表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

選んだ世界

 腕の中でリベアは消えてしまった。僕にはどうすることもできない。ならどうすれば助けられるか。一つしか方法が思い浮かばなかった。出来る限りの大きな声を出そうと肺に空気をいっぱいに吸い込み、音と共に吐き出した。

「フォビアさん! 助けてくだ……」

「あんたうるさい。少し黙って」

 いつの間にか隣にフォビアがいた。なぜ呼ぶ前からいたのか。疑問よりも状況説明が先だ。

「リベアさんが消えてしまって、力を使いすぎたと言ってました。助けられますか? 」

「もっと早く言ってくれたらどうにかしたのに。あのばか」

 空を仰ぎ呟いた言葉を聞き逃さなかった。すぐに向き直って凛とした顔を見せる。

「どうにもできないけどどうにかするのよ。少し待ってなさい」

 フォビアはビンを取り出し、何かを唱える。魔法だろう。空気が手に持ったビンを中心に。台風のような強い風が起きて飛ばされそうになる。体を低くして風に耐える。ビンの容量はとうに超えているのに風は入っていく。どうにか踏ん張っていたらビンの口を閉じた。同時に光輝くの玉をビンの中に入れた。

「時間が経ってなかったからこいつに入れられたわ。リベアの魂は残っているはずよ。でもこのままだといずれ消えるわね」

「そんな、どうすれば良いんですか」

 突然、フォビアは僕の胸ぐらを掴み、空中に浮かされる。

「あんたがさっさと転生しないからこうなったんでしょう! 私言ったわよね。リベアのことを思うならさっさと転生しろって。何でしなかったの! 」

 フォビアの言う通りだ。返す言葉もない。

「それは……確かに僕のせいです。無理やりにでも……転生させてもらえればよかった」

 ゆっくりと地面に足が付く。フォビアは怒る気がなくなったようだ。普段のむすっとした顔は変わらない。

「今更遅いわね。私もあんたもリベアの不調に気付けなかった。私にも責任はあるわ。許した訳じゃないからね」

 フォビアが言わなければ僕が同じようにしていたかもしれない。今はもう掘り返さなくていい。リベアを助けるために僕たちは協力が必要だ。

「リベアさんを助ける方法はあるんですか」

「神の力をリベアに戻せれば助けられるわ。私はそんなに持っていなかったから今ので限界ね。」

 ビンに入れた光のことだろう。つい先ほど見た映像を思い出す。使えそうな情報はなかっただろうか。

「大神様に相談するのはダメなんでしょうか。一応、二人の親のようなものでしょう。僕はあまり好きではないのですが」

「同感ね。あいつに頼るのは最終手段よ。私たちでなんとかしなきゃ、何言われるかわからないわよ」

 確かにそうだ。

「じゃあ頼るのは最終手段にしましょう。問題はリベアさんにどうやって神の力を入れるかですね」

「リベアの作った世界に転生させれば一応。転生を実行する神は誰でもいいから私がやればリベアに神の力は戻ると思うわ。でもそれなりに回数は必要になるし、延命してるだけだから時間もないわよ」

 転生をすれば助けられる。なら簡単な話だ。僕の覚悟は既に決まっていた。

「リベアさんを助けたいです。そのために命をかけても構いません。僕に出来ることは何でも言ってください」

 フォビアは何か考えているようだがどうにも良い案があるようには見えない。

「僕が転生するだけでは足りませんか」

「あんたが転生しても良いんだけど間に合わないわね。一人だけじゃ絶対に力が足りないわ」

 一回だけならそうだ。でも、何度も転生するのならどうだろう。

「だったら何度も死んで帰ってきます。記憶を残したまま転生したら最大限、信仰を続けられるでしょう。それでもダメですか」

 フォビアは首を横に振る。

「まず、ここに戻ってくるのに時間がかかる。仮に即死を続けたとしてもね。その間にリベアは弱っていくわ。次にさっきも言ったけど何十回、もしかしたら何百回も転生しないとリベアは復活しない。転生を続けてあんたの精神は持つと思えない。最後に悔しいけれどあんたが転生するときっとリベアは悲しむわ。やめておいたほうがいいわね」

 フォビアの口から僕を褒める言葉が聞けるとは思えなかった。今はそんなことどうでもいい。考えるしかできないんだから頭を動かせ。何十回も数が必要なら転生させる人数は確保できないのだろうか。

「じゃあ他の転生者はいないんですか。人って毎秒死んでいるはずでしょう。他の世界も同様なら余った人を集めるのは簡単なのでは? 」

「私も考えたけれど現実的じゃないわね。死んだ瞬間に女神たちに割り振られていくから奪う隙がない。盗んだとなったら女神たちも黙ってないわ。」

 じゃあどうすればいいんだ。フォビアを見て気がついた。女神が目の前にいるではないか。

「フォビアさんの転生者を利用するのはどうですか。他から取ってはいないし、人数も多いんじゃないですか? 」

「無理よ。私の所にいるの全員罪人だもの。あいつら全員、魂の浄化のためにいるのよ。あいつらには地獄を見てもらわないと困るから。リベアの作ってる普通の世界には転生させられないわ」

 そうだった。フォビアは罪人の魂の浄化をしているところだった。でも、少しおかしな所がある。リベアの世界は普通ではないと思うのだが。神の中ではあれが普通なのか。

「あの、リベアさんの世界は見たことありますか」

「最初の頃しか見たことないけど。そういえば完成した世界を見たことはないわね。それがどうかしたの? 」

 やっぱりそうだ。フォビアは世界を見てないからリベアの世界を普通だと言っている。

「もしかしたらいけるかもしれません。リベアさんの世界で」

 研究所にある世界を探した。今、用意できる世界は小さな世界しかないか。甕の横にある小さな土器を確認する。中には水が残っていたので世界はそのままだろう。

「この中に世界があるので一度見てもらっていいですか。水の中に顔をつけてください。見てからこの世界でいけそうかどうか判断してください」

 フォビアは言われた通り水面に顔をつける。数分経って戻ってくると眉間にシワを寄せて怒った顔のまま声を上げて笑っていた。かなり不気味な顔だ。声を出すほど面白かったのだろうか。見られているとことを知ったフォビアは顔を背けて呼吸を整える。

「はー。何見てるのよ。ふー。ちょっとどっか向いてなさい」

 整え切れていない話し方に笑いそうになる。ここで笑うと面倒になるので少し離れた。離れても聞こえる笑い声につられて笑ってしまう。声が治まるまで数分かかった。元いた場所に戻ると落ち着きを取り戻したのか僕を少し睨んでから本題に移った。

