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屍を愛する王子 4-3




(待望のご飯だあああぁぁぁ!)


冷え冷えとしたやりとりに一旦、引っ込んだ食欲だったが、屋台が並ぶ通りに漂う食欲をそそる匂いをかげばお腹が空いてくる。

何日ぶりの温かいご飯だろう。

涙が出そうだ。


(がっつりと腹にたまるものが食べたい、こってり、がっつり!でもあれも美味しそう!リゾットっぽい、あれは串焼きかな?どうしよう)


そわそわしながら屋台を覗く真澄をファルーシュが微笑んで見つめていることに彼女は気づかない。

本来の目的も忘れそうなほど真澄は感激していた。

貰った貨幣を支払って真澄は、粉ものを水で溶いたものを薄く焼いて羊肉と野菜を挟んだピトという食べ物と肉の串焼き、果物水を買って、お釣りを貰った。

お釣りを首から掛けている財布代わりの小さな袋に入れて、それを服の中に戻し、ファルーシュと共に中央広場の石段に座って周囲を眺めながらモクモクと温かい食事を食べた。

ピトはちょっとピリ辛で美味しい。

最初は食事に夢中になっていた真澄だが、こうやって座って食べているだけでも周囲の人間の噂が耳に入ることに気づいた。

視線をそれとなく立ち話している女性4人に向けて耳を澄ます。


「戦があったけども、この街には影響がなくてよかったよ」

「いんや、麦の値段があがってるわよ。冗談じゃないわ」

「麦だけじゃないわよぉ、野菜も日常品もすべてよ、まったく、これじゃあ生活出来ないわ」

「それもこれも隊商が魔物に襲われたせいでしょう?」

「隊商についていた護衛の話では魔物のテリトリーが変化したせいらしいわよ?何でもこのレギレス平野に強い魔物が現れたらしいのよ」

「ええ?危険じゃない!」

「州候の反乱の戦場だから瘴気によって強い魔物が現れたみたいね」

(ふんふん)


レギレス平野というのはおそらく真澄が歩いてきた平野のことだろう。

あの場所に強い魔物が現れたらしいが、出会わなくてよかったと真澄は胸を撫で下ろした。


「それにしても屍使いと王様の激突は……」

「レギナ持ちっつーのはもはや人間とは思えんな。まったく恐ろしい」

「でも、親方。王様と側近の力があるからこそ、大陸からの侵攻を抑えられてるんですよ!」

「そうかもしれんがな……、屍使いのせいで何人が余計に死んだ?元は州候様が身の程知らずにも国王様に反旗を翻すために武器を集めてたのがばれたせいだが……」


食が細くなっているせいかピトの3分の2を消費したところで若干、お腹が苦しくなってきて、真澄はお腹を擦った。

しかし勿体無いので頑張って全部食べ切って、ごみをまとめてピトを包んでいた紙に丸め込む。

どこかに捨てる場所もあるだろう。

真澄とファルーシュは立ち上がって移動した。

中央広場からもっと人の多い場所で情報収集をしてみたら?と真澄が提案したのは人気のものが見れるかもという下心込みの心情からだったが、昼を過ぎた街の中は人が多く、すれ違うのも苦労するほどだった。

だが、そんな選択に後悔せず物珍しいものに目を奪われつつふらふらと目的もなく進む。

初めて目にするものはとても楽しかった。

歩きながら横に歩く人々の話が聞こえてくる。


「パン屋のシーシアが結婚するらしいよ」

「それはめでたい」

「残念だな~、お前、狙ってたんだろ?」

「……」

「おいっ!傷口に塩を塗りこむなよ!キース、気にすんな、もっといい女いるって!」

「……いや、でもさ、正直な話、相手の男ってあれだろ?どうなのかな?」

「……あれだな。やばいよな」

「……」

「あああぁ!そういえばさ、東のほうに有名な薬師がいて、たいそうな美女だって話だぞ!」

「ふぅん、本当なら見てみたいもんだな。でもたいていガセが多いだろ」

(薬師……薬剤師かぁ……)


どんな美女なんだろう?と考えていたところで、真澄は前方不注意で前から来た人の腕に肩が強くぶつかる。

衝撃で真澄はよろけた。


「わっ!」

「マスター?」


声を上げた真澄に驚いたファルーシュが振り返る。

真澄の前に進んで人の波の防波堤となってくれていたファルーシュだったが、彼女はふらふらと話を聞いたり珍しい物を見て歩いていたので、そこからはみ出したために人にぶつかったらしい。


「大丈夫ですか?」


腕が掴まれて引き寄せられる。


「あ、あのごめんなさい……」


ぶつかった人間を恐る恐る見るとその男は真澄の顔をじろりと見つめ、ついでファルーシュを見ると、チッと舌打ちし「ぶつかってんじゃねえよ」と悪態をついてそのまま去っていった。

ガラの悪い男の態度に、確かにぶつかったのはこちらの不注意だが、何だか釈然としない気持ちだった。

わざとではないし、謝ったのに、悪態だけついていったのは大人気ないと唇を尖らせる。


「マスター、気をつけてください」

「うん、ごめん」

「怪我をする可能性もありますし、下手をしたら絡まれる可能性だってあります」


先ほどの男が真澄を見て、ついでファルーシュを見て舌打ちをしたのを思い出した。


(もしかしたら、さっきファルがいなかったら絡まれてた?)


そう考えるとゾッとした。

金銭の要求くらいだったらともかく、裏道に引きずり込まれて暴力を振るわれるとかされれば女性の身の自分には抗いようもない。

平和な日本で過ごした真澄は暴力を振るわれたこともないため、そんな想像が頭からすっぽりと抜けていたが、少し考えればわかることだったと迂闊さに唇を噛む。

ひとまず人ごみを抜けましょうと再び先を歩いてくれる白いローブの背中を見つめた。

先ほどのガラの悪い男ならダントツでファルーシュのほうがいい男だなと思ったところで真澄は愕然とした。


(……死人のが、いい男ってどうなんだ)


何で比べるのがあれとファルなんだと人通りが多いにも関わらずぐるぐるしていたのが悪かったのかもしれない。

ぐるぐるしている最中に見つけた珍妙な猫の置物に見とれたのがよくなかったのかもしれない。

明らかに注意散漫だった真澄が視線を逸らして、視線を戻すと、


「……うそ」


……さっそくファルーシュとはぐれました。







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