第6話 決着
白光の翼が展開し、レイラは宙に立った。
その身体を包む星紋は雪白の鎧のように輝き、まるで神話のワルキューレの再来だった。
『星紋覚醒』
二重星紋を持つ者が星の祝福を最大限に引き出した力。この力を持つ者は一千年に一人の逸材と言われている。通常の星紋能力とは段違いの出力を誇り、身体強化・武器性能・星導力総量が桁外れに跳ね上がり、星紋能力と技が進化する。
場が揺れた。
歩夢も、その気迫には素直に感心していた。
「……これは驚いた。ここにもアストラルアウェイクが使えるやつがいるとはな。星紋色は白と黄色……か」
「この力は……まだ私にも制御できない。だから、怪我だけでは済まないかもしれないわ。透導歩夢! 今ならこれまでの無礼を許してあげます。だから――降参なさい!」
「それで勝ったつもりか?」
「もう、泣いて謝っても許しません!」
レイラは光の槍を構え、天から降り注ぐような一閃を放つ。
「行きなさい! 『星槍の白閃』!」
白い稲妻が走り、槍が光の尾を引いて突き進む。
回避不能の一点突破。その速度は目視すら困難。
歩夢は剣を構え、真横に払った。
「――遅い」
極めて小さく、極めて鋭い一撃。
金属音すら鳴らない速さで、槍を弾き返していた。
「……は?」
レイラは理解が追いつかず、硬直する。
しかし三位の誇りを背負う者。動揺は即座に吹き飛び、光翼が脈打つ。
「ならば――これでどうかしらッ!!」
空間に円陣を描き、白光の羽を散弾のように撒き散らす。
「『星羽の刻羽』!」
フィールドが光の嵐に飲み込まれ、観客が悲鳴を上げるほどの密度。
――しかし。
嵐が止んだ中心に、歩夢だけが無傷で立っていた。
「まったく、相棒なんたら……戦闘にメリットを感じないのだが?」
「だ、黙りなさい……!」
焦りを隠せないレイラ。その前で歩夢は静かに雪白を握り直す。
「なら、見せてやるよ」
剣の刀身に黒が走り、空気が震えた。
「星紋模倣能力『黒黙の残滓』」
レイラの表情が強張る。
「そ、それ……まさか……攻撃を“飲み込む”……?」
「やっと気づいたか。――バースト」
歩夢の飲み込んだエネルギーがレイラの目の前で爆ぜた。
「……え?」
空中から落下したレイラは、その場に倒れ込む。
歩夢は無表情のまま歩み寄り、レイラの目前に立つ。
「っ――!?」
反応が一瞬遅れた。
その刹那、歩夢の手がレイラの胸元へ伸び――
「レイラ様に近づくな! 『シールド・アタック』!」
アルマが薄青いシールドを繰り出し、割って入る。
歩夢は足を止め、一閃でシールドを砕いた。
「まだまだーっ!」
今度は四枚同時にシールドを放つ。
歩夢は全てを易々と切り裂いていく。
「狙いはこっちです! 『シールド・スタンプ』!」
頭上から落ちてくるシールド。歩夢は後ろへ下がって避ける。
「かかりましたね! 『シールド・サンド』!」
「……っ!?」
背後のシールドに気づかず、歩夢はぶつかった。
直後、前方のシールドが迫り、挟まれる。
「えいやーっ!」
アルマは四方からシールドを送り、歩夢を閉じ込めた。
そしてレイラへ回復を送る。
「迷惑をかけたわね。……さぁ、ここから反撃よ!」
「はいっ!」
「私の力が飲み込まれるなら――近距離戦をすればいいのよ!」
レイラが息を整え、武器を構える。
「『黒星の瘴気』!」
シールド内部から黒い瘴気が漏れ出す。
瘴気の中で黒い光が脈打つ。
「ま、前が見えないです!」
瘴気がアルマを包む。
「アルマ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですが……何も見えません!」
レイラは空中に飛び、回転して瘴気を払い除ける。
「なんなのこの技……気味が悪い……。そろそろ体が持たないわ。早めに決着をつけないと……!」
気合を込め、歩夢へ突撃。
「『復讐の閃光』!」
シールドの隙間から赤紫の光が漏れ出す。
レイラは歩夢の背後を取るため、大きく回り込んだ。
次の瞬間、シールドが割れる甲高い音。
無防備に見えた歩夢へ、レイラは一気に踏み込む――が。
歩夢は気づいていた。
武器と武器がぶつかり、凄まじい火花が散る。
力は拮抗しているように見えたが、歩夢には分かっていた。
レイラのアストラルアウェイクは……もう長く持たないことを。
「もう諦めたらどうだ? アストラルアウェイクまでしてもこの程度だ」
「諦めるわけ……ないでしょ……! 諦めたら……この戦いも、私の夢も……終わるの!!」
涙を滲ませながら、レイラは力を込める。
歩夢は静かに能力を解放した。
「星紋模倣能力、『剛腕』――解放」
左腕が瞬時に巨大化し、そのままレイラを殴り飛ばした。
すぐに左腕は元の大きさへ戻る。
うつ伏せのレイラへ歩夢は語りかける。
「お前のアストラルアウェイクは、もう限界だ。無理に続ければ強制解除されて、しばらく星導力が使えなくなる。激痛も襲うぞ」