「リベア、おかしな世界を作ってるとは思ってたけどここまでとはね。私と対して変わらないじゃない。あんた、こんなのをずっと見てきたの? 」

「最近は良い世界が増えてきたんですけどね。前の世界はちょっと……それよりどうでしたか」

「最高よ。地獄のいい素材ね。少し変えるだけできっといい地獄になるわ」

 興奮が抜けきっていない声を出す。どうやら良いみたいだ。あとは湖でも紹介すれば何かいい案が出るかもしれない。湖の方向へ指を差す。

「あっちに成長途中の世界がいっぱいあります。ただ同じ世界は一つしかなくて、さっきの世界より地獄ではないと思いますが……」

「えっ! まだあるの! 嘘でしょ。行ってみるわ」

 声色の中に好奇心が垣間見える。フォビアは翼を広げて飛び立った。僕も早く行かないと。それほど長い距離でもないので走ってすぐだろう。

 時間もかからず果てまで広がる湖が見えてきた。リベアが消えても輝きは残ったままで世界はまだ生きているようだ。階段を降りようとしたら下から爆発したような笑いが届いた。おそらくフォビアがまた笑っているんだろう。表情を見られるのも嫌だろうし、笑いが収まってから行こう。

 それほど時間もかからずに笑いが止んだくれたので良かった。急いで階段を降りていく。最下層まで行くとフォビアがあぐらを組み、唸っていた。

「どうでした。うまくいきそうですか? 」

 僕に気付いたフォビアはいつもの顔に戻る。

「そうねぇ。あんたの言った通り、地獄は見せられそうよ。でも、足りない。もっと人間を絶望させる要素を入れないと。少しだけ変更を加えたいのだけどどうにかならない? 」

 世界の作り方ならわかる。変更の仕方も知ってはいるが見ただけだ。うまく教えられるかわからない。

「変更の仕方はリベアさんのを見ただけです。聞いていないのでわかりませんが作り方はわかります。一応、僕が作り方をリベアさんから学んでいたので。ただ、作り方なのでフォビアさんの知りたい情報があるかどうかは……」

「それ以前に私も真似られるかが問題ね。私とリベアでは力の保有量が全然違うし。世界を操りきれなかったら壊れてしまうわ」

 リスクもあるのか。でもフォビアを信じるしかない。他のリスクも考えておこう。少し考えて基本的な疑問が浮かんだ。

「変更しても転生した力はリベアさんに行くんですか? 」

「二人で世界を作った前例もないし、わからないわ。一部だけ私に入ってくると思うわ。まぁリベアに渡せば関係ないでしょう」

 なら問題はない。すぐ実践しても問題はないだろう。そう話そうとすると手を僕に見せてくる。

「……本当にこの方法しかないか考えるから少し待って」

 まだ不安があるようだ。今ある方法では最良だと思う。フォビアは慎重になり過ぎている。でも神であるフォビアだからこそ見つかる案もあるかもしれない。少し待って何もなければ納得するだろう。改めて僕も考え直してみよう。

 数分間ずっと考えて続けている。僕もフォビアも他の案が思いつかない。不安だらけではある。でも、他に案がないのならやってみるしかない。

「やりましょう。他に方法も思いつきませんし。フォビアさんの負担が大きそうですが、できる限りサポートします。だからやりましょう」

 すぐにうなずいてはくれなかった。それどころか目に涙が溜まっているように見える。弱々しい声で答えた。

「どうして簡単に言えるの。他にもっといい方法があるかもしれない。今の方法で失敗したらリベアはいなくなるのよ。失敗しない方法を考えないと」

 表情は変わっていないから気づかなかったが、精神的にかなり追い込まれていたようだ。長い時間一緒にいて、双子のようなものなのだから無理もない。それでもフォビアに動いてもらわないと何もできない。少し辛いかもしれないけど決断してもらわないと。

「何か行動を起こさないとそのまま死んでしまうんですよ。時間もないんだったら今すぐ動かないと後悔します。他の方法が浮かばないなら動き始めるべきです。それに動いたほうが新しい方法が浮かぶかもしれませんよ」

 納得してくれないようだ。座り込んで動きそうにない。近づくと小さく震えながら嫌と言っている。説得するのが本当に正しいのか。子供のようなフォビアを見て躊躇してしまう。それでもやらない後悔よりもやった後悔の方が良い。教えてくれたのはフォビアだった。もちろん後悔させないように最善を尽くす。

 あの時教えてくれたことを僕が改めて言い直すだけだ。辛いが背中を押さないといけない。目線を合わせるために屈むと顔を隠すように下を向く。仕方がないからそのまま話す。

「行動しないで後悔した結果が僕です。教えてくれたのはフォビアさんですよ。僕も地獄を見て決断できるようになった。僕みたいに後悔して欲しくないんです。さっきも言いましたが僕は命をかけるつもりです。もしリベアさんが消えてしまうなら僕の命を持って償います。今はフォビアさんしか頼れません。だからどうかお願いします」

 見ていないかもしれないけれど頭を下げる。最後のお願いだ。動いてくれなかったら僕一人だけでもやるしかない。

「頭上げてよ。あとちょっと近いわ。離れなさい」

 いつもの怒った声が聞こえる。距離を取りながら顔をちらりと見る。怒っていながらも笑っているように見えた。

「わかったわよ。動けばいいんでしょ。ただ私に償っても意味はないわ。リベアがいなくなったら私も消えるわ。失敗したら二人で死にましょう」

 フォビアも覚悟が決まったようだ。僕の言葉で動いてくれて嬉しかった。

「まぁ、はい。そうしますか。でもこれだと心中みたいですね」

 だけど突然の心中発言には少し焦った。フォビアに僕の命を利用してもらう。フォビアの顔はどんどん赤くなり、感情が爆発した。

「はあ! ふざけんじゃないわよ! 最初に言い始めたのはあんたでしょ! 私はあくまで覚悟の表現をしただけよ。絶対成功させるから大丈夫なの! 」

 体を軽く殴りながら怒る。いつもなら怒らない。でも、今日は何故だか腹が立って、つい言い返してしまった。

「僕だって覚悟しただけです。失敗するなんて思ってませんよ。フォビアさんが変に解釈しただけじゃないですか? 」

 言葉を発さずに鋭い目つきで睨んでくる。負けじと睨み返す。数秒経って、無駄な時間だったと思い返す。僕と同時にフォビアもため息をついた。一緒だったのが無性に腹が立って、またため息をつくとそれも被る。怒りを発散できないイライラがさらに溜まって。握り拳を作って痛みで耐える。どうしようもない怒りが去ったところでようやく落ち着いた。

