第三話 モンスター・ホリック。1-7
カンナの解説のおかげで弘樹は、『ラン・アサイラム』についての知識を深めていった。
こちらの世界は日本と酷似していて、『ラン・アサイラム』はその中で最北東。北海道の位置に存在する。そして『ラン・アサイラム』には現在四百万人ぐらいの人間が住んでいる。その内、弘樹を支持している国民は三百九十万人強であること。
『ラン・アサイラム』からさらに南西、つまり浮遊都市の下は『ライム』となっていて、日本の東北から関東ぐらいまでは『常人』と呼ばれ、なんの祝詞も紡げない人間だけの僻地である。
『ラン・アサイラム』に住む国民の中には侮蔑をこめて、辺境の地の人間を『古人間』と呼称している人達も少なからず存在する。
さらにそれ以上の南西地域になってくると、そこには人間と『人外』が共に暮らしているという。そこからは蛮族の領地と呼ばれており、頭の上に獣耳が生えているとか、背中に翼を持つ『人外』や、加えて顔そのものが狼やトカゲだったりする者なども多数生息している。
また『ライム』と『ラン・アサイラム』の間には、空という防壁以外にも一人の『全能人』と自我の強力な『特禁人』の者達が十数名によって創りだしている完全な『領域支配』の障壁があり、行きに帰りも『ラン・アサイラム』からの許可がない限り無理なため、他の『ライム』に身を寄せる人間や『人外』の者にとっては、聖なる浮遊都市『ラン・アサイラム』を憧れの対象にしている者も、数多くいるという話だ。
続いて食料自給率が低いとされる『ライム』の僻地や、蛮族の領地に住む人々の反乱を抑える役目として、定期的に『ラン・アサイラム』から物資を均一に投下していた。
反乱を抑えるというのは、あくまで表向きの理由だが……。
その際は日本でいう飛行機やヘリなどを使わず、これもまた『特禁人』の中に、そういう能力を保持している者が十数名いるので、その者達に一任させていた。
ちなみにカンナも『人外』の者については、実際にこの目で見たことはない。労働力として『ラン・アサイラム』に連れてくる最低限の条件は人間であり、いくら見た目は人間と判別がつかなくても頭の上に獣耳が生えているような『人外』は対象ではなく、決して『ラン・アサイラム』の大地に足を踏むことはなかった。
これについてはカンナ本人も、「いいえ、興味がありませんから」と言っているあたり、彼女にとって『人外』というのは、さほど魅力的なものではないのだろう。
他にも『ラン・アサイラム』と日本を結ぶ繋ぎ目を斬れる者は、カンナを含めて極少数とのことで、「『アサイラム』から沢山の人が、日本にやってきたりはしないのか?」という弘樹の拙い不安は、一掃されたのであった。
また人口の四百万人に関して、日本全体では軽く一億人以上。北海道だけでも五百万人以上住んでいると記憶していた弘樹には少ないと感じたが、カンナはきっぱりと言い放ったのだ。
「人間の数など関係ありません」と、だがそれに弘樹が反論のため口を開き、「でも王しかいなくなったら、国なんて存在しなくなるだろ?」と言ったら、彼女はこう切り返えした。
「それは違います。王さえいれば民などいなくとも、そこに国は存在するのです。それに民ならわたくしがおります。わたくしは――いつまでもヒロ様のお側にいますので」
と、顔を赤らめて、さらには弘樹の袖まで掴んで上目遣いになりながら、彼女はその言葉を風に乗せるのだ。
これはカンナが、本気で信じていること。
国民がいるからこそ王が生まれるのではなく、王がいるからこそ国民はそこについてくるものだと、カンナはそう考えていた。
しかしカンナが導きだす結論はどうしても極端なため、弘樹は納得できなかった。
「うーん……。そうかなあ? もう一人の『オメガ人』と仲良くなれたらそれが一番じゃないのか?」
すると弘樹の疑問にカンナは、自身の真情を吐露するのであった。
「王は二人もいりません。真の王はヒロ様だけなのですから!」
そして、この怒りが混じった一言をきっかけに再びカンナの熱弁が始まる。
「ヒロ様は先代オメガ王の正真正銘の御子息です! それをただの村娘だったサルを、ただ自分にとって都合が良いというだけで〝貧しき民衆の象徴とか希望〟などと言う連中が増え始めたのです。ほぼ全てが『ライム』からきた部外者のくせに――本当にバカバカしい限りです!」
カンナが弘樹の前で他人を『サル』やら『バカ』などと、見下げた目つきで語っていた。
どうやら弘樹のことになると、感情の押さえがきかないらしい。
「……話し合いとかはできないのか?」
と、弘樹が穏やかに提案して見るのだが。
「それは無理ですね。人間とサルとでは、まともな会話はできませんから」
「そいつは確かに無理だけどさ……」
「そういうことです」
と、カンナは病的なまでに、反対勢力側の水瀬由紀を嫌っているらしかった。
何気なく弘樹は、反対勢力の話で少しだけ不機嫌になっているカンナの姿を眺めていたら、彼の前では不機嫌になりたくないのか、いつもの癖である指の先端を両手に合わせると、その全ての指を順番にくるくるとまわしていた。
いつ眺めても見事にまわしていると思いながら近くに寄ると、不意に弘樹とカンナの目が合った。
「ひっ! ヒロ様!?」
カンナの美しく輝いている碧色の瞳には右目に『Σ.シグマ』、そして左目に『Χ.キー』の刻印が、その『領域』を発動していない今でも、綺麗な形で薄らと存在を主張していた。
セカイに教えてもらった。この『ラン・アサイラム』で必ず二十二人以下しか存在できないと言われている希少な『全能人』である印だ。
それを彼女は、二つも所有していた。
「……ばりばりのサラブレッドでわけか」
「サラブレッド……馬ですか?」
思わず弘樹の口からそんな言葉が漏れたが、考えてみると馬に例えるのは失礼だと思ったので、瞬時に彼はカンナに謝罪する。
「あっ! すまん! 馬なんかに例えて」
しかし、どこかカンナは嬉しそうだった。そうでなくても彼女は弘樹の前ではいつも嬉しそうな顔をしているのだが。
「いいえ、どうかお気になさらずに。それに、その通りですから。わたくしは明確な目的を持って創られた『人間』なのですよ。ヒロ様がこの『アサイラム』の王になられるのが必然のように。またわたくしがヒロ様を、お守りするのも必然なのです」
そしてカンナの弘樹に対する、忠誠の誓いはさらに続く。
「わたくしはあなた様の賛美者です。わたくしはあなた様の崇拝者です。わたくしの身体を好きにして良いのはヒロ様だけです。わたくしの全てを自由にして良いのも、またヒロ様だけなのです」
――どうやら正真正銘、本気で言っているらしいな……。
「それじゃー、お前に自由がないだろ……」
弘樹の言葉に、カンナは首を横に振った。
「わたくしは自由が嫌いですから。わたくしは死ぬまでヒロ様に束縛されていたいのです」
カンナの言動に、さすがの弘樹も戦慄が走る。
「……ドMだな」
「はい! ドMです!」
そのカンナの嬉しそうな即答に、弘樹は眩暈がしそうになるのだった。




