あらしのあとに
射し込む朝の日射しと、流れ込んでくる奥様方の井戸端会議に目を覚ます。強い光が久しぶりの青空がそこにあることを激しく主張している。
ひどい大嵐だった。
昨夜まで前代未聞、いや、空前絶後と言っても過言ではないだろう暴風雨が1週間も続いていたのだ。
幸いな事に我が家では屋根壁が飛んだり、床上浸水等といった被害は今のところ確認されていない。強いて言えば食糧難――昨日の昼から萎びかけた梨1つしか食べていない――くらいだ。
玄関先で大きく伸びをする。身体が資本なので鈍っていては敵わない。この一週間も鍛練は怠らなかったが、屋内で出来ることには限りがある。地面がぬかるんでいなければその辺を辺り構わず駆け回りたいくらいだ。
で、嵐も去って今日はどうしようか?とりあえず食糧確保に一狩り行っとくべきだろうが、ぬかるんだ地面を見てしまうと億劫になってくる。
「ふぉっふぉっ。ご機嫌如何かな、ハンター殿?」
声の主の姿を求めて視線を下げる。ちびっこい声の主は間近にいて最初視界に入らなかった。にこやかに声をかけてきたのはノームの村長さん。
「あ、お早うございます、村長さん」
「これだけ天気もいいと、狩りにも精が出るんでないかぇ?」
「いやー、足下も悪いしどうしようかな、と……」
と、苦笑い。
「ふぉっふぉっ。なるほど、このようなコンディションの悪い中では命を賭けた狩りを行うわけにもいかぬわな。流石、ハンター殿。思慮深いことよのぅ。
それならば。もしよければ、一つ頼まれてはくれんかぇ?」
「?何ですか?」
「実は隣町への街道が気になっておってのぅ」
なるほど、この大嵐で崖崩れや川の氾濫があった可能性は十分ある。街道のどこかが通行不能になっていたらそれは大事だ。
「この村へ来て下さる方々に不便があっては申し訳が立たんからのぉ……面倒じゃとは思うが、街道の様子を見て来てはくれんかぇ?」
「そんなことで村のお役に立てるなら。お安い御用ですよ」
「ふぉふぉっ。そう言ってくれると思っての。実は既に道具屋のアネットに用意をさせておるけぇ、受け取ってきんしゃい」
流石御老公、準備のよいことでw
「はい」
「街道の状況はひとまずは向こうの町長殿に報告してくれればえぇでの。
正式なクエストじゃのぉてワシの私的な依頼じゃて、報酬もろくに出されんで申し訳ないが、よろしく、頼むぞぇ?」
隣町と言えど、この村が山の真っ只中にある以上、ピクニック感覚で行けるものではない。距離も結構あるので大人の足でも小旅行になる。街道と呼ぶには些かお粗末だが、荷馬車が行き交うことが出来る程度には道は整備されている。凶悪なモンスターが出る事はそうそうないので、そこまで重装備にすることもないだろう。
赤と白のストライプのインナーに着替えるとレザージャケットを羽織る。ロングブーツは少しきつめに靴紐を編み、愛刀を肩に提げた。
家を出るとすっかり陽は上りきっていた。あちらからもこちらからも大嵐の被害の補修であろう、槌を振るう音が響いてくる。村の入口に軒を構える道具屋へと向かう。
店先ではアネットが暇をもて余しているのが遠目にも見てとれた。こんな辺鄙な村では道具屋を訪れる客の数などたかが知れている。小さな丸椅子に腰を下ろし、脚を放り出して、片手で長い金髪をクルクルと弄っていた。あっ、とこちらに気が付くとご自慢の胸を弾ませて勢いよく立ち上がり、大きく手を振ってみせる。
「いらっしゃい!ひどい嵐だったわね」
「ほんとに。危うく食糧難に陥るところだったよ」
「うふふっ。あれだけ村長さんが『今度の嵐は特にひどい大荒れになるじゃろうて、十二分に備えるのじゃぞ!』って言っていたのに、シカトしたんでしょ?」
道具屋の一人娘は誰にでも愛想のいい、愛嬌たっぷりの笑顔で人の眉間をつっついてきた。
「いや、ここまでひどいとか……普通、想像出来ないだろ?」
「あら?うちは村長さんの言う事聞いてガッツリ仕入れていたから、非常食も家財修繕用具も飛ぶ様に売れてウッハウハよ~!」
