公爵邸訪問
私は端末を前に硬直する。
依頼内容は初めての内容だが、さほど問題にはならないだろう。
では何が問題なのか…。
それは依頼人だ。
コーウェル・レニード・マンダン公爵
実際に会ったことは無い。
伝え聞く人相と実際にやってきたであろう内容を鑑みれば正直腹黒い、碌でもない人物に思える。
しかし、これはあくまで人伝に聞いた一面に過ぎない。
例えば円錐は横から見れば三角だろう、これが今の印象だ。
それなら上から見れば?
それは円、丸…要するに多面的に見ればその人の別の一面が見えるかもしれない。
少なくとも今の私は彼の黒い、尖った一面しか知らない。
その一面だけをみて批判、軽蔑するのは簡単だ。
私は可能な限り多面的に…公平に見て判断したいと思う。
「救ってもいいし、救わなくてもいい…一番最初に言われたけど、なかなかどうして簡単には決めれない事だなぁ…」
「何をうだうだしているのだ、さっさと準備せよ。」
ハチが横から茶々を入れてくる。
そうだ、ここにちょうどいい相談役がいるじゃないか。
「なぁハチ…仮にだ、悪人と思われる人が目の前で助けを求めているとして…助けるか?」
「ふん、『知らん、貴様の好きにせよ』だ。」
そうだよな。
これは自分で答えを出すべきことだ。
他人に、しかも出会って間もないハチに答えを聞いては意味がない。
「うん、そうだな。まずは会って依頼をこなして、そのうえで問いただしてみよう。」
っと向かうその前にしなければならないことがある――変装だ。
旅人として今のまま活動するのであればアダムの姿を晒したまま活動は出来ない。
変装といっても鼻眼鏡やウィッグを付ける必要は無い。
それらしい格好になればいいのだ。
頭:戦乙女のヘルム
体:戦乙女のブレストプレート
腕:戦乙女のガントレット
腰:戦乙女の腰鎧
足:戦乙女のグリーブ
右手:なし
左手:なし
装飾1:主神の銀指輪
装飾2:主神の金指輪
うん、みんな言いたいことは分かる。
何で男が戦乙女の装備をしているのかってことだろう?
神の使い=ヴァルキリー…安直ですね。
しかも中性的な今の私には非常に似合うのがまた悩ましい。
これで戦乙女=女性と勘違いしてもらえれば変装にもなりえるのでは?と考えた次第だ。
まぁ、私の変装にかかわる話はあまりしてもしょうがないのでこの辺で終わらせよう。
ハチは隠ぺいスキルがふんだんに付いたフード付きの外套を羽織っている。
これなら顔も見えず、後から探られても分からないだろう。
さぁ、気を引き締めて行こう。
今日は何時もの救済と訳が違うのだから。
― ― ― ― ― ― ― ―
転移先は見たことのない住宅街だった。おそらくはエネキア王国の貴族街とかではないだろうか。
目の前には豪勢な邸宅が並ぶ中でも格が一つ違う…もはや城と思えるような豪邸。
日本円にすれば十億はくだらないと思われる。
両開きの門、高く意匠が施された塀が見える限り続いている。
門番の衛士はオースの衛士と違い、レベルや装備の質から格の違いを感じ取れた。
門の前にいきなり現れて騒ぎにならないのは当然、『透明化』『無音』『非接触』等を使っているためだ。
『完全隠蔽』という便利な魔法も知ったが、制限時間が短く今回は見送った。
"中に入るぞハチ、余計なことはするなよ。"
"分かっておる。父さんに従うぞ。"
"出来れば仕事中は「主人」とか「あるじ」とか名前とか身分が分からないようにしてくれ…"
"くふふ、了解致しました。ご主人様。"
ちょっと身震いを感じるのは何故だろうか…。
ふわっ…と3メートルにもなる門を飛び越える。
『非接触』を使ってはいるが、イメージの問題だ。
門の中は広い庭だ、長い直線の先に噴水があり、さらに先に玄関が見える。
向かって右にはバラの花園があり、色取り取りのバラが咲き誇っているり、夜だというのに仄かにライトアップされ、これだけでも貴族の金の掛け方が垣間見える。
左には温室だろうか、ビニールハウスのようなものがある。
あくまで今回のメインはコーウェル公だ、貴族の建物訪問をしている暇はない。
真っ直ぐに玄関へ向かう。
さすがにドアを開けて「お邪魔します。」とは出来ない。
『非接触』にて潜り抜けるとこれまた豪勢な…語彙がない?ほっとけ。
直径3メートルにもなるシャンデリア、無駄に両側に設えてある階段と落ち着いたブラウンのふかふかな絨毯。
階段の手すりすら異常なまでの彫り込みが成されている。
さて、コーウェル公はどこかなーと『範囲索敵』を使い、館の人の配置を確認する。
1階に13…15…20人、間取りと配置的にコックや使用人だろう、2階は…個室が多くて1人で部屋にいるのが3人…。
ん?部屋の前に衛士か使用人っぽいのが立ってる部屋がある…これかな?