「……始めるわよ」

「……はい」

 無駄に疲れてから僕たちは湖へと飛び込んだ。

 まず、湖の中でフォビアに一連の作り方を教えた。変更するには世界の要素を知る必要があったからだ。その後、一応教えて欲しいと言われたので要素と要素を混ぜ合わせて培養。湖の中で育成と過程は全て教えた。元々リベアを手伝っていたからか覚えは早かった。一度湖から出ようとフォビアが言って、そのまま戻ってきた。

「うーん。やっぱりただの作り方だけだと変更の仕方はわからないかぁ」

 欲しい情報はなかったみたいだ。どうしよう。見ただけの情報で伝えられるだろうか。

「リベアさんが変更していた時は腕を動かして世界を圧縮していました。小さな水にした後に手を加えていました。要素を抜いたり加えたり、自分で星を動かして新しい惑星系を作っていました」

「その時、どうやっていたのか細かくは聞いていないのよね」

 うなずくとフォビアは唸る。

「うーん、どうやってるかわからないからいろいろ試すしかないわね」

「ごめんなさい。こんな風になるなら聞いておけば良かった」

 後悔と謝る意味も含めて頭が下がる。軽く頭を叩かれた。

「謝らないでよね。あんたは何も悪くないんだから」

 いつもとは違う優しさを感じる怒りだった。こんなところで喧嘩している場合じゃない。フォビアもそう考えているのだろうか。それよりも確認しないといけない。

「できそうですか? 」

「できるわよ。誰だと思っているの。さっきは少しナイーブになっていただけだわ。あとは動かしながら考えてみる。ありがとね」

 胸を張って答えた。普段の振る舞いと違うからか何だかこそばゆい。とりあえず問題なさそうで良かった。変更の仕方を習得するまで僕は暇になる。時間も惜しいから何か手伝いたい。

「他に何か僕にできることはないですか」

 あごに手を触れて考えるそぶりをする。

「そうねぇ……あんたはここにある世界、把握してる? 」

「全部ではないですがある程度は知ってます」

「なら仕事を任せるわ。ちょっと量が多いけれど頑張ってね」

 僕の隣から胸に響く鈍重な音が聞こえる。膝ほどまである白い道が遠くまで続いていた。よく見てみると一つ一つが紙の束だった。試しに一枚めくると紙が勝手に持ち上がる。下には転生者と思われる顔写真と文章が現れた。文字を読むとどうやら罪状とその人の歴史が細かく書いてある。次をめくっても、めくっても違う人物が現れる。

「あんたが扱える一番簡単な媒体よ。これでリベアの世界に適した人を見つけておいてくれない? 」

「ちょっと待ってください。僕一人でこの量をですか。さすがに無理ですよ」

 やれやれと首を振る。なんで呆れられるかわからない。無理なことを無理と言って何が悪いんだ。

「やってみればわかるわ。あんたにもできるようにしたから大丈夫よ。じゃあ私は行くから。戻ってくるまでにやっておいてよね」

 言い終わると僕の静止も聞かずすぐさま湖の中へ飛び込んだ。残された僕は改めて圧倒的白さを見て絶望した。一体いくつあるんだ。何日あっても足りない。どうするかなんて決まっている。何日かかってもいい。リベアを助けるためだ。手を動かさないと始まらない。フォビアへの恨みを込めて一つの束を見ていく。

 最初はしっかりと文字まで読んで覚えようとしていた。だが先がまだまだあるのに終わりが見えないせいでやる気が削がれた。厚い紙の束に飽き飽きする。疲れたので横になりながら見ようとしたときたまたま紙の横に触れた。すると触った位置まで自動で紙がめくられた。便利な機能があるなら先に教えて欲しい。パラパラと顔を見るだけでもそれなりに面白い。転生者の中には様々な種族が混在していて見る分には飽きない。いつの間にか最後まで見終わっていた。

 目が疲れたので横になって目を閉じる。人以外にも動物や植物、他にも大量の種族があって凄かった。種族によって罪状が違うのも面白い……なんで全部覚えているんだ。思い出しながら気がついた。ただ顔を見ていただけなのに紙に書いてある内容が全て頭の中に入っている。今のところ頭や体に異常は感じない。やってみればわかるとは言葉通りだったのか。フォビアの気遣いだとしたらあとで何か言っておかないと。とにかく少し見るだけでいいなら時間はかからない。途方もないものが頑張ればできるものに変わった。終わりが近づいてやる気も出てくる。気合を入れて頑張ろう。起き上がって次の束へと向かっていった。

 最後の束を見終わった。頭はいつもの三倍重く感じ、目もしばしばする。同じ体制で見ていたからか体全体が岩になったみたいに動かない。少しだけ横になって頭を使おう。フォビアにはぴったり五百万の転生者がいた。人はもちろん動物、植物、見たことのない様々な種族があった。それらの中から今ある世界にどうやって割り振るか考えなくてはいけない。

 まず、どの世界を地獄にするのがいいか考えないと。小さな世界はフォビアに大好評だったから簡単に使えそうだ。僕みたいにお菓子が嫌いだったらあの世界も辛いだろう。動物も植物も栄養が取れずに地獄を見るんじゃないだろうか。そういえば二つの星も分離した時に熱い星と水の星に変わっていたはずだ。熱い世界は無理にしても、泳げない人なら水の世界も厳しいはずだ。人じゃなくても泳げない種族があるならここがいいだろう。少し考えただけでも相談するものがいっぱいある。

 誰を転生させるか、仮のリストでも作っておこう。少しはましになった体を起こして一番最初の紙の束に向かう。フォビアが用意してくれた紙とペンがあるのは確認済みだ。覚えている名前と特徴を今ある世界に割り振っていこう。わからない種族は後で相談するとしても百万に絞れた。これだけいれば今の世界でも罪を償える転生者もいるだろう。思い出しながらリストを作成していった。

