2−31:ベーレント公爵の意図
「………」
発表会が開催されたのと同じ建物にある、10人程度が入る会議室の中で……僕は先に部屋へと入って壁際に立ち、ベーレント公爵様が来られるのを待っていた。
……本来なら、僕のような男爵子息風情が言葉を交わしてよい方ではない。文字通り雲の上の存在と言える。それだけの身分差があるのだから、先に椅子へと座るなどもってのほかなのだ。
「………」
タロスと2人……いや、1人と1体かな? とにかく、並んで背筋をピンと伸ばし、ひたすらベーレント公爵様のご来訪を待った。
「ふむ、待たせたなエリオス殿よ」
それから5分ほど経ち、会議室にベーレント公爵様が入室される。その隣にはグライスナー学長の姿もあり、まるで護衛のように周囲へ警戒の視線を飛ばしていた。
「む? 2人とも、なぜそのようなところに立っているのだ?」
「お答えさせて頂きます。ベーレント公爵様より先に椅子へと座ることは、私の身分を鑑みて大変な失礼に当たります。ゆえに立ってお迎えすることといたしました」
「……むむ、さすがに成人前の子供へ、そこまでのマナーを求めるつもりはなかったのだが……エリオスよ、お主本当に10歳か? 厳しく指導した我が息子よりも、普通にしっかりしているのだが……」
「お子に対する評価が厳しいことは、ベーレント様が優れた親であるという何よりの証明であると愚考いたします」
「……ほう、なかなかうまい言い回しであるな」
一瞬、ベーレント様がニヤリと笑った気がした。
「ルーカス卿も、それは厳しくエリオスを指導したのであるな?」
「はい。武もマナーも、父が私の師でございます。
……ただし、いずれも男爵家において必要とされるものに過ぎません。その質も量も、公爵家の方々が必要とされるものには遥か及ばぬものであります」
「……なるほど、ルーカス卿は良い子息を持ったものだ」
「恐縮です」
深く頭を下げる。急な問いかけではあったけれど、無難なやり取りができたと思う。
「ゴホン、少し戯れが過ぎたようだ。互いに時間も無いゆえな、ここは……」
「こちらへお掛けください、ベーレント様」
素早く移動して椅子を引き、ベーレント様をそこへ導く。場所は当然、会議室の出入口から最も遠い場所にある椅子……いわゆる上座というものだ。
僕のその行動を見たベーレント様が、ほんの少しだけ顔を引き攣らせた。
「……エリオスよ、本当に10歳なのかお主は? あまりにも質の高い立ち回りゆえ、叙勲式の時も不思議に思ったが……」
「はい、フィスタ様とニーシュ様の御前に誓って偽りはございません」
「む、そうか……」
『フィスタ様とニーシュ様の御前に誓う』という言葉は、フィスタニーシュ教を国教とするアルカディア王国においては非常に重い言葉になる。
……早い話が、嘘であれば直ちに自刃するという意思表明だ。アルカディア王国国教の最高神に嘘の宣誓をした貴族など、生きているだけで恥もいいところなのだから……。
「……さて、早めに話を終わらせるとしようか。エリオスも対面に座るがよい」
「はい、ベーレント様。失礼いたします」
頭を下げてから、ようやく対面の椅子に座る。
……いくら面倒でも、この辺りの作法をきちんとしておかないと、貴族としての教養が足りないとみなされてしまう。男爵子息であっても貴族の一員、我が家名に泥を塗るような真似をしてはならないのだ。
「……さて、疲れているところ時間を取らせて申し訳ないな」
「いえ、とんでもございません。ベーレント公爵様と直接お会いでき、まさか言葉を交わすことまで許して頂けるとは大変光栄です」
――スッ
ベーレント公爵様は椅子に座られてすぐ、僕に向けてお詫びをされた。それに内心焦りながら、僕も自然な形で深く返礼する。隣で立ったままのタロスも、僕に合わせて最上位礼にて返礼していた。
……ちなみに、僕が言ったことは別にお世辞でもなんでもない。アルカディア王国において、四公爵家の方々は本当に特別な存在……何度でも言うけど、男爵子息如きが会話を交わしてよい存在ではない。それを許されるというのは、とんでもないことなのだ。
