先がおもいやられる
実際のところ、食糧が多めに用意されていたのは幸いだった。もしかして村長さんはうちの食糧事情を察してあの大荷物を用意していたのでは……などという考えを振り払って、干し肉をかじる。出発が予定より少し遅れているので、歩きながらの昼食となった。
街道沿いに流れる小川も今日は茶色く濁り、水嵩もかなり増していた。雨が降っていた間は更に増水していたのだろう、川沿いの田畑は至るところで泥水に浸かっていた。
「こりゃ……大打撃だな……」
最初の橋は一先ず無事のように見えた。実際に渡ってみて、一通り見回してみたが、特に損傷らしいものも見当たらない。ただし、石造りの橋は全面が溢れかえった泥水にまみれていた。つまりはそれだけの流水に晒されたということであり、安心はできないのかもしれない。
「と言うよりも、ここでこの調子だと下流はきっと……」
町に至るまで7本の橋があるが、ここから下流の山中にあるのは木橋、吊り橋ばかりで、頑丈な石造りの橋はここと町側の2本だけだ。早くも先が思いやられる。
土手を更に進む。曲がりくねった道が森の端をなぞって続く。普段は鹿が集う河原も今は濁流の底だ。この様子では狩りに出ていても空振りに終わっていただろう。そういえばモンスターはおろか、獣たちも一向に姿を見ないな。
二つ目の木橋は橋げたの上に渡された板が何枚か無くなっていた。風に煽られたのだろうが、これでは人は渡れても荷馬車は渡れない。もしもこの街道を荷馬車で行き来しようとしている者がいればここで立ち往生することになってしまう。
「……一旦、引き返すか……?」
今から引き返せば日暮れ前までには村に戻れる。一旦戻って村長さんに報告した方がいいような気がする。そんな気はするけど……村長さんのことだ。調査が終わるまでは大事を取って交通規制とかかけているんじゃないだろうか?交通規制は言い過ぎかもしれないけど、町長さんと連絡を取って注意喚起くらいはしているだろう。うん。結論、調査続行。実のところを言えば、報告がどうこうよりもミッションが2/7しか達成できていないことの方がよっぽど気にかかるのだった。ハンターの悲しい性というか、なんというか。この程度の所で終われるか!と思ってしまう。退くべきところの見極めはハンターにとっては生死を分かつ重要事項だが、そもそもこのクエストにはそんな生命の危険はかったはずだ。
結論が出たところでひょいっと歯抜けになった所を飛び越える。
「ん?」
飛び越えた先で不自然な泥の跡に気付いた。自分と同じように泥のたっぷりと付いた足でこの穴を飛び越えたのだろう。着地した所には弾けて散った泥に囲まれて小さな足跡が残されていた。
2本目の橋を渡ったらいよいよ本格的に山道になってくる。岩場はゴツゴツして歩き辛いが、踏ん張りの効く分、ぬかるみよりはまだマシなように思う。
大嵐のせいか、それとも眼下の濁流のせいか。対岸の山肌が崩れているのが目に入った。あの辺りは確か杉の森林だったと思うが、その一部が抉れて茶色い地肌が痛々しくその姿を晒している。街道のあるこちら側だって崩れていないという保証はない。
3本目の橋のたもとに、足跡の主がいた。先の足跡からまさかとは思っていたが、実際にその姿を見ては驚き、あきれるしかなかった。
「あ!にぃちゃん!おそいぞっ!」
イガイガ頭の少年はこちらに気付くと立ち上がり、勢いよく木剣を振り回した。
「トート……お前何やってんだ?こんなとこで?」
「何って、決まってるだろ?にぃちゃんのお伴をするために待ってたんじゃないか」
やんちゃ坊主の予想通りの言葉に、開いた口が塞がらなかった。街まで行く?子供の足で?
人の気も知らないでトートが得意気に話す。
「朝に村長が話してるのを聞いてピンと来たんだ。それで先回りしてここで待ってたってワケ。なぁ、いいだろ?オイラも街まで連れて行ってくれよ」
「今すぐ帰れ」
「えー?」
「どうせ親には黙って出てきたんだろ?」
許可があるのなら堂々とそう言えばいいのだから、押し黙ってしまうということは図星ということ。そりぁそんな冒険、親が易々と許すはずがないよな。
「ここまでだって一人で来れたんだから、大丈夫だい!」
「まだ先は長いんだぞ?絶対に途中でへばるに決まってる」
橋の数で言えばもう半ばまで来たようなものだが、距離で言えばまだまだ先は長い。子供が徒歩で行くには長すぎる。それにペースを合わせて進む訳にもいかないし、万が一モンスターに襲われでもしたら庇いきれるか分からない。ここまで来てしまっては一人で帰すのも忍びないが、まだ長い先行きを考えたら連れて行くにはあまりにも問題が大きい。帰りが遅くなればなるほど、親も心配するだろう。
「今からだと村に着くのは夜中になるだろうが、それでも今すぐ帰ればまだお尻ぺんぺんで済むんじゃないのか?あんま親を心配させるな。さっさと帰れ」
「にぃちゃんのケチ!なら、もういい。もうにぃちゃんには頼まない。一人で勝手に行く!」
むくれっ面で吊り橋を踏み揺らしながら先をゆくトート。彼を追って自分も渋い顔で峡谷を渡ってゆくのだった。




