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ワラウダケ

粉砕男という生き物は、基本的にそこまで感情を出す事はない。いや、笑ったり怒ったりと、感情自体は見せるのだが、過剰に感情を出す事がほぼないのだ。

例えば本気で憤慨する事も、数えるほどしかない。大泣きしている姿など、ワンダーズの誰も見たことがない。


…そして、今。彼の歴史が、更新される。



「はははははは」

事務所の玄関で、彼は腰に手を当てて笑っていた。

大きく口を開き、黒目のない瞳でも喜びの感情を前面に示すように…大笑いしている。


葵は本を開いたまま静止、ラジコンを走らせていたれみも、ラジコンとほぼ同時に動かなくなる。妹のラジコン遊びを眺めていたれなだけは、調子を変えずに「お、人生エンジョイしてんねー」とだけ言った。



「ね、ねえ粉砕男。何が…」

葵は恐る恐る、不気味な大男の前へと歩み寄る。

「はははははは」

「さっきまでどこにいたの?確か山に行ってたわよね?」

「はははははは」

何を聞いても笑うだけ。しかも声のトーンも常に一定だ。

笑顔ながらも、絵のごとく動かない表情筋。ゲームやスマートフォンの画面越しに見ればそこまで気にはならなそうだが、肉眼でこういう光景を目の当たりにすれば、こうも背筋がざわつくとは。



れみがラジコンのリモコンを姉の頭にのせ、立ち上がる。

笑い続ける粉砕男を見上げ、一つ提案をした。

「…粉砕男、山で何かあったのかもしれないよ。ちょっと調べに行ってみない?」

「そうね…」

ワンダーズ1のパワーの持ち主がずっとこうでは締まらない。一同は山へと向かう事にした。






山に続く道中でも、粉砕男は笑い続ける。







「はははははは」

声のトーンも長さも、やはり、一定だった。不気味極まりない。

こんな状態の彼を連れて街を歩くのも、どうにも気が引けた。後々彼の尊厳に関わる重大な事件にでも繋がるのではないかとさえ危惧していた。

れみは粉砕男が笑いすぎて足取りを乱して躓かないか見守り、葵は彼の周囲を通る通行人に「彼には事情があって。別に変な人じゃないんです」と懸命に人々の視線を逸らそうと立ち回っている。まあそのせいで余計に視線を集めているのだが。

山に着くまではずっとそんな調子だった。

朝での粉砕男は普通の調子だったはずだ。朝までの彼のイメージが、人々の記憶に残っていなければ、今の彼はただの狂人にしか見えないだろう。

狂人。それ以上でも以下でもない。

彼をこんなふうにした黒幕…そんなものがいるか分からないが、とりあえずいたら許してはおけない。



山に辿り着く。

街の喧騒から抜けたことで、彼の笑い声はより響くようになる。

「なんとかここまで辿り着いたわね…」

行き慣れた街をただ歩いてきただけなのに、疲労感が凄まじい。

彼のイメージは守られただろうか、彼の笑い声が悪質な悪戯で録音されていないだろうか…。根拠のない不安というのは、その人物の想像力次第で次々と浮かび上がる。

普段銃を持ち、相手の動きを探る葵の想像力はあいにく豊かだ。彼女は山に到達した時点で、気が気ではなかった。

「粉砕おと…」

「はははははは」

そうだ、今は言葉が通じないのだ。



広い山で、彼の笑い声を止まらなくする要因を一つ探し出すなど、あまりに奇妙で、途方もない。それにその要因自体が分からない、

魔術?薬?それとも誰かのギャグ…いや、恐らくそれはない。

ともかく、原因不明を探る事ほど霞んだ話は中々無いものだ。



一先ず、粉砕男は葵に連れられ、れな姉妹は適当にでも調査を開始した。

山には多くの植物が生え揃い、それぞれが互いを隠しあっている。何が隠れていてもおかしくない。

れみは花を優しくどかしながら、何か気になるものはないかと目を動かす。

「人を笑わせる小人でもいるのかな…」

その横で、れなは木の上に登って一人で勝手に楽しんでいた。

「あ、れみー。毛虫がコサックダンスしてるよ」

「真面目に探して」

れなは木を軽く蹴り、バク宙を挟みつつ降りてきた。れみのすぐ隣に降りてきたが、れみは乱れぬ動きを保ち続けてる。

「れみ、真面目に探せっつっても、人を笑わせまくるものが何なのか…なんて言われてぱっと思いつく?そんなのギャグくらいしかないでしょ。でも葵は、ただのギャグがツボにはまっただけには見えないって否定してる。他の原因なんて全く思いつかないよ」