商魂たくましいと言うか、なんと言うかw
「それはそうと、村長さんからあなたの旅の仕度を頼まれていたんだけど……」
商品棚の後からやたらとデカい包みが出てきた。怪訝そうな顔でアネットが尋ねる。
「……一体どこまで行くの?」
「え?隣町までだけど……これ、多くないか?食糧、2人分はあるぞ?」
「……やっぱり、多いわよね?でもお代も頂いてるし……あ!遭難する前提ってことじゃない?」
やめてくれw
苦笑いしながら荷物を受け取る。
「まぁ、村長さんのご指名ってことは、命に関わるようなことはないでしょ?あなたなら無事にそのミッションをやり遂げると確信しているから、村長さんはあなたに依頼した。違う?」
なるほど、言われてみればそれは確かにそうだ。大嵐を予見した村長さんのことだ、問題がありそうなら相応の対応を考えるだろう。
が、そもそも隣町へ出向くだけのことにここまで大袈裟な荷物は必要ない。この大荷物こそが、村長さんが用意させたこの大荷物だけが、むしろ不安要素だった。手に提げた荷物を上下に揺らしてその不安の種の重さを推し量る。
「楽に済みそうにはないな……ま、心配しても、仕方ないか。それじゃぁ行ってくるよ」
「あーぁ、あたしも行きたいなぁー……」
アネットがこちらへと羨望の眼差しを向けている。年頃の娘さんは都会の暮らしにいたく憧れていて、ことあるごとに隣町、あわよくばそのもっと先にまで行きたがっている。「いつか素敵な旦那様と街で暮らすんだ!」とも公言して憚らない。その相方として私の名前を持ってきたのも二度や三度の事ではない。
「遊びに行くんじゃないんだって」
「えー?あなたにしたら遊びに行くようなものでしょ?ね、いいじゃない?連れてってよ!」
「おいおい、店番はどうするんだよ?」
それ以前に若い男との二人旅とか、親御さんが許さないだろ?
アネットがニキビだらけの頬をぷぅと膨らませる。そのまま大きく息を吸い込むと大声を張り上げる。
「お母さん!ちょっとそこまでハンターさんを見送りに行って来るね!」
店の奥からより大きな声で返事が返ってくる。返事と言うか、ほぼ雷だった。
「ダメよ!大人しく店番してなさい!」
震える大気に二人して身構える。
「……怒られちった……」
予想よりもややキツい返事。それに、アネットがしょげるのは予想できたが、いつも勝気な彼女が普段は絶対に見せない表情に悪戯心が騒いだ。
「残念。アネットはお持ち帰りできないらしい」
そもそも、売り物かどうかも怪しいが。辺鄙な村の道具屋とはいえ、商家の一人娘だ。非売品という線は十分あり得た。茶化されたことに気付き、しょげ顔が瞬時にむくれ顔へと変わる。
「むぅぅ……じゃぁ、こちらでお召し上がり?」
「へっ?」
何を言い出すんだ?と思っていたらアネットは自分の襟元に指を掛けて引っ張り下ろした。深い峡谷を成す双璧が、ぷるん、と蠢く。襟元から大きく覗かせた深い谷間に魅せられたのは一瞬、すぐに目を逸らす。だが次の瞬間、むちゅっと怪しい感触が頬を襲った。
「んなっ?!」
「む・し・ろ。頂いちゃおっかなぁ~?」
舌舐めずりしながら、アネットが怪しく目を光らせる。ヤバい。アレは捕食者の目だ。一歩、二歩と後退る。
「おっと!こんな所で遊んでいたら日が暮れてしまうな。それじゃあ、行ってくるよ」
「えー?遊んでいかないのー?」
道具屋に婿入りする覚悟があるならそれもいいかもしれない。が、生憎と流れのハンターにはそんな将来設計はない。手を振り背を向けたところに見送りの言葉が投げ掛けられた。
「お土産、よろしくねー♪」
ご覧頂きありがとうございます。
本作は2年ほど前に書きかけて放置してあったものです。
連載停滞気味のくせに更に手を広げてどうするよ?とセルフツッコミを入れつつ。
某ブラウザゲームでチャットしてた時に一念発起、続きを執筆&公開に至りました。
それほど長くはならない予定ですので、どうぞ最後までお付き合いください。