レイラは悔しげに睨みつける。闘志だけは消えない。
「あ……あなたに、この力の……何が……分かるっていうの……?」
四つん這いになり、震えながら続ける。
「そんな情報……聞いたことないわ……デタラメよ……そんな嘘で……私は惑わされない……っ」
言い終えると、再び倒れ込んだ。
「嘘じゃないんだけどな」
歩夢はアルマへ歩み寄る。
「スターヒール! スターライト・ヒール! ……あれ? シールドアタック! シールドアタック! なんで出ないの!?」
歩夢は雪白をアルマへ突きつける。
「ひぇっ!」
「お前の動き、技、ともに良かったぞ。相棒があんなポンコツでなければ、もう少しやれたかもな」
「レイラ様はポンコツなんかじゃありません!」
「そうか」
その時、レイラが叫ぶ。
「待って! セイヴィアへの攻撃はルール違反よ!」
しかし歩夢は聞かない。
峰打ちに切り替え、アルマへ向けて振り下ろす――
『カキンッ!』
甲高い音と共に、歩夢の雪白が半分に折れた。
「お前は誰だ?」
「転入生の透導さんと言いましたね。――セイヴィアへの直接的な攻撃は禁止ですの」
そこに立っていたのは、巨大な傘を広げ、人一人隠せるほどの影を作る女性だった。
背後には執事のような人物――相棒のヒサラルが控えている。
「申し遅れました。私はアンブレラ・サーキュラー。この学園の生徒会長です。こちらが相棒の――ヒエタサルさんです」
「ヒサラルです」
「あら、そうだったわ。ごめんなさいね、ヒラサルさん」
「ヒサラルです」
アンブレラの身にまとっているのは学園指定の制服ではなく、赤紫を基調とした優雅なドレス。
薄ピンク色の長い髪は流れ落ち、右目だけを黒いメッシュで隠している。見える左目は氷のように冷たい。
対するヒサラルは白と黒が混ざる短髪で、左右だけ羊の角のように尖っている。整った顔立ちながら、常に無表情だ。
「セイヴィアを攻撃したらダメとはどういうことだ?」
「この学園のルールです。聞いていませんの?」
「聞いていない。これは戦闘だ。実戦で“私はセイヴィアだから狙わないでください”と言うのか?」
歩夢の言葉に、アンブレラは「おーほっほ」と高らかに笑い、右手で歩夢の頬をそっとなぞるように触れながら、耳元で囁いた。
「あなたの考え、素敵ですわ。私もそう思いますの」
そして少し距離を取り、続けた。
「でも、これは学園のルール。あなたもこの学園に通う以上、守っていただきますわ」
「……分かった」
「素直な子は好きですわ。勝負はあなたの勝ち。でも試合はルール違反であなたの負けです」
「そうか」
歩夢は短く返す。
アンブレラは左手を差し出し、ヒサラルからマイクを受け取る。
「この勝負は、透導さんのルール違反を認め、決着とします。これにて解散ですわ。さようなら」
観客の中には、レイラが事実上敗北したことに泣き出す者もいた。
「また会いましょう、透導さん。この戦闘館を無断利用したレイラさんには後で罰を与えねばなりませんね。行きますよ、ヒサラルさん」
「御意」
アンブレラたちは戦闘館を後にした。
「……悪かったな、雪白。お前にまで無茶させちまって」
歩夢はそっと手をかざす。砕けた雪白の輪郭がふわりと光に変わり、細かな雪片のような粒子となって宙へ舞う。
光は静かに揺れながら、天へ帰っていった。
レイラはアストラルアウェイクを解除する。
歩夢がクリアの元へ向かう途中、レイラが声をかけた。
「もう一度……私と闘いなさい! 今度はこんなことにならない!」
「アストラルアウェイクを完成させたら、もう一度戦ってやる」
「完成って……どういう――」
「自分で考えろ」
そう言い残して去る歩夢。
レイラは悔しさから床を殴りつけた。
歩夢はクリアの元へ歩む。
「付き合わせて悪かったな」
「いえ、私は本当に何も……」
「お前がいてくれたから、あいつと戦えた。感謝する」
「お役に立てたのなら良かったです」
観客席にいた笑実が駆け寄る。
「すごいバトルだったね! 心配して損したよ!」
「そうか。俺からしたらつまらなかったがな」
歩夢は戦闘館を後にした。
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学園長室。古川学園長はモニター越しに歩夢の戦いを見ていた。
「あのレイラさんが手も足も出ないとは。さすが、あのクソジジイが寄こした男ですね。実力は申し分ない……。しかしまずい。このままでは『相棒星繋式戦闘』より『星廻軍人式戦闘』の方が優れていることが露呈してしまう……」
学園長は一通の手紙を手に取る。
「――透導君は過去のトラウマを思い出したり、戦闘になると我を忘れて暴走してしまうことがあるけど、根はいい子だから見捨てないで欲しい」
その手紙を歩夢のファイルへ戻す。
宛名には大きくこう書かれていた。
『元妻のクソババァへ』




