第九話 二万四十三番目の完成品。1-3
そして二日後、二人に〝人間〟からA級指定された化け物の、処理仕事が入った。
深夜に自転車が疾走している影が一つ。
「名前はマスタング! 自転車って凄げえよな。こいつさえあったら、どこだって行けそうな気がするぜ」
チリンチリンと誰もいない路地で鐘を鳴らしながら、レイナを後ろに乗せて和馬は全力で魔女の店で購入した自転車を漕いでいる。
レイナは後ろに取りつけられた横棒に立って、和馬の両肩に手を置いていた。
「そうだねえー。風も気持ち良いしね! これで行き着く場所が仕事場じゃなかったら最高なのにな」
陽気な声で和馬は、艶やかな黒髪を風に流している後ろの少女に問う。
「お前は自転車もたねえの? 俺でも買えんだから、節約家のお前だったら余裕っしょ?」
「節約家じゃないよ! でも、んー、買えるぐらいのお金はあるけど、だけど買っちゃたら、こうしてカズマの後ろに乗せてもらえないからなー」
「お前……」
心なしか和馬の頬が淡く染まっていた。
「なに? カズマ」
「何気に男を喜ばす言葉を自然と使うなよ……」
「えっ? どこらへんがそうなの?」
レイナはただ本心を言っただけなので困惑していた。
「む、無意識だぜコイツ……。幼い顔して怖ろしい奴だ」
「幼い顔じゃないよ! もう十六だし! わたしの里では立派な大人だよ! タバコやお酒も余裕だよ! わたしはやらないけど、でもって背は結局成長しなかったけど……」
「お前は本当、幼児体型でチビだもんな。十六に見えんわ」
「なにおー! カズマだって小さいじゃん!」
和馬の肩を上下に激しく揺らしたので、自転車が酒を飲んだかのように左右に傾く。
「うおっ! 揺らすな! いま時速五十キロぐらい出てんだから!」
「うう……、カズマよりは大きくなりたかったよ…………。ねえ、本当に今でもカズマの方が背が高い?」
「高いよ、お前よりはな。いい加減認めろ。一昨日も調べただろ」
「うん……。わたしが百四十八センチで、カズマが百四十九――」
「あー!」
大人げなく和馬は大声をあげると、慌ててレイナは修正する。
「……百五十センチ」
「ふふん、お前も早く百五十台という、高みに到達できたら良いな」
「……百四十九、三のくせに……」
「何かいったか? 百四十八、二センチのレイナちゃん」
真実はどちらも百四十九センチ丁度なのだが、あえてレイナはそれを言わない。
「カズマ嫌い! わたしばっかり苛めるもん!」
「マジで?」
「……ううん、好きだよ。好きじゃなかったら一緒にいないし、パートナーにもならないよ」
和馬が本気で聞いてくるので、レイナは正直に答えた。
すると和馬は雲が覆っている頭上を眺めて、何かを考え出した。
そして、
「俺達さ、結構〝青春〟してんな」
「せい? しゅん?」
こちらの世界には存在しない言葉を口にした。
「ああ、こっちの世界にはなかったか」
「――! それって向こうの世界の言葉でしょ! セイシュンってどういう意味?」
身を乗り出し、顔を真横まで突き出してくるので、そのままキスをしてやろうかと和馬は本気で思ったが、それはやめておいた。
たった一日で自転車を修理に出したくなかった。
表向きの理由としてそんな言い訳を頭に埋め尽くし、レイナの疑問に答えてやる。
「清く正しい男女交際かな。本来は違うが今の状況ならそんなとこだろ」
「……清く正しい? 性交は駄目ってこと?」
「あーん、そうだな、性交どころかキスも駄目じゃね? 手を繋ぐのが限界だろ」
「へえー、結構厳しいね」
「何でも向こうの世界には、かなり貞操観念の強い奴が数多くいるらしい。自分の好きなキャラが主人公以外とキスするだけで、一週間はその話題で持ちきりになり、ある者は発狂し、またある者はCDをフリスビーのように窓から投げたり、もっと過激な奴になると最悪、叩き割るらしいからな」
言っている意味はよく理解できていないレイナであったが、何か熱を帯びた凄みのようなものは十分に感じ取れたようだ。
「すっ、凄いね……。でもベアウルフの里だったら十六で処女なんて、多分三十パー割ってるだろうな。それこそウォウルフなんて十六だったら一パーセント未満だろうし」
「まあ、お前らの種族は短命だかんね」
人狼の平均寿命は四十代、王族で五十代だ。
老い方も人間とはまるで違う。人狼の場合は二十代半ばからはそれ以上、一切老け込まずに妙齢の面容を維持し続ける。そして残り寿命が一年を割った時に、一気に老いを迎えて顔も皺だらけになるわけで、ここで自身の死を予め知ることができるのだ。
したがって人間と人狼では、生に対する恐怖や価値観が大きく異なっている。
「うん、でもわたしは鉄板処女だよ! 人間とのハーフだから関係ないし、キスだってまだだからCDを投げられたり、割られることもないね。ところでキャラってなに?」
「……それを聞くのか?」
和馬の声が低くなる。
「えっ! 聞いちゃダメだった?」
「まあ、別に良いけどさ。キャラっていうのはな……、俺達のことだよ」
「……何それ? 怖い」
後ろを除くとレイナの一般の人狼より細い獣耳が垂れていた。その後もどうやら本当に気味が悪いらしくきょろきょろと忙しなくまわりを見ている。
「冗談冗談、そこまでは俺も知らん。多分だが自分の恋人ってことじゃね? 主人公は自分じゃん。だから自分以外とキスする浮気者は、ビッチで成敗って感じなんだろ」
はぐらかした回答だったが、レイナは一瞬だけ和馬の肩から両手を離して判子を押すように、ぽんっと叩いた。
「ああー! なるほど。さすがはカズマだね! それわかりやすいよ! やっぱりカズマは賢いねえー
「お前よりはな。さあ、もうすぐ着くぞ。準備しとけ」
「アイアイさー! ところでビッチって――」
「メス犬だ、わんわん!」
「似てるー! 可愛い!」
これ以上は面倒だったので華麗に話題を逸らす和馬だった――。




