく、温かく見えました。
何故だか胸にカチ~ンと来た事、私、良く覚えています。
「彼の蘇生に成功して、本当に良かった」
「……ちょっと待ってよ。死に瀕したとか、蘇生とか……話についていけない」
「具体的な説明は難しいのですが、この先、何が起きるか、私にも断言できません」
「はぁ?」
「しばらくの間、彼をこちらで見守って頂けませんか? 宮城より東京の方が良いと思ったのです。予期せぬ副作用が生じる可能性もあって」
「今度は副作用!? 冗談じゃない。ちゃんと、わかるよう話しなさいよ」
無性に腹が立ちました。私、その……割と大ざっぱな性質だから、細かい説明されたら逆に困るンだけど。
「ごめんなさい。全て、私のせいです」
「だから、何があったか、聞いてるの! この施設も得体が知れないし、まさか、あの巨人の仲間じゃないでしょうね?」
段々、声が大きくなって、私、最後は彼女に怒鳴ってた。
「もしかして、あなたも怪物!?」
「……確かに、ヒトではありません」
「はぁ!?」
「オイオイ、そんな声出されたら、ろくに眠れないっちゃ」
口ごもるナナさんの背後で、イガグリ頭がベッドから起き上がりました。
「あれっ? 光代さん、なしてここさ、いるの?」
「……轍治君」
「あ、ご免、カメラ、け? 借りてた奴さ、今、直してる所で……あ、いや、直ってンだっけ、ナナさん?」
「ウチの工場、警察に君の捜索願、出したのよ!」
怒鳴る私を轍治君はポカンと見返した。自分の立場ってモンが全然わかってない呑気な顔で。
「せめて、連絡ぐらいしたら? 父さんも母さんも、アカネさん達も、ずっと心配してたんだから」
「申し訳ね。俺、ずっと寝てたもんで」
「……馬鹿っ!」
私、アイツに抱きついて、泣いた。
何で涙が出るのかわからなかったけど、ナナさんの前で、アイツの胸たたいて、思いっきり泣いてやりたかったんです。
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