 どれくらい経ったか、リストに必死に名前を書き続けていたら湖の方から音が立つ。

「戻ったわ。リベアのやり方で変更できたわよ」

 湖から翼を広げたフォビアが飛び出てきた。

「よかったです。フォビアさんならできると思ってました。もう転生を始めるんですか? 」

「後は転生者を確認してそいつに合った地獄に変えれば完成よ。転生者リストは全部読んだわよね? 」

 当たり前のように聞いてくる。少しいらつく。

「全部読みました。今、どの世界に転生させるか、リストも作っている途中です。あとちゃんと説明してから行ってください。最初、全体の量見て絶望したんですからね」

 感謝より先に注意の言葉が出てしまった。

「説明するよりあんたが自分でやった方が早いでしょ。どうせすぐにわかるんだから。それよりなかなか優秀じゃない。私が言う前にやってくれるなんて。ちょっと見せてね」

 書いていたリストを引ったくられる。パラパラとリストを見て、急に声を出した。

「えっ、エルフもドワーフも巨人もいるの? リストの中に残ってたのは知ってたけど、人間と動物しか転生させてないから少し不安だわ」

 初耳だ。先に教えて欲しかった。

「知らなかったので入れてました。リストから外しておきますね」

 名前に線を入れようとすると止められる。

「でも、そうよね。あんた間違ってないわよ。寿命は長ければ長いほど力も多く溜まる。人間を何百万人転生させるより効率がいいわ。私もこいつらは後回しにしていたし、ちょうどいいわね。この種族も転生させてしまいましょう」

 結果的にうまくいって良かった。変更する必要がないとわかると安心した。そのせいか大きなあくびが出てしまう。

「休むなら今の間にしておきなさい。まだまだ頭を使ってもらわないと困るんだから。寝てる間に世界を変えておくから起こしたら転生を始めるわよ」

 無理して動けなくなるのは本末転倒だ。

「じゃあ言葉に甘えて少し休ませてもらいます」

 硬いタイルの上に寝転がる。興奮かいつもの環境と違うからかすぐに寝付けそうにない。一日の中に色々とありすぎた。目を閉じても向きを変えても寝れない。フォビアもまだ湖に入っておらず、何かしているようだった。

「全然寝れそうにないから話に付き合ってもらっていいですか」

 自ずと口から言葉が出ていた。

「……いいわよ。話せばすぐ寝れるようになるだろうし、私も 」

 フォビアはこちらを見ずに作業をしながら答えた。自分で言ったけれど話すネタなんてあっただろうか。質問ぐらいしか思い浮かばない。

「そういえば、なんで僕が呼ぶ前からこの場所にいたんですか? 」

「リベアがいなくなったのを感じたの。直感よ。一応、見に行こうとして案内してたのを切り上げてすぐに来たわ。あんたもよく私の名前を叫んだら来ると思ったわね」

 あのときは他に方法もなかったし、最後の頼みだった。

「フォビアさんなら僕かリベアさんを見ていると思ったんです。前に監視に近い言葉、言ってましたし。時間が経って気付いてないなら叫んだら見てくれるかなって」

 フォビアは大きなため息をついた。

「私をそんな風に見ていたのね。心外だけど合ってるから何とも言えないわ。私が気づいてなかったら最適解だったわね」

 今まで背中を向けて作業していたのにこちらを振り返る。リベアのような優しい笑顔を出していた。

「あんたには感謝してるのよ。リベアが消えてから今までずっと。あんたが決めてくれなかったら私、怖くて動けなかったもの。リベアを助ける案も私は何も出せなかったし。今まで使えない神だった。ここから先は私が頑張るから。だからゆっくり休んでよね」

 フォビアの持つ玉が紫に光り始める。

「褒めてくれて……嬉しいです……ありが……」

 話そうとすると言葉がうまく出ない。目が勝手に落ちていく。心が落ち着いてきたのか眠りにつくまでも時間はかからなかった。

 意識が体に戻ったのは揺さぶられる感覚からだ。目を開くとフォビアが目の前にいた。

「転生の準備ができたわよ。動けるかしら」

 寝る直前の優しそうなフォビアはどこへ行ったのか、いつもの高飛車な状態に戻っていた。完全に疲れが取れたわけではない。それでも今は動かなくては。

「はい、これぐらいなら動けます。やりましょう、転生」

 体を起こすと周りが湖から椅子の前に変わっていた。寝ている間にフォビアが運んでくれたみたいだ。気がつかなかったが頭にはクッションが置かれていた。

「なんか色々とありがとうございます。湖から運んでくれたんですよね」

「別に、すぐに行動を起こすためよ。ほら、さっさと動いて」

 いよいよ転生だ。なんだかワクワクする。気が急いていたのが知られたのか静止される。

「少し待ちなさい。報告よ。あんたがリストに書いていた世界を私なりに変化させたわ。あとリベアがあんたに話してなかった話があったわよ」

 まだ何か隠していたのか。過去を見たときに大体の秘密は知ったつもりだった。

「あんた同じ世界は一つしかないって言ってたわよね。違かったわよ。何千個と同じ世界があったわ。リベア、自分なりに世界を変えようとしていたみたい。あんたが断った世界の改善点を自分なりに見つけて変更が加えられていたわ。世界一つ一つが違っていたから相当考えたんでしょうね」

 知らないところでそんな努力をしていたのか。成長スピードが早かったのもそのおかげだと思うと合点がいった。

「おかげで世界を複製する手間がなくなって助かったわ。リベアには感謝しなきゃね」

「そうですね。感謝を伝えるためにも復活させないと」

 少ししんみりとしたが本題に入ろう。

「考えていたプランがあるんです。初めはフォビアさんがいつも転生させている人間からが良いのではないでしょうか。有事があったとしても人間ならすぐに対応できると思うんです」

「そうね。一応環境が違うから人間で試してみないとね」

 大きく伸びをしてフォビアが僕に指を向ける。

「いい? あんたは基本的に何もしなくていいからね。むしろうろつかれるほうが邪魔だから作業してなさい。問題があったときに教えるだけね。分かった? 」

「はい、分かってますよ。頑張ってくださいね」

 何も言わずに椅子の上に飛んで移動する。僕も椅子の隣でリストを作りながら転生者を待つ。フォビアが転生者を呼び出して小さな光が発される。椅子の前に人間の男性が一人、光の中から現れた。日本人のようだ。意味がわからない様子で辺りを見回している。

