第一章 14
この日、港区六本木の防衛庁本庁舎ビルで午後二時から催された会議は、報道陣は元より、関係者以外に一切知らされない非公式な物だった。
防衛庁長官・三橋尚、事務次官、参事官等の背広組に加え、統合・陸・海・空の幕僚長が顔を揃え、機甲自衛隊からは品川テロの一件で謹慎中の笠井幕僚長に代って、副官の榎元就将補が出席している。
異様なのはオブザーバーの顔触れだ。
いわゆる防衛族の国会議員に加え、内閣情報調査室長、警察庁・警視庁の幹部クラス、公安第一課長、加えて実質的な諜報活動の担い手・警備局外事情報部の柘植統弥警視正まで顔を揃えている。
そして柘植に随行する形で、外事調査官・黒岩亜紀警部もそこにいた。
本来、課内で「ピストン」と称される短期潜入捜査のエキスパートである亜紀は、この手の会議は苦手なのだが、自身の将来に関わる案件とあっては止むを得ない。
「さる6月11日、御存じの通り、従来の常識を大きく逸脱したテロが発生致しました。国内で無名だった『彼岸』なる組織が、いきなり国外組織と結託、素性の知れぬ巨額資金を背景に行動を起こしている」
席に座したまま、三橋防衛庁長官は出席者へ淡々と語りかけた。
「三年前、在ペルー日本大使公邸占拠事件が発生した際に国際テロ緊急展開チームが発足したものの、現状には到底対応できません。対する我々も変わらねばならない。
幸いにして警察庁、警視庁のご協力を得、防衛庁を軸に情報面、戦術面を統合した新たな部隊をこの度、発足させる運びとなりました」
大型スクリーンへ対テロの先駆たるイタリアの組織にあやかった「レーザーヘッド・ジャパン」という名称と編制図が映し出された。
平たく言えば、あくまで自衛隊に属する組織でありながら、警視庁から国内過激派の情報収集に秀でる公安第一課、国外テロリストに強い外事課、警察庁からは警備局外事情報部の精鋭が選抜され、組み込まれる形だ。
組織の長は武装テロ鎮圧に最も有効なVCを擁する機甲自衛隊のトップが兼務し、陸自、空自、海自の一部も有事には直接その指揮下に入る。
笠井幕僚長の引責辞任が確実視されている今、榎将補の就任は決まったも同然だった。
有事の際に限定されるとは言え、その権限は強大であり、品川事変で巻き起こった物騒な時流が、榎を一気に防衛庁の「顔」へ引き上げたと言うべきであろう。
防衛庁長官に代り、スクリーン前で編成図の説明をする榎には、既に機甲自衛隊トップとしての風格が漂っているように見える。
「ん~、あれが私の新しいボス……」
うんざりした表情を浮かべ、亜紀は口の奥で呟いた。既に柘植と亜紀の新部隊への参加は内定している。
外事情報部の人員リストを見て、榎は真っ先に亜紀を指名したそうだが、できるモンなら笠井の下で働きたかった。
亜紀が小さい頃、良く家へ遊びに来て、膝の上に載せてくれた皺だらけの笑みが目に浮かぶ。
テロの際、笠井は阪田・美貴に出撃を命じるのと並行する形で内閣への緊急報告を済ませていたが、到底、許可を待ってはいられない状況だった。
自宅謹慎という今の境遇をどう感じているか、思いやると亜紀の胸は痛くなる。
「……どの部署へ行こうが関係ない。君の直属の上司は常に俺だ」
浮かない顔の亜紀に気づき、柘植が耳元で囁いた。息遣いが耳たぶに当り、亜紀の胸が今度は熱くなる。
インテリジェンス部門一筋に出世の最短コースを歩くキャリアで現在32才。計算高く冷徹な知性を駆使する腹の読めない男。それが職場における柘植の顔だ。
麻布の自宅に帰れば貞淑な妻と一人の息子を持つ父としての顔があり、そしてもう一つ、亜紀しか知らない顔がある。
「女」としての亜紀を最も熱くしてくれる「男」としての顔。
今日はこの後、久々に二人っきり……予約しといたディナー、外れでなきゃ良いんだけどな……
