第一章 18
これ、もう民間施設のレベルじゃない。完璧に要塞じゃん……
Jガイア甲板上に新設された飛行場の滑走路へ愛機「虎鉄」で着陸した時、黒岩美貴は素直にそう思った。
太平洋上に浮かぶアビシューム発掘用プラットフォームがテロの標的だと判明して以来、日本政府は全力で凶行阻止に取り組んでいる。
元々堅牢な施設をアビシューム合金の分厚い装甲で覆い、通常弾頭のミサイルなら直撃にも耐えうるレベルへ強化。米軍の人工衛星と連携し、大気圏内、圏外、必要なら宇宙空間をも緻密にモニターできるシステムを盛り込んだ。
迎撃用には、ハリネズミさながら多数の砲台を設置。
軍用の滑走路まで複数備えるポテンシャルは、本土の主要な自衛隊基地を大幅に上回っている。
駐留する戦力も桁外れだった。
従来からの陸自警備隊に加え、海自、海上保安庁の巡視艇が常時周辺海域を航行している。更に機甲自衛隊の主力・中部機甲総隊が最新鋭の「村正」16機、「正宗」8機を全て投入、Jガイアに駐留を始めていた。
専守防衛には過剰と思える戦力だ。
故に、テロリストの潜む本拠地を「レーザーヘッド」諜報セクションが捜索し、発見した後、直ちに先手を取って攻撃、殲滅する作戦計画の存在が噂されていた。
ま、やるならやるで良いけど、近頃は余計な尾ひれがやたら鼻につくんだよなぁ……
「虎鉄」の整備に立ち会っていた美貴は、ヘリコプターで降り立つテレビ局の報道スタッフに気付き、眉間に皺を寄せた。
約一時間後、榎将補が防衛庁長官と共に「レーザーヘッド」のリーダーとして緊急会見を行うらしい。
首相官邸と二元生中継だと言うし、自衛隊制服組が政府を代表して発言するのは異例中の異例で、何かテロに関する重要な方針が定まったのだろうが、美貴はあまり興味を持てなかった。
細かい思惑が見え隠れする面倒臭さに、彼女はついていけない。正直、ついていきたくもない。
品川テロ……いや、その前のガンコ親父との食事から始まる私生活の迷走に疲れ果て、美貴は今、ひたすら働いていた。
働いて、働いて、働いて……はっきり言えば、仕事に逃げていた。
VCの教え子がJガイア駐留部隊に投入され、おまけのような形で美貴の現場復帰が許されたのは五日前の事だ。
Jガイア駐留のパイロット中、最も遅い着任となり、搭乗機が馴染みの「虎鉄」で「村正」や「正宗」じゃなかった点にも、大して期待されていない雰囲気が伺える。
複座式の虎鉄を単座で扱うよう再調整すれば、本来の性能を発揮するのは困難だ。
美貴が「チビ鉄」と呼ぶ小型VCユニット「小鉄」はまだマシだが、フライトユニットは分離後、自動操縦を余儀なくされる。
機体そのものは村正に引けを取らないスペックでも、トータルで見るとデメリットは大きく、肝心な場面で敵機に遅れをとる可能性が高くなる。
複座が後継機に採用されなかったのはパイロット不足を考慮した為で、整備士は虎鉄を単座で流用する安易な方針を憂慮していたが、美貴は気にならなかった。
どんな扱いだろうと、自分の仕事をするだけだ。榎の補佐をしている阪田と顔を合わす機会が無い事は、むしろ有り難い。
只、知らぬ顔をしようとしても、どうしても無視できない心配事が一つあった。
美貴より一足先にJガイアへ来ていた新米の態度が腑に落ちないのだ。
何処かよそよそしいと言うか、感情が表に現れなくなったと言うか、態度が一変して殆ど別人の奴さえいる。
彼らがJガイアで過ごした日々に、一体何が起こったと言うのだろう?
虎鉄をハンガーに収容し、美貴が士官用の居室へ戻ろうとすると、そんな無愛想な新米の二人組が近づいてきた。
「黒岩美貴二尉、ですね」
「おう、御苦労さん」
「自分達は、あなたを拘束するよう上官から命令を受けています」
「え? 何で?」
幼顔の衛兵は答えず、銃口を美貴の胸元へ向けた。
「従って頂きたい。さもなければ発砲する許可も出ている」
「オイ、ちょっと待て。そんな命令、何処のどいつが出した?」
答えは帰ってこなかったが、チラリと背後へ向けられた衛兵の視線の先、開かれたドアの隙間に阪田が立っている。
「……マジかよ、三佐!?」
駆け寄ろうとした時には、阪田はドアの向こう側へ消えていた。追跡を続けようとしても周囲にいた兵が一斉に銃口を向け、動きが取れない。
「逃げないから、アイツと話をさせろ! お前ら、私の性分はわかってんだろ?」
VCの訓練中、美貴に逆らって派手にデコピン喰らわせた新米が、正面にいた。
生意気な反面、熱い気質の奴だったのに、今、彼女に向けている瞳は黒く淀み、意思の欠片も浮かんでいない。
「……ここで新米いじめても、憂さ晴らしにならないよな」
美貴は両手を上げ、携行武器を衛兵達が取り上げるのを待って、甲板を歩き出した。
駐留部隊最後の欠員を埋める名目でJガイアへ召集されたのは、元々、彼女を拘束する事自体が目的かもしれない。
そんな気がしてくる。
出来立てホヤホヤの監房がある棟へ向け、足を踏み出す度に、美貴は別世界へ来たような違和感を覚えていた。
あ~あ、だれもかれも、私に背ぇ向けやがら。
自衛隊に入って、美貴がこれほどの孤立感を味わったのは初めての経験だった。
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