2階の右奥から3番目の部屋がらしい、と目星をつけ向かってみる。
相手からは見えていないし、音も出て居ないと分かっているのに使用人が横を通り過ぎると身構えてしまう。
階段もそろそろ…と静かに上がると目的の部屋の前に衛士が2人立っていた。
衛士の間を抜け、扉をすり抜ける。
気持ちでだけは「お邪魔します」という事は忘れない。
中は書斎だろう、壁一面に本が並び、奥には机が1つだけ在り、男が1人頭を抱えている。
仕立ての良い服といい、切れ者を思わせる鋭い目…しかし、憔悴しているのか髪が乱れているし、書類も乱雑に放置されている。
"…ハチ、念話って相手が魔法使えなくても出来るのか?"
"送ることは出来るが、返すことは出来んぞ"
なるほど、では救いに来たと伝えることは出来るが返答は口頭か筆談で貰うしかない。
だが、室内に1人部屋で喋っていると不信に思われるのは確実だ。
ここは筆談でお願いするべきだろう。
幸いこの体の声は中性的だ、意識すれば女性…っぽい声も出せるはず。
"コーウェル・レニード・マンダン…聞こえますか。"
目の前にいる男がハッと頭を上げ、周りを見回すが当然誰もいない。
幻聴か…私も疲れているようだと頭を振っている。
"コーウェル・レニード・マンダン…長いですね、コーウェルさん聞こえますか?"
幻聴ではない!と悟った男の行動は早かった。
「衛兵!」
「ハッ、何でしょうか。」
ドアを開け、衛士の1人が入ってくる。
「私に念話を送ってくる輩がいる。誘拐犯の仲間の可能性がある、屋敷の周辺を再度捜索して怪しいやつが潜んでいないか探させろ。魔法士も動員して隠れている奴も炙り出せ。」
「了解しました。」
ちょっと不味い事になったな、予想通り誘拐とはいえ誘拐犯の仲間という容疑を掛けられるとは…
"面倒だな、全員黙らせるか?"
はい、ハチさん物騒なこと言わない。
"コーウェルさん、私はあなたの助けの声を聴き降臨した神の御使いです。快く迎えなさい。"
「何が神の御使いだ…正体不明の分際で…!」
これは相当怒り心頭というか冷静になる余裕もないご様子。
多少の荒療治も止む無しかな。
"ハチ、魔法を解除して姿を出すぞ。念を押しておくが許可がない限り絶対に攻撃するな、殺すな…いいな?"
"分かっておるわ"
魔法を解除し、部屋の中に姿を現す。
なるべく丁寧に、尊大に。
「初めまして、コーウェルさん。私は神の御使い…イヴと言います。貴方の助けの声を聴き、参りました。」
アダムに引き続きイヴとか自分の引き出しの無さにがっかりだよ。
少し考えればヴァルキリーならアー〇ィ、レ〇ス、シルメ〇アとかあったろうに…
「曲者め姿を現したな…衛兵!侵入者だ!!」
「ハッ…侵入者!?」
さすが公爵に仕える衛士だけあって判断も早いし、行動も的確だった。
即座にピーと笛を吹く。
おそらくは増援や緊急招集などの意味を持つ笛だろう。
周りが一気に喧噪を増し、「敵襲!?」「2階だ!」などとこの部屋を目指しているだろう会話と足音が響く。
「ハハハ…姿を現したのが運の尽きだ、おとなしく妻と娘の居場所を吐いてもらうぞ…!」
勝ち誇ったように目をぎらつかせながらこちらを見つめる。
それもそうだろう、衛士の数は最初の索敵時より増え30人に達しており、全てが完全武装。
多少ながら魔法効果付きの防具、武器を所持しており、並みの実力者ならば簡単に捕縛されるだろう。
当然だがこちらは並みでも達人でも足りない、頂点だ。
ついでに誘拐されたのは妻と娘ね、メモメモ…
「はぁ…少し頭を冷やしてもらわないと会話も出来ませんか。」
書斎は20畳ぐらいの広さがあり、個人の作業部屋としてはかなり広いほうだったが今や私とハチを囲むように円陣を組み、逃げられないようにドア、窓の外まで衛士が待機している。
一気に部屋の熱量が上がる。
「決して殺すな、しかし5体満足で返すな!」
"ハチ、殺さずに無力化できるか?"
