第一章 22
Jガイアの事務棟・大会議室では、テレビに流されているのと同じ映像が、スクリーンへ投射されていた。
「この不気味な男の顔、何処かで見覚えがあるとは思いませんか?」
檀上の統弥が叫ぶと同時に、轍冶のアップが、東京オリンピックの開会式に現れた「大鋼人」の記録映像へ切り替わる。
見比べると両者は酷似していた。轍冶の肌と鋼人の装甲は同色で、重厚な雰囲気も、サイズ以外は共通している。
「1964年、大鋼獣と共に日本各地で暴れ回り、何処かへ消えた怪物の正体は、これまで不明でした。しかし、その目的が異世界からの侵略であり、仲間が我々の社会へ潜伏、同化して機会を伺っていた可能性は高い」
「あの……異世界とは、何を意味しているのでしょうか?」
困惑し、ざわめく報道陣の中から記者の一人が手を挙げ、訊ねた。
「様々な可能性が考えられます。例えば、他の銀河、恒星系から訪れた者」
「……それは、その……要するに宇宙人?」
場内のあちこちから漏れる失笑は、あまりに極端な主張の内容からして、当然の反応と言えるだろう。
統弥は平然とスクリーンを見つめ、そこに品川上空で闘うVCの映像が流れ始める。
美貴が操縦する小鉄だ。
至近距離から空中でミサイルを撃ち落とす離れ業と、コクピット内で目を青く輝かすパイロットの姿が交互に現れ、消える。
「先日の戦闘の際、VCのブラックボックスに記録されていた映像です。パイロットの反射速度を推定した結果、電気信号が神経を伝わる理論値を凌駕していました」
「機甲自衛隊の一員に見えますが……」
「ええ、機自に紛れ込んでいたこの女も、鋼の体を持つ男も、普通の人間とは思えない」
「では先日のテロも、大鋼人の流れを組む一味の影響下にあったと?」
「テロを起こし、それを自ら鎮圧。次の作戦の為の情報収集を密かに行いつつ、敢えて力を誇示したのではないでしょうか。そして、影響下にあったのはテロリストだけではありません」
統弥の指示で次の映像が投射された。
黒岩亜紀が『彼岸』の改造VFと渡り合い、1トン近い人型機械の両足抱えてブン回す決定的瞬間である。
「つい先日まで、この女性は私の部下でした。侵略者は、自衛隊のみならず、警察庁にまでスパイを送り込んでいた」
明らかに人間業ではないパワーを目の当たりにし、報道陣が静まり返る。
「驚くべき事に、人の姿をしたモンスターどもは一つの家族を形成し、東京、大田区の埋め立て地で町工場を経営しています。動き出す前にこちらから奇襲を仕掛け、叩き潰す事こそ、唯一の自衛策なのです!」
熱く、流麗な統弥の言葉を、渋い表情で聞く者が記者達の背後で身を潜めている。
亜紀、美貴、笠井が見張りの衛兵を装い、壇上の統弥、傍らに立つ三橋防衛庁長官、榎将補らの様子を伺っていたのだ。
「モンスターか……好き放題、言うわね」
溜息交じりに亜紀がぼやいた。
「姉貴、よくあんな奴の下で働いてンな」
「もう部下じゃない」
「大体、付き合っていた彼女を、ああもクソミソに言える?」
「……もう、付き合ってないから」
再び溜息をつき、亜紀は統弥を睨んだ。
彼女が「レーザーヘッド」の同僚から突然の襲撃を受け、殺害される寸前で何とか逃げおおせたのは5日前。美貴がJガイアに赴任したのと同じ時期である。
亜紀は異変を上司へ報告しようとしたが、先に同僚の一人を捕えて詰問した結果、襲撃命令を出したのが他ならぬ統弥自身だと判明する。
榎に接近して以来、統弥の様子は確かに妙だった。徐々に亜紀と距離を取り、デートどころか職場でも無視するようになって、その挙句がこれだ。
追い詰められた亜紀は、旧知の笠井を謹慎中の屋敷へ訊ね、事の成り行きを話した。
そして機甲自衛隊とレーザーヘッド・ジャパンが、組織ぐるみ榎の私兵に成り果てている事実を、笠井の口から聞く。
第一線から離れた古参の隊員が笠井を今も支持しており、榎に忠誠を誓う一派の目を盗んで情報を流してくれたのだと言う。
更に情報を集める内、美貴に危険が迫っているのを察知して、亜紀と笠井は手勢を率い、Jガイアへ潜入したという訳だが……
「こりゃ初めの予定を変更せんとな」
笠井が思案顔で呟いた。
「今回は美貴ちゃんを助け、榎の企みを探るだけの積もりだったが」
「先程の会見で総理は憲法の規定に無い特別緊急事態……実質的な戒厳令を宣言し、テロ絡みの件をレーザーヘッドに一任するという異例のコメントを出しましたからね。政治家が、どこまで榎に取り込まれているかわかりませんけど」