「そこから動かないで、あと口を開くな」

 椅子の上からではあるがフォビアの声が響き渡る。男性は一歩も動けない。僕も聞いてしまったが、なぜか効いていない。フォビアは転生者の元に行き

「時間がないから簡単に言うわね。あんたは元の世界で罪を犯した。罪人は世界を選ぶ権利はない。だからあんたには地獄の世界に行ってもらうわね」

 フォビアは地面に円を描きながら説明を続ける。男性は地獄という単語に首を横に振っている。

「あんたは殺人鬼だから人がいない世界に飛ばしてあげる。せめて次の生が良いものになることを願ってるわ」

 地面が光り始め、男性は何もできず光に包まれ消えた。あっさりと転生が終わった。このペースが続くのならすぐにリベアを救えるだろう。少しだけ希望が見えた。ただフォビアは深刻な表情をしてこちらにやって来た。

「どうしたんですか。何か問題ありました? 」

「いや、おかしいのよ。転生させたら私に力が分けられるかもって言ったじゃない。転生が終わった後に一回分の転生で貰える力が全部私に来たのよ」

 リスクとして最初に考えていた事例が起こってしまった。リベアに力が行かないなら転生の意味がなくなってしまう。

「じゃあ、方法が最初からだめだったんですか? 新しく考え直さないと」

 落胆している僕の口を手で押さえられる。

「話は最後まで聞きなさい。それでリベアを調べてみたんだけど、私の二十倍近く力が入っていたのよ。本当におかしいわ。罪人じゃなかったり、私が変更していなかったらもっと力が入っていたでしょうね」

「良かったじゃないですか。予定より転生者が必要なくなって。」

 大きなため息を吐かれる。おかしなことを言っただろうか。

「利点だけ見たらそうね。ただ問題もあるわ。力が強すぎたかもね。私たちが転生させた後、力の一部は大神に盗られてるのよ。そのとき、もらう力が多かったらおかしいと思われるでしょ。それが少し怖いだけよ」

 確かにそうだ。大神に見られていたら何か行動を起こされてもおかしくない。ただ何かが頭の中で引っかかる。どこか記憶の隅に憂いが残ったままだった。

「もうどうしようもないわね。ばれたと仮定してさっさと転生を続けるわ。人間と動物で残り九十体ね。さっさと終わらせるわ」

 フォビアは椅子に乗るともう次の転生者を呼び出したみたいだ。それから特に問題もなく人間、動物が終わった。

「いよいよ他種族ですね。エルフとドワーフがそれぞれ四体ずつ。巨人族が一体です」

「わかってるわよ。エルフから終わらせるわ」

 フォビアが椅子の上に戻ったところで光の中から誰かが現れる。耳が長く、緑の髪をした青年。ファンタジーで見たエルフそのままだった。

「跪いて頭に手を置きなさい。口も開かないで」

 言葉が響くとエルフは動かなくなった。跪かなかったのだ。エルフには命令が効きにくいようだ。言葉は発していないように見えるが命令が効かないのならどうするのだろう。フォビアを見ると小さく、言葉にならない声で何か唱えていた。唱え終わると同時にエルフが甲高い声をあげる。足元から闇が縄のように縛り付いて離れない。もがいているようだが体全体を闇が包み込む。そのまま闇は地面に広がり、エルフを飲み込んだ。闇が消えるとそこには何も残っていなかった。地獄に連れて行かれた時と同じ闇に見えた。

「ふぅ、少し焦ったわ。ダメ元だったけど闇は出せるのね」

「あれは一体何なんですか。僕も地獄で同じものを見ましたが」

 フォビアに近づいて聞いた。

「私の力って言えば良いかしら。闇って呼んでるけれど、大神からの貰い物だから名前はわからないわ。ゴミ箱には暴れ回る転生者が多くてね。大神がくれたの。縛るために使ったり、強制的に転生させたり。あんたが見たのもこれね」

 初めて聞く単語に疑問が浮かぶ。名前からしても物騒なものだ。

「強制転生? そんな便利なものがあるなら最初から使えば良かったのではないですか? 」

「ダメよ。同意なしに転生させると力が回収しきれないからね。人間だとほとんど力が手に入らないんだけど、エルフなら軽く超えられるから使ったのよ。今見直してみたらこれでも人間の三、四倍あるのね。この後はずっと使うことになりそうよ」

 これまでも同意をもらっていなかったと思う。

「……無理やり転生させてませんでした? 」

「罪人には世界の内容を話すだけで良いの。拒否権はないって説明もしてるでしょ。ある意味、違法契約だけどね」

 それで良いのだろうか。今は力がもらえているし考えないようにしよう。フォビアが何か閃いたような表情をする。

「私、気付いたんだけどエルフはもう諦めて、最初から闇を配置しておきましょう。呼び出した瞬間に強制転生しましょう。命令が効かなかったら危ないし、良い案だと思わない? 」

 悪魔のような発想だが理にはかなっている。危険な要素はできる限り排除するべきだ。

「そうですね最悪な案ですけど今はやるしかないですね」

「何よ最悪って! あんたに何言われてもやるつもりだったけどね! 」

 フォビアは怒ったまま椅子の上に戻った。だったら聞かないで勝手にやれば良いのに。少しぼやいていたらもう転生者が呼び出された。光が出てすぐに光を闇が包み地面に落ちていく。本当に強制転生させたみたいだ。それから何事もなく残り二体も転生させられた。

 次はドワーフだ。腰ぐらいの背丈でずんぐりむっくりの言葉がよく似合う。茶色、薄い緑、薄い青、黒色と様々な肌の色があったがそれだけだった。命令はすぐに聞いたから簡単に転生が終わった。

「あいつら人間より欲深くて気持ち悪かったわ。もらえる力もほとんど人間と変わらないし、ほんと最悪よ」

 フォビアに関しては違ったみたいだ。愚痴を垂れながらも話を続ける。

「いよいよ最後です。何となくはわかりますが巨人はどんな種族ですか? 」

「ただの大きい人間よ。エルフの失敗はないと思うわ。聞いただけの話だから当てにしてないけどね」

 そう言ってフォビアは転生者を呼び出した。これまでにない強い光が溢れ出す。その原因は大きさにあった。巨人と言われるだけあって、何よりも大きかった。この場所で一番大きい椅子の大きさも超えている。単純な恐怖が湧き上がる。

「大丈夫なんですか。やっぱりやめておいた方が……」

「だめよ。こいつを送るだけで人間の何百倍も力が手に入るんだから。きっとリベアも起きるわ」

 フォビアは静止を振り切って椅子の上で命令する。

「そこから動かないで。ってうわっ」

 言葉を聞く前に動き出した足が振り下ろされる。轟音と共に地面が揺れる。椅子に近づこうと巨人が一歩踏み出した。本人はなんとも思っていないのかもしれないが、僕たちからしたら地震と変わらない。フォビアも椅子から落ちてしまって、拘束が解かれる。このままだと椅子が破壊されてしまうかもしれない。フォビアが隣に来る。この距離でも言葉が聞こえない。声を張り上げて話す。

