第七話 モンスターズ。1-2
「久しぶり、お嬢さん」
「…………浅瀬……和馬さん?」
地下室の奥深くにある大きな一部屋で子猫のように小さく体育座りしていた本歩の目の前にいたのは、一回だけしか会ったことのなかった人だが、彼女はやたらその小柄な男に〝可愛い可愛い〟と容姿を褒められていたので決して良いものではないが、印象には残っていた。
「そうだ! 確か一回だけ社員旅行で顔見せをやったよな。俺のことは覚えているかい? 身長百五十センチの浅瀬和馬だ」
「うんしょ!」
そしてほぼ同時にもう一人、同じぐらいの背丈の少女が降りてきた。今は丹念に身体についた誇りを払っている。
「そしてこっちの獣臭い女は浅斬レイナといって新たにパートナーを組むことになった人狼で身長は百四十八センチ!」
――本当はどっちも百四十九センチだけどね……。
本音を漏らそうとしたが、寸前のところでレイナはそれを止めた。
「さてと……。あなたの叔父様である真美裡平太社長に頼まれてきました。どうかお覚悟を」
「――! あっぁぁ……」
その言葉は本歩にとっては死神の呪詛と一緒だった。和馬はすでに拳銃を抜いて彼女の脳天に標準を合わせていた。
しかし――
「小娘、そう悲観するな。お前は間違いなく親父に愛されてたよ。なぜなら俺達を味方につけてくれていたからな。あの世にいる親父には感謝しろよ」
「…………」
一転した真逆の言葉に本歩の思考は、電源が切れた機械のように停止した。
「もぉーカズマ! 相手に向けて銃を構えたらダメだよ!」
その緊張感の中では間の抜けた声でさえも、本歩の耳には通らない。
「良いのさ。これは試練でもある。この娘はこれから俺達の上に立つんだ。こんなもんで小便なんかちびっていたらそれこそ俺は寝返るぜ」
――上に立つ!?
――お父様がいつもわたしに言ってたことだ!
――地面を見るな! 前を見ろ! 上を見ろ!
優しかった父、真美裡懐儀の姿を思い浮かべると自然と石を乗せられたように下を向き続けていた首は上を目指し、そうして彼ら二人を本歩は凝視した。
「九……九割以上の方は叔父様の方に寝返ったと聞きます。叔父様はわたしに投降を求めていますが、ここで出ていっては必ず処刑させるのでわたしはずっとここにいました」
「ようやく声を出したか小娘。いつからここにいた?」
「一日は立っていると思います」
「便所は?」
「……隅に排水溝の溝があるのからそこでしました」
こんな状況でトイレのことなんて聞くのに意味があるのかはわからないが、本歩の気持ちは少しずつ落ちついていった。
「そうか、よく頑張ったな」
「……え?」
「できるだけ失敗を許すことが重要だ。なるべく褒めることは――その十倍大切だ」
「なにそれ?」
「そっそれは!?」
レイナは不思議そうな顔をして尋ね、意味が理解できる本歩は面食らう。
「懐儀さんがよく言ってた」
「ふふっ温いね」
「だが――大事なことだ」
「ちっ父は! わたしにもよくその言葉を言って聞かせてくれました!」
「ふーん、あんまり良い言葉だと思わないけど、カズマがそういうんなら少しは好きになれそうかな」
「ブラック気質め」
「うん?」
「なんでもねえよ。さて――」
和馬は自分の手と手を叩いて大きな音を出した。
「俺達がきたからにはとりあえずもう安心だ」
「……さっきの言葉は聞いていましたか? 九割以上の方は――」
「あのね、数なんて関係ないよ。本歩ちゃんだっけ? カズマがきたからにはもう勝ちなんだよ。なんせ――」
「レイナ、少し黙れ」
「オーケー」
途端にレイナは案山子のように直立不動になった。
「いいか、小娘。俺達がお前の親父に頼まれたことは二つだ。一つはお前を助けること。もう一つは社員のレベルアップを円滑に進めること。つまりは使えない二、三流はリストラだな。だから――」
和馬は一度、髭がまったく生えていない顎を右手で滑らした。
「だから?」
「これはむしろチャンスなのさ。お前の叔父は違反を犯してる。だから俺達が抵抗してもどこからも文句はでない。わかるか?」
――この人、何を言って……。
「じゃあ……、あなた一人で勝てるとでも? うちの規模は知っているでしょ。五十人はいるんですよ。…………あなたと同じ掃除屋が!」
大声をだすのは非常に不味いが、それでも本歩は怒声を混じらせ問うた。
「当たり前だ。俺は世界で一番強い男だからな」
しかし、そんな怒り、不安、焦燥が溶け込んだ感情を和馬はたった一言で綺麗に流すのだ。
――一回しかあったことないけど。
――それが良い思い出だったこともないけど。
――相変わらず絶望的な状況だけど。
――この人は将来、わたしの部下になる!
「それじゃあ……、あなたの相方さんは世界で一番強い女の人ですか?」
本歩の目が父親のように鋭く変わった。
「ははっそりゃはずれだ。世界で一番強い女の名は美剣カンナっていうんだ。こいつは精々世界で二千番目ぐらいだろ」
ドガッッ!
その時、バールのようなもので入り口のドアが叩かれた。
――何か投降やら降参やら悪いようにはしないやら、都合の良いだけの汚いメロディが凄く不快だ。だから命令しよう。わたしはこの螺旋カンパニーの社長として社員達に!
「その目、ようやく勘違いを脱したな。この場所こそがクリアな世界ってことにやっと気づいたか。現実逃避は最も愚かな行為だよ」
――いま不愉快な音を奏でているもの達を。
――全員、*して!
「父がなき今、この螺旋カンパニーを継ぐのはわたしと決まっていました。よって、いまからわたしがこの組織の長となり、あなた方にも命令を下します。それで早速ですが――今ドアを破ろうとしているもの達を一掃してください。もちろん出来ますね、浅瀬和馬さん」
「投降したものは?」
「構いません、許しましょう。できるだけ失敗を許すことが重要ですから」
本歩のその発言に、ついには笑みを隠しきれなくなる和馬だった。
「レイナ! ここでの初仕事だ!」
「まってました!」
それまで彫像のように固まっていたレイナがすでに日本刀を抜いていた。
「いいかレイナ。今回は居丈高にでる必要はない。相手に深読みさせて自分を大きく見せつけるようなはったりもいらない。ただただ、素の力で圧倒しろ」
「うん、やってみる」
「この娘が長になった暁には社員のレベルを格段にあげるが、この程度の奴らならお前一人でもやれるというところを俺に見せてみろ」
「オーケー」
「いいか、俺は弱いパートナーを赦さない。たとえそれが――お前でも」
「オーケー」
ドガンッッッッ!
その瞬間、丁度ドアが蹴破られた。
そしてすぐさま広い部屋の中央にいた和馬達三人を、中心にして周りを囲んだ。
「にゃんと!」
愛らしい猫耳を頭につけた少女が和馬の姿を一目見た瞬間、大声をあげた。
「どうした? リゼット――?」
白髪が混じった初老の男が疑問を投げた。
「なんでもにゃいです……」
少女は目を地面に伏せて、俯きながら言った。
ところが――。
「よお、リゼット」
和馬はそれを逃さなかった。