笠井への同情は何処へやら、高まる胸の鼓動を抑え込もうと亜紀が苦心する内、スクリーンへ映し出されていた編成図が消えた。
「このような組織を急遽立上げ、本日、非公式にお集まり頂いたのは、そうせざるを得ない事情があったからです」
表情を引き締め、榎が場内を見回す。
「品川の事件で逮捕した『彼岸』協力者・及川恵一の口から、重要な証言を得ました。新たなテロ計画が発覚したのです。標的は宮城県沖約250キロメートル洋上、アビシューム発掘プラットフォーム・Jガイア!」
場内にざわめきが起きた。
及川や『彼岸』リーダー二名の取り調べは外事情報部第一係が担当したから、テロ計画のあらましを既に亜紀は知っている。
割合、素直に陳述した及川に対し、リーダー格だった筈のギャロップ社員からは何も引き出せなかった。三日間眠り続けた彼らが目を覚ました時、知性は完全に破壊され、三才児レベルまで幼児退行していたのだ。
何か特殊な方法で洗脳されたのだろうが、その手法を確かめる術もなく、男達は留置所の監房で今も途方に暮れている。
「情報の詳細については、新組織で広報・インテリジェンス部門のリーダーを務める柘植理事官にご説明頂きたい」
一歩引いた榎の指名で、その後の説明は柘植が引き継ぐ形になった。ざわめいていた場内が静まり返って、柘植の声に耳を傾ける。
日本政府とギャロップ社の共同所有である海上プラットフォームの重要性を思えば、当然の反応だ。
昭和43年にギャロップ社、即ち当時の徳寛電機主導で開発が始まり、今や太平洋上の巨大な要塞さながらそびえ立つJガイアの威容が、大スクリーンに投影された。
中央のコンプライアント・タワー部は1200メートルを超える高さを有し、四方が900メートルのキューブ状を成す施設本体から日本海溝深淵部へ垂直に下した全長8000メートルの坑井により、地下深く眠る貴重な資源・アビシュームを掘削、生産する仕組みである。
今や日本の電力需給は8割がアビシュームを使うハイ・スチーム発電に依存しており、又、金属素材として極めて有用な性質を有するアビシューム無くしては、輸出の柱である製造業も成り立たない。
「実は、過去にも同施設を狙う計画は存在していました。それが未遂で済んだのは、施設の機密が高度に保たれ、警備の網を掻い潜るのが極めて困難であった点に起因します」
映像がJガイアに駐留する警備隊の姿に変わった。陸自を中心に大型軍用ヘリ等を擁する厳重な警戒態勢だ。
「しかしギャロップ本社が占拠され、同社のデータベースからJガイアに関する機密情報が盗み出されてしまった。テロ鎮圧後、及川がデータを移したと言うUSBメモリを捜索しましたが、発見できていません。
或いは、その後の爆弾騒ぎは、Jガイアに関する情報を確実に外部の協力者へ渡す為の陽動作戦に過ぎなかったのかもしれない」
亜紀は、VC2機の戦闘で崩壊寸前だったカンイチ・タワーの惨状を思い出した。あれが単なる陽動なら、本番ではどれ程の被害が出るのだろう?
「敵の正体が未だ不明である以上、如何なる規模で攻めて来るか、正確な予測は不可能です。反面、一気に叩く好機ともなりえる。どちらにせよ極秘捜査を進めながら可能な限りの戦力をJガイアへ移動させ、万全の迎撃対戦を整えるのが急務だと思われます」
柘植が説明を終えると、榎将補は小さく頷いた。
その一瞬、ほんの一瞬、誠実且つ生真面目な性格で知られる榎の、陰湿な冷笑を垣間見た気がして、亜紀は息を呑んだ。
錯覚だと思いたかったが、残念ながらこういう時、彼女の不吉な予感はまず外れない。九分九厘、実現してしまうのだ。
それも大抵は、予測を超える最悪の形で……
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