"くふふ、造作もない。"
"…重症もなるべくさせないようにな"
やり過ぎ注意とばかりに念を押しておく。
じりじりと円陣が狭まり槍衾が迫ってくる。
もう緊張の糸は最大限に張り詰め、いつ切れるか…
「御使いに逆らうなど愚かな……やりなさい。」
糸は私が切る。
OKを貰った瞬間、ハチが消えるように跳ぶ。
少なくとも衛士連中には消えたように見えただろう。
隠ぺいや透明化を使った訳ではない、純粋な身体能力だ。
正直なところ人間状態ではどのぐらいの戦闘能力なのか測りかねていたが弱そうに見えたのは外見だけで中身は竜のままらしい。
ドア付近に居た衛士の1人が後ろに飛び、ボウリングのようにその背後に居た数人もろとも廊下まで吹っ飛ばした。
一番最初に飛んだ衛士の胸当てに拳の形の凹みが出来ていることを見ると素手で殴ったのだろう。
素手ででもこれなら、骨折はまだ軽い方として内臓までやってしまわない?
「おほん…あまりやり過ぎないようになさい。」
ネカマを演じているようでちょっと微妙な感じはあるが今の私はヴァルキリーだ。
「!? 囲め!1人で相手をする―――」
リーダー格と思われる衛士が素早く叫ぶが言葉は最後まで言わせて貰えない。
跳んだハチが頭を軽く蹴り飛ばすとリーダー格の衛士は書棚に激突し、本に山に埋もれる。
"くははっ!人は軽いのう!"
口に出して喋らない分、念話で存分に叫んでいる。
しかし、傍から見ると凄まじいの一言だ、ワイヤーアクションも無しに人が飛ぶ。
私もゴブリンを狩っていた時はこのような感じだったのだろうか。
ものの30秒も立たずに室内で動く衛士は居なくなる…もちろん死んで無いのは確認済みだ。
ハチは汗1つかいてないし、もちろん相手の攻撃は掠りさえしなかった。
これほどの力量の差を見せられてそれでも向かってくるのは愚者だ…いや、部屋の中に既に衛士は居ないのだったな。
"つまらん…一太刀浴びせるどころか反応できる奴すらいなかったぞ"
「まだ…続けますか?私たちはその気になればこの屋敷ごと貴方たちを消し飛ばす事も可能です。
しかしそれをしない理由は…お分かりですか?」
事実上の降伏勧告を出してみる。
「…本当に誘拐犯とは関係ないと…?」
「質問に質問を返すのは良い事ではありませんが…私たちは救いの糸を差し伸べるだけです。掴むか、拒むかはあなた次第。」
どちらを選ぶも自由だ。
コーウェル公も葛藤しているのだろう、救済メールが来たという事は藁にも縋る思いを抱いていることは確かだ。
しかし、得体のしれない輩の協力を求めてどんな対価を求められるのか。
政敵や他国の間者であれば目も当てられない事になるだろう。
いつもならば『信仰』が対価になるが今回に限っては違う…村を襲わせた事、非人道的な事について問い質すことが対価になる。
貴族というのは言葉を武器にする奴らだ。
並みの人生と営業の駆け引きしかしていない自分では正面からでは言いくるめられてしまえばおしまいだ。
多くを語らず、切れるカードを慎重に選ぶしかない。
さぁ、コーウェル公。
返答やいかに。
ちょっとずつブックマークが増えてきて嬉しい限りです。
もうちょっとだけ下準備回が続きますがご容赦くださいませ。




