第四話 水瀬由紀の憂鬱。1-6
「人を呪わば穴二つ。さすればそこに入れましょう。あなたの身体を入れましょう。そしてもう一穴には、あなたの魂を。『呪呪禽領域』」
息をしていないカンナの両手にはしっかりと、虎のような縞模様が入った猫のキーホルダが握られていた。
「フンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフーンッ!」
上機嫌に鼻歌を歌いながら祐一は決められた手順の通りに、決してカンナの素肌に触れないように抱き抱え、魂を抜かれ微動だにしなくなった彼女を、棺桶の中に入れて祝詞を紡ぐ。
「我は全てを呪う者なり也。三途の川をも渡らせまいと、我振るう呪いによりて、全ては苦痛に満たされる。邪殺! 斬!」
祐一が持つ呪いの刃。これにより暗闇では下が見えないほどの深い穴を掘って、彼はそこにその棺桶を埋めた。
すると自然に祐一の顔から笑みが浮かび、やがてそれは高笑いに変わる。
「はっ、はははははっ! 美剣カンナ! やっぱりお前は最高の女だよ! クックックッ、イヒッヒッヒッ! ヒーッ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
この時の祐一が出した高笑は、棺桶を埋めた領地、『神頭』に響き続けるのであった。
――何と『愛らしき哉』。まるで他の女とは違う。『慈悲深き哉』。俺の歪んだ愛を知っていても黙ってくれていた優雅な女。必ず互いに、罰を受けよう。『澄みわたる哉』。他人のために、どうしてそこまで出来るのか。悲しいほどに、綺麗な想い。『聖なる哉』。美剣カンナ。お前は、掛け値なしに美しい。
カンナだけが全てを察していた事情。
祐一がここまで弘樹と由紀をもう一度会わせようとしていたのは、全ては姉。神道葵のためである。
愛しい、愛しい――。姉のため。その葵が、誰よりもそれを願ったからだ。
それでも祐一は愛する姉に自分の偽りのない気持ちを、今までも、そしてこれからも、彼女に伝えることはないだろう。
故に祐一はカンナを羨ましく思うのだった。その姿は、まさに純潔なる白百合。
――ああ、美しや、美しや。
「我が望むもの。それは神が望む偽りなき慈悲なり也。その思い。後悔、懺悔、自責、慚愧、その全てを白日の下に晒し、赦し、無垢なる白に還元するものなり。この地に悲観を投げ込むことなかれ。数多の願いを汲み取り、全ての者を希望の光に包むことなり也。『創始永真領域』」
水瀬由紀が創りし『領域』は、一時的に血燭の深夜を澄んだ快晴に変えた。
この驚くべき出来事に、今回の内戦の終結を聞いても依然として戦争による恐怖のために、ずっと家に籠もっていた国民達も、一斉に外に出てきてはだれもが皆、澄んだ青空を笑顔で見つめていた。
『ラン・アサイラム』に住む国民のほぼ全員が、内戦の終結を察する。
セカイはその青空を見あげて、皆が思っていることを代表して口を開いた。
「綺麗で……ござるな」
葵も弘樹や由紀達と一緒に、この光景を見ていた。
「希望の光か……」
葵の囁きに、由紀も満足そうに頷く。
こうして弘樹と由紀の覇権争いも、完全に終わりを告げたのだった。
「ヒロくん、あたしね。ずっと夢を見ていたの。悲しい夢。怖い夢。みんながあたしのことを忘れてしまって、ヒロくんまであたしのことを忘れてしまってね……。だからね、だから!」
涙目になって語る由紀の頭を、弘樹は右手でクシャリと撫でた。
「ああ、わかるよ、由紀。でも大丈夫。大丈夫だから」
「ヒロくん? ひゃっ! にゃははっ……」
「お前、言ってたじゃねえか! 山にいって、海にいって、遊園地にいって、ショッピングにいって、プラネタリウムにいって、それから――それから!」
「そういえばもうすぐ誕生日だね。うん、必ずみんなでいこうね! ヒーロくん」
「ああ!」
そして弘樹は、由紀を優しく抱き寄せた。
一瞬のことで由紀も最初は戸惑ったが、すぐに弘樹を力強く抱きしめる。
この状態で弘樹は心に決めていた思いを由紀に伝えるために、彼女のすぐ側で口を開いた。
「これからは――ずっと一緒だ」
「うん、あたしも。それでね……」
「どうした?」
「あたしには、聞こえるのかな?」
「何が?」
「あたしが王女様になったら、『アサイラム』の聲は聞こえるのかなって」
「どうかな……。でも俺達は半目だからな」
片方しかない王の右目を手でさわり、弘樹は苦笑いする。
そんな弘樹を無視して、左目にもう一つの王の目を持った由紀は祝詞を紡いだ。
「我が認識する。命なき物質を塗り替えて、全てを素に戻しましょう。『素物網散領域』」
「…………ユキ」
弘樹が見る水瀬由紀の目には左目に『Α.アルファ』、右目に『Ω.オメガ』と、完全なる『オメガ人』になっていた。
「あー、駄目か……」
その日、弘樹から『Ω.オメガ』の瞳を奪った王女は、
「やっぱり――聲なんて聞こえないや」
と、残念そうにぽつりと呟いた。
第一章。了
能力値が下がるので『Ω.オメガ』の瞳は返している。
水瀬由紀の言葉や行動は他人の気持ちを考えられない者の特効薬。
その本人が最強の自己中を持っているからこそ言える台詞や、やれることがある皮肉。