「どうするんですか! 命令が巨人に聞こえていないみたいですよ! 」

 フォビアは椅子を指差してこう言った。

「強制転生させてみる! どうにかしてあいつの気を向けておいて! 」

 フォビアは言い切ると椅子の上に行って見えなくなる。無茶を言わないで欲しい。どうやって気を向ければいいんだ。大きさに対応したものなんて何も……いや、一つだけあった。思い浮かんだものを必死に探す。机の周りにはない。先ほどの揺れのせいでどこかに行ってしまったのだろうか。早く見つかってくれ。ここにないならあそこしかない。当たりをつけてキッチンへ向かう。

 巨人の足がもう目の前にあって椅子に腕がかかろうとしている。それを闇が必死に抑えている。だが押されているから時間の問題だ。幸い、キッチンは壊れていなかった。遠くからでは巨人の影になっていて見えなかったがシンクの台の下に目当てのものを見つけた。ダンベルだ。いくらでも長くなって重りも考えるだけで変更できる。これで攻撃するしかない。ちょうど真上に巨人がいるから当たるはずだ。

 縦向きに地面に立てて棒を押さえる。頭の中で巨人の長さを超えるダンベルを思い浮かべる。ぐんぐんと棒部分が伸びていく。棒と手が擦れて痛い。とっさに手を離してしまう。棒の伸びが止まりぐらぐら揺れる。触れ続けないと伸びないのはわかっている。でも痛いのは嫌だ。そうだコートだ。リベアが用意してくれたコートを通して持てば痛みもなくなる。でもさっき探した時には見かけなかった。考えられるのは最後に使ったのが湖に入ったときだったからフォビアが持ってこなかった。取りに行く時間はないからこの案はダメだ。

 そうだ。先に重りを大きくして、重りに触れて棒を伸ばそう。棒が揺れたら支えれば良い。伸びたダンベルの先に大きくて重いものを考える。地面が重さに耐えきれず少し沈む。重り部分が大きくなって上に乗らなければいけない。上手くいった。後は巨人に当てるだけだ。重りを触れて少し経ってから手を離す。

 これだけ長いと下を支えても意味がないかもしれない。それでも可能性を上げるために棒を支える。止めてしまうと不意打ちの意味がなくなってしまう。一度も離すことは許されない。覚悟を決めて再び長い棒をイメージする。ぐんぐん伸びる棒に手が痛みを訴える。長さが伸びるたびに重さも増えて地面が遠くなるのが見えた。僕の意識も痛みが来るたび遠くなる。

 筋トレをしていたのは今のようなときに耐える精神を鍛えるためだろう。自分で自分を鼓舞する。気合いと根性で支え続ける。だんだん手の感覚が失われていく。もう少し、きっともう少し耐えるだけでいい。痛みを叫びに変えて耐え続けた。願いが届いたのか空間全体に音が広がる。宙を浮いた巨人の足。後方に倒れていく巨大な肉の塊は凄まじい揺れを作り倒れた。作戦は成功したようだ。すぐさま巨人が闇に包まれていく。全身が包まれると地面に飲み込まれる。体が全て地面に埋まるまで一度も動かず完全に伸びていたようだった。

 転生はうまくいったみたいだ。集中していた意識が解けると安心して手に痛みを感じる。手は棒との摩擦で真っ赤になってヒリヒリとした痛みが続く。この程度で済んだのなら安い犠牲だろう。フォビアが興奮を隠せないまま飛んでくる。

「ダメ元で指示したけど出来ると思ってなかったわ! あんたすごいじゃない! 」

 褒めてくれるのは嬉しい。けれど、いきなり手を取られるととても痛い。

「フォビアさん! 痛いです! 」

 とっさに手を離す。僕の手を見て察してくれた。

「ああ……そうだったのね。結構無茶してくれたんだ。とりあえず地面に戻るわよ」

 腰のあたりから持ち上げてゆっくり飛び上がる。大きなダンベルを上から見ると十メートル近くは地面に沈み込んでいた。すべての動作を丁寧にして地面に下ろしてくれたフォビアは照れ臭そうに目を逸らす。

「とりあえず、助けてくれてありがとね。リベアみたいに癒せるわけじゃないからさ、後で治してもらって」

 素直に返そうとするとフォビアの腰あたりが震える。

「どうやらこっちもいけたみたいね。少し離れましょう」

 小さく震えるビンを地面に置いて離れる。震えはどんどん大きくなって突然、太陽を見たような光に照らされる。光が収まり目を開いたとき一人の女性がいた。何度も世界を作ってくれて案内をしてくれた神。リベアが帰って来てくれた。

「……ごめんなさい。また迷惑をかけてしまって……うわっ! 」

 フォビアがリベアに飛びついて抱きしめる。

「ばか! なんで私に相談してくれなかったの! 心配したんだからね! 」

 顔には出ていないが無理やり行動で嬉しさを表現している。抱きしめたまま体を左右に振ってタイルにリベアを叩きつけている。無傷のようだが怒りを表現しているのだろうか。

「相談してもどうしようもないって……フォビアちゃんをただ不安にさせるのも良くないと思ったから」

「だから、それがばかだって言ってんの! 勝手に結論付けないでよね! 」

 言葉に反応してさらに力が強くなる。タイルがひび割れて辺りに飛び散る。相当怒っているみたいだ。僕だって嬉しかったが邪魔をするのは悪いだろう。フォビアが落ち着くまで待とう。それに嬉しさから出た涙を止めるのに手一杯だ。涙が収まってから今の思いを率直に伝えよう。

 少し経って、フォビアから離れたリベアがこちらを向いた。すぐに駆け寄って来て手に触れる。

「優也、どうしたんですかその手! すぐ治しますね」

 復活してすぐなのに一瞬で手の傷が癒えた。

「力を使って大丈夫なんですか? また倒れたら困りますよ」

「おかげさまで大丈夫です。優也もありがとうございました。こんな私を助けてくれるなんて。面倒をかけてしまいましたね」

「こんな、なんて言わないでください。何度も僕を助けてくれたじゃないですか。何度だって助けます。それにあの映像で聞きたい話が山ほどありますから。絶対助けようってむしろ張り切っちゃいましたよ」

