第二章 6
轍冶君が目覚めてすぐ、ナナさんは私達を施設の外へ出そうとしました。
って言うか、力づくで追い出そうとした。
今いる地下施設『繭』には何処へでも自由に移動できる力があって、無人の地を探した後、一刻も早く、そこへ身を潜めたいと言うんです。
「危険はまだ、去っていません」
急ぐ理由を尋ねると、ナナさんはそう答えました。
やはり、彼女は大鋼人事件と深い関わりを持っていた。それどころか、大鋼人を操り、大鋼獣と宮城で闘った張本人こそ、ナナさんなのだそうです。
「とても激しい戦いになり、ガンテツも、GANベクターも、深く傷つきました。そこに米軍の集中砲火と爆撃が始まって、深海へ逃げ延びるしかなかった」
「……ベクラも生き残ったんか?」
「体を引き裂いてやりましたが、あれで死んだとは思えません。いずれ私とガンテツを探し、襲ってくるでしょう」
「しつこい奴らだなや」
「……その敵って、何であなたと巨人にそこまでこだわるの?」
ナナさんに質問しながら、内心で私、半信半疑でした。目の前の少女に、そんな大事件を左右する力があるとは、どうしても思えなくて。
でも施設の中央にある広間で、固定された巨体を見たら、疑う余地なんてありません。血管みたいなチューブを体中につないだ大鋼人は、目を瞑り、眠っていました。
もう、何処もかしこも傷だらけ。特に頭と腹、左足には噛まれた牙の跡があり、右腕なんか、肩の付け根から斬り落とされる寸前でぶら下がっていたんです。
「彼らから見れば私達は、まさに憎むべき宿敵。35年後に何処かで光輪が開いた時、閉じられるのはガンテツしかいないのですから」
ナナさんは大鋼人をガンテツと呼び、未来の戦いについて、敵の狙いについて、私にもわかる程度に説明してくれました。
「敵の要であるGANベクターにとって、ガンテツは同じシリーズの最新鋭機であり、最も優れた性能を持つ機体。邪魔者の排除のみならず、戦い自体に別の意義があります。
ガンテツの組織を体内に取り込むことで、生体部分の進化を促進、ほぼ同等の力を得る。それが叶ったなら、彼らの計画は遥かに実現が容易になる筈です」
「……つまり、大鋼人を倒して、食べる事が目的なの!?」
「そう言ゃ俺、ベクラがガンテツの傷、吸ってるトコ見たっちゃ」
気味悪そうに、轍冶君は顔をしかめた。
怪物同士の共食いなんて、私、想像するのも厭だわ。
「ですから、できる限り戦いを避け、彼らから隠れるのが得策」
ナナさんはそう言い、もう一度、私達に退出を促したんです。
轍冶君は従わなかった。
逃げるより、むしろ、信頼できる人に事情を話して、協力を求めるべきだと言い張りました。
「この先、敵の工作員はじっくり時間を掛けて、政界、財界、マスコミ、日本のさまざまな分野へ潜入し、深く根を張るでしょう。私が警察や政府関係者と接触するのはリスクが高く、協力者を増やす事は、彼らの標的を増やす結果に繋がる」
「それがどうした!?」
轍冶君の眉間に皺が寄り、にらめっこの顔みたいになってた。こういう時のアイツは普段以上に頑固。私の手にも負えません。
「ナナさん、あんたが負けたら、どうせ俺らの世界、大変な事になんだべ?」
「……はい」
「敵は間違いなく強くなる。巻き込むもヘッタクレも無ぇ。一人で戦ったら、いつか負けるだけだなし」
「……でも」
「もっと俺達、信じて、一緒に戦うべ! ウチの社長なら、ガンテツの修理にも力さ、貸してくれる。な、光代さん?」
「え? あ、はい」
いきなりふられて、ビックリしたわ。
でも轍冶君の下手クソな説得を聞き入れ、素直に頷くナナさんを見て、もっと驚きました。
又、胸にカチ~ンと来た。
どうしてそうなっちゃうのか、私、自分でも良くわからなかったんだけど……
早速、私が父に話して、地下の『繭』まで案内しました。
施設の機械や巨人を間近で見、父は凄く興奮してた。コイツは将来、日本の……いや、世界の要となる技術だ、なんて、見開いた目を血走らせてね。
昔、軍隊の技術者だった頃、人型の機械を研究していたそうで、ガンテツは父の夢そのものなんです。
全面的に協力する代わり、動力の仕組や関節の機械的構造、制御機構を教えて欲しい、と父はナナさんに申し入れた。
断られても諦めず、三顧の礼を10回くらい繰り返したタイミングで、ナナさんの方が折れてくれたの。きっと父の人柄、一緒に頭を下げる徹治君の熱意を汲んでくれたのでしょう。
でも、技術だけ教わってもダメなんだそうです。
ガンテツの大きな体は「機械」というより「生きもの」に近い何かが制御していて、その製造は今の日本の技術では、どうやっても無理。レベルが全然違ってる。
だから、ガンテツの頭脳をできるだけ簡単にしたバッタもん……あ、この言い方は違うかな?