「マジで洗脳とか、やってんのかな?」
美貴の問いに、亜紀は首を傾げて見せた。
「あそこで派手に演説してる色男、それで裏切ったのかも」
「……トウヤの場合、元々、自分の利益の為に平気で裏切るトコあるからねぇ」
「そんな男と付き合うか、普通?」
「フフ、大人の女にはね、時に男の毒気が美味しく見える事があるの」
「姉貴の趣味が歪んでるだけっしょ?」
およそ場に相応しくない姉妹の会話に笠井は苦笑したが、すぐ表情を引き締めた。
「敵の主力が出払う今こそチャンスだ。これ以上、事が大きくなる前に蜂起し、榎の身柄を押さえて、真実を国民に訴えるのが得策」
「私も、一緒に戦います」
気負う美貴の肩を抑え、亜紀が囁く。
「いえ、美貴はVCで東京へ飛んで」
「え?」
「仲間が先に格納庫へ忍び込み、虎鉄を確保してある筈だから」
「でも、私がいれば役に立つだろ?」
「美貴、さっき飛び立ったVC24機、何処へ向ったと思う?」
美貴は息を呑み、亜紀を見つめる。
「トウヤの演説は黒岩家を化け物の巣窟と決めつけてたよね。テレビで奇襲を仄めかすってのは、つまり……」
最後まで聞かず、美貴は格納庫の方へ歩き出した。周囲の目を引くから走る事はできないが、心は乱れ、急いている。
家族を傷つける奴は許せない。例え相手が阪田由久であろうとも、だ。
× × × ×
ヒュルヒュルヒュル……
最初の爆撃に伴う落下音を、黒岩真希が聞いたのは、モノクロテレビに亜紀の映像が流れた直後の事だった。
轟音と地響きが生じ、窓の外から猛り狂う火柱の赤い光が差す。第二備品倉庫が吹っ飛んだようだ。
書きかけの原稿、灰になっちゃった。
放心状態で真希はまだ30枚しか書けていない小説に思いを馳せる。平成の世に、東京都内でいきなり爆撃された現実を、リアルに受け止める事が全くできていなかった。
「真希君、怖い」
抱き着いてくる七海の感触で、ようやく真希の中に危機感が生じる。
「あ~、もう……何だってンだ!?」
「こりゃ空襲だね。凄く高い所から飛行機が爆弾を落としたんだ」
「だから、何でまた?」
「……テロ、でしょうか?」
困惑する従業員と怯えた七海の問いかけに、作業棟の奥で何か操作しつつ、轍冶が答えた。
「テレビじゃ俺達がテロリストの親玉にされてた。攻撃してきたのも、多分……」
轍冶の言葉を遮り、敷地の外から拡声器を通した声が聞こえる。
「あ~、黒岩製作所に潜む『彼岸』一味に告ぐ。施設を放棄し、大人しく出て来なさい。今の攻撃は警告だが、抵抗すれば諸君の生命を保証できない」
ツネタさんが窓から声の方角を見る。
警官隊の姿は確認できず、どうやら運河にかかる橋の向こう側にいるらしい。
周囲の工場に人気が感じられなかった。警官が避難させたのだろう。埋め立て地・根黒島全体を完全に隔離し、攻撃の余波が周囲へ及ばないように。
「……徹底的にやる気だな」
「ええ、その前に一応、降伏勧告したと言う形を作ったんでしょう。国民向けの体裁も考慮して」
「上等だ、昔の血が騒ぎやがらぁ!」
トクさんにも、シゲルにも、タケちゃんにも、動揺している様子は見られなかった。異常な事態を平然と受け止めている。前々から十分予期していたかのように。
「お父さん……これは一体!?」
慌てふためく足取りで、光代と伝が母屋から一般作業棟へ入ってきた。
真希の隣にいる七海と目が合い、光代の表情が微かにこわばる。
「お、お邪魔してます」
動揺と困惑をひとまず棚に上げ、ペコリと七海がお辞儀すると、光代も咄嗟にお辞儀を返す。
おぉ、律儀。やっぱ日本人だねぇ……
変な所に真希が感心した時、棟に置かれた工作機械の内、一番大きな複合形旋盤が床ごとスライド、地下へ続く通路が現れた。
轍冶が操作していたのは、緊急時の避難口を開く装置だったらしい。
「皆、俺の後に続いてくれ!」
最早、ためらう余地など有る筈も無い。
何処まで続くかわからない真っ暗な通路へ、轍冶を追って七海が、黒岩家の家族が、従業員が、次々と飛び込んでいく。
ヒュルヒュルヒュル……
床が再び動き、入口が閉まる寸前、前より遥かに多くの落下音を真希は聞いた。
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