 最後に自分でした行動を思い出したのか少し暗い顔になる。

「優也には過去も見せてしまいましたし、もう逃げる気もありません。あのときはもう助からなくていいと思ってましたから。あんなもの見せられて怒っていますよね。存分に私を責めてくださって構いません。物理的に攻撃しても良いです。むしろ何もされない方が怖いのでお願いします」

 見た瞬間は殺したくなるほど怒っていた。それはもう過去の話だ。冷静になるとただの逆恨みだった。好きになった人にもう彼氏がいたとして恨むのはお門違いだろう。怒りはとうに冷めていた。でも、勘違いしてくれているなら、からかうついでに本命の話をしよう。

「それは良いかもしれませんね。ただその前に、リベアさんがいない間に転生したい世界が見つかったんですよ」

 普段のリベアなら察しがいいからすぐ止められるかもしれない。でも今ならきっとできるはずだ。目的の場所に向かって歩く。

「優也? どこに行くんですか」

 リベアの静止も聞かずに進む。とある場所まで移動した。リベアに向き直る。

「僕はここに居たいです。ここに転生させてください」

 リベアに向かって頭を下げて頼んだ。いつからか僕はこの場所が好きになっていた。最初に見惚れたときか、契約したときか、多くの世界を見たときか、正確にはわからない。でも、どこかで気持ちはこの世界に向いていた。ただその気持ちを伝えられていなかっただけなんだ。だからかはわからないけれど他の世界が霞んで見えて、悪いところばかり探すようになっていたのかもしれない。それをリベアを失ってから気がついた。リベアとフォビアは顔を向かい合わせて難しい顔をしている。

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいんですけど私ではどうしようもありません」

 回答は考えていた通りのものだった。もちろん意思表明はリベアに向けたものだが、もう一つ意味がある。僕の手は石製の椅子に触れている。用事があるのは椅子の方だ。

「聞こえているのではないですか? 大神様と呼ばれている御方。少し取引をさせてくれませんか」

 岩はもともと大神の一部分。リベアもフォビアもこれを媒介にして神の力を利用していた。過去の映像からどれだけ小さくなっても大神の意識が残っているのは確認済みだ。触れると直接大神と話せるんじゃないか。僕をこの世界に残してくれるんじゃないか。

 背後から凄まじい圧を感じる。物理的に押し潰されてしまいそうな風圧。気配だけでも怖気付いてしまう威圧。振り向くことさえできない僕の肩に触れ、くるりと回転させる。細かな砂が集まり人間の体を形成している。顔がないので表情も読み取れない。映像で見た通りの姿。考えは当たっていたみたいだ。

「どこで知ったのか知らないけれど、神様に対して態度が大きすぎないかい。なんで君と私が対等に話す必要があるんだ。私が上、つまりこうあるべきだろう」

 動けない僕の頭に砂が絡みつき、手で掴まれるような感覚を覚える。そのまま足が地面を離れる。指一本も動かせない状態で突然天地が逆転し、頭の頂点に衝撃が走る。割れたように痛い。そのままうつ伏せの状態にさせられて体に重圧がかかる。骨が軋む音と激痛に叫び声を上げそうになる。今は耐えろ。決して恐れているのを悟られてはいけない。

「ふーん、そうか。まあ一考する価値はあるかもしれないな」

 声も出さなかったのが功を奏したのか勘違いをしてくれた。きっと大神は勇者の一部が僕に残っていると思っているだろう。そうでなかったら最初から僕に話しかけたりしないはずだ。それに今の力から殺すとしたら一瞬だろう。あんなに利用価値がある勇者を捨てるとは思えない。今はその情報を利用して話を続けさせないといけない。力でもう一度浮かされて立たされた。

「それで君は何が望みなんだい。取引と言うからには君も何か差し出せるものがあるのかね」

 一人の戦いであることも忘れてはいけない。奥に見えるリベアは酷く怯えた顔になり、フォビアは怒りを露わにしている。だが二人とも体を動かせないようだ。彼女たちの助けは受けられない。最初から覚悟はしていた。強気な姿勢で、礼儀正しく話を始める。

「もちろん、僕の命を差し出すつもりです。自分でもある程度、価値はわかっています。ただ少し期間を空けて欲しいだけです。要望は先ほどお伝えした通りです」

「ここに転生させろって話かい。君は神になれるとでも思っているのかね」

 そこまで言うつもりはなかったのだが。勘違いしてくれているなら強気に出るべきだろうか。いや謙虚にいこう。

「そんな大それたことは言いません。ここに居るままリベアさんに新しい転生者を用意して欲しい。そのために僕が邪魔だと言うなら転生者の肩書きを外したい、ただそれだけです」

 大神は姿を変えない。やはりこんな要求通らないのだろうか。諦めかけたそのとき、回答が来た。

「それに意味があるのかわからないが……ここまで大口を叩いて私の時間を潰したんだ。よっぽど面白くないと君はここで消えるよ。詳細を聞こうか」

 大神を取引の台に立たせられた。あとは交渉をするだけだ。

「簡単な話です。リベアさんは自分の世界に転生させないと力がなくなり消えてしまう。僕はこの場所に残りたい。なら僕が居ても転生者が来てくれれば良い。僕ならリベアさんの転生方式を理解しています。リベアさんの補助としては他にない人材です。今はリベアさんも復活してすぐですし、力が戻るまでは手助けをする人が必要なのではないでしょうか」

 言葉をつなげて反論させる時間を作らないように、何か言葉を出し続ける。

「力を納める分が増えるのは大神様からしても嬉しいことでしょう。さらに、システムの効率も向上できるなら大神様も嬉しいと思います。その助けをできるのが僕です。リベアさん一人だと人間に合った世界が作れませんが、僕が補助して世界を完成させます」

 ふと過去の映像が頭の中で蘇る。リベアが言った転生方式の問題点。フォビアと共に転生させたときの力の回収率。確証はないけれど今は言い切らないといけない。

「正直に言いますと、大神様の転生方式は穴だらけです。リベアさんの転生方式はまだまだ応用ができます。それに回収できる力の量もリベアさんの方が優れています。いずれ大神様を超えるのは間違いないでしょう」

 突然、喉元を突かれるような激痛が来る。意味もないのに体が反射的に咳を出したり、苦しいと訴えかけてくる。言葉が止まってしまった。

「君もばかだねぇ。起こり得ない事象は言うものじゃないよ」

 嘲笑うような声が聞こえる。大神が瞬間的に攻撃したのだろう。さすがに怒らせてしまったのか。でもあともう一押しだ。

「……最初に言いましたが僕は命を賭けます。もしもできなかったら僕のことを一生勇者、いや奴隷にしてくださって構いません。もちろん心も体も何もかも大神様に捧げます。どうか僕をこの世界に残させてください。お願いします」