「よし、早速本題へと入ろうか。相談というのは他でもない、エリオスが実現可能性を示した廉価版自律行動型アイアンゴーレム……それを大量に作って欲しいのだ。
本来、こういうのはギルベルトの仕事なのだがな。やつは別の準備にかかり切りとなっているゆえ、代わりに私がやつの仕事の一部を引き受けているというわけだ」
「………」
……なるほど。やはり父上が言っていたことは本当だったのか。
ガルドゥーン公爵様が忙しいというのは、ほぼ間違い無く反攻作戦の準備をしておられるからだろう。聖騎士団は当然として、もしかしたら近衛騎士団や王都守護騎士団さえも戦場に駆り出される大規模な軍事作戦となるのかもしれない。そうなれば、必然……。
「……王都の治安維持に、廉価版自律行動型アイアンゴーレムを活用するということですね?」
「話が早いな。そう、つまりはそういうことだ」
本来は治安維持に回っていた分の人手が足りなくなり、治安の悪化が懸念される。それを補うために、大量の自律行動型アイアンゴーレムが必要だということなのだろう。
ただ、当然ながらコストはあまりかけられない。手を抜くわけにはいかないけど、可能な限り戦力を整える必要があるわけだ。
……もしかして、そのヒントを得るためにベーレント様は発表会に来られたのだろうか? おそらくそうなんだろうな……。
「内容は承知致しました、私も全力で協力させて頂きます。
……ただ、ゴーレム作成魔法には大きな欠点がありまして……」
「ふっ、何となく予想はついておるよ。あの見事なゴーレムを余興としたのは、ゴーレム作成魔法の習得難易度が非常に高いか……あるいは、他者にはほとんど使用不可能なのであろう?」
「……はい、その通りです。習得難易度の高さゆえ、発表会の場にてゴーレム作成魔法を発表することは憚られました」
研究成果発表会においては、汎用性が高く習得が容易な魔法の評価が高くなる傾向にある。いくら凄い魔法でも、使える人数が限られるのではあまり役に立たないからだ。
「……ゴーレム作成魔法は、実は地属性と闇属性の属性混合魔法なのです。ゴーレムを作る部分には地属性魔法、遠隔操作や自律行動を行う部分には闇属性魔法を使っています。ですので、一般的な地属性魔法士では決して習得できません」
「やはりそうだったのか」
ベーレント様の隣に立っていたグライスナー学長が、思わずといった様子で声を発する。
……"やはり"ということは、グライスナー学長は気付いてたのかな? 高度な隠蔽処理が施されていて、魔法陣を見ても分かりにくいはずのゴーレム作成魔法の秘密に。そも、僕はゴーレム作成魔法の魔法陣を誰にも――王国魔法士団のバルリング副団長と、父上を除いて――見せたことが無いはずなんだけどね。
もしかして、グライスナー学長は……。
「単に遠隔操作を行うだけのゴーレムであれば、その場ですぐに作れるのですが……自律行動をさせる場合、人工知能にあたる部分が必要となります。そこはDランクの闇属性魔石に、専用の魔法陣を刻み込んで作成します。そのため、自律行動型アイアンゴーレムを作成するにあたってはDランクの闇属性魔石が大量に必要となります」
「なんと、それではほぼマジックツールではないか。それが材料費だけだとしても、1体3万ペルナ程度で作れてしまうとは……」
いわゆる技術費というか、そういうものの方が高く付くからね。作れる人もそんなに多いわけじゃないし。マジックツールの値段が高いのには、その辺の事情が絡んでくるのだと思う。
……まあ、さすがに僕は技術費とかを取るつもりは無いけどね。王国に功績を認めてもらう方が、お金を貰うよりもよほど価値がある。しかも地味な功績なので、他貴族家からの反発も食らいにくいのだ。
「しかし、Dランクの闇属性魔石はいいとしても、鋼鉄はな……確かに供給量はそれなりにあるが、武具や攻城兵器の作成にその大半を使用しておる。王国としてもあまり余裕は無い」
「……となりますと、やはりアレしか方法はありませんね」
せっかく、王都の中にダンジョンがあるのだ。ならば、ダンジョンを有効活用させてもらおうかな。
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