全ての植物をどかし終えたれみの手が一瞬止まる。ここにも何もない事を確認したのだろう。

「ほーら!何もなくて失望したでしょ。何でも楽しみながらやる事が大事なんだ。いい?アタシくらい馬鹿になれ!!」

人さし指を突きつけるれな。後頭部を差されたれみは、尚も動きを止めていた。

よほど失望したのだろうか…。


「…」

しばらく、れなも沈黙した。自分が何か失言でもしたのかと少しばかり身を震わせた。


「れみ?返事してよ」

十秒程硬直し、流石に不安になったれなが彼女の背中を叩こうと歩み寄る。

「おいれみ公!!何とか言えやぁ!!」



「ふ、ふひ…」

れみから、何かが吹き出す。


…笑いだった。



「ふひゃひゃひゃひゃ!!!」

突然、笑い出した。

れなは思わず後ずさる。反対にれみは立ち上がり、じわりじわりと距離を詰めてくる。

「え、ちょ、どうしたれみ…」

返事はない。代わりに返ってくるのは笑い声だけ。彼女は大口を開け、焦点の合わない目をギョロギョロと動かしながら姉へと一歩一歩を踏み出していく。

まさか、彼女まで粉砕男と同じ状態になったというのか?

「ぎゃあああ!!来るな気持ち悪い!!」

思わずれなは、れみの顎下目掛けて拳を振り上げた。

痛快なまでの衝撃音と共に、大地全てから上昇気流が放たれたような勢いでれみの足が浮かび、空中へと投げ出される。

そのまま空高くへとふっとばされ…光と共に見えなくなってしまった。

「あ」

拳を振り上げたままのれなは、虚空を見つめていた。

原因を究明するチャンスだったのに、ぶっ飛ばしてしまった…。これでまた、振り出しに戻ったのだろうか。


いや、そうでもないらしい。

れみが今まさに立っていた地点に目を向けると、そこには小さなモンスターがいた。

「ん…?」


茸の形をしている…高さはれなの膝の高さにも満たない。小さな体を草に埋めているが、その顔には満面の笑みが浮かんでる。隠そうともしないようなその表情…先程のれみの顔とどこか似ていた。

「まさかこいつが…?」

れなはモンスターへと手を伸ばす…。


しかし、モンスターは思わぬ反撃を仕掛けてきた!

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

体を左右に振るい、周囲に緑色の妙な胞子をまき散らし始めたのだ。

それを見たれなの戦闘経験が、震えを見せた。戦闘という絵面でないにも関わらずだ。

「っ!」

れなは素早く後ろに下がり、胞子の範囲から抜け出す。


あの胞子、あれに何となく嫌なものを感じたのだ。

あれを喰らえば…笑いが止まらなくなってしまう。予知能力に近い危機察知能力が、れなの手足に糸を通していた。


「れな!」

モンスターの笑い声を聞いたのか、葵が飛ぶように駆けつけた。その後ろからは呑気に笑いながらゆっくり歩む粉砕男。

葵は茸モンスターを見ると、ハンドガンを向けて口角を上げる。

「なるほど…こいつは[ワラウダケ]よ。人に笑顔を強制する悪質なモンスター。こいつのせいで笑いすぎて死んだ人が何億人もいるそうだわ」

ワラウダケは銃を向けられても尚も笑い続けている。状況が理解できていないようにも見えるが、その目は確かに銃口を捉えている。

「こいつを放置したら、みんなが笑い転げてしまうわ!」

引き金が引かれ、麻酔弾が発射される。ワラウダケの笠部分に命中し、ワラウダケの意識を白濁させる。

ワラウダケは倒れ、目を閉じてすっかり眠ってしまった。

その寝顔すらも、不気味な笑みが固定されている…。

胞子という広範囲に及ぶ攻撃…少しでも油断したら、あの笑い地獄へと引き込まれてしまうのだ。小さな体に反して恐ろしいやつだ。

ともあれ、ワラウダケは無力化した。あとは人目につきにくい場所へと連れて行くだけだ。

「よし。一先ずワラウダケを山奥にでも…」

葵の言葉が、止まる。


彼女だけではない。そばのれなもまた、動きを止め、視線が真っすぐに固定される。



ワラウダケは、撃たれた瞬間に…胞子を散布させていたのだ。

それを知らぬ間に吸っていた二人の感情機能が、狂い出す。



「…あははははははは!!!!」

葵の笑い声。


「ぶへなゃふひゃききしにくくはひゃほふぃ!!!」

れなの笑い声。


…ワンダーズの敗北だった。



山には、れな、葵、粉砕男の笑い声がこだまし続けた。




天国のれみも笑っている事だろう。







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