第七話 モンスターズ。1-1
できるだけ失敗を許すことが重要だ。
なるべく褒めることは――その十倍大切だ。
真美裡 懐儀
「久しぶり、お嬢さん」
この本人に関しては何でもない一言が、二年前の当時はまだ十三歳だった真美裡懐儀の娘にして現螺旋カンパニーの社長、真美裡本歩にはまだ心の深くに刻まれている。
まだ本歩は十五歳なので今でも十分少女で通用するが、その眼光は最早大人のそれと比べても遜色がない。
これは彼女をそんなふうに仕立て上げた物語――――。
浅瀬和馬と浅斬レイナがパートナーを組むようになって十ヶ月。季節は冬。
その中でも今日は白い綿菓子のような雪が燦々と降り積もる寒い日だった。
しかし二人の日常だけは、相変わらず暢気から始まる。
「カズマ! 雪が凄いよー! 早く起きて見てみてよー!」
銃の整備を熱心にしている和馬だが、お構いなしにレイナは雪ではしゃいでいた。
「レイナ……。知ってるか? 大人と子供の差はなにか」
「え? なんだろう?」
「雪で喜ぶかどうかだよ」
「むー! そんなことないよー!」
そんなふうに小馬鹿にされ、ほっぺをそれこそ雪のように丸くさせたレイナは和馬の作業を感心しながら眺める。
「どう? 新しい銃の何だっけ? えーと……調子は?」
「ベレッタだよ。ああ、前のコルトと比べてもすこぶる良い」
「そう? なら良かった。カズマは凄いね」
「何がだよ?」
「機械に強いから。わたしなんて銃のメンテなんてとてもとても。でも男の人が器用なのは見てても格好いいよ」
不自然に褒めるものだから、和馬は横目で嫌な顔をした。
「褒めても今日は奢らねえぞ」
「……海鮮らーめん食べたいな。雷雷帝の」
「それにしても〝あちら〟の技術は本当に素晴らしいな。今いけばベレッタなんかより数段良い拳銃も腐るほどあるんだろうし。『オメガ人』の奴らが畏怖したのもわかるよ」
「海鮮……」
そんなレイナの要求を和馬は華麗に躱す。
「うん、そうだね。『オメガ人』なんてただの臆病者でしょ」
「ああ――そうだ! だからこそ『ラン・アサイラム』の王は代々『Σ.シグマ』だというのに、それがわからない愚民がどれだけ多いことか」
「ほんとだね」
「でだ」
「?」
「今日は海鮮らーめんを食べにいくこともできる」
「――!」
その和馬の言葉を聞いた瞬間、レイナのつぶらな瞳は食欲で輝きを増した。
「ほんとう!?」
「仕事が仕事だからな。まず〝命は弱さを許さない〟」
「それはなに?」
「俺が育った施設での教訓だ」
「……悲しい言葉だね」
「ああ…………だから今日はそれを壊しにいく」
――また和馬のご高説が始まるのか……。
内心ではうんざり半分、わくわく半分の、浅瀬和馬の『アサラム』講座とレイナは和馬のたびたびでる説明をそう呼称していた。
「なぜ壊しにいくかというと、権力と権威は違うからだ」
「んー、どう違うの?」
「わかりやすく言うとだな」
「うん」
「今の『アサイラム』を統治している『オメガ人』様は、権力で人を支配しているんだ」
「ふむふむ」
「だが『本物』は権威で『アサイラム』を統治していたのさ。わかるか?」
「えー……今日の和馬講座は難しいね。なんとなくかな」
「それで良いのさ。と、言いたいところだが、このぐらいはしっかり学べ。男も女もあまりに馬鹿な奴は駄目だ。品位が外見から腐って漏れる」
「う、うん……。オーケー」
その後、一呼吸おいて、
「話しは変わるが、共通の敵をつくりだすのが結束を固めるには最も効果的だ。人間っていうのはそうやって一つにまとまり強くなってきた。これについて率直な感想はどうだレイナ?」
「……ダサいね」
そのレイナの返答に和馬は満足げな笑顔を浮かべる。
「そうさ! 奴らはダサい! だからこそ俺達みたいな群れなくても強いものを化け物だのなんだのと呼称して排除しようとするんだ。だが今回ばかりは――」
和馬の講釈が中断したのでレイナは小首を傾げた。
「どうするの?」
「わからせてやるのさ。才能ある者の邪魔をする凡人がどれだけ愚かだということを!」
「それはわかりやすくて良いね!」
「だろ。レイナ、俺達は――無敵だ」
「うん!」
そんな会話も数時間前に終わり、現在二人は一昨日なくなった螺旋カンパニーの前社長、真美裡懐儀が極秘につくりあげていた地下施設で、無数に散りばめられた配管の中を這っている。
――耳を塞いで目を閉じて、それでも尚――思いだす。
――優しかった叔父様の豹変を!
――身体と心が震えているのがわかる。もう消えてしまいたい。でも――わたしはまだ死にたくない!
――死にたくないんだ!
ガシャン――!
「――!」
真美裡本歩が音だけで心臓が止まりそうな経験をしたのはこれが初めてだった。