そうそう、父は簡易型って言ってました。それを『繭』の中で作り、制御用の部品ともども提供してもらう事になったそうです。
今はまだ理解できないデータを沢山預かったから、後十年、いや二十年の内に必ず自力で再現して見せる……そう言いきり、父は鼻息を荒くしていました。
何時まで工場を仕切る気なの? って、私、何度もからかったっけ。
ともあれ、次の日から大忙しだったわ。
昼間は工場の仕事、夜は徳寛電機の真下へ移動した繭の中で、ガンテツの機械部分を修理する作業と、構造のお勉強。
工場の人には何も話さなかった。
例外は末次茜さんという女性の技術者で、父にとって町工場を設立した頃から、右腕だった人。
轍冶君の体調は回復し、父と一緒に頑張ってました。副作用どころか前以上に元気だったけど、勉強の方は苦労したみたい。
ナナさん、ガンテツの秘密を明かすのを、ずっと躊躇ってた。そして、いくら訊ねても話してくれなかった事だって有ります。
それは彼女と三人の敵が本当は何者で、何処から来て、35年後に起きる危機が具体的にはどういうものなのかという事。
話題に上ると辛そうな表情をするから、轍冶君の提案で、もう訊かない、と決めました。
ナナさんがもっと心を開き、話してくれる日を待つ事にした。
何しろ、35年も私達の世界で過ごさなければならないんだし、生活習慣に慣れてもらう必要もありました。昼間、アルバイトという名目で、町工場の仕事を手伝ってもらったのは、その為。
結果は、大収穫でした。
飛び切り頭が良く、何でもすぐ覚える上、アイデアが凄い。
ナナさんの発想を基にした新商品が続けてヒットしたお蔭で、私を含めた従業員全員にボーナスが出たりしてね。
彼女の態度も自然に明るくなったけど、轍冶君とは少し距離を置いてたみたい。
私が彼の胸で泣いたのを見た後なので、気を使っていたのかもしれない。正直、ちょっとだけ、ホッとしたわ。
そして、ナナさんが町工場に馴染んだ事は予想外の火種も生んだ。工場の若手で一番のやり手、菊川玉吉さんが彼女に目をつけ、口説き始めたんです。
「ねぇ、今度の日曜日、暇?」
「……何か、ご用ですか?」
「映画のチケットがあるんだ。一緒に銀座へ見に行こう」
「私、興味無いので」
「そんなツレない事、言うなよ。『シェルブールの雨傘』、面白いらしいぜ」
菊川さん、押しの強さが売りだから、簡単には諦めない。ナナさんの前は私がターゲットだった癖に、ホント調子良いんだから、男の人って。
「なぁ、玉さん、あんまり、しつこくしねェ方が良いんじゃないスか」
見かねて、轍冶君が二人の間に入った。
「下っ端に用は無ぇのよ」
「ナナさん、ああみえて忙しいんです。昼間は工場、夜はガンテツの世話、せねばなんねぇし」
「……ガンテツ? そりゃ、何だ?」
菊川さんに大鋼人の話はしていません。
轍冶君、口を押えた。でも言っちゃったら、後の祭りで、
「轍冶、ちゃんと説明しろ。ガンテツって何の事だよ、一体?」
「え~、それは……」
困ったイガグリ頭が真っ赤になって、湯気でも噴きそうでした。ナナさんも、こういう時の機転は効かないみたい。
仕方ないから、私が助け船、出した。
「ガンテツって、それ、確かあだ名よね、轍冶君の」
「へ?」
「頑固一徹のガンテツ。轍冶君、東京へ出てくる前、村でそう呼ばれてたんでしょ?」
私がウインクすると、彼、慌てて頷いた。
「そう、俺のあだ名がガンテツ!」
「なら、何か? 夜、お前の世話をナナさんがやいてるってか? 二人きりで? 手取り足取り?」
「え~、それは……」
「コン畜生、うらやまし~じゃね~か! 許せね~じゃね~か!」
思いっきり問い詰められ、すっかりオーバーヒート気味の轍冶君とナナさんからすがるような眼差しが、私の方へ飛んでくる。
「え~と……ガンテツくん、数学の基礎を彼女に教わってるんですって。ホラ、仕事の資格とるのに、わかってた方が良いでしょ?」
「へ~ぇ、そりゃ感心じゃねぇの」
「……ど~も」
「あだ名、似合ってるぜ。俺も、これからはガンテツって呼ぶわ」
菊川さんに肩を叩かれ、轍冶君、溜息ついてました。で、その後、結局、銀座へ映画を観に行く事になったんです。
菊川さん、私と轍冶君を交えたダブルデートなんて言い出し、逆らえなかった。
って言うか、内心、渡りに船でした。
あの華やかな夜の銀座を私やナナさんと一緒に歩いたら、轍冶君がどんな顔するか、無性に見てみたくなったんです。
読んで頂き、ありがとうございます。