 勢いよく頭を下げる。これ以上言う言葉はない。後はとにかく頼み込むだけだ。大神はしばらく何も言ってこない。もうダメなのか。突然起こった爆発音によってその憂いは取り除かれた。空間中に広がる爆音が鼓膜を破れたかと思わせる。耳を塞いだところで動けるようになっていた。少し収まったところで爆発音が笑い声だとわかった。砂の一粒一粒が震えてぶつかり合うことで爆音が響いていたのだ。

 上手くいった。正直信じられない。どこかで嘘がばれて殺されると思っていた。笑いが落ち着くと風を起こし、人間体を改めて作り直した。

「本当にばかみたいだ。でも面白いじゃないか。気に入った。私を超えられると言うならやってみたまえ。もちろん自分で言った言葉を忘れるんじゃないぞ」

 リベアの近くまで移動して顔に触れる。

「なかなか面白い人間を見つけたものだ。本当に感情というものは面白い。それに良い顔をするようになったじゃないか。人間のせいか知らないがもっと楽しませてくれたまえ」

 リベアは言葉を発さない。顔は無表情のままだが目を見ただけでも怒っているのがわかる。何もなかったからかすぐに僕に向き直って体に触れる。

「君をただの人間として残しておいてやろう。それではせいぜい抗ってくれたまえ、前野優也くん。君の失敗を期待しておくよ」

 最後に笑い声が聞こえると大神を形成していた砂が空に向かって飛んでいく。砂一つ残さず何もなかったように嵐は過ぎ去った。あまりにもいきなりすぎて少しだけ放心していた。落ち着くとこれ以上ない達成感が湧き上がってくる。喜びが口から溢れ出す。

「やった! やりましたよ、僕はここに居て良いんだ! 」

 リベアに駆け寄って喜びを分かち合おうとした。近づくと視界は左下にずれてなぜか頬に痛みを感じる。意味を理解するのに時間がかかった。リベアが頬を叩いたようだ。どうして。

「大神様に逆らってただで済むわけないでしょう……もう、優也を失いたくなかったのに」

 いや、無表情じゃない。涙を流しながら無理やり怒る感情を出した。それほどに怒っている。膝から崩れ落ちる。

「過去の私を見たんですよね。大神様に逆らうのは存在を消滅させられるくらい大罪なんですよ。人間でもそれは変わりません。」

 とんでもないをことしてしまったんだと実感する。リベアを泣かせてしまった罪悪感が目から溢れてくる。

「ごめんなさい。どうしてもここに居たくて無理をしてしまいました」

 背中に衝撃がくる。フォビアが僕とリベアの背中を叩いたみたいだ。

「謝らなくていい。あんたはよく言ったわよ。ただ喧嘩をする相手が悪かった。でも、それももう良いじゃない。あんたは認められてここに居て良いんだから。ほら、リベアもシャキッとする。元々の夢でしょう。叶ってよかったじゃない」

 フォビアはリベアを支えながら立ち上がらせる。だがリベアの様子がおかしい。顔が真っ赤になって何の表情を表現しているかわからない。ただ気になる言葉があった。

「リベアさんの夢ってどういうことですか」

 あっとフォビアが漏らす。それに合わせてリベアが睨んでいる。どうやら地雷だったらしい。珍しくリベアがため息をついてから話し始めた。

「あのですね……フォビアちゃんが言ったのは何でもなくてですね。ただの」

「僕が勇者だったからですか」

 つい言葉がポロリと出てきた。言葉に発するのも嫌だったが今はこう言わないと話してくれないだろう。覚悟を決めてくれたようで必死になる。

「違います。勇者さんはもう関係ありません。顔ではなく私は優也の人間性が好きになりました。真剣に向き合って悩んでくれる優也が好きです。自分よりも私を気にしてくれる優也が好きです。だからそんな優也とずっと一緒にいたかったんです。これで満足ですか! 」

 やけくそになったリベアは言い放つと地面を見続けている。リベアが誠意を見せてくれたんだ。僕だって素直になろう。

「嬉しいです。最初からリベアさんが好きでした。僕だってここに居たいとずっと思ってました」

 リベアから言葉は帰ってこなかった。照れ隠しか顔を背けながら違う話題をする。

「あっそうだ。優也を転生させましょう。ただの演出ですが」

「わざわざする必要もないんじゃない? 」

 ずっと黙っていたフォビアがやじを飛ばす。

「こういうのは気分が大事です。転生者としての優也は終わりです。案内人の優也に変わるという意味でやっておきましょう。優也もそれで良いですか? 」

 普通に話しているだけなのに圧を感じる。うなずくとすぐにリベアが地面に円を描く。転生に利用していたものと同じだった。

「じゃあいいですね優也。中に入ってください」

「はい、お願いします」

 円の内側に入る。なんだか緊張してきた。リベアが咳払いをすると円の縁が光り始めた。

「転生者、前野優也よ。よくぞ私たちのために命を賭けてくれました。感謝と敬意を称してこの世界への転生を認めます」

 光が僕の体を包む。声は聞こえるけれど目は開けていられない。

「これからの生はリベアに全て尽くして病めるときも健やかなるときも共にいることを誓いなさい」

「ちょっとフォビアちゃん邪魔しないで。儀式でしょう」

「別に本物の儀式じゃないから良いじゃない。それに二人で言っても良いでしょう」

「もー。そんなのだから……」

 言いあいが収まったと思ったら静かな時間が流れる。

「「あなたの次の生が良きものでありますように」」

 最後に二人で同じ言葉を言ってさらに輝きが増す。すぐに光が落ち着いて目を開けるといつもと変わらない二人がいた。

「何も変わりませんね」

「形式上だって言ったじゃない。ただ転生したときと同じ光る演出をしただけよ」

「そんな真面目に答えないでください。確かに何も変わってません。でも、優也の気分は変わったんじゃないですか?」

 まだ、実感も湧かない。ただ自分の意思でこの世界を選んだ事実だけあれば良い。この先、どんな困難があったとしてもきっと今を思い出して乗り越えるだろう。初めての一歩を踏み出し、宣言した。

「はい! 案内人、前野優也。これからも頑張りたいと思います! 」

 二人の女神は空間全てに響くような大